大僧侶テプレ様
「よくぞ来てくださいました、勇者サーボ様……バンニ国の政務官でいらしたシヨ様もお久しぶりでございます」
玉座に座らず立ったまま笑顔で俺たちを出迎える大僧侶にして女王のテプレ様、見た目からして二十代前半だろうか。
飾り気の少ない白いドレスに身を包んだテプレ様は俺とほぼ同等の長身で、髪の毛は短く人形のように切り揃えられている。
柔和な顔立ちだがどこか意志の強さを感じさせる眼差しと美人とも可愛いとも称せそうな美貌の持ち主だ。
さらに言えば身体付きも出るところは出て締まるところは締まっている。
(大僧侶のくせにテキナさんより胸がデカいとか全く慎ましくないなぁ、まあどうでもいいけど……)
「お久しぶりですぅ、今は政務官は一時休止して勇者シヨちゃんでーす」
「どうもテプレ様、僕は勇者兼大盗賊のカノです」
「私はテキナと申します、お見知りおきください」
「……どうもぉー、おめにかかれてこーえーですー」
お子様が称号を高々とアピールする中、俺とテキナさんは素直にひれ伏す。
(ああ、面倒なことになりそうだぁ……適当に難癖付けて断わってみよう)
「皆さまのご声望はこの国まで届いております……どうかそのお力をお貸し頂きたいのです」
「大僧侶テプレ様ほどの偉大で立派で崇高なお方に俺たちのような旅の者がお役に立てるとは思えませんねぇ」
(腐っても大僧侶だろお前は、自分で何とかしてくれ)
「ご謙遜をなさらないでくださいませ、私の力など微力なものです……ぜひとも勇者の皆様にご協力お願いいたします」
「いえいえ、勇者の称号など届け出を出せば貰える程度……実力で大僧侶の称号を手に入れたテプレ様には敵いません」
(だから自分でやれっ!! 人に頼るな大僧侶っ!!)
「何と慎み深いお方でしょう、しかし各地にて魔王軍を襲撃を退けてきたあなた方の功績に比べれば私など無力なものです」
(しつこい奴だっ!! いいからさっさと諦めろっ!!)
「何をおっしゃいます、この広い領土を魔物全てから守り抜いているテプレ様の威光にはただ圧倒されるばかり……」
「サーボ先生にテプレ様ぁ、これでは話が進みませんよぉ」
(進ませたくないんだよおっ!!)
「そうですね、では本題に入らせていただきます」
(あっ!? ずりぃぞっ!!)
微笑みを絶やさぬままテプレ様はすかさず会話をねじ込んできた。
もうこうなったら聞くしかない。
「実は少し前より領内に侵入を試みる魔物が増えてきているのです、このままでは近いうちに結界は破られてしまうかもしれません」
(おいおい、話が違うじゃねーかよ……)
「テプレ様の結界にも限界があるのですか?」
「はい、敵を弾くたびに私の魔力は消費されます……最近の魔物は質も量も桁違いで攻めてきていて魔力が持ちそうにないのです」
「その魔物は魔王軍の進撃だと思われます、我々がこの国へやってきた理由もまさにそこにあるのです」
テキナさんは前の国であったこと、そしてヴァンヴィル様から入手した情報を伝えた。
「ああ、では次の標的はこのリース国なのですね……お願いします勇者様、どうか私たちもお救いくださいませっ!!」
顔を悲痛に染めながら頭を下げるテプレ様。
正直面倒なことこの上ない。
しかし前と同じ状況だというのなら話は早い。
結界が破られないうちにカノちゃんとテキナさんに敵の本拠地を潰して回ってもらえばいいのだ。
(俺はここに居れば結界で安全……これなら別に助けてやってもいいかな)
「攻め寄せる敵はどんどん強くなり、今ではワイバーンが群れ成し襲ってきております……どうか一刻も早く対処をお願いしますっ!!」
「なるほどよくわかりました、お断りします」
「ありがた……えぇっ!?」
(ふざけんなっ!! ドラゴン軍団が攻めてきてるなんて話が違うわっ!!)
魔物の中でも最強と言われる龍族が相手となると話が違う。
テキナさんならそれなりに戦えるかもしれない。
しかし他の俺たちは攻撃がまぐれ当たりでもしてしまえば一発でお陀仏だろう。
さらに空を飛ぶ相手をカノちゃんが追跡できるとは思えない。
危険性ばかりが高くとても相手などしてられない。
(って言ってもこいつら納得しないだろうけど、どうしたもんかなぁ)
「さ、サーボ先生、どういうことでしょうかっ!?」
案の定血相を変えてテキナさんが詰め寄ってくる。
他の二人……いやテプレ様も加えて三人も同じことを言いたげに俺を見つめている。
(言い訳しないとなぁ……くそ、めんどくせぇ)
「いいかい……龍族であるワイバーンは誰でも一目で強敵だとわかる」
「も、もちろんです……だからこそ我々が救済しなければならない事態なのではないでしょうかっ!?」
「いやそれこそが敵の思うつぼだ……恐らくは魔王軍の狙いは別にある」
「なっ!? そ、それは本当ですかサーボ先生っ!!」
テキナさんの言葉に重々しく頷いて見せる。
何だかんだで弟子たちはそれらしく聞こえれば俺の言うことに従うはずだ。
(ここ以外の安全な土地に誘導してやる……じゃあなテプレ様、せいぜい一人でワイバーンの群れと戯れてなっ!!)
「そ、そうなのかなぁ……先生が言うならそうなんだろうけど……」
「ですよねぇ……サーボ先生が今まで間違えたことないですもんねぇ……」
「た、確かに……先生がおっしゃるのでしたらその通りだとは思いますが……」
「そ、それではワイバーンは放置なさるのですかっ!? この国をお見捨てなさるおつもりですかっ!?」
(お見捨てなさるおつもりです、勝手に滅んでくださいませ)
一応納得した様子の三弟子に対して、テプレ様だけは必死に言い返してくる。
後はこいつを説き伏せればお終いだ。
(まあ大僧侶なんていう甘ちゃんなら楽勝だろ)
「ご安心ください、俺たちが敵の狙いを防げば自然とこの国を襲う部隊もそちらへと引いていくでしょう」
「も、もしも引かなかったら……いえその前に結界が打ち破られてしまったらどうすればよいのですかっ!?」
(ワイバーンの餌になればいいだろ、言わせんな)
「つまりテプレ様は俺の作戦が間違いだと……もしくは俺たちが失敗するとテプレ様はおっしゃいたいのですか?」
「うぅ……そ、それは……」
大僧侶になるほどの善人だ。
人を疑うことなど考えたこともないはずだ。
こう言われてしまえば言い返すことなどできるはずもない。
(駄目押しだ、喰らえっ!!)
「テプレ様は俺たちの能力を信じておられないのですね……やはり最初のお言葉はお世辞でしたか」
「ち、違いますっ!! わ、私はあなた方を心の底から信じておりますっ!!」
「ではそーゆうことで~俺たちが戻るまで頑張ってくださいね~俺たちもテプレ様の力の信じてますからぁ~」
「あ……う……わ、わかりました……」
(よしっ!! 完全勝利ぃいいっ!!)
俺は高笑いしたい気持ちを抑えるのが大変だった。
「そ、それではサーボ先生……我々はどこに向かえばいいのですかっ!?」
「それはですねぇ……敵の群れ、特にワイバーンの群れが攻めてくるのはどの方角でしょうかテプレ様?」
「魔物は南側以外の全方位から国境に押し寄せてきております……そしてワイバーンは北側から攻め寄せております」
(南側には他の国がある……そっち側の魔物はツメヨ国を攻めてるのか?)
もしも同時に攻められてるとしたら、どうにも魔王軍は本気のようだ。
ドラゴン軍団を出してきたこともその証拠のような気がする。
(不味い……安全地帯がどんどん減ってる気がする)
まあともかくは目の前の危険を回避しよう。
魔物のいない南側……に戻るのは流石に色々と問題がありそうだ。
何より進んだ先には同じく魔王軍に攻められる可能性の高いツメヨ国がある。
わざわざ戦闘を回避した先で魔物と戦うなど愚の極みだ。
「ふむ……だとすると西か東だな、何か特別な施設や村はないかな?」
「特別……ですか?」
「ああ、どんな小さなことでも良い……人間には取るに足らぬものでも魔物にはとても貴重なものもあるかもしれないからね」
正直何でもいい、ただ皆を納得させる指針が欲しいだけだ。
「……私に思い浮かぶのは東側にある大僧侶イーアス様の生まれ故郷、カーフ村ぐらいです」
「生まれ故郷……ねえサーボ先生、ひょっとしてあの宝箱っ!!」
カノちゃんの目が輝く。
俺は軽くうなずくと前に手に入れた開かずの宝箱と魔法戦士マーセ様の残した言葉を伝えた。
「その話と関連があるかはわかりませんが、そういえばイーアス様が修行したという大聖堂が西の山にある洞窟に存在します」
「ど、洞窟ですかっ!?」
「はい……当時の僧侶は魔王の存在もあり、身体も鍛える必要があってそのような厳しい環境で修業をしたと伝えられております」
「……サーボ先生、どうしますか?」
テキナさんの言葉に軽く悩むふりをする。
別に俺はあの宝箱を開けたいと思っているわけではない。
何より今はただ魔物から逃げたいだけだ。
だからどっちに行ってもいい。
(まあ、気楽に選ぶか……洞窟より村のほうが安全だろうなぁ)
「前の魔物たちは洞窟を本拠地にして俺たちに潰された……恐らく何かを企むなら違う場所を選ぶだろう」
「じゃあ村に行くんですね、わかりましたっ!!」
「よーし、そうと決まれば急ごうっ!!」
「ええ、一刻も早く魔王軍の企みを打ち砕きこの国に平和と安全を取り戻しましょうっ!!」
「お、お願いいたします皆さま方……そ、そしてできるだけ早く帰還していただきますようよろしくお願いします」
深々と頭を下げるテプレ様、内心どこか納得がいってないのだろう。
「ええ、もちろん……」
(帰りませーんっ!! さようならテプレ様、ワイバーンに美味しく頂かれてくださいっ!!)
俺は心の中で手を振りながら、ゆっくりと王座の間を後にした。
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