屑で無能な俺が……どこで何を間違えたぁあああっ!?
「サーボ様ぁ、シヨはやりましたよぉっ!!」
浮遊大陸の中央にある謎の居城……恐らく元魔王城の中に通された俺はシヨちゃんのご機嫌な声に出迎えられた。
(やりましたじゃねぇよ……やり過ぎって言うんだよこれは……)
無駄に広い部屋の中心には円卓状の巨大な机があって、そこには俺が今までの旅で見てきた……胸の高鳴りを感じた女性たちが座っている。
「おお、待っておったぞ我が旦那よっ!! さあ妾と共にサーボ大帝国の長として君臨するのじゃっ!!」
俺を見るなり胸を張りながら、嬉しそうに叫ぶプリスちゃん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんがいきり立っているが、シヨちゃんが抑えてるっぽい声も聞こえるので無視することにする。
「サーボ様、私が来たからにはもう安心だぞっ!! 龍族はまとめたしサーボ様が私を選べばすぐにでもこの場から助け出してみせるぞっ!!」
俺に気づくと翼を広げて、嬉しそうに叫ぶタシュちゃん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんが暴れようとしているが、シヨちゃんが抑えてるっぽい声も聞こえるから無視することにする。
「サーボ様ぁっ!! 私と一緒にムートンちゃんを中心とした大帝国を作りましょうっ!! そのためにもぜひ私を選んでくださいねっ!!」
俺に気づくと両手を振って、嬉しそうに叫ぶミリアさん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんが怒声を上げようとしているが、シヨちゃんが抑えてるっぽい声も聞こえるから無視することにする。
「サーボ様っ!! サーボ教は世界を幸せにする唯一無二の教えでございますわぁっ!! 私を伴侶として共に世界中へ教え導きましょうっ!!」
俺のほうを向いて頭を下げながら、嬉しそうに叫ぶテプレさん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんが頭を振り回しているが、シヨちゃんが抑えてるみたいだから無視することにする。
「サーボ様ぁっ!! 私一生懸命サーボ様の教えを広めましたよぉっ!! ご褒美に私を選んでくださぁいっ!!」
俺に向かって笑いかけながら、嬉しそうに叫ぶミイアさん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんがナイフを取り出そうとしたが、シヨちゃんが抑えてるっぽいから無視することにする。
「サーボ様ぁっ!! 世界をより良くしていくためにも妾と夫婦となり、共に人々の為となる政治を為そうぞっ!!」
俺に気づくなり立ち上がって、嬉しそうに叫ぶヒメキさん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんが突撃しようとしているが、シヨちゃんが抑えてるっぽいから無視することにする。
「さ、サーボ助け……」
「サーボ様お久しぶりですわぁっ!! 貴方様たちのお陰で真実の愛し合い方に気づけましたぁ」
「感謝してるよサーボ様っ!! これからも色んなことを教えてねぇっ!!」
俺に気づいたセーレちゃんが助けを求めるように伸ばした手を絡めとって嬉しそうに叫ぶマーメイさんとクーラさん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんとシヨちゃんが嬉しそうに頷いているが、無視することにする。
「サーボ様……サーボ帝国万歳です……そ、その……私を一番に……一緒に居たいです……」
俺に気づいたアイさんが恥ずかしそうにうつむきながらも、一層懸命嬉しそうな声を張り上げる。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんが魔法を唱えようとしたが、シヨちゃんが抑えてるっぽいから無視することにする。
「サーボ殿っ!! フウリ様だぞっ!! 私のことを一番に選んでもいいんだぞっ!!」
俺に気づいたフウリちゃんが無邪気に飛び跳ねながら、嬉しそうに叫んだ。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんが、奇声を発しようとしたがシヨちゃんが抑え込んだようなので無視することにする。
「サーボ様ばんざぁい……こ、これでエルフの里は襲わないのだなっ!?」
「さ、サーボ様ばんざぁい……わ、私たちを選んでよサーボ様ぁっ!! この人たち怖いのぉっ!!」
俺を見るなり縋るような目で見つめながら叫ぶルーフさんとワーフちゃん。
その言葉を聞いて俺の後ろにいるカノちゃんとシヨちゃんがピクリと反応した……流石に無視できない。
「二人とも……とにかく俺はどうすればいいんだい?」
「むむむぅ、このタイミングであの言葉が飛び出すとはまだ躾が足りなかったですかぁ……ああ、サーボ様は正面奥にある階段の上にある玉座に座って下さぁいっ!!」
適当にごまかすために聞いてみると、シヨちゃんが奥にある少し高くなっている場所を指し示す。
そちらに目をやるとムートン君が無邪気に手を振っているのと……テキナさんが空気椅子状態で俺のことを見つめているだけで、他に座れそうなものは何もなかった。
「玉座……って、あれテキナさんじゃぁ?」
「晴れの舞台だし、サーボ様の護衛もかねて自分が椅子になるって言ってきかなかったんだよ……まあ座ってあげなよ」
さらっと狂ったことをほざくカノちゃん。
(ふざけんなよ……嫌に決まってるだろうが……)
「……普通の椅子はないの?」
「うーん、じゃあ魔イスでも使いますかぁ?」
「な、なにそれ……?」
疑問に思う俺の前でシヨちゃんが大げさに手を鳴らすと、黒い闇が渦巻いた。
(これは魔力の塊……魔王かっ!?)
果たして俺の予想通り、黒い闇は俺たちと同じサイズの人型となり過去でみた魔王と同じ姿になった。
そしてそいつは……そのまま土下座の体勢に移った。
『ははぁっ!! お、お呼びでございましょうかシヨ様ぁああっ!!』
「実はぁ、サーボ様が椅子を所望してましてぇ……」
『ははぁっ!! ただいま用意してまいりますぅっ!!』
「何を言ってるんですかぁ、サーボ様に普通の椅子なんか似合いませんよぉ……それこそ魔王退治の象徴として誰かさんを下に敷くのが一番いいと思うんですよぉ……シヨは間違ってますかぁ?」
『いいえっ!! シヨ様は全てにおいて正しいですぅっ!! シヨ様ばんざぁいっ!!』
もはや威厳のかけらもない声でシヨちゃんにひれ伏す魔王。
(哀れな……あそこで余計な抵抗さえしなければ平和裏に終わったものを……)
「シヨちゃん……俺は普通の椅子が良いなぁ……」
「駄目ですよぉっ!! 偉大なるサーボ大帝王がそんなことでどうするんですかぁっ!!」
「だから大帝王になるつもりなんかないんだけど……お願いだから普通に……」
「サーボ様ぁ、あんまり皆を待たせたら悪いよぉ……仮にも国の経営の手を休めてきてくれる人も多いんだからさぁ……」
カノちゃんの言葉にこの場に居る何人かが首を縦に振って見せる。
「そうですよぉ、今回は一応魔王退治&世界統一記念の祝いと今後の方針を話し合うんだから……サーボ様の正妻とどの国が主権を握るのかも決めるんですからねぇ……それにはサーボ様がまずあそこに座らないと話にならないんですよぉ」
(そ、そんなこと誰が望んだよっ!! 勝手に話し進めてんじゃねぇよシヨちゃんよぉっ!!)
道理で誰もかれもが俺のことを狂気に染まった恐ろしい眼差しで瞬き一つせず見つめているわけだ。
こんなことに巻き込まれてたまるものか。
「……そうか、それは大変だ時間停うぐぅっ!?」
「駄目駄目ぇ……この距離でそんな魔法唱えさせるわけないでしょぉ」
何とか隙を見て逃げ出そうと返事をするふりをして魔法を混ぜ込もうとしたが、カノちゃんが俺の鳩尾に一撃を叩きこんで阻害するほうがずっと速かった。
やはりもう無詠唱切り札ですら通用しないらしい。
「全くサーボ様は謙虚なんですからぁ……これはやっぱりシヨが正妻となってしっかり面倒を見てあげるしかありませんねぇ」
「いくらシヨちゃんでもそれは許さないよサーボ様は僕の旦那様になって僕とだけ愛し合って僕だけを見つめて僕と僕だけと愛し合ってずっと一生生涯永遠に共に過ごして……」
「それを決めるのはサーボ様ですよぉ……ほらほら、ちゃっちゃと連れて言っちゃって下さぁい」
『は、ははぁっ!! で、では参りましょ……あ、あなた様はマシメ様っ!?』
「久しぶりだね魔王……あれからどうだ……」
『ああっ!? そ、そう言うことですかっ!! 道理で弟子がこれほど……い、いやあなた様がここに居るということは……う、うわぁあああああっ!! もう嫌ぁあああああっ!!』
俺の顔を見た魔王はさらに怯えて震えあがり、情けない悲鳴を上げ始めた。
(あっちでも俺の弟子であるイキョサちゃんたちに退治されたもんなぁ……だけどこんなにトラウマになるもんかなぁ?)
「はぁ……あんまりシヨを失望させないでくださいよぉ不死身の魔王様ぁ」
「そうだよぉ……またあの無限拷問を喰らいたいのぉ?」
『ひゃぁああああっ!? ど、どっちも嫌ぁああああっ!! マシメ様っ!! い、嫌サーボ様ですかっ!?』
「実はサーボが本名なんだ」
『わ、わかりましたサーボ様ぁっ!! ど、どうかこちらへぇえええっ!!』
ものすごい勢いで土下座する魔王、とても小さくなって震えているその様子を見たら余りにも哀れで逆らえなかった。
仕方なくその背中に座ってやるとすぐに俺を背中に背負って、テキナさんのいる場所へ向かおうとする。
「き、貴様っ!! サーボ様の椅子という羨ましくも恐れ多い立場を私から奪おうというのかっ!!」
『ひぃいいいいっ!! す、すみませぇええええんっ!!』
しかしそれに気づいたテキナさんが凄まじい勢いで駆けおりてきて詰め寄ってくる。
それを見てまたしてもひれ伏す魔王……もう威厳も何もない哀れな生き物だった。
「て、テキナさん落ち着いて……わ、わかった君の背中に乗るから……」
「さ、サーボ様ぁっ!! つ、つまり私を正妻に選んでくださると……か、感激で……」
(ど、どうしてそうなるっ!? この子の中の価値観はどうなってんだっ!?)
「違いますぅっ!! それを決めるのはこれからですぅっ!!」
「違う違う違うそれは違うよテキナさんでもそれは違うサーボ様が選ぶのは僕だから僕だけだから絶対に僕だから僕なんだから最初の弟子の僕なんだから……」
「そ、そうなのか……ま、まあ私としてはこうしてサーボ様に忠誠を示せればそれで……では行きましょうサーボ様」
「……ああ、はいそーっすね」
もう何だかとても疲れてしまって、俺はテキナさんに連れられるまま一段高い場所に移動した。
「さーぼさま、やっとあえたねっ!!」
「やあムートン君、元気だったかい?」
「うんっ!! ぼくげんきだよっ!!」
「そぉっかぁ……それはいいことだぁ……おいで、なでなでしてあげるから」
「わぁああいっ!!」
とことこと近づいてきたムートン君を久しぶりに優しく撫でて堪能して心を癒しつつ、俺は下に居る女性たちへと視線を投げかけた。
「ではぁ、第一回サーボ帝国会議を行いますぅっ!!」
円卓の余った席にカノちゃんが座るのを見届けると、シヨちゃんがにこりと笑いながら会議とやらの開催を告げる。
(どうせお前が好き勝手する場だろう……もう勝手にしろよ……)
すっかりやさぐれた気分で、俺はムートン君を堪能することだけに全力を尽くす生き物になろうとした。
「み、皆さん大変ですぅっ!!」
そこへカーマ殿とセーヌ殿と共に門番をしていたはずのキメラント君が血相を変えて乱入してきた。
「ど、どうしたのキメラント君っ!?」
「て、敵襲ですっ!! 謎の連中が攻めて来まして、それでこの王城の主に会わせろと強引に……それを止めようとしたカーマ殿とセーヌ殿と争いになりまして私は報告に……」
「敵襲って……魔王軍の残党か何かですかぁ?」
『ひぃいいっ!! そ、そのようなことはぁあああっ!!』
シヨちゃんの訝し気な視線を受けて魔王はプルプルと首を横に振った。
「い、いいえ……それが人間でして……」
「じゃあどこの国の人でしょうかねぇ……このシヨ……サーボ様相手にクーデターでも狙ってるんですかねぇ」
シヨの言葉を聞いて、しかし室内の誰もが首を横に振って見せる。
(そりゃあ、はいそうですとは言えないわなぁ……しかし三弟子の実力を知っていながら逆らおうとするやつがいるなんて……そいつこそ勇者じゃねぇか?)
少し……いやかなり応援してやりたくなる。
「やれやれ困ったものですねぇ……まあ襲ってきたやつらから聞き出すとしますかぁ……」
そう言うシヨちゃんは余裕の表情のままだ。
(まあカーマ殿とセーヌ殿を倒せる奴がそうそういるわけないしなぁ……俺だってあの二人を同時に相手にしたら勝てるかぎりぎりのところだろうし……)
同じ考えに至っているであろう、カノちゃんもテキナさんも落ち着き払って動こうとしなかった。
「ぐはぁあああっ!!」
「ぬおぉおおおおおっ!!」
だからその二人が傷だらけになりながら壁をぶち破って室内に飛び込んできたときは、流石の俺たちも驚きを隠せなかった。
「か、カーマさんっ!? セーヌさんっ!?」
「し、シヨ殿……そ、それにサーボ先生……」
「は、恥ずかしいところをお見せして申し訳ない……」
「二人が苦戦するなんて……そ、そんなに敵は強いのかっ!?」
思わず立ち上がった俺に二人は頷いて見せる。
「は、はい……我々ですらろくに歯が立たず……」
「あ、相手はどれだけの軍勢なのですかぁっ!?」
「そ、それがたったの五人組で……しかもうち一人は非戦闘員でして……」
(よ、四人相手にこの二人が苦戦するだとっ!? ど、どんな化け物だよっ!?)
まさかそんな奴らがこの世にいるとは思わなかった。
「ちぃっ!! カノさんはこの場の皆さんの護衛に当たってくださいっ!! テキナさんはカーマさんとセーヌさんと外敵の排除に協力してくださいっ!!」
「わ、わかったよっ!!」
「りょ、了解だっ!!」
シヨちゃんの指示を聞いて即座に行動を開始した二人……俺は完全に戦力外扱いをされている。
(い、いや……いざというときの為に切り札が使える距離に待機させられてるんだ……そうに決まってるよな……そうだと言ってくれぇっ!!)
俺が自分に言い聞かせている間に、敵は勢いよく室内に飛び込んできた。
「やぁあああああっ!!」
「おらぁっ!! どこだマシメ様ぁっ!!」
「この魔王城に居るのはわかっていますっ!!」
「直ちにマシメ様をお出しなさいっ!!」
「そ、そうだよっ!! イキョサちゃんたちはとても強いんだからねっ!! あなた達が魔王に与してても決して負けないんだよっ!!」
姿を現した五人は、とても見覚えのある女性たちだった。
「い、イキョサってまさか伝説の英雄……?」
「そ、そんな馬鹿なことが……」
「そもそもマシメ様って誰……」
「……イキョサちゃん、トラッパーさん、マーセさん、イーアスさん、ドーマさん」
「い、いたぁっ!! ま、マシメ様ぁっ!!」
驚く三弟子を無視して、イキョサちゃんは俺を見つけると嬉しそうに叫んで突撃してくる。
「な、なに言ってるのっ!! さ、サーボ様に近づくなぁっ!!」
「わ、わわぁっ!?」
「あぶねぇなぁおいっ!!」
そんなイキョサちゃんに目にも止まらぬ速度で切りつけようとしたカノちゃんを、同じ速度で割って入り止めるトラッパーさん。
(お、俺と離れた時よりパワーアップしてる……魔王退治までの間に修行を積んだのか……?)
よく見れば五人の外見を見る限り、少しだけ成長しているように見えた。
「あ、ありがとうトラッパー……やっぱり魔王に囚われてたんだねっ!! ここにいる人たちも魔王の手先なんだねっ!!」
「許せませんね魔王っ!! やはり今度という今度こそ完全に始末して差し上げますっ!!」
『ひぃいいいっ!! や、やっぱり来たぁあああっ!! わ、私は無実なんですぅうううううっ!!』
五人の姿を見て怯えて震え始めた魔王。
「やっぱり来たって……どういうことだ魔王?」
『あ、あなた様が居なくなってから彼女たちは私の元にやってきてマシメ様を返せと……ま、魔法でどこかに飛ばしたと言ったら私をバラバラにして……その魔力に関係している場所を探し当てると言っていたんですぅうううっ!!』
言われてドーマさんの手元を見れば、謎の道具が握られていた。
(多分魔王探知機の改良版かな……どこかしらで魔導の使い手かそれに類する力を利用して俺のいる場所に飛ぶ魔法でも作って飛んできて……あれで居場所を探し当てたってところかなぁ……)
そのついでに魔王が生き返っていると知って、やはり魔王の陰謀だと判断して攻め込んできたというところだろうか。
「ああもおっ!! サーボ様は僕たちの師匠なのっ!! お前たちは何なんだよっ!!」
「違うよっ!! マシメ様は私たちの師匠だよっ!! お前らこそなんなんだぁっ!!」
「違うわっ!! サーボ様は妾の旦那様なのじゃっ!!」
「違うぞっ!! サーボ様は私の旦那になるんだっ!!」
「違うっ!! サーボ様は私の旦那に……」
「違いますぅっ!! サーボ様は私の旦那として……」
室内に居た全員が声を張り上げる。
どいつもこいつも……俺の意志を無視して勝手な主張を続けている。
(ああもう……付き合いきれるかぁっ!!)
「違うよねサーボ様っ!! こいつらに言ってやってよっ!!」
「そうだよねマシメ様っ! こいつらに教えてやってよっ!!」
「「「「「「「「「「「「「「サーボ様っ!!」」」」」」」」」」」」」」
「「「「マシメ様っ!?」」」」
皆の視線が俺に集中している。
(ああ、懐かしい既視感がする……前にもこんなことがあったんだろうなぁ……)
そしてその時俺がどうしたのか、それはわからない。
ただ前の俺がやったであろうことが一つだけ分かる。
「……わかった、よぉく聞いてくれ」
だから俺は皆に向かって真摯な態度で向き合うと、ゆっくりと深呼吸した。
そしてにっこりと笑顔を浮かべると、即座に呪文を唱えた。
「俺は自由になるんだぁっ!! 転生っ!!」
「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」
(やってられるかこんな人生っ!! 一からやり直してやんよっ!!)
何度も何度も思ったやり直したいという思い、そして俺にはそれができる力があることはわかっている。
何より前の俺もこうしたのだ、ならば今の俺がしてはいけないというわけがない。
(何もかも放り出しての逃走……屑で無能な結論……けどこれがサーボだっ!! 屑で無能なサーボだっ!!)
この選択にどこか誇らしさすら感じながら、俺の意識は闇に溶けていく。
「……じゃあな」
最後に口を動かし、誰に宛てたかもわからない別れの言葉を残して俺はゆっくりと目を閉じた。
*****
「……………っ!!」
何か聞こえた気がした。
「……………っ!!」
聞き覚えのある何かが聞こえた気がした。
「……………っ!!」
はっきり覚えているはずなのに思い出せない。
不意に頭に、強い衝撃が走った。
「がはぁっ!!」
かなりの痛みが全身にひろがる。
代わりに視界も鮮明になっていく。
そして聴覚も戻った。
「サーボっ!! あんた昼間っから寝てんじゃないわよっ!!」
「……ここは?」
「何寝ぼけてんのよっ!! ほらさっさと食事食べて少しは修行しなさいっ!!」
俺を乱暴に叩き起こした母親は言いたいことを言い終えると、さっさと食卓に戻って行った。
(……何か、ものすごく変な夢を見ていたような?)
妙に臨場感のある夢だった気がする、まるで本当にあった出来事のようにすら感じた。
だけど全く内容は思い出せない。
(……まあどうでもいいな)
すぐに思考を放棄する、やっても無駄なことを続けても仕方がないからだ。
屑で無能な俺は努力なんかしない、生きるために必要な最低限の条件だけ満たせればそれでいいのだから。
(それに比べてあいつらは……よくやるよなぁ……)
俺は窓から里の中央にある広場を眺めた。
勇者コンテスト会場と記されたその場所で、若く才気あふれる里の人間が優劣を競い合っている。
「勇者コンテスト……か」
村の中央にある広場で開かれている催しを俺は冷めた目で見つめていた。
俺が住んでいるのはかつて勇者を輩出し、また凱旋した勇者が子孫を残した村。
勇者の子孫は例外なく人並み外れた力があった。
だからその力を望んで村中の人間が次から次へと勇者の血縁となっていった。
結果として勇者の血縁だらけになってしまったこの村では強くて当たり前のような扱いをされてしまう。
多少剣が扱えて且つ魔法が使えなければ、逆に異常者扱いされて見下されてしまうほどだ。
それこそ魔法の才能がなく剣術もさえない俺なんかは肩身の狭い思いをさせられている。
(何でか魔法も使えなきゃ剣も使えねぇ……でも全然気にならないしなぁ……)
他の奴らはこういうことでコンプレックスを抱いたりするみたいだが、俺は全く気にならなかった。
下手に強くなってもいいことなどないと、どこかで感じているかのようだ。
だから怠けることになんの躊躇もない。
「サーボ、あんた今日も修行してないでしょう……そんなんだから昨年の勇者コンテストに参加すらできなかったのよ」
「はは、努力して参加できるなら俺以外全員候補者扱いされて壇上に登ってるよ」
「屁理屈ばっかり言って、いい加減何かしてもらわないと私たちが恥ずか……あら? 誰かしら?」
来客を告げる鐘の音を聞いて母親は俺への説教を断ち切って入り口に向かった。
(面倒くせぇ説教に付き合うのもアレだし……さっさと食って部屋に戻るか……)
そう思って食事を一気に口の中に押し込んで、席を立とうとした。
「サーボ様ぁっ!! じゃ、じゃなくて先生っ!!」
「っ!?」
そんな俺に飛び掛かってくる影、余りの速さに対応しきれず押し倒されてしまう。
どうやら女の子らしい、そいつは俺に馬乗りになったまま顔を合わせると涙目で叫び出した。
「ご、ごめんね僕っ!! い、いっぱい迷惑かけてっ!!」
「え、えっとぉ……どちらさ……」
「サーボ様ぁ……じゃなくて先生ぇっ!!」
「サーボ様っ!! で、ではなくて先生っ!!」
困惑している俺の元にさらに二人の女性が駆け寄ってくる。
「さ、サーボ……あ、あんたカノちゃんたちを泣かせるなんて……何したのよ?」
「い、いや俺は別に……」
名前すら知らない子たちに何をしたもくそもない。
しかしこの子たちは俺をとても親しみのこもった眼差しで……それでいて申し訳なさを込めて謝罪を繰り返すのだ。
「ぼ、僕たちあれからサーボ様を……じゃなくて先生を探して一生懸命頑張ったんだよっ!!」
「そ、それでぇ何とか魔導の使い手としての技を習得してぇ……私たちもサーボ様の……先生のいるこっちに飛んできたんですぅっ!!」
「そ、その過程で私たちは一度目のことを思い出して……じ、自分たちがどれだけサーボ様……ではなく先生に迷惑をかけてきたのか気が付いたのですっ!!」
「「「ご、ごめんなさいサーボ様……先生っ!!」」」
俺の上からどいて床の上に土下座する三人の美少女。
(い、一周目ってなんだっ!? というかマジでなにがどうなってんだこれっ!?)
全く訳が分からないが、このままでは非常にまずいことになる。
現に母親の視線が物凄く軽蔑混じりの何かに変わり始めている。
「わ、わかったからとにかく土下座は止め……」
「さ、サーボ様ぁっ!! じゃ、じゃなくて先生っ!!」
「さ、サーボ様……先生ぇっ!!」
止めようとしたところにさらに二人の女性が飛び込んでくる。
煌びやかなドレスに王冠を被ったどう見ても王族の女性と、その子を抱きかかえて文字通り飛んできたであろう鱗と翼をもった龍に似た特徴を持った女性。
「タシュさんにプリスちゃんっ!!」
「お、お久しぶり……い、いえ前はすみませんでした……」
「そ、その言い方ですとぉお二人も前とその前の記憶両方持ってるんですかぁ?」
「そ、そうだ……なのですっ!! あ、あのときはごめんなさいサーボ様……先生っ!!」
「す、すみませんでした……サーボ様……先生っ!!」
新たに表れた二人も俺に土下座し始める。
非情にまずい展開だ、おまけに余りの騒ぎに人々が集まってきた。
「お、おい何がどうし……あ、あなた様はツメヨ国の王女プリス様ぁっ!?」
「こ、こっちはドラゴニュートっ!? りゅ、龍族のトップじゃねぇかっ!?」
(ま、マジかよこいつらっ!? な、何でそんな奴らが俺に土下座してんだよっ!?)
やってきた人たちが俺に土下座する二人を見て素性を看破して……そんな奴らが土下座している状況を確認して俺を物凄く睨みつけてくる。
「ち、違う俺は何も……わ、わかったから二人も頭を上げ……」
「し、失礼いたしますわ……ああ、サーボ様ぁっ!! ではありませんね、サーボ先生ぇっ!!」
「こ、こっちかなぁ……サーボ様ぁ……じゃ、じゃなくてサーボ先生っ!!」
「どこに居られるかサーボ様……ではなくサーボ先生っ!!」
「サーボ様……サーボ先生っ!! ど、どこですかぁっ!!」
外から異なる四人の女性の声が聞こえてくる。
嫌な予感しかしない。
思わず逃げたくなるが、周りで土下座する五人の女性が邪魔で動くに動けない。
「み、見つけましたっ!! さ、サーボ様ぁっ!! ではなくサーボ先生っ!!」
「ご、ごめんなさぁいサーボ様……先生っ!!」
「わ、私たち本当にとんでもないことを……ゆ、許してくださいサーボ様……先生っ!!」
「ま、まことにすまないっ!! 記憶がないとはいえサーボ様……先生に何たる無礼を働いてしまったことか……」
予想通り新たに表れた四人の女性もまた、俺の脚元に跪いた。
「あ、あの方はリース国を治める大僧侶のテプレ様だっ!!」
「こ、こちらの方はこの大陸で一番の領土を誇るツメヨ国の女王ヒメキ様っ!?」
大げさな素性が明かされて、そんな高貴な身分の二人が俺に土下座している状況に眩暈がしてくる。
「ミイアさん達も記憶戻ったんだね」
「そ、そうなのっ!! 私もお姉ちゃんもとんでもないことしちゃったから謝りに来たの」
「と、途中でムートンちゃん……じゃなくてムートン君とも出会って連れてきたのよ」
「めぇえええ」
外を見ると俺を見て嬉しそうな泣き声をあげる魔物の姿がある。
(な、何がどうなってんのこれっ!? か、勘弁してよぉっ!!)
どんどん村人たちが俺に向ける視線が厳しくなっていく……気がする。
「あ、あのさとにかく頭を上げ……」
「な、何か来るぞぉっ!?」
「あ、あれは鳥人族かっ!?」
(もう勘弁してぇええええっ!!)
心中で悲鳴を上げる俺、その期待を裏切らないとばかりに叫び声が聞こえてくる。
「サーボぉおおっ!! どこなのサーボぉおおおっ!!」
「サーボ様ぁあああっ!! じゃ、じゃなくてサーボ先生ぇええっ!! どこですかぁああっ!!」
「サーボ様でいいと思うけどなぁ……あ、あそこじゃない?」
そして鳥人族の女性と、その子に抱えられた人魚族の女性……それに海月族と思わしき女性が姿を現した。
「セーレさんにマーメイさん……ああ、それにクーラさんが居るってことは海月族も無事だったんだねっ!!」
「ええっ!! これもそれもサーボ様の……じゃなくてサーボ先生のお陰ですっ!!」
「サーボのお陰で新しい友達も増えたし……だ、だけど前は二人が暴走してごめんなさいしにきたんだっ!!」
「あと、色々聞いてみたらサーボ様が過去で頑張ってくれなかったら私たち海月族は全滅してたんでしょっ!! お礼言いに来たんだよっ!!」
そう言いながら土下座する三人……またしても話がややこしくなる。
「さ、サーボ……あ、あんた……」
「ち、違うんだってっ!! こ、これは何かの間違……」
「さ、サーボ様……せ、先生っ!!」
「さ、サーボ様ぁ……ではなくて先生だなっ!! こ、ここに居るのかっ!?」
またしても新しい二人がやってくる。
(あ、あはは……どーせ別の国のお姫様か何かだろぉ……わかってんだよぉ……)
「ふ、フウリちゃんっ!? ハラル王国からどうやってっ!?」
「あ、アイさんっ!? ど、ドウマ帝国でつけられた仮面はどうしたんですかぁ?」
「魔導の使い手の力を覚えて……それで解除して……」
「あ、アイに頼んで運んでもらったのだっ!! さ、サーボ様……先生に謝りたくてっ!!」
「し、失礼……しました……っ!!」
土下座包囲網が広がっていく……野次馬たちの視線もだんだん俺を恐怖の象徴か何かを見るようになってきた。
(ま、待ってくれっ!! お、俺はただの屑で無能な男なんだっ!! 見捨てないでぇええっ!!)
この場に居るのが居たたまれなくて逃げ出そうとしたところで、目の前に二人の女性が不意に姿を現した。
「うわっ!? な、なにが……ってま、また異種族ぅっ!?」
「こ、これはエルフ族にドワーフ族かっ!?」
「さ、サーボの奴は……お方は一体どんな人脈を持って……っ!?」
野次馬の俺に対する敬称まで変わってきた。
「サーボ様ぁ……す、すみません先生でしたね……ま、前は色々と申し訳ございませんでしたっ!!」
「わ、私はよくわからないけどドワーフ族ってサーボ様が助けてくれなかったら滅んでたんだってね……あ、ありがとうっ!!」
案の定訳の分からないことを言って俺に土下座する二人。
(じゅ、十六人もの美少女が俺に頭を下げて……だ、だけどもうこれ以上は増えないよなっ!?)
嫌な予感を隠し切れず顔を上げると、誰かが俺の名前を呼ぶのが聞こえてきた。
「さ、サーボよっ!? こ、これは一体何事なのじゃっ!?」
「ちょ、長老ぉっ!!」
一瞬身構えたが、身簿終えのある顔に安堵する俺。
「お、俺も困って……」
「サーボ様ぁっ!! じゃ、じゃなくてサーボ先生っ!!」
「さ、サーボ様ぁ……じゃねぇ先生よぉ……わ、悪かったよ」
「サーボ様……ではなく先生……こ、こちらにいらっしゃいますか?」
「サーボ様っ!! い、いえサーボ先生……ど、どうか愚かな私たちをお許しください」
「さ、サーボ様ぁ……ううん、サーボ先生っ!! ほ、本当にごめんねぇっ!!」
そこへ新たに聞こえてくる女性たちの声。
「ええい、騒がしいわっ!! お主らは何……い、い、い、イキョサ様ぁあああっ!! そ、それにお仲間の……ば、馬鹿なぁっ!?」
その女性たちを注意しようとした長老は、しかしその顔を見て驚愕に震えながら腰を抜かした。
「う、嘘だろ……何で伝説の英雄がこんなところに……」
「け、けど長老のこの態度……ま、まさか本物……」
(お、おいおいおいぃいいいっ!! 何がどうしてどうなって伝説の英雄がこんなところにぃいいっ!! と言うか今までのパターンだとまさかこいつらもっ!?)
「ちょ、ちょっと訳があって未来に来たのっ!! そ、そんな事よりごめんねサーボ様……じゃなくて先生っ!!」
そう言って俺に土下座する伝説の勇者たち一行。
(い、胃が……胃が痛いぃいいいいっ!!)
合計二十名を超える美少女たちに土下座されて、俺は目の前がふらついてくるのを感じていた。
「何をやってるお前らっ!!」
「それでも勇者の里で育った人間かっ!!」
そこに怒りをあらわに駆けつける二人の男性……確か勇者コンテスト優勝筆頭株のカーマ殿とセーヌ殿だった。
(おおっ!! よ、よく来てくれたぁっ!!)
普段からプライドが高くて俺を見下していた二人のことだ、きっと今回も文句をつけてきて……俺がどんな人間なのかはっきり宣言してくるに違いない。
(いやっほぉおおっ!! 素敵よぉおカーマ殿セーヌ殿ぉおっ!!)
「皆の者っ!! 頭が高いっ!! ご先祖様が頭を下げてらっしゃるのになぜサーボ様に頭を下げないのかっ!!」
「さあ皆の衆、偉大なるサーボ様に頭を下げ忠誠を誓いサーボ教に与するのだっ!!」
(な、なに言ってんだこいつらぁああああっ!!)
俺の希望はあっさりと打ち砕かれた。
「そ、そうじゃっ!! 皆の衆、ご先祖様に従いサーボ様に頭を下げるのじゃっ!!」
「は、ははぁっ!! サーボ様ばんざぁいっ!!」
(お、折れるなお前らぁあああっ!!)
「うぅ、サーボ……あなたはうちの誇りよぉ」
(急に調子いいことほざくなババぁあああっ!!)
「はぅぅ……ご、ごめんなさぁいサーボ様ぁ……先生ぇ……」
「あ、あの二人は……前の前の週のことを覚えてないのか……」
「し、仕方ないよ必死で追いかけてきたんだし……」
「ちょ、ちょっと訳が分からないんだけど……何がどうなってるのか説明して……」
「そ、そんな演技しなくていいですからっ!! 本当にシヨたちが至らないばかりに……ご、ごめんなさぁいっ!!」
「だ、だけど捨てないでっ!! ぼ、僕たちサーボ様と一緒じゃないと……先生と一緒じゃないと嫌なんだっ!!」
「ど、どうかもう一度だけチャンスをくだりませんかっ!! 今度こそサーボ様……先生を失望させたりしませんからっ!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「サーボさ……先生っ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
何がどうしてどうなってこうなっているのだろうか。
目の前で様々な美女美少女が揃って土下座している。
気分が良くないと言えば……その通りだがこのままではハチャメチャなことになる。
とにかくこの場を乗り切るためには……受け入れるしかないだろう。
「き、君たちの覚悟ならわかったっ!! 本当に痛いほどわかったっ!! だ、だから頭を上げてくれぇっ!!」
「あ、ありがとうございますっ!!」
「流石サーボ様……先生っ!!」
「やっぱりサーボ様……先生は最高ですっ!!」
(な、何故こうなったっ!? お、俺の何が間違えていたというんだっ!? まだ何もしてないんだぞおいっ!! どうなってんだ神様よぉっ!?)
俺は涙を堪えながら、生まれて初めて神様に恨み言を言うのだった。
「あ、そ、空に何か……」
「あ、あれは……魔王っ!?」
「ほ、本当ですかイキョサ様っ!? で、ではついに魔王が蘇っ……」
『こ、こちらにいらっしゃいましたかサーボ様っ!! そ、それともマシメ様でしたかっ!! と、とにかくあなたの僕の魔ゴミですぅううっ!!』
(あ、あはは……も、もう嫌ぁあああああああっ!!)
【読者の皆様へ】
これでこの作品は終了となります。
ここまで長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございます。
外伝と言うことでもう少し短くまとめるつもりでしたが予想外に長くなってしまいました。
感想やブックマーク、評価など本当にありがとうございます。
誤字報告も本当に助かりました。
繰り返しになりますが、最後までこの作品に付き合っていただいて本当にありがとうございました。