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バンニ国での一夜

「そろそろバンニ国の王都が見てくる頃ですね」


(ついに来てしまった……最悪だ)


 テキナさんが操る人力車は並の馬車よりずっと早い。


 おかげでもうバンニ国の領土に入ってしまったようだ。


 ため息をつきながら周囲の状況を観察する。


 イショサ国からバンニ国の間には交易があるため馬車道が通っている。


 だから道に迷うことはない。

 

 人も……魔物もだ。


「右も左も魔物の死体だらけだ……嫌な臭いだなぁ……」


「やっぱりこれはカーマさんとセーヌさんが倒したものなんでしょうか?」


「恐らくね、彼らも勇者だからこれぐらいやれる実力はあると思う」


(腐っても勇者コンテスト優良者チームだなぁ……真っ向勝負ならやっぱり格が違うわ)


 プリス様を狙ったのか領内に入った馬車を狙った魔物の襲撃かはわからない。


 だけど悉くが打ち払われている。


 おかげで俺たちは殆ど敵襲を受けることなく道を進むことができていた。


(となると俺を襲った一群はたまたまカーマとセーヌを潜り抜けた集団だったのか……運悪すぎだろぉ俺っ!!)


 あのタイミングで鉢合わせなければ逃げきれたはずなのだ。


 つくづく自らの不運が恨めしい。

 

(無能だとは自覚していたが、運まで無かったなんて流石にショックだわ)


「サーボ先生っ!! 道から外れたところから黒煙が上がっておりますっ!!」


「え、えっと……地図を見るとあの辺りにも村があるはずだよっ!!」


「だけどまっすぐ行かないと王都バンニにはつかないし……どうします先生っ!?」


「目の前で救えるかもしれない人を放置するわけにはいかないっ!! 先に村へと向かおうっ!!」


(よっしゃあああっ!! 王都より全然安全だろこれっ!! 村の復興とか理由付けて引きこもってやるっ!!)


 俺たちは道を外れて黒煙が上がる村へと向かった。


「はっはっはー、奪え奪えーっ!!」


「……えっ!? ひ、人が村を襲ってるっ!?」 


 村に辿り着いた俺たちは荒くれたちが叫び声をあげながら物を略奪しているのを目撃した。


 魔物襲撃で治安維持に手が回らなくなったことをいいことに山賊辺りが暴れているのだろう。


「くっ!? 何と愚かなことをっ!!」


 テキナさんの言葉に珍しく俺は心の底から頷いて見せる。


 ただでさえ魔王軍の侵攻で安全に住める場所は減ってきている。


 そんな中で自ら村を襲って安全地帯を減らす行為には愚かさしか感じなかった。


 何より庶民が減ればせっかく略奪で手に入れたものを流すところも減ってしまう。


 最終的には自らの首を絞めるだけではないか。


(逆に魔物から護衛してやれば村人に恩を着せれて、詐欺だとかいかさま賭博とかやりやすくなるだろうに)


 呆れるばかりだ。


「サーボ先生、いかがいたしましょうか?」


「人間相手だからね……まずは対話を試みようか、その前にカノちゃんちょっと……」

  

「何ですかサーボ先生?」


 カノちゃんに透明になって様子を窺うことを指示する。


 特に人質などがとられた場合に動いてもらうよう頼んだ。


(それ以外じゃテキナさんが負ける余地がないからなぁ)


「じゃあ……止めなさい皆さんっ!! こんな状況で人間同士争って何になりますかっ!!


 俺の叫び声に山賊たちの動きが止まった。


 そして襲われている村人と共に視線が俺に集中する。


「何だお前らっ!? 邪魔すんじゃねぇっ!!」


「いいや、目の前の狼藉を見逃すわけにはいかない……今すぐ奪ったものを返して立ち去りたまえっ!!」


(こんな偉そうなことを言われて、はいそうですかという奴が居たら見てみたいものだ)


 あえて反発を買うように、倫理的な言葉を吐いてやる。


「はっ!! ふざけんじゃねえよ……丁度いい、テメーの女共々奴隷にしてやるよっ!!」


「やれやれ、これでは交渉の余地もない……テキナさん、懲らしめてやりなさい」


「はいっ!! 貴様らごとき獲物を使うまでもない……行くぞっ!!」


 素手で山賊の群れに飛び込んだテキナさんは、的確に敵を叩きのめしていく。


 一応死なないようには手加減しているようだがそれでも一方的だ。


 どんどん気絶者、重傷者が続出していく。


「ま、待ちやがれっ!! こ、こいつらがどうなっても……ぐぅっ!? な、なんだっ!?」


 村人に剣を突き付けようとした山賊たちだが、透明になったカノちゃんに次々と武器を吹き飛ばされてしまう。


 当然こうなれば人質など取りようがない。


 テキナさんの猛攻の前に山賊たちはあっという間に殲滅されてしまった。


「た、助かりましたっ!! ありがとうございますっ!!」


 救出された村人たちが感謝の言葉と共に頭を下げる。


(よしこれでこいつらは俺らの言いなりだぜ、わざわざ山賊を怒らせた甲斐があったってもんだ……)


 目の前で劇的な強さを発揮しつつ敵を倒して見せたことで俺たちに対する信頼度は爆上げだ。


 万が一口先でごまかして山賊を追い払っていたらここまではならないだろう。

 

「いえいえ、勇者……ではなく人として当然のことですよ」


(これで勇者だったらなぁ……ああ、評価シートが懐かしい)


 俺は皆に指示を出し傷付いた村人の介抱、山賊たちの身柄拘束、さらに損害を受けた住居の簡易修理を仕切った。


 村人たちは恩義もあり素直に従って動き、またこのことでさらに俺たちへ感謝の念を募らせる。


「サーボ様、それにお仲間様……どうかこの村の護衛をお願いできないでしょうか?」


(いいねぇ、そうこないと)


「いえ、我々にはやるべきことが……」


「いや皆、ここは少しの間留まろうではないか?」


「……サーボ先生がそう言うならもう僕たちは逆らわないよ」


「今すぐ王都に向かわないわけがあるんですよね、私たちもうわかってますから」


 前の一件で俺への信望がより深くなっているようだ。


 誰一人文句を言うこともなく、また目の色にも疑惑は一切混じっていない。


(あっはっは、ここまでくると便利だなぁ……もちろん何も理由なんかありませーんっ!!)

 

 これでしばらくは……いや下手したら一生ごまかしてここで安全に暮らせそうな気がした。


「ではこの村の護衛のため、俺たちは当面の間はここに留まらせていただきます」


「おお、引き受けてくださいますかっ!! ではすぐに家を用意させますっ!!」


 村長の指示で使われていなかった住宅が改修されて俺達に提供された。


 豪華でこそないが四人全員の個室がある中々の大きさだった。

 

(ああ、今日まで長かったなぁ……でもこれでようやく勇者としての責務からも解放されたぁー)


 ごろんと自室にあるベッドに横になる。


 当たり前だが個室ごとにベッドがある。

 

 これであの三人と一緒に寝る必要もない。


(ムートン君も外で草をハミハミして幸せそうだし……これってかなり理想的な状態なんじゃないか?)


 思い描いていた形とは違うがムートン君と田舎での生活が実現した。


 とはいえあの三人をごまかし続けるのは大変だろう。


 それでも身の回りの世話や護衛だと思えばそこまで苦にもならない。


 もっとも変なことをさせる気はない。

 

 俺は食って寝られればそれ以上は望まないのだから。


「サーボ先生……ちょっといいかな?」


「どうしたんだい、カノちゃん?」

 

「へへ、少しお話したくて……駄目かな?」


(……笑ってるし、深刻な内容じゃなさそうだな)


「勿論構わないよ」


「じゃあ失礼して……よいしょっと」


 身体を起こしてベッドに腰を掛けた俺の隣にカノちゃんも並ぶように座った。


「一体どうしたのかな?」


「サーボ先生と出会ってからもう何年たったかな……」


「大体五年前後だろうねぇ……まだ剣を握ったばかりだったカノちゃんの初々しさが懐かしいよ」


(あれが全ての始まりだったからなぁ……今あの頃に戻れたら俺は迷わず指導を拒絶するだろうなぁ)


「恥ずかしいなぁ……百回も素振りできなくて、いろんな人に見限られて……だけど先生はずっと見ててくれたよね」


「見てきたよ、カノちゃんの努力をね」


(さっさと諦めりゃよかったのに、全くこの疫病神め)


「一度なんかサーボ先生を裏切ってテキナさんの指導を受けたのに結局許してくれて……嬉しかったなぁ」


(そうだった、こいつがテキナさんを連れてきたんだ……本当に厄介だなこいつ)

 

「そして勇者として一番大事な事を教えてくれて……本当に勇者になれちゃった……」


「カノちゃんの努力が実っただけだよ、俺はただきっかけを与えただけさ」

  

(いや本当に……余計な努力しやがってよぉ)


「本当は僕、心のどこかで思ってたんだ……才能ないから、勇者になんかなれない……努力するだけ無駄だって……」


 カノちゃんは言いずらそうにうつむきながら口を動かす。


「サーボ先生ができるって言うから修業を続けたけど……本当はね、サーボ先生のせいにするつもりだったんだ」


「……どういうことだい?」


「サーボ先生の言うとおりに努力して駄目だったら……それは僕が無能だからじゃない、先生の教え方が悪かったんだって……」


(おいおいおいっ!! こいつ心の底でそんな風に思ってたのかよっ!?)


 これからはカノちゃんの動向には要注意する必要があるかもしれない。


 純粋で前向きで真面目なことが取り柄だと思っていただけに驚きだった。


(でもこいつ大盗賊だったわ、性根の悪さにも納得いくか……いやそれでも俺よりは全然マシか)


「だけど憧れていた勇者に成れて……嫌だったけど盗賊としての才能もわかって……」


 カノちゃんは顔を上げるとまっすぐ俺の目を見つめる。


「サーボ先生と居たら僕は無能じゃないんだってわかって……わからせてくれて……とっても感謝してるんだ」


(本当に、今じゃ役立ち度だけならテキナさんに匹敵するぞお前の才能は……俺みたいなただの屑と違ってさ)


「それでもまだ里で感じたコンプレックスが残ってて……どうしても勇者の称号が手放せなくて……いっぱい迷惑をかけちゃった」


 恐らく大盗賊の技能を使い渋ったこと、そしてイショサ国での別れのことだろう。


「あの里で育てば誰でも勇者の名には憧れるものだ……正直言えば俺も勇者許可証を貰った時は内心喜んでいたよ」


「……でもサーボ先生は、人々の為にそれすらあっさり捨てちゃって、凄すぎるよ」


(正確には俺自身の平穏な暮らしの為だけどなぁ……はぁ、本当にどうしてこうなってるのやら)


「僕ね、あの時先生に会えなかったら今頃どうなってたか……考えるだけで震えちゃうんだ」


「カノちゃんは俺に出会わなくても努力してきっと成果を掴んでいたよ」


(あの盗賊の才能は嫌でもいずれ開花しただろうよ)


「ううん、そんなことない……多分人を妬んで恨んで嫉妬して……努力もしないで文句ばっかり言う屑になってたよ」


(はい、それ俺の事でーすっ!! いえーい、屑最高ーっ!!)


「だからサーボ先生には本当に感謝してる……尊敬してる……憧れているんだ」


 ずいっとカノちゃんが俺に身体を近づけてくる。


「ずっとお礼がしたかった……感謝の気持ちを伝えたかった」


「お礼ならたくさん言われてるよ、十分カノちゃんの気持ちは伝わっているさ」


「全然足りないよ……僕の気持ちは言葉だけじゃ伝えきれないぐらい大きいんだ」


 そしてカノちゃんは俺の顔を覗き込むように顔を吐息が触れるほどに接近させる。

 

「ねぇサーボ先生、前に言ってくれたよね……初めて弟子になった僕が特別だって……」


「……そんなこともありましたっけ?」


(とんでもなく嫌な予感がする……何とかごまかせないもんかねぇ)


「うん、僕ははっきり覚えてる……だってあんな状態なのに心臓が壊れそうなぐらいドキドキした……嬉しくて死んじゃいそうだった」 


「緊急事態でしたからねぇ、つり橋効果という言葉もありまして……」


「違うよ……だって僕もっと前から、サーボ先生のこと好きだったから……」


(勘弁してくれ……直接言わないでくれよそんなこと……)


 感情が整理しきれない。


 厄介なことになったとは思う。


 迷惑だという思いもある。


 だけど、どうしても嬉しさを感じてしまう。


 女の告白なんて初めて受けたから。


 無能だと自覚して以降、絶対にそんなもの手に入らないと決めつけて諦めていた。


 それが棚ぼた的に手中に収まりつつある。


 どうしても感情が昂るのを抑えきれない。


「だからサーボ先生……僕は……先生に僕の全てを受け取ってもらいたいです」


 言ってカノちゃんは目を閉じてそっと顔を近づけようとする。


「……駄目だ、そういうわけにはいかないよ」


 唇が触れる前に何とか手を挟んで抑え込んだ。


 それだけは駄目だ。


 人を騙すのも利用するのも全て生きるための最低限の水準を満たすためだ。


 それ以上は……まして誤解から発生した好意を利用して欲情を満たそうなど俺の中に僅かに残っている最後の良心が許さない。


「何でですか……僕はもう覚悟はできています……サーボ先生になら何をされても……何もかもしてほしい……」


「俺のほうに覚悟ができていないからさ……もしもそのときがくれば改めてお願いするよ」


(一生無いけどな……いや多分その前に誤解がばれるのが先かもしれないなぁ)


「……いくじなし」


「自覚しているよ」


(本当になぁ)


「なんてね、嘘だよサーボ先生……先生が僕のことを考えてそう言ってることぐらいわかってるよ」


(驚くほどにまるでわかってない……俺は俺のことしか考える余裕がないんだよ)


 カノちゃんが俺から距離を置いた。


「すまない、カノちゃんの勇気を袖にするような真似をしてしまったね」


「いいよ……でも僕の気持ちは伝えた通りだから、先生が望めばいつでも全部差し出すから……その時を待ってます」


 カノちゃんは最後の言葉を感情をこめて発するといつも通りの表情で出ていった。


(ふぅ……疲れたなぁ)


 こういう疲れは初めてかもしれない。


 流石に今は何も考えず寝てしまいたい。


「サーボ先生、今少しいいですかぁ?」


「どうしたんだい、シヨちゃん?」


 シヨちゃんが入ってきて、カノちゃんと同じように俺の横へと座った。


(おいおいおい、まさかとは思うがこのパターンはっ!?)


「えへへ、折角個室があるんだから……二人っきりでお話してみてくなっちゃいました」


「……そうだね、考えてみたらシヨちゃんと二人きりで落ち着いて会話したことはなかったかもしれないね」


「そうですよね、最初に顔合わせした日もカノさんが乱入してきちゃいましたし……これが初めてですね、きっと」


 シヨちゃんは嬉しそうに笑いながら、足をぶらぶらと揺らしている。


(ご機嫌な様子だよな……カノちゃんの時とは違うよな)


「先生知ってますかぁ? 私ねあの日、本当は勇者コンテストを目指すのやめようと思ってたんですよぉ」


「……全く知らなかったよ、あんなに真面目だったじゃないか」


(お前が指導させろって言うから結果的にカノちゃんが戻ってくることになって……ふざけんなよぉっ!!)


「だってサーボ先生に出会うまで何人にも駄目だしされて……本当につらかったから……だけどパパもママも頑張れっていうし……」


 シヨちゃんがうつむいてしまう。


(空気が重くなってきたぞ……さっきと同じパターンじゃないかこれ?)


「だからサーボ先生が断ってくれたら……先生って里だと無能と勘違いされてるしその人に断られたらいい口実になるって思ってました」


(俺の前に諦めといてくれよぉ……うぅ……酷すぎる新事実ぅ……)


「けど先生は私を受け入れてくれて……認めてくれて……そしたらやっぱり嬉しくなっちゃって、だから頑張れちゃいました」


「いやシヨちゃんは俺の指導がなくても努力していたよ……君が頑張り屋さんなのは俺がよくわかってるよ」


「えへへ……サーボ先生はそうやっていっつも私に優しい言葉をかけてくれますね、こんなお荷物の私にも……」


「シヨちゃんはお荷物なんかじゃないよ」


(置いて行きてぇ、里に送り返してえ……こいつだけじゃなくて全員だけど)


「ううん、私自分でもわかってます……テキナさんやカノさんと違ってサーボ先生の足を引っ張ってばっかり……」


 シヨちゃんは幼い顔を苦しそうに歪めながらも皮肉気に笑っていた。


 どこかで見覚えのある顔だった。

 

(俺が……無能であることを受け入れ始めたころはよくこんな顔をしていたっけなぁ)


 努力で埋められないほど自分に才能がないのだ。


 上手くやれる他人が妬ましいけれど、他の誰かが悪いわけでもない。


 他所に当たっても無様なだけ。


 だから自分の無能を自虐的に笑うしかない。


「それでも皆のお陰で勇者になれちゃって……逆に現実味が沸かなくて、だけど初めて世間的に認められた称号に浮かれちゃいました」


 確かにシヨちゃんは許可証を手に入れてからしばらくの間、浮かれ気味だった。

 

「だからどうしても拘っちゃいました……先生があれだけ他にもっと大事なことがあるって教えてくれてたのに……ごめんなさい」


「謝らなくていいよ……ここだけの話、俺も勇者許可証を貰った時は舞い上がっていたよ」


(本当に、勇者の里の教育方針は……どうかしている気がするよ)


「けどサーボ先生は本当に大事なことのために勇者であることを辞めちゃって……凄いなぁって心の底から思いました」


 シヨちゃんが身体を寄せてくる。


「私ね、本当に……サーボ先生のことを尊敬してます……先生の為にお役に立ちたいって思ってるんです」


「そうか……けど俺はシヨちゃんがいることで十分助かってるよ、この間いい剣も貰えたしね」


「ううん、全然足りません……ほかの二人に比べて、何より私の想いを伝えるには足りないんです……だから、せめて……」


 自らの洋服に手をかけようとするシヨちゃんを何とか抑える。


「何をするつもりなんだい?」


「私は先生のこと好きです……だから先生を私の身体で癒してあげたいんです……これならきっと私でもお役に立てます」


「駄目だよ、君はまだ幼い……そんなことをしては……」


「先生は子ども扱いするけど私なりにちゃんと考えて決めたことです……絶対に後悔なんかしません」


(俺が後悔するんだよぉ……絶対に俺は駄目になるからさぁ)


「先生の好きな色に染めてください……私、頑張って先生の望むとおりの女の子に成長して見せますから……」


「じゃあ……よく食べてよく寝て、健康的で素敵な女性に育ってほしい」


 何とかシヨちゃんを抑え込んで距離を置く。


「そうしてシヨちゃんが魅力的な女性になったその時こそ……お願いするかもしれない」


「今……お相手はしてくれないんですか? 今の私は身体にすら価値を感じてもらえないんですか?」


「逆だよ、眩しすぎてとても手が出せない……本当は俺に覚悟ができてないだけなんだ、時間が欲しいのは俺のほうなんだ」


(この場を……この場さえ凌げれば何とでもなる……時間を稼ぐんだ)


「……弱虫」


「自覚しているよ」


(本当になぁ)


「冗談ですよ……サーボ先生が私みたいな未成熟な子に手を出すわけないですもんね、わかってましたしそういうところも好きなんです」


 シヨちゃんは俺から離れて玄関へと向かった。


「だけど先生……一時の気の迷いでも、ただ興奮しただけでも構いませんから……私が欲しくなったらいつでも声をかけてくださいね」


 笑いながらも真剣な口調ではっきり宣言してシヨちゃんは俺の部屋から出ていった。


(パーティ内での無力感からせめて身体を……ってだけじゃなさそうだなぁ)


 二人の少女から好意をぶつけられて俺は疲労しきっていた。


(もう今日は何も考えずに休んでしまおう)


「サーボ先生、今お時間よろしいでしょうか?」


「……テキナさん、如何なさいました?」


「少しお話したいことがあるのです」


(おいおいおい、勘弁してくれぇ)


「……勿論、かまいませんよ」


 三人目の女性の襲来に心が悲鳴を上げている。


 だけど真面目過ぎるテキナさんのことだ。


 ひょっとしたら今後の展望などの話し合いの可能性もある。


 俺は仕方なく部屋の中に彼女を招き入れると、三度隣り合ってベッドに腰を下ろした。


「それでお話とは何でしょうか?」


「実は……あの二人には悪いのですが一度先生と二人きりで他愛のないお話をしてみたかったのです」


(悪くねえよ……あの二人は先に来て話してんだよぉ)


「あはは、そうだねぇ……テキナさんとは今後の方針ばっかり話してたからねぇ」


「ええ、本当に……サーボ先生のように真面目で立派な方を私は他に知りません」


「そうかな、多分テキナさんが気づいていないだけで俺程度の人間はいくらでもいると思うなあ」


(むしろ俺ほど不真面目な奴を探すほうが難しいだろ……)


「そんなことはありませんよ……少し私の身の上話にお付き合いいただけますか?」


「いいですよ、俺もテキナさんの人生には興味がありますから」


(勇者コンテストで優勝するぐらいの才能あふれる人間の人生……俺には想像もつかない)


「ありがとうございます……私は子供の頃からずっと勇者コンテストで優勝することだけを考えて生きてきました」


(そりゃあそうだろう、あの里じゃそれだけが一番大事だからなぁ)


「修行に次ぐ修行の日々……何人もの師に仕え、追い越してはまた新しい師のもとで指導を受けました」

 

「それは凄い、歴代の優勝者とかにも訓練を受けたのかな?」


「ええ……ですがいつしかその方たちも追い越して、気が付けば一人孤独に修行を続けておりました」


(俺たちが生涯かけても決してたどり着けない高みをあっさりと乗り越えて……これが才能の差かぁ)


「そのうちに能力も限界まで研ぎ澄まされ……自分で言うのも何ですが勇者コンテストの優勝も確信しておりました」


 テキナさんは歴代でも最高峰の実力者だ。


 二位以下にぶっちぎりで差をつけて優勝しているだけあり否定しようのない発言だった。


「そこで私は……正直困惑してしまったのです、次の目標を見つけられなかったからです」


 勇者コンテストで優勝すれば勇者年金は手厚くなる。


 俺ならそれを目当てにするが、逆に優勝できるぐらい能力と意識が高い人は満足できないのだろう。


「ですから他の方に話を聞いて次の目標を探そうとしました……魔物退治や外界での就職、冒険者登録……」


 テキナさんはため息をついた。


「けれど何一つしっくりと来ませんでした……おまけに話をする男は皆、私のむ、む……胸を見て……か、かの、彼女に……とか」


(そこまで言いよどむほどかよ、乙女ですか貴方は?)


「だ、誰もかれも下劣で欲情を露わに接してきて……腹立たしい限りでした」


「あえて言わせてもらうけど……年頃の男女なら多少のお付き合いぐらい経験しても問題ないと思うけれど」


(まあ俺には全く縁のなかった話だけどな)


「さ、サーボ先生はこ、恋人など居たことがおありなのですかっ!?」


「いや俺は……それどころではなかったからね」


(無能すぎてな)


「よかったぁ……あ、いえ、そうですよね、先生は早い段階から魔王と戦う訓練を続けていたんですからそんな暇はありませんよね」


(今よかったって言わなかったか……おい、まさかお前もかっ!?)


「話を戻します……とにかく私は何をしていいかわからず燻った日々を送っていました」


(俺は何も考えず惰眠をむさぼる日々……いやこの頃からカノちゃんの指導を始めてたかもな)


「勇者コンテストに優勝した時も嬉しさよりこの先どうするべきかという悩みで頭がいっぱいでした」


 そこでテキナさんは身体を動かし、俺の顔を見つめてきた。


「その時にカノの訓練の話が舞い込んだのです、私は弟子を育てることが生きがいになるのではと思い引き受けました」


(そのまま引き取ってくれればよかったのになぁ)


「実は他にも弟子を取りましたが誰一人私の修行に耐えうる才能の持ち主はいませんでした……カノはその中でも特別でしたが」


(本当に才能なかったもんなあいつ……代わりに大盗賊のほうに能力が全振りだったからなぁ)


「そんな彼女に訓練をつけている男がいると聞いて……下劣な欲望の元に食い物にでもしようとしているのかと思い私は腹が立ちました」


 思い出してみれば初対面のテキナさんは俺に対する敵対心が非常に強かった。


「彼女を助け出そう……そう思いやってきて、私はサーボ先生に出会ったのです」


 テキナさんは俺に頭を下げる。


「勝手な誤解と思い込みで先生に刃を向けようとしたこと、お詫びいたします」


「もう済んだことだよ、気にしないでくれ」


(いっそあそこで戦って失望されておけばよかったよ、テキナさん手加減できるんだもんなぁ)


「ありがとうございます……そこで私はサーボ先生の思想に触れて胸が躍りました、生きる目的が見つかったような気さえしたのです」


(魔王退治に向けてとか、人との絆がどうとか言ったっけ……覚えてねえよ)


「他人と競争ばかりだった私にカノとシヨと手を取り合う関係は美しく映りました……そこに私も加わることができて幸せでした」


(テキナさんが来る前まではギスギスしてたんだけどなぁ……本当に上手くいかねぇ)


「また先生の指導の元で限界だったと思っていた私にまだ上があることがわかり……偉大な思想の元に働ける喜びを知りました」


(俺の計画じゃああそこでくたばってもらうはずだったのに……本当にお前バケモンだよ)


「何より先生は男なのに……女性を……私のむ、胸を……そういう目で見ることがなくて安心して傍にいることができたのです」


 手に入らない物を眺め続ける気がなかっただけの話だ。


 俺は諦めが早いから……命以外何もかも諦めてるから。


「本当にサーボ先生には感謝しかございません……尊敬し敬愛できる唯一のお方です」


「そんな大した人間じゃないよ俺は……」


「いえ、実際に先を見通し魔王退治のため動き続け人々の為に勇者の称号すら投げ捨てて……これ以上ないほど立派な行いです」


 テキナさんはもう一度俺に頭を下げた。


「だというのに私は……申し訳ありません、先生を一人でバンニ国へ行かせるような真似をさせてしまいました」


「気にしないでほしい、俺が勝手にやったことだからね」


(まあ、あそこで駆けつけてくれなかったら俺死んでたしこれに関しては感謝だ)


「先生は優しすぎます……ですがあの時、私は胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感を自覚いたしました」


 頭を上げたテキナさんは俺をまっすぐ見つめてくる。


 その目は俺に心酔しきっているように見えた。


「いつしか私は先生の元に居られることに歓びを感じるようになっていたようです……サーボ先生が、好きになっておりました」


(やっぱり君もかぁ……うぅ……勘弁してくれぇ……)


「今ではもう先生と共に歩めれば何もいらないと思っています……勇者としての使命すらどうでもいいと考えてしまう自分が居ます」


(じゃあ今日から飲食&呼吸禁止な……って言ったら本当にやって適応しそうだから怖い)


「ありがとうテキナさん、そこまで言ってもらえて嬉しいよ」


「喜んで頂ければ幸いです……ですが私は、先生にもっと悦んでいただきたいのです……た、例えど、どんな形であっても……」


 テキナさんは顔を赤らめ俯きながらも俺の手を取った。


「て、テキナさんっ!?」


「わ、私は本当にサーボ先生に感謝しております……先生が居なければ心も、そして魔王退治の道中で身体も滅ぼされていたでしょう」

  

 俺の手を握ったまま自らの胸元へ引き寄せようとする。

 

「で、ですから……そ、その先生に……先生がき、気持ちよくなれるよう……わ、私なりに考えまして……先生なら……」


「お、落ち着いてテキナさんっ!! こういうことはいけませんよっ!!」


「い、いいのですっ!! 他の男と違ってサーボ先生になら……は、破廉恥なことをされても……い、いえむしろしてもらいたい」


 力の差が著しい。


 今までと違って強引に拒絶することができない。


 口先で何とかするしかない。


「ど、どうか私で……私に僅かでも魅力を感じるのでしたら遠慮なく……」


「とてもありがたいお言葉ですが、今はこのようなことをしている場合ではありませんっ!!」


(と、とにかくこの場をしのごうっ!! あとはどうにでもなれだっ!!)


「いずれ必ず……いや時が来たらお願いするかもしれませんが、今はとてもそのような気持ちにはなれませんっ!!」


「わ、私に魅力がない……わけではないのですね?」


「ええ、とても魅力的ですっ!! ですが今は手を出す勇気がありませんっ!!」


「……臆病者」


「自覚しているよ」


(本当になぁ)


「ふふ、本当は先生の優しさだと理解しております……その気でないのなら無理にこのようなことをしても仕方ありませんね」


 テキナさんは俺の手を放して立ち上がると入り口へと向かった。


「で、ですが先生……き、気が変わったらいつでも……ど、どんなことでもお相手します……え、遠慮なくおっしゃってください」


 恥ずかしそうに顔中真っ赤に染め上げ言いずらそうにしながらも最後まで言い切ってテキナさんは部屋を出ていった。


(も、もうだめ……死にそう)


 女性三人の猛攻を受けて精神に多大なダメージを負った俺。


 もう限界とばかりにベッドに倒れ込むとそのまま目を閉じた。


(勘違いが元の好意がこれほど息苦しいとは……自業自得だけどきついなぁ)


 何も考えたくなくて、俺は眠ってしまうことにした。


 今後どうなるかは分からない。


 だけど少なくても俺の意志であの三人に手を付ける日は来ないと思う。


 ヘタレな俺にそんな勇気が湧くわけがないのだから。


(まぁ、これからも適当にごまかして生きていくしかないなぁ……無能な俺にはそれしかできないから)

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