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王都リース

 人力車の揺れを感じながら俺はムートン君の羊毛に身体を預けていた。


 またしても旅の日々だ。


 どうして俺は一所に留まれないのだろう。


(やっぱり勇者許可証なんか受け取るんじゃなかったぁ……)


 受け取り拒否にかかる僅かな労力を惜しんだ俺が馬鹿だったようだ。


「そういえばバンニ国で仕入れた情報によればリース国は何とあの大僧侶イーアス様の出身地なんですよ」


「そうなんだ、じゃあひょっとしたらこの宝箱も開けられるかもしれないね」


 イショサ国で手に入れた宝箱をカノちゃんが撫でる。


 やはり大盗賊の血が騒ぐのか、中身に一番興味津々なのがカノちゃんだった。


 俺は正直どうでもいい。


 もう一生暮らしていけるお金はあるのだ。


 あとはこれを使えて尚且つ安全が確保されている場所を見つけるほうが重要だ。


(しかし魔王の脅威は世界中のあちこちに迫っている……やっぱり何とか退治してもらわないとなぁ)


 俺はテキナさんとカノちゃんを見る。


 テキナさんは勇者の中で最強の実力者。


 カノちゃんはかつて魔王を倒した勇者の仲間の称号を受け継ぐ大盗賊。


 為政者の才能があるシヨちゃんはともかく、他の二人は魔王退治には必須の人材と言えるだろう。


(俺の安全がある程度確保されたら、この二人はカーマかセーヌに引き取ってもらうべきだなぁ)


 俺は魔王退治などごめんだし……絶対に足手まといになる。


 対してカーマとセーヌの実力は確かだ。

 

 世界全体の、ひいては俺自身の平和のためにも彼らに魔王を退治してもらいたい。


(ただこいつら俺に惚れてるんだよなぁ……行けって言っても聞くかなぁ)


 恋人など一生作らないと決意している俺にはただ迷惑なだけだ。


「サーボ先生、もうじきリース国の領内です……今のところ魔物の姿は見受けられませんね」


「私が政治をしていた当時も魔物の被害は出てなかったみたいですよ」


 シヨちゃんは政治にどっぷり浸かり周辺国と会談を頻繁にしていただけあってかなり情報通だ。


「うーん、でもあの魔物の言い方だと今すぐにでも襲ってきそうだったんだけどなぁ」


「東西南北の孤島に本拠地があると言うからねぇ……進軍するための準備に時間がかかっているのかもしれないね」


「いずれはそこにも乗り込まないといけませんね、どこかで船を入手する方法も考えていきましょう」


(冗談じゃねぇ……そんな危険地帯に乗り込むなんてお断りだよ)


「先のことを考えてもキリがない、それより目の前のことを片付けることに全力を尽くそうではありませんか」


 テキナさんを諫めておく。


 でないと本当に船を調達しかねない。


(人力船とか用意してテキナさんが泳いで引っ張りかねないからなぁ……この体力お化けめ)


「はい、サーボ先生のおっしゃる通りに致します……私が考えるより先生にお任せしたほうが良い結果になりますからね」


「はーい、わかりましたー」


「うん、僕も先生の言うとおりに頑張るよー」


 誰も俺の言うことを疑ったりしない。


 忠実と言えば聞こえがいいが、こいつらのは狂信に近い。


(全部が誤解の上で成り立っている……砂上の楼閣とはこのことだなぁ)


 俺たちの信頼関係はいつ崩れてもおかしくはないのだ。


 だから俺としては余り三人が思い通りに動くなどと考えて行動するつもりはなかった。


 いつ縁を切られてもいいように……むしろ裏切られたと思われて襲い掛かられないためにも早めに縁を切ってしまいたいところだ。


(やっぱり俺のパーティを丸ごとカーマかセーヌに引き取ってもらいたい……ちょっと少しずつ考えていくかなぁ)


「領地内に入りました、やはり魔物の姿はありませんね」


「ですが警戒だけは怠らないようにしよう……一見平和そうに見えても内部にじわじわと侵食している可能性もあるからね」


 確かにぱっと見は何ともなっていない。


 しかし魔王軍は奸計に長けている。


 力押しならともかく、目に見えない形で攻め寄せていないとは限らない。


(敵の姿さえ見えてればカノちゃんが本拠地を見つけだしてテキナさんが瞬殺してくれるんだけどなぁ……)


 とにかく尻尾を掴む必要がある。


 そのためにも俺とシヨちゃんが情報を集めて精査していくべきだ。


 戦前と戦後の処理が俺とシヨちゃん。


 戦中の対応はテキナさんとカノちゃん。


 うまい具合に役割分担が出来つつある気がする。


(これで今まで魔王軍と戦えて来たし、これからも戦える……って俺は今何を考えていたっ!?) 


 無意識のうちに魔王軍との戦闘を想定していた自分に愕然とした。


 本来の俺ならいかに危険を避けるか、どうやって身の安全の確保するかを最優先に考えたはずだ。


 流れとは言え真面目な勇者のように魔物の殲滅について思考を割いてしまった。


(しっかりしろよ俺……無能なんだから真面目に身を入れるな、何事にも本気になるな)

 

 前回自ら魔王軍の討伐を指揮したことで少し調子がずれているようだ


 俺は自らの頬を叩きしっかりと自戒する。


(やるべきことは俺の安全の確保、その上で魔物を回避する方法を考えて……無理だった場合だけ戦闘だ)


 とはいえ魔王軍がバンニ国のように本格的に進行してきた場合は戦わざるを得ないだろう。


 だが自ら進んで戦いに行く必要などないのだ。


「サーボ先生、やる気満々だねっ!! やることがあったら僕に何でも言ってよっ!!」


「私も頑張っちゃいますよっ!! 何でも言ってくださいっ!!」


「もちろんこのテキナも先生のおっしゃる通りにさせていただきますっ!!」


(魔王退治辞めてパーティ解散しよーぜーって言ってみたい……絶対言うこと聞かねぇだろうなぁ)


「ありがとう皆、とりあえずは何にしても王都リースに向かおうじゃないか」


 俺は内心ため息をつきながら、いつも通り表面上は真摯な態度を崩さない。


 言葉通り人力車はまっすぐ王都リースを目指し、あっさりと到着した。


 馬車置き場に人力車とムートン君を預けて早速中へと入っていく。


「へぇ~、中々穏やかな場所だねぇ」


「この国はイーアス様の出身地ということもあって僧侶を目指す人が多いんですよぉ」


 シヨちゃんの指摘した通り、街中は人通りは多いけどどこか静かで安穏としている。


 教会のような礼拝できる場所が幾つもある。


 商売人が多くて活気にあふれた王都イショサとはだいぶ雰囲気が違った。


「サーボ先生、これからどう……っ!?」


 テキナさんが何かを見て固まる。


 視線の先には国の外観から浮いている武器商店がある。


 その店頭には……ビキニアーマーを着てピンク色をしたキノコ型の武器を持った等身大のテキナさん人形があった。


「これ私たちがブランド化した武具屋さんですよぉっ!! ほら勇者ご愛用のテキナソードにテキナアーマーが売ってますぅ」


「くぅぅっ!! こ、このような破廉恥な人形を店頭に飾るなどぉっ!? だ、誰の仕業だぁっ!?」


「私ですよぉ、目印はわかりやすいほうがいいですし……この人形を置いてから全体の売り上げが10%アップしたんですよぉ」


(シヨちゃんそんなことまでしてたの……テキナさんご愁傷様)


「し、シヨっ!? む、無断でそのようなことをするではないっ!! い、今すぐ人形を撤去させるぞっ!!」


 テキナさんは顔中真っ赤にしながら武器屋に突貫しようとした。


 余りの迫力に周囲を行く人たちの関心を集めて、人形を抱きかかえて店内に突入したことでより騒がしくなる。


「あれがオリジナルの……」


「もっと痴女っぽいかと思ったら意外とまとも……」


「こっちにいるのがお仲間かぁ……まともそうだけどやっぱり変態なのかなぁ……」


 物凄く居心地が悪い。


 僧侶を目指す人が多いだけあり、この街では好意的に見られていないようだ。


「サーボ先生、どうしますかぁ?」


「……とりあえずテキナさんを追いかけよう」


 シヨちゃんは平然としている。


 どうやら独裁者をしているうちに人の陰口ぐらいじゃ動じなくなったようだ。

 

(カノちゃんは……一人だけ装備使って隠れやがったっ!? ずりぃぞっ!!) 


 恐らく人形に気づいた時点でトラッパーの装備を利用して透明状態になったのだろう。


 一人だけ変態扱いから逃れようなどとは大盗賊だけあって卑怯なことこの上ない。


「シヨちゃん、バンニ国に戻ったら第二弾をやろう……大盗賊キャンペーンだ」


(俺を差し置いて逃げるなんて許せねぇっ!! 盛大に巻き添えにしてやるわっ!!)


「はーい……カノさんの裸姿にあの黒ローブを着せて、いつでも捲れるようになっている人形なんかどうですかぁ?」


「良いねぇ、全国展開してあげようっ!! 採算は度外視して人形を置くことに全力を……」


「わかったよぉっ!! 隠れるの止めるからそれだけは勘弁してよぉっ!!」


 カノちゃんが姿を現した。


(当たり前だ、俺と同じ苦しみを味わえ……)


 人々に後ろ指をさされながら、俺たちは武器屋へと足を踏み入れた。


「だ、だからぁ……こ、このような破廉恥な人形はだなぁ……え、ええい何処を見ているのだっ!?」


「ですから創業主様の意向ですので私の一存では……しかし本人様もまた魅力的で……」


「か、身体を見るなぁっ!! と、とにかくこの店の主はだなぁ……し、シヨっ!! この者に説明してやってくれっ!!」


 男の店主とやり取りしているテキナさんが助けを求めるようにシヨちゃんを呼ぶ。


「どうも~創業主のシヨでーすっ!! この街では色気は不評ですから人形は撤去しちゃってくださーいっ!!」


「え……し、シヨ様っ!? は、ははぁおっしゃる通りにいたしますっ!!」


 鼻の下を伸ばしてテキナさんの身体を眺めていた店主だが、シヨちゃんの顔を見るなり慌てて人形をもって店の奥へと消えていった。


(影響力がやばい……この大陸全土を巻き込んでの通商活動も管理してたもんなぁ)


「と、ところでシヨ様は何用でございましょうか? 営業不振の調査でございますか?」


「違いますよぉ、この街が僧侶向けだから売り上げが低いのは理解してますぅ」


「そ、そうなのですよっ!! それでも魔王軍への備えとして勇者印の装備が何とか最低限売れている次第でして……」


 良い大人が未成年のシヨちゃんにぺこぺこしている。


 こんな場末……とも言わないがチェーン店の一角ですら通じる威光を持っているとは恐ろしい。


(この怯え様からすると、独裁者気質もバレてるんだろうなぁ……)


 しかし好都合だ。

 

 情報収集もこれなら容易だろう。


「実はこの街は魔王軍が次の標的にしている可能性があるんだ、何か怪しい話を聞いたりしていないかな?」


「魔王軍がこの街を……それは大変ですがこれと言って怪しい話はありませんし、仮に本当だとしてもここは安全ですよ」


「ほう、それはどういうことだろうか?」


「何せここには大僧侶様がいらっしゃいます……かつての英雄の称号と実力を引き継いだテプレ様がね」


(おお、まるでカノちゃんみたいじゃないか……それは大層な実力者だろうなぁ)


「テプレ様って……確かこの国を治めている女王様ですよねぇ」


「シヨ様のおっしゃる通りです、この国は代々大僧侶の称号を引き継いだものが管理する決まりがあるのですよ」


「なるほどな、しかし魔王軍はそう甘いものではないぞ……いくらテプレ様が実力者とは言え一人で国を守り切れるであろうか?」


「それがテプレ様の強大な魔力は国の領土を覆うほどの巨大な結界を生み出せるのです、ですから領内には魔物一匹いないほどです」


 店主の言葉に俺は少し首をひねる。


(けどムートン君は中に入れているよなぁ?)


「ですが俺たちの仲間である元魔物のムートンは入ってこれているのですが?」


「ああ、魔物と言いましたが正確には人間以外の種族で人に好意を抱いていない生き物が弾かれるようです」


「なるほど……つまり異種族なども人間に敵意を抱くものは入ってこれないのですね」


「ええ、ですから魔王軍がどんな種類の魔物で攻めてこようとも害を為そうとするかぎりは中に入ることはできないわけです」


 だから武具が売れないのだと締めくくった店主。


(なるほどな……つまり、この国こそ俺の求めていた楽園じゃないのかっ!!)


 魔物が結界で排除され、実力者である大僧侶様の庇護の元にある国。


 おまけに国中に僧侶候補があふれているとなれば治療には事欠かないだろう。


 ある意味でとても安全だと言える。


「それが本当なら僕たちが守る必要はなさそうだね」


「うむ、一旦ツメヨ国に向かうべきかもしれないな……サーボ先生はどうお考えですか?」 

 

「いや魔王軍相手に甘い考えは禁物だ、奴らはこの程度の防備は必ず打ち破ってくるっ!!」


(もう戦いたくないんだよぉっ!! この国で甘えて暮らしたいのぉっ!!)


「サーボ先生がそういうなら私たちはもちろん従いますよぉ……しばらくこの国に滞在ですねぇ」


 シヨちゃんの言葉に重々しく頷いて見せる。


 勿論残りの二人も俺の発言に逆らうわけがない。


「わかりました、では魔王軍の襲撃に備えて待機することにいたしましょう」


「ああ、ひょっとしたらかなり時間がかかるかもしれないが、それも魔王軍の手かもしれない……焦れずに待とうではないか」


(できれば一生待ってたい、どうか魔王軍様この国の襲撃だけはあきらめてくださいぃっ!!)


「そうだね、じゃあ魔王軍が来るまでは宝箱を開けることを優先して考えよっか?」

 

(流石大盗賊カノちゃん、宝箱のことしか頭にねーのかよ……まあ別に退屈だからいいけどよぉ)

 

「確かに手持ち無沙汰なのも問題だろうし……店主さん、この辺りにイーアス様に縁が深い場所などはあったりしないかな?」


「それは私には何とも……それこそテプレ様に直接伺ったほうが早いかと思われます」


(一国の女王様にそんな気やすく会えたら苦労しねえよ……勇者許可証見せれば行けるか?)

 

「うーん、一応私面識在りますから会うだけならできそうですけどぉ……テプレ様ってスケジュール多忙だから時間かかりそうですよぉ」


 シヨちゃんがサラっととんでもない発言をした気がする。


「し、シヨちゃん会ったことあるのっ!?」


「うん、バンニ国で働いてた時にこの大陸の全指導者と顔合わせしたんだぁ……イショサ国の王様ったら物凄く面白い顔してたんですよぉ」


(そりゃあ自国の勇者として信じて送り出した人間が隣国に染められた姿を見せつけられたんだから……ショックだったろうなぁ)


 正確には勝手に出ていっただが、どちらにしても王様が感じた衝撃は想像することもできない。


 なんとなく勇者許可証が再発行された真の理由が分かった気がした。


(イショサ国の勇者だと主張したかったんだろうなぁ……けど残念、もうあなたの所に帰る気はありませんの)


 俺はこの国に骨をうずめると決めたのだ。


 万が一駄目でもこいつらに連れられてバンニ国暮らしだろう。


 どちらにしてもイショサ国に帰るという選択肢はないのだ。


「まあその話はともかくとして、面会を申し込んでおくのは悪くないと思うよ……さっそく王宮に向かうとしよう」


(時間が掛かれば掛かるほど長居できるからなぁ)


 他に情報もなさそうなので俺たちは早速王宮へ向かうことにした。


 入り口を守る門番に勇者許可証を提示し、バンニ国の政務官であったシヨちゃんの名前で面会を申し込む。


「ご存じかもしれませんが、テプレ様は身分の隔てなく面談なされておりますので許可が出るのはしばらく先の話になると思います」


「ええ、構いませんよ……大事な要件ですので一年先でも十年先でも待ちますよ」


 俺の言葉を聞きながら門番は王宮内へと走って行った。


「もうサーボ先生ったら冗談ばっかり……十年は言いすぎだよぉ」


(本心なんだけどなぁ……)


 しかしこの調子なら十年はともかく、それなりに滞在できそうだ。


 俺は久しぶりに訪れそうな休息をどう過ごそうか考えることにした。


「ゆ、勇者サーボ御一行様っ!! い、今すぐ王座の間へといらして欲しいとのことですっ!!」


 息も荒く戻ってきた門番が面会の許可が出たことを伝えてくる。


(絶対に面倒ごとが絡んでるパターンじゃねぇかっ!? 冗談じゃねえぞっ!!)


「……欲しいってことは強制じゃないよね、じゃあちょっとお色直しをしてこようかなぁ?」


「さっきからふざけ過ぎですよサーボ先生、もちろん今すぐ面会させていただく」


 俺は三人に引っ張られながら王宮内に入っていくのだった。


(嫌ぁああああああっ!! 何でこうなるのぉおおおおおっ!!)

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