王都バンニに到着……お前らさぁ……
王都バンニは街が城壁の内側にある城郭都市である。
しかしその城壁はあちこちが欠けており、入り口を封鎖する門は無残にも破壊されていた。
そして街中にはあちらこちらに魔物と人間の死体が転がっていた。
(今までの魔王軍は人間を攫ってはいたが殺してる様子はなかった……本気ということか或いは別の訳があるのか?)
「うぅ……こんなの酷いよぉ」
「あ、あんまりです……埋葬してあげたい」
「二人の気持ちはわかるけどここは戦場なんだ……全てが終わらなければそんな余裕はないよ」
「サーボ先生のおっしゃる通りです……心を引き裂かれる思いですがここは冷静に進ませていただきます」
軽く手を合わせて俺たちは死体を素通りして街中を進んでいく。
あちこちの住宅に火が付いた後があり、焼け落ちたり力づくで破壊された家屋ばかりが広がっている。
テキナさんたちは悲痛な表情で苦しみに耐えるようにして前を向いていた。
「とにかく城を目指そう……あの兵士の言う通りなら生存者がいるはずだ」
「くっ……わかりました」
進むうちに道の舗装も悪くなり、人力車での移動が困難になってきた。
仕方なくそこから歩いていくことにする。
「カノちゃん、悪いけどフードを被って透明状態で俺たちについてきてくれ……誰かが一人にならないように見守っていてくれ」
(何があるかわからねーからなぁ、保険かけておこう)
「はい、サーボ先生……失礼します」
カノちゃんがフードを被り姿を消す。
同時に俺の服の一部が引っ張られるのを感じた。
恐らくそこを掴んでいるのだろう。
「逸れたらまずい、シヨちゃん手をつないでいこう……テキナさんも離れすぎないように」
「えっ……は、はい、えへへ……」
シヨちゃんが嬉しそうに俺の手を取り、体温を確かめるように頬擦りする。
「むっ……さ、サーボ先生敵が出るまでの間私も手をつないでおくべきかと思うのですが?」
それを見てテキナさんももじもじとこちらへと手を伸ばしてくる。
その前に俺のもう一つの手が透明な何かにとられる。
(この状態で色ボケしてんなよお前らさぁ)
「おっほん、今は緊張感を持っていくべきだっ!! 片手はフリーにしておかないと危険だよっ!!」
「うっ……も、申し訳ございません」
テキナさんが手を引っ込め、透明なカノちゃんも俺の手を離して服をつまんだ。
「そうですよぉ、変なことを考えてる場合じゃありませんよぉ……えへへ」
「シヨちゃんも笑うの厳禁、しっかり前を見ようね」
「はぅ……す、すみませぇん」
(面倒くせぇ、こういうとき女の好意は厄介だなぁ……いやいつでもか)
何とか三人をとりなしているうちに城内に足を踏み入れていた。
豪華そうな城内もあちこちボロボロで戦闘の跡が見受けられる。
足元に敷かれた赤い高価そうなカーペットも、壁に飾られたインテリアも痛々しいぐらいに傷だらけだ。
(無傷の物があったら持って帰って……邪魔になるだけか、おまけに売りさばく場所もなさそうだし)
「サーボ先生、足音が聞こえます……誰かがこちらへと向かってきているようです」
テキナさんの指摘通り足音が断続的に鳴り響き、だんだん大きくなってきている。
身構えていた俺たちの前に見覚えのある人影が飛び出してきた。
「おや、これはプリス様?」
「ひっ!? あぁっ!?」
前にあった時とは打って変わり、俺たちの姿を見るなり脅えきった様子でその場に蹲ってしまう。
「一体どう……っ!?」
声をかけようとして俺はプリス様の影がないことに気が付いた。
次いで新たな足音と共に、またしても見覚えのある一団が姿を現した。
「おお、これはカーマ殿とセーヌ殿……にプリス様ですか、よくぞ御無事で」
やはり影のないもう一人のプリス様に従うように、こちらは影のある勇者二人が付き添っていた。
(まあこいつらの実力なら自分の偽物ぐらい瞬殺できるだろうし、影があってもおかしくはないなぁ)
「サーボっ!? お前たちも来たのか……まあいい、その偽物をこっちに渡せっ!!」
「テキナさんにシヨちゃん、カノちゃんは来てないのか……まあ今はそれどころじゃないんだ、そこの魔物を渡してくれ」
「そうじゃっ!! 今すぐそこの不敬なる魔物を排除せいっ!!」
「ち、ちが……わ、わらわが本物……」
三人の容赦のない言葉に俺たちのそばにいるプリス様は弱々しく言い返すばかりで抵抗もできなそうだった。
「まあまあ落ち着いて、こちらも大体の状況は把握しております」
「だったら早く偽物を渡してくれっ!! そいつのせいで防壁は崩され何人も犠牲が出てるんだっ!!」
「王様だって危篤状態だっ!! この場で始末してしまわないとさらに厄介なことになるっ!!」
「し、しかし私の目にはどちらも同じに……こちらのプリス様が偽物であるという証拠はあるのですか?」
テキナさんの言う通り見た目では区別がつかない。
最も性格からすれば確かに向こうのプリス様のほうが記憶にある姿とは一致する。
「見ればわかるであろうがっ!! さっさとその化け物を始末せいっ!! わらわと同じ姿をしているだけで万死に値するわっ!!」
「さ、サーボ先生どうしましょうか?」
俺は目の前で震えるプリス様を見て、ついで今にも勇者をけしかけようとするプリス様を見る。
(目の前のこいつが魔物なら殺されても問題なし……本物でも死ねばあっちが偽物であることがわかる……何も問題ねーな)
「わかりました、ではどうぞ」
「い、いいのですかサーボ先生っ!?」
「あそこまではっきりと言い切る以上はちゃんとした理由があるのだろうからね、来たばかりの俺たちには判断できないよ」
三人が納得できるようそういいながら、俺はカーマとセーヌに一つだけお願いした。
「ただし万が一のことを考えてそちらのプリス様を拘束して頂きたい」
「なっ!? 何をほざくっ!?」
「ですから保険ですよ、万が一こちらのプリス様が本物だった場合に偽物に逃げられたら本末転倒ですからね」
「さ、サーボッ!? 仮にも一国の姫君を拘束することなどできるものかっ!?」
カーマの言葉はある意味最もだが、この非常時には似つかわしくない。
「人に化ける魔物の脅威はあなた方がよく知っているでしょう……万が一にも逃がすわけにはいかない、違いますか?」
(魔物は確実にぶっ殺さないとまずいし……あの高飛車なお姫様の無様な姿も見てみたいしな)
「それは……しかし、そっちのが偽物であることは確実だというのにそのような不敬な真似は……」
「ふざけるでないっ!! なぜわらわがそのような目に合わねばならんのじゃっ!! あの者らも始末せよっ!!」
二人のそばにいるプリス様は怒声を上げ、ついに俺たちを退治しろとまで命令し始めた。
「ち、違う……わらわが本物じゃ……信じてくれぬか……」
それに対して近くにいるプリス様は這いずる様にして俺たちの元へ縋ってくる。
(あっちのプリス様うるせぇ……こっちを本物ってことにして始末しちゃいてぇ)
どうせ見分けがつかないのならどっちを始末しても最終的には同じことだ。
「一応確認しますが守る前に拘束させていただきます、よろしいですか?」
「か、構わぬ……わ、わらわを信じてくれるのならば何でもする……助けて……」
(良し決定、まあ来たばかりだから一度ぐらい間違えても泣いて謝ればなんとかなるだろ)
「わかりました、シヨちゃんプリス様を拘束……テキナさん、もし俺があっちを偽物だと言ったら信じて戦ってくれるかな?」
「……サーボ先生がおっしゃるのならばこのテキナ、誰が相手でも戦いますっ!!」
「なっ!? さ、サーボ貴様正気かっ!?」
「くっ!? 女の涙にごまかされるとは貴様は勇者失格だぞっ!!」
「聞いたかお主ら、あやつらは魔物の味方じゃ……勇者として敵を排除せよっ!!」
一触即発のような空気が広がる。
「待ってくれ、まだこちらに付くと決めたわけじゃない……俺としても君たちとは争いたくはない」
「だったら早くそいつを渡せっ!!」
「その前にこっちが偽物である理由かそっちが本物である理由を説明してくれ……俺たちを納得させてほしい」
「そんな悠長なことをしている場合かっ!? その隙にそいつに逃げられたらまた面倒なことに……」
「見ての通り既に拘束している……この状態で逃げられるかな?」
シヨちゃんの手によってプリス様はがんじがらめに……縛り過ぎじゃないかなぁ?
首から下は完全にロープで覆われてしまっていた。
「くっ……本当に無能な奴だサーボめっ!! こんなことで無駄な時間を使わせやがってっ!!」
「まあまあ、このままだと俺はともかくテキナさんやシヨちゃんとも敵対することになるけど……いいのかなぁ?」
「どこまでも屑だなサーボっ!! 女をかばうために別の女を盾に使うとはっ!!」
(はーい、その通りの屑でーすっ!! 無能ですみませーんっ!!)
その程度の罵声は里で言われ慣れているし俺自身そうだと思っているから何とも思わない。
「……サーボ先生、指示を下さればこのテキナ今すぐにでもあの者達の息の根を止めて見せますが?」
「……サーボ先生、遠慮なくやっちゃいましょうよ?」
(おいおい、君たち過激すぎ……俺としてはあいつらの能力自体は魅力的なんだよぉ)
むしろ俺の代わりとばかりに勝手に怒る女性陣の方が面倒だった。
「俺は出来る限り平和的に事を済ませたい……屑でも無能でもいい、どうか対話での解決をお願いしたい」
「ええい、じれったいわっ!! 構わぬから叩きのめしてしまえっ!!」
「申し訳ござませんプリス様……テキナさんはかなりの実力者でして我々二人掛かりでも敵うかどうか」
「その隙に他の者にプリス様が狙われては仕方ありません、ここは口惜しいですがサーボの言い分に乗るのも一つかと」
「許さぬっ!! わらわを敬わぬあのような輩を許すわけにはいかんのじゃっ!!」
(交渉決裂かなぁ……よし、何とかして俺だけは逃げないとな)
最悪は三人の女を盾にして逃げることを決意する。
「はぁ……申し訳ありませんテキナ殿、プリス様のご命令です」
「くっ……プリス様がおっしゃるのでしたら、テキナさんできれば逃げてほしい」
「先ほどはよくぞほざいたなっ!! 貴様らこそ女の尻に引かれ愚かなる判断を下しおって、恥を知れっ!!」
「テキナさん、あんな奴らやっちゃえーっ!!」
(シヨちゃん煽らないで……はぁ、これでこっちが偽物だったらこの場の全員のテンションがやばいことになるなぁ)
しかしどうしようもない。
向こうのプリス様が意見を覆さない限りは激突は時間の問題だ。
「わかりました、では最後にプリス様両名に伺います……どちらが偽物ですか?」
「わ、わらわが本物じゃ……です……信じて、くださいませ……」
「はっ!! まだいうか……わらわこそ本物じゃっ!!」
(そう答えるか、なるほど……甘かったなぁ偽物さんよぉっ!!)
「俺が断言する、そっちのプリスが偽物だっ!! 辛いだろうけど俺を信じるなら隙を見て一撃で止めを刺してくれっ!!」
俺はカーマとセーヌのそばにいるプリスを指し示した。
「なっ!? どこまで愚かなんだサーボっ!!」
「くっ!! プリス様、我々のそばから離れないでくださいっ!!」
「気でも狂いおったかっ!? やはりお主らはて……がはっ!?」
皆が注目する中で、俺が偽と断じたプリスは左胸から鮮血を流して倒れた。
「な、なに……っ!?」
「ぷ、プリ……っ!?」
果たして俺たちが見ている前で絶命したそいつは、崩れ落ちたまま狐に似た魔物の本性を暴け出した。
「きついことをさせてすまなかったね、俺を信じてくれてありがとう……カノちゃん」
「ううん、だってサーボ先生の言葉だもん……絶対に大丈夫だってわかってたよ」
フードを脱いだカノちゃんが笑顔を見せる。
先ほどわざわざ大げさな言い方をしたのはカノちゃんに指示を出すためだったのだ。
(流石に正面から勇者同士で争われたらシャレにならんからなぁ)
「本当にご苦労様だカノちゃん……悪いけどまたしばらく隠れていてくれ」
人かもしれない相手を殺したのだ。
その際に感じたストレスは相当の物だったはずだ。
それでも健気に笑うカノちゃんを気遣うために頭を撫でて感謝を伝えた。
(いや本当に助かったわ……大盗賊様様だなぁ)
「へへ……うん、僕サーボ先生の為なら全然平気だから、もっと頑張るね」
「ありがたいカノ……頑張ってくれ」
「カノさん凄いです……頑張ってください」
皆の賛辞を受けて嬉しそうに頷くとカノちゃんはフードを被りまた隠密状態へと戻った。
「プリス様も影が戻ったようですし、シヨちゃん拘束を解いてあげて」
「はい、わかりましたっ!!」
「……貴様ら、何か言うことはないのか?」
呆然と立ち尽くすカーマとセーヌにテキナさんが冷たい言葉をぶつけた。
「な、何故……何でこっちが偽物なんだ……」
「お、俺たちとずっと一緒にいたのに……ど、どうして……」
(一緒に居たら影盗られてねーだろーが……どうせトイレか何かで目を離したんだろ)
「さ、サーボ殿……うぅ……し、信じてくれて感謝しておる……あ、ありがとう」
弱々しくかつての高慢さも見られずに涙目で謝礼するプリス様。
「流石サーボ先生です……けれどよくあの問答だけで正体を看破できましたね」
「そ、そうだ……お前どうしてわかったんだっ!?」
「一緒にいた俺たちですら見分けがつかないぐらい完璧だったのに……何故だっ!?」
「いや偶然ですよ……あの魔物は俺たちがプリス様に一度会っていることを知らなかったのでしょうね」
そうあの時出会って会話していなければ俺だって見抜けなかった。
「だから何故一度会っただけでわかるんだっ!!」
「一度会えばわかるでしょう……プリス様はとても特徴的なお方ですから」
「あ……さ、サーボ殿……」
誰だって一度会えばプリス様が甘やかされた思いあがった少女だと分かるはずだ。
あの時だって俺が何を聞こうともわらわの言うとおりにしろの一点張りだった。
(そう普段のプリス様なら俺が何を聞こうともこう言ったはずだ、『いいからわらわの言うとおりにしろ』とね)
弱り切っているプリス様ならともかく、いつも通りのプリス様がわざわざ俺なんかの質問に答えるわけがないのだ。
事実途中まで魔物は完璧に普段のプリス様に成りきり、一度だってこっちの言うことなんか聞かなかった。
だけど最後の最後で自分の身の安全の為に俺の質問へ答えてしまったようだ。
(あくまでも俺は仲間の罪悪感を減らすために無視してほしくて聞いたんだけどなぁ)
もしあっちが本物であっても質問に答えなければ敵だと誤解したという言い訳に説得力が生まれるはずだったから。
とはいえこんなことを馬鹿正直に言う必要はない。
「人の命が掛かっているのだ……あなた方はもう少ししっかりと相手の内面を見るべきだ、見た目の色香に騙される前にね」
(ぶっちゃけどっちが死んでもいいと思っていた俺のありがたいお言葉を聞くがいいっ!!)
「くぅっ!?」
「ぬぅっ!?」
「サーボ殿ぉ……うぅ……わらわは……うわぁあああっ!!」
プリス様に泣きつかれてしまった。
(服が汚れる……というか魔物に気づかれるから大声出すなよぉ)
「さすがサーボ先生、あのように罵倒された相手の内面すら気にかけておられたとは……御立派です」
「凄いですサーボ先生、私全然見分け付かなかったです……見惚れちゃいましたぁ」
服の袖が引っ張られている。
多分カノちゃんも同じようなことを言いたいのだろう。
「はは、まあとにかくプリス様も無事だったことだし良しとしようじゃないか……ここからは皆で協力して魔物と戦おう」
「くっ……何故貴様に仕切られねばならんのだ……」
「ちぃ……俺はお前の言うことなど聞きたくは……」
「わ、わらわも嫌じゃ……わらわの命を狙った者達と共にいるのは嫌じゃ……」
(おいおい、ここまでお前を守ってきたのはこいつらだろうが……)
「彼らも勇者の前に一人の人間です、誰にでも間違いはございます……一度のミスで見限るのは上に立つ者としてどうかと思いますよ」
「うぅ……じゃ、じゃが……」
「ご安心ください、貴方様の身柄は俺たちが守りますから」
(お前みたいな地位のあるやつが入れ替われたらお終いだからなぁ、そして護衛は多いほうがいい)
「そしてカーマ殿とセーヌ殿、俺に従うのが嫌なのはわかりますが緊急事態なのです……ご協力をお願いします」
「……」
「別に言うことを聞けとは言いません、ただ女性たちの護衛としてついてきてくれないでしょうか?」
「……はぁ、流石に今回ばかりは拙者の負けを認めてやる」
カーマのほうが遂に折れたようでため息をつきながらも武器を仕舞いこちら側へとやってきた。
(最高の護衛来たぁあああっ!! テキナさんと二枚看板っ!! 俺無敵ーーっ!!)
「しょ、正気かカーマっ!! こんなやつに従うのかっ!!」
「悔しいがサーボの言う通りだ、こんな非常事態に意地を張って……実際に王女様へ刃を向けた拙者らに意見をいう資格があるか?」
「くっ!! お、俺は認めねぇぞっ!!」
「セーヌっ!! あの愚か者がっ!?」
(ああ、俺の最高の護衛その三がぁっ!? 行かないでよぉおおっ!!)
俺の願いも虚しくセーヌは去って行ってしまった。
「サーボ先生のすばらしさがわからぬとは……どこまでも小物な奴だ」
「いや、テキナ殿のその意見には同意しかねるが……ともかくプリス様、まずは謝罪させてくだされ」
「……うぅ……も、もうよい……あ、頭を上げられよ」
土下座して許しを請うたカーマを涙目ながらも受け入れたプリス様。
(駄目だって言っても無理やり説得したけどな……まあ良しとしよう)
「申し訳ございません……さて、これからどうされるおつもりですか?」
「……わ、わらわはサーボ殿に一任しようと思う、もう勝手なことをして現場を騒がせるのはごめんじゃ」
「プリス様がそうおっしゃるのでしたら……サーボよ、今だけ拙者はそなたに従おう」
「これはこれは、とてもありがたい……いや本当に頼りになるお言葉です」
(ああ、安心感が全然違うわー……うぅ、これからもずっとそばにいてほしいよぉ)
これで前衛と後衛に実力者が居る状態を維持できる。
お荷物であるプリス様一人抱えるぐらいどうってことのない状態だった。
「では早速ですが皆の居る場所へ案内していただきたい……道中で現在の状態を詳しく教えてくださればなおのこと幸いです」
「わかった、王も皆もこちらにおられる……そして現在の状況とはいえ何から話せばよいものか……」
「できる限り情報が欲しいのです、俺たちと離れた後からできる限り詳細に教えていただきたい」
俺たちを先導しながらもカーマは重い口を開いて話し始めた。
「あの後か……拙者とセーヌは仲間を連れてバンニ国の領土へと向かった、道中迫りくる魔物の群れを排除しながらだ」
「やっぱりあれはカーマさん達がやったんですねぇ……あれだけの魔物を退治しちゃうなんてやっぱりすごいなぁ」
シヨちゃんの言葉に少しだけ嬉しそうにするカーマ。
「あの程度勇者ならば大したことではない……そしてそのままの勢いで王都へと入り同じく魔物の群れを一掃したのだ」
(俺もカノちゃんもシヨちゃんも勇者だったけど全くできそうにないんだけどなぁ)
「王宮へ籠城していた兵士と王様は我々の活躍を見てバリケードを解き、皆を受け入れてくれたのだ」
「……父上は顔色こそ悪かったがその時は元気であった、しかしわらわたちと合流したその日の夜に……うぅ……」
「プリス様、無理に口を開かずにお気を確かにお持ちください」
涙ながらに語ろうとしたプリス様をテキナさんがいたわる。
「悲惨なことに食事に毒が仕込まれていたようなのだ……すぐに解毒魔法をかけたが未だに意識は戻っていない」
「それはとても強力な毒ということでしょうか? すみませんが魔法には疎くていまいちつかめません」
カーマが心底あきれ果てたような目で俺を見つめてきた。
「サーボお前それは初歩学……いや今は言うまい、回復魔法で癒せるのは外傷で解毒魔法は毒成分を取り除くことしかできんのだ」
「つまり臓器……特に脳などが毒の病症として損傷してしまえば治療は追いつかないと……」
「他にも体内の免疫に干渉して結果として体調を崩す薬など、要するに解毒魔法が毒と認識してくれないものは駄目なのだ」
前に毒を盛られたことを思い出してゾッとした。
(道理でテキナさんが解除薬をわざわざ探しに行ったわけだ……解毒魔法で治しきれない可能性もあったと……)
「最も王様が倒れている理由がどちらの原因かはわからんがな、とにかく王様が倒れた以上は指揮権はプリス様へと移った」
「隊長さんとか兵士を総括する立場の方はいらっしゃらなかったんですかぁ?」
「ああ、全滅だ……残っていたのは王様の護衛兵だけだった」
「そうじゃ……だからわらわは指揮を執った……つもりじゃった……だが被害は増える一方じゃった……」
プリス様はその場に崩れ落ちると顔を両手で押さえるが隙間から涙が滴って落ちていた。
(立ち止まるなよ……面倒くせぇなぁ)
時間がもったいない。
「プリス様落ち着いてください……歩くのもお辛いでしょう、このサーボの背中にお乗りください」
「っ!? さ、サーボ先生、負ぶるのでしたら私がやらせていただきますっ!!」
「さ、サーボ先生が負ぶる必要はないんじゃないですかぁっ!? だ、誰かほかの方に背負ってもらえばいいと思いますぅっ!!」
「サーボ……お前にそのような体力があるのか? 必要ならば拙者が背中を貸そうではないかっ!!」
(どいつもこいつも何でムキになってんだよ……)
本当はテキナさんとカーマには戦闘に専念してもらいたかった。
しかしわざわざ空気を悪くする必要もない。
(この二人なら両手がふさがってても何とかなるか)
「わかりました、ではプリス様が落ち着けるようお好きな方を選んでもらいましょうか」
「…………サーボ殿」
「お気になさらずに……プリス様が落ち着けるよう取り計らうのも大事なことですから」
「じゃから……サーボ殿の背中を借りたいのじゃ……駄目かのぉ?」
(おいおい、なんでこの空気の中でそういうこと言うの……てかさっきから妙にプリス様の視線に既視感を覚えるんだが)
涙で潤んだ瞳で俺をまっすぐ見つめるプリス様。
まるでこれは俺を慕う三人組の視線に似ている気がした。
(気のせい……気のせい、絶対気のせいぃいいいいっ!!)
何とか自分に言い聞かせてみるが恐らく俺の勘違いではないだろう。
何せプリス様は本人なのに誰にも信じてもらえず偽物扱いされ、挙句に命を狙われ心身ともに衰弱しきっていたのだ。
そこに颯爽と到着した俺が彼女を信じると言って助け、心も体も救い上げた。
これで好感を得ないはずがない。
まして俺は最初の出会いで悪印象だったこともあり、その感情の反転は著しいことになっているはずだ。
となればプリス様の中で俺への感情が好意まで発展してもおかしくはない。
(ただひたすら迷惑なだけだけどなぁあああっ!! 畜生どうしてこうなるっ!?)
「は、はは……勿論構いませんよぉ、ほら背中にのってくださいませぇ」
指名された以上は断るわけにもいかない。
「うん……サーボ、様の背中……たくましいのじ……です……」
(何で急にそんなに大人しくなるのぉっ!? いつも通りほら行くのじゃとか言いましょうよっ!!)
「くっ!!」
「ちっ!!」
「けっ!!」
コンっと見えない誰かが蹴った石が何かにぶつかる音がした。
(ああ、空気が……空気が重いぃいいっ!!)
「は、話を戻しましょうっ!! ぷ、プリス様はどのような指揮を執ってどのような被害が出たのですかぁっ!!」
(あえて傷口を広げるような聞き方をしてやるわっ!!)
「わらわ……ううん、私はサーボ様のように上手くできなかった……上辺だけ見て、耳障りの良いことを言う人しか信じなかった……」
「……これに関しては拙者も強くは言えぬ、要するに皆がプリス様に従いすぎた」
「言いづらいとは思いますが具体的にお話し願いたい……何よりどの辺りから影が消えて魔物がまぎれ始めたのかも……」
「……プリス様は居心地が悪いと防衛しやすい地下牢から王座の間へと皆を移動させたのだ」
「今は……敵の増援はこなくなった……けど当時はまだ……だけど私は……我儘ばかり……ベッドを持ってこいとか……」
(そういえばまだその話をしていなかったな)
「割り込んですみませんがもう敵の増援は来ませんよ、敵の本拠地は全部潰しておきましたから」
「なっ!? ほ、本当なのかっ!?」
「ああ、シヨが我々の活動拠点を守り、カノが敵の本拠地を特定し私がそれを潰した……全てサーボ先生の作戦によるものだ」
「丁度五日ぐらい前に最後の拠点を潰したんですよ……確か水拠点でしたよね」
「……信じがたいが確かに最後まで増援に来ていたのも水の魔物だったな」
納得したように頷くカーマだが、俺には胡散臭いものを見る目を向けてきている。
(残念だが本当なのだ……いや俺もそこまでやる気はなかったんだけどなぁ)
「凄い……サーボ様……本当に……凄いです……」
「いや仲間の力のお陰だよ、俺一人じゃ何もできなかったよ」
「サーボ先生……ご謙遜を」
「サーボ先生……謙虚なんだからぁ」
二人は……恐らくカノちゃんも同じようなことを言っているだろうが流石にこればっかりは本心だ。
最も正確には俺だけが何もできないと言うべきかもしれない。
「すみませんね話を脱線させて……それで、防備が脆くなったところに敵の増援が来て被害が出てしまったということですか?」
「ああ、それで我々の中でだんだんと……プリス様への不信感が芽生え始めていたころだ」
「……私が……目を覚ましたら……もう一人の私が居て……」
「最初は何が何だかわからなかった……しかし片方の、魔物だったほうのプリス様が本物を敵だと断言した」
「……訳が……わからなかった……だけど私が本物だから……すぐにいいかえしたの……けど……けどぉ……うぅ……」
涙を流して俺の背中に顔を擦り付けるプリス様。
(汚れるから止めてぇ……着替え持ってきてたかなぁ)
「とりあえずその場は保留にした……ただどちらに従っていいかわからないうちに本物のプリス様のそばで妙なことが多発した」
「……食料がなくなったり……バリケートに穴が開いたり……魔物が私だけを避けて違う兵士を襲ったり……」
「偽物は今思えば口だけで誰かの前で行動をしようとはしなかった……本物のプリス様は空回りしていたが動き回っていた」
「本物だって……証明したくて……だけど……頑張れば頑張る程皆冷たくなって……だ、誰も私の言葉を信じてくれなくなって……」
(そりゃあ元気もなくなるわなぁ……俺ならさっさと逃げだすけどなそんなとこ)
「そのうちに影のない輩がどんどん増えていった、拙者たちの偽物も現れた……自前で処分することができたから何とかなったが」
「魔物の実力はどの程度なのですか?」
「勇者なら問題なく倒せるが兵士では厳しい、冒険者ならBクラス以上なら倒せるはずだ……もう全滅してしまったがな」
(勇者の実力は最低で冒険者ランクB以上……はは、なら俺はきっとEマイナスだなぁ)
「こうなるともうどうしようもない……気が付けば影のないものがあるものを弾圧するようになった」
「そ、そして……私は……今日……私はぁ……うぅ……あぁ……ごめんなさぁい……うぅぅ……っ」
「……プリス様は影のある者を追い出した一人を敵だと断定して責めて……自殺に追いやってしまったのだ」
「うあぁああっ!! わ、私はっ!! 私は何も気づけず人をっ!! 人を殺してぇっ!! あうぅううっ!!」
(なるほどなぁ……そりゃあ殺意にまで発展するわなぁ)
誰が敵かもわからず疑心暗鬼に浸る中で殺人とは言いがたいが結果として命を奪ってしまった。
ただでさえ不信感が増している状態だ。
さらにどちらかが敵で片方を倒せば自然と正体が判明するのだ。
攻撃したくてたまらない状態でそれは絶好の口実になっただろう。
(うーん、カーマ君とセーヌ君は俺の中で無罪っ!! 俺も同じ状態なら嬉々として攻撃するわぁ)
「なるほど……それはとても辛い状態でしたね」
「……卑劣な策略だ、許しがたいな」
「うぅ……恐ろしいですぅ」
「拙者らは被害を減らすつもりでいたが……こうして考えてみるとまるで冷静ではなかったのだな、プリス様改めて申し訳ない」
「うぅ……で、でも私……私がころ、殺した……あぅうぅぅっ!!」
(だから大声で泣くなよ……でももう残った魔物はその影を取るやつだけしかいなさそうだなぁ)
「以上が拙者の知る全てだ……恐らく他の者もほとんど変わらないと思う」
「改めていくつか伺いたい、一つはあなた方が到着した際はまだ影のない人間は一人もいなかったということで間違いないですか?」
「ああ、そのような者がいれば気づかぬはずがない」
「なるほど……次に影を失った人に何か共通点など気が付いたことはありませんか?」
「いやまるで見当がつかんのだ……」
(なるほどなぁ……だけど一つだけ妙に気になる点があるなぁ)
「あと一つ、王様に毒を盛った犯人は見つかりましたか?」
「いや全くわからんのだ……むしろ我々が到着した当日に倒れたせいで疑われたほどだ」
「なるほど……そういえばプリス様は王様と会話したのですよね、倒れる前の様子はどうでしたか?」
「うぅぅ……わ、わかりません……つ、疲れたと言って……魔物の襲撃も激しくなって……余り構う余裕がないと……」
心底落ち込んだ様子を見せるプリス様。
しかし俺の中ではある疑心が生まれつつあった。
(確か王様は子煩悩でプリス様を甘やかしていたはず……それが構う余裕がないほど疲れていたとはねぇ……)
王様は偽物が出る前に昏倒している。
出た後なら人間に化けた魔物の誰かが毒を仕込んだと言えるだろうが、その前に王様は倒れているのだ。
事前に敵の攻撃で毒を受けていて疲労が溜まっており、たまたま食後に倒れた可能性が考えられる。
また今まで魔王軍の魔物は親玉が生み出していた。
影を盗む魔物も親玉が生み出している可能性がある。
(親玉が直々に人間へ化けて入り込み王様に毒を仕込んだとも考えられるが……)
「ちなみにあなた方が到着して王宮へ入った時に、仲間以外の他の方を連れ込んだりはしてませんか?」
「ああ、拙者たちだけだ」
「後は……あなた方が戦ってきた魔物の中に毒を使いそうなものは混じっていましたか?」
「混じっていたはずだが、流石に確証はない……全て受ける前に退治してしまったからな」
(勇者強すぎ問題……いやまあどちらにしても未だに解決していない以上はこの王宮に残っている人間の中に敵は紛れていそうだなぁ)
敵の親玉さえ倒してしまえば化ける魔物はもう生まれないはずだ。
何とか見つけ出す方法を考えなければいけない。
「ここが王座の間……そして我々が籠城した場所だ」
「……皆さん、準備はいいですね?」
「はいっ!!」
「勿論ですっ!!」
「……私……も……大丈夫……です……」
背中を二回たたかれた。
恐らくカノちゃんも準備ができているのだろう。
「では……魔物退治と行きましょうか」
俺たちは王座の間の扉を開き中へと入って行った。
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