カーフ村への道中
「カーフ村かぁ……ここで宝箱が開くといいねムートン君」
「めぇえええっ!!」
カノちゃんがムートン君に話しかけながら宝箱を触っている。
まだ開くと決まったわけではないのだが期待しすぎに見える。
「やはり領内に魔物の姿は見受けられません……結界の力は素晴らしいですね」
「ああ、ここで暮らす人は幸せだろうねぇ」
(魔王軍さえなんとかできれば俺も暮らしたいところだが……ワイバーンの群れは無理だよなぁ)
「リース国から人を引き抜けなかったのはこういうわけですかぁ、いっその事今回の件を周知させて結界が絶対でないことを国民に……」
シヨちゃんがぶつぶつと物騒なことを言っている。
(お前まだ世界征服諦めてないのか……バンニ国に戻るのが恐ろしすぎる……)
「ねぇ、サーボ先生は箱の中身何だと思う?」
「マーセ様が非常事態に備えて残した物だとするなら……やはり魔王退治に役立つ何かだろうね」
(本当にそうなら要らないけどな……カーマかセーヌ辺りにこいつらとセットで渡してやるかなぁ)
魔王軍がドラゴン軍団まで有しているとは思わなかった。
この調子ではいずれ安全に暮らせる場所が無くなりかねない。
その前にあの二人には魔王を退治してもらう必要がある。
(今回この国を見殺しにして、その責任を取るとか言って隠居して……それで君たちには先があるとか言って強引に押し付けてみるか)
後はプリスちゃんのいるバンニ国に逃げ込めば俺は安全だろう。
「ふふ……」
「どうしましたサーボ先生?」
「いや、まるで平和な光景につい気持ちよくなってしまってね……すまない気を引き締めるよ」
ついつい自分の完璧な計画に笑いを堪えきれなかった。
(こいつらとの付き合いももう少しの辛抱だ……せめて最後までボロを出さないようにしてやるか)
結果的にとは言えここまで騙してきたのだ。
どうせなら下手に傷つけないよう最後まで理想の先生を演じてやろう。
「サーボ先生でも気が緩むことがあるのですね、ふふ……ああ私も人のことを言えませんね」
「へへ……でもサーボ先生はずっと頑張ってるから少しぐらい気を緩めてもいいと思うよ」
「えへへ、そうですよぉ……たまには気を休めないとサーボ先生も疲れちゃいますよぉ」
(確かにずっと気を張ってたもんなぁ……勇者としてじゃなくてお前らの先生を演じるのによぉ)
「めぇええ……」
「おお、ムートン君まで……皆の気持ちがありがたいよ」
俺はムートン君に寄りかかり目を閉じることにした。
「村に着いたら起こして……」
「さ、サーボ先生っ!? 怪我人の集団がこちらに向かってきますっ!!」
「何かに追われてるみたいだ……な、何あの巨大な魔物はっ!?」
「あ、あれ確かサンドワームですよぉっ!! 昔、魔王が土地を砂漠化した時にそこの番人にしてたっていう強力な魔物ですぅっ!!」
耳をすませば悲鳴と轟音、そして虫の鳴き声に似た奇声が聞こえてくる。
(ここはまだ結界の領内だろっ!? 何で魔物が居るんだよっ!?)
急いで跳ね起きて顔を出す。
どうやら俺たちはちょうど小高い丘にいるようで、眼前で逃げ惑う人々の姿が目に付いた。
当然その後ろから人々を狙って進行するサンドワームとやらの姿も視認できる。
(うぉっ!? 馬鹿デカっ!?)
全長がどれだけあるのかは分からないが、土からはみ出ている部分だけで20mはありそうだ。
厚みもまた凄く、先端についている口を開けば人を五人ぐらい一度に丸のみに出来てしまうだろう。
その口から酸性の液を固まりにして噴出し、大地から木々まであらゆるものを溶かしながら大地に潜ったり出たりして進んでいた。
おまけに皮膚のあちこちに棘のようなものが生えていて、そこからも毒針のようなものを飛ばしている。
「サーボ先生、どうしますかっ!?」
「車とムートン君はこの場で待機……テキナさんは魔物へ挑んで勝てそうなら討伐、無理そうなら時間稼ぎに専念」
「はいっ!!」
テキナさんが人力車を止めて魔物に向かって飛び出していく。
「シヨちゃんはこの場から大声を出して避難民を誘導、ただし危険だから戦う俺たちの所には来させないように」
(テキナさんが敵わなかった場合、あいつらには魔物の餌になってもらわないといけないからな)
「はい、わかりましたっ!!」
「カノちゃんはこの場で敵の動きをつぶさに観察、罠やたくらみがありそうなら報告してくれ」
「うん、わかったけど透明化しなくていいの?」
「そうなると声も聞こえなくなってしまうからね、とりあえず今は良いよ」
(別に後をつけさせたりする気はないし……何より俺の安全を考えれば罠を見抜くほうが大事)
何せあの逃げている人々だって敵の仕掛けである可能性がある。
(ああ、逃げ出してぇけど移動手段がないし……ムートン君を置いて行けないしなぁ)
「めぇええ」
「ムートン君は少し隠れていてくれ……魔物に襲われている状態で君を見たら興奮してしまうかもしれないからね」
「めぇ……」
ムートン君は寂しそうに人力車の奥へと引っ込んでいった。
「みなさーんっ!! 私たちは大僧侶テプレ様より領内の治安を任されました勇者サーボ一行ですっ!! 誘導に従ってくださいっ!!」
シヨちゃんが勇者許可証を手に皆へと語り掛ける。
その間もテキナさんが剣を抜き、果敢にもサイズ差がありすぎるサンドワームへと挑みかかり……瞬殺した。
「……うわぁ、剣を空振りしたと思ったら真空波が発生してズタズタになっちゃったねぇサンドワームさん」
「皆さーんっ!! あの魔物の体液は毒性があるから近づかないでくださーいっ!! 吸い込むのも危険ですぅっ!!」
「テキナさん思いっきり返り血浴びてるけどぴんぴんしてるよぉ……僕って前はあんな存在になりたがってたんだねぇ」
「あれは勇者コンテスト優勝者だからとかいう問題じゃないと思う……けどならないでいいからねカノちゃん、シヨちゃん」
先ほどまで逃げ惑っていた人々はあっという間に切り身にされたサンドワームを見てぽかんとしていた。
しかし少しして事態を理解すると途端に、俺たちに向かって感謝の言葉と歓声を上げた。
「サーボ先生、どうしますぅ?」
「とりあえず目の届く程度に離れた場所で休ませて、代表者だけこっちに来てもらって事情を聞こう」
「……こっちに戻ってきてるテキナさんはどうするの?」
「テキナさーんっ!! その全身に浴びてる血液毒だからぁああっ!! 綺麗になるまでこっち来ないでぇええええっ!!」
流石に取り繕う余裕もなく本音をぶちまける。
(あ、あぶねぇええっ!! シヨちゃんの知識とカノちゃんの指摘が無かったら毒で全滅してたかもしれねぇっ!!)
やはり頼りになる才能の持ち主だ。
「ふぅ、これでよし……シヨちゃんサンドワームなんかよく知ってたねぇ」
「前に毒のある魔物を調べたときに見たんですぅ、サンドワームの毒って生成するととても良いお薬になるんですよぉ……もったいないなぁ……」
(そういえば前にバンニ国で麻薬になる生き物がどうとか……い、いや俺は知らない関わりたくないっ!!)
頭を振って聞かなかったことにする。
「た、助けていただきありがとうございます、我々のような田舎村のものにまで助けの手を差し伸べて頂き感謝に堪えませんっ!!」
「いえいえ、当たり前のことをしたまでですよ」
(この感謝の視線が前は気持ち良かったけどもう慣れちまった、むしろ厄介ごとが押し寄せてくる感じがしてゲンナリするわぁ)
シヨちゃんの誘導に従いやってきた代表者である男に内心はともかく謙虚な態度で接する。
俺の安全のためにも何があったのか情報収集しなければいけないのだから、機嫌を損ねる理由はない。
「それで何があったのですか?」
「それが突然、私共の住むカーフ村にあの魔物が襲撃してきたのです……」
(うぉおいっ!? ま、マジかよぉおおっ!!)
「やっぱり……サーボ先生の想像通りだ」
「すごいサーボ先生……こんなことまで見抜いていたなんて……」
「全くです……サーボ先生がカーフ村の様子を見に行こうと言わなければ間に合いませんでしたね」
魔法か何かで身体を洗ったらしいテキナさんがいつの間にか戻ってきていた。
「サーボ様が我々を助けに……あ、ありがとうございますっ!!」
(ああ、また狂信者に近い目で俺を見る奴が増えたぁ……)
どうしてこうなるのだろうか。
しかしこうなった以上誤解を解いても仕方がない。
この好意的な感情を利用して聞き取りをスムーズに終わらせよう。
「それよりも、カーフ村も結界の中にあるのですよね? 何故魔物に襲われたのでしょうね?」
「わ、わかりません……ただ我々の村は国境近くにあり今日も魔物の群れが結界に阻まれているところを確認しております」
「つまり結界が無効化されたわけではないということですね……」
「は、はい……ですから地面からいきなりあの魔物が出てきたときは目の前の現実が信じられなくて固まってしまいましたよ」
(地面の中からかぁ、ワイバーンは空からだし他の魔王軍は大地の上を侵攻してくるし……全力だなぁ魔王軍)
「サーボ先生ぃ、私思うんですけどぉ……やっぱり先生の言う通りドラゴン軍団は囮なんじゃないですかねぇ?」
「どういうことだい、シヨちゃん?」
「ワイバーンは空を飛ぶじゃないですかぁ、当然視線は空に向きますよねぇ……そしたら地面の下になんか誰も注意を払いませんよね」
「……つまりこいつらが魔王軍の本命というわけか」
一理あるかもしれない……あくまでも俺のワイバーンが囮だというでまかせを前提にするのならだ。
「だけどわざわざ一番強い魔物のドラゴン軍団を囮にしてサンドワームで攻める理由なんかあるのかなぁ?」
「確かに私が戦った感触でもワイバーンのほうが強かった……結界を越せるのならばドラゴン軍団で攻めてくると思うのですが?」
(そうなんだよなぁ、魔王軍に結界を超す手段があるなら……っ!?)
「……ひょっとしたらだけど、この結界は大地の下までは効果を発揮していないんじゃないかな?」
「あっ!? そ、そうかっ!! だからサンドワームは入ってこれたのかっ!!」
「な、なるほどっ!! だとすると全ての線が繋がりますねっ!!」
(全部推測だけどな……けど実際に地面の下から魔物は攻めてきたわけだからなぁ)
魔王軍は非常にしたたかだ。
これぐらいの作戦を考えても不思議ではない。
「な、なんということだ……この結界にそんな弱点があったなんて……」
「しかしサーボ先生は無意識のうちにそれすら見抜いておられたのですね……流石というしかありません」
「本当にすごいなぁサーボ先生は……僕、こんなすごい先生の元で働けて幸せだなぁ」
「素敵ですサーボ先生……私ずっと付いていっちゃいますぅっ!!」
どいつもこいつもすぐに俺を褒めたたえやがる。
これだから狂信者どもは恐ろしい。
(俺はカーフ村に何かがあるってでまかせを言っただけで、結界に弱点があるなんて一言も言ってねぇよっ!!)
しかしそんな指摘をしたところで何にもならない。
「皆の言葉は嬉しいが今はそれどころではないよ、大事なのはこれからどう動くかだからね」
俺は表面上は真摯にふるまいつつ、内心ため息をつきながら今後のことを考える。
(このまま魔物に襲われていたカーフ村に行くのは危険かもなぁ……かといって王宮に戻ったら余計に面倒なことになりそうだ)
「そ、そうですよね……サーボ様、我々はこれからどうすればよろしいのですかぁ?」
(自分で考えろっ!! テメーの頭は飾りかよっ!!)
正直情報を貰った以上村人たちはもう用無しだ。
勝手にしてほしいところだが、この調子だと適当に指示を出さないと俺たちについてきそうだ。
(足手まといの無能は俺一人で十分なんだよっ!!)
「では王都リースへと向かい、テプレ様に現状を報告してきてくれないかな?」
「そ、それは……ここからではかなり距離がありますし、何か移動手段でもあれば話は別ですが……」
「わかっている、しかしね……国境が近いこの辺りはもう危険なのだよ」
俺はサンドワームの残骸を指し示して見せる。
「外からあの魔物が侵入できる以上、比較的安全な場所は中央にある王都リースだけなのだ」
「た、確かにその通りですが……」
「テプレ様ならきっと救助してくださる……何よりここで得た情報を伝えるのはとても大事な役目なのだ、あなた方にしか頼めない」
わざと大げさに告げて仰々しく頭を下げてやる
(ほら、命の恩人様である勇者様がここまで言ってるんだぞ……逆らうんじゃねえよっ!!)
「っ!! わ、わかりましたっ!! 全力でその役目果たさせていただきますっ!!」
「うむ、任せたよ……この国の興廃は君たちの肩にかかっていると言っていいほどの重要な役目だ、頑張ってくれ」
「ははぁっ!!」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げて他の村人の元へと戻っていく男。
これなら着いてくることはなさそうだ。
「サーボ先生、それで我々はこれからどうするのですか?」
「やっぱりカーフ村に向かって実際に現場を目で確認してみる?」
「それとも別の目的に向かいますかぁ?」
三人が俺を見つめてくる。
(お前らもたまには意見だせよぉ……まあどうせ危険に突っ込むような意見だろうから絶対却下するけどさぁ)
「……とりあえずカーフ村に向かおう、ひょっとしたら見落としや新しい発見があるかもしれないからね」
実際に魔物の襲撃を受けたカーフ村は危険と言えば危険だ。
しかし仮説通り魔物が地面の下を抜けれるというのならどこに向かおうと危険度はそう変わらない。
なら一度魔物を退治してしまった場所のほうが安全かもしれないと思ったのだ。
「そうだねっ!! 宝箱だって開くかもしれないからねっ!!」
(カノちゃんはそればっかりだな……流石大盗賊だよ)
「ではできる限り急いで向かいましょう……他の場所から魔王軍が攻め寄せてくる前に」
(先に魔王軍がこの国を滅ぼしてくれれば俺は自由になれるんだよなぁ、ゆっくり行きたいところだ)
「サーボ先生が居れば大丈夫ですよ、あっという間に全部の問題を片づけてくれますよぉ」
(俺の最大の問題はお前ら三人だよ……早く片付けてぇなぁ)
「めぇええええっ!!」
「やる気満々だねぇムートン君は……よしよし」
俺は人力車に戻るとムートン君の身体を撫でてやりながら体重を預け、今度こそ一時の休息を味わうことにした。
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