強敵フェンリル現るっ!? こういう時は頼りに……っ!?
「……本当に侵略者ではないのだな?」
「ええ、本当ですよ……ねぇシヨちゃん?」
「ちぃ……まあサーボ様がそう言うならそうなんでしょうねぇ……ちっ……」
(二回舌打ちした……そんなに世界征服したかったのか……)
あからさまに不満そうにしているシヨちゃんを背中で隠しつつ、俺はこちらを睨みつけるエルフ族代表のルーフ様へ笑顔を向ける。
そんな彼女の後ろには同じようにこちらを睨みつける高身長のエルフ族と、低身長のドワーフ族が立ち並んでいる。
全員一度はカノちゃんに気絶させられた者達だ。
だから当然というか俺たちへの警戒心はすさまじいものになっている。
(排他的な異種族だけが済む大陸って聞いてたけどこれほどとは……だけど意外にも異なる種族同士共同生活してるんだなぁ……)
気になる点はそれだけではない、一番前で俺を睨んでいるルーフ様にいつもの胸の高鳴りを感じていた。
しかしもう一人のほうは……ルーフ様の腰辺りから顔を出してこちらを睨んでいる少女にはむしろ違和感を感じていた。
ドワーフ族代表だというその子……ワーフ様は、種族特有の幼い外見をしながらも既に成人しているらしい。
その子もまた俺をきつい眼差しで睨みつけているが、仕草と背丈のせいでどうしても子供が癇癪を起しているようにしか見えなかった。
「ぜ、絶対に嘘だぁっ!! お前らも魔王軍の一員なんだろぉっ!! 分かってるんだからなぁっ!!」
「いえ、俺たちは勇者としてむしろ魔王軍と戦っているのですけれど……」
「じゃあさっきの魔物は何だよぉっ!! あれは普通の魔物とは違う魔力だったってルーフのお父さんが言ってたぞぉっ!!」
「っ!?」
ワーフ様の言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
(見ただけで魔力の質の違い……というか流れがわかるって……俺と同じ切り札使いかっ!?)
魔力の質を検知する魔法自体はあるが、実際に接触しなければ使うことはできない。
しかしキメラント君はこの大陸に来てから、俺たち以外と一度も接触をしていない。
そこから考えれば、やはり俺と同じことが出来る奴がいると考えるのが自然だ。
「……黙ったところを見るとどうやら本当のようだな……何が望みだっ!!」
「い、いえ違うんですよ……確かに彼は元魔王軍の魔物でしたが……今は俺たちの仲間として共に行動を……」
「そんなの信じられるかぁっ!!」
ワーフ様の叫びはどうしようもなく正論だ。
(まあ魔王軍の魔物と一緒に行動しているともなれば、誰だって警戒するわなぁ……というか普通に魔王軍の一員だと思うわなぁ……)
中々弁解の言葉が思い浮かばない俺を見て、シヨちゃんが代わりに前に出てくれる。
「仮に私たちが魔王軍だったとしたらぁ、最初の交戦した時点で死者が出てますよぉ……」
「だからそれを含めて、何かの企みに我々を利用する気なのだろうっ!! いいから要求を早く言えっ!!」
「あのですねぇ重ねて言いますけどぉ……もしもシ……サーボ様が魔王軍だとしてこの大陸の人々を利用する気だったとしてぇ……そんな態度をとってたら間違いなく暴力で躾にかかりますよぉ……それが希望なんですかぁ?」
「っ!?」
(また絶妙に脅しとも何ともつかない台詞を……というかやっぱり汚名を被りそうなところは俺の名前を使うのねシヨちゃんたらぁ……)
どうやらこのままではらちが明かないとみて、立場の差を思い知らせることにしたようだ。
現実に力の差が歴然であることは既に示してある。
だから状況的には俺たちが魔王軍であろうとなかろうと、向こうはこちらの意見に従わざるを得ないのだ。
(ひょっとしてこのまま恐怖政治を敷いて、この大陸を制覇する気じゃぁ……勘弁してくれよシヨちゃん……)
「る、ルーフ様ぁ……」
「わ、ワーフ様ぁ……」
シヨちゃんの言葉で自らの置かれた立場を理解し始めたのか、エルフとドワーフの戦士たちが代表者へ縋るような目を向ける。
「お、怯えるな皆よっ!! 今ワーフの父上がアレを起動しているはずだっ!!」
「そ、そうだよみんなっ!! それにいざとなったらルーフのお父さんだっているんだよっ!! 大丈夫、絶対に負けないよっ!!」
代表者二人もまた、どこか怯え混じりながらも皆を鼓舞している。
(……さっきの推測が正しければルーフ様のお父さんとやらはおれと同じ切り札の使い手……だがもう一つのアレってなんだ?)
よくわからないが、こいつらにとって切り札的な何かのようだ。
その証拠とばかりに、他の奴らも頷くとまたこちらをしっかりと睨み返してくる。
「……うーん、困りましたねぇ……これじゃあ硬直状態のままですよぉ」
「どうする? もう一回僕が全員気絶させて……」
「余計に厄介なことになるから止めようね……テキナさんも聖剣から手を放して……」
「は、はぁ……しかしではどうしますか?」
「どうしたっ!! 何をひそひそと話し……なぁっ!?」
ルーフ様の声を断ち切る様に、不意に爆音が響き渡る。
そして彼女たちが居る森の奥のほうから、モクモクと黒煙が上がり始めた。
「な、何だっ!? お前ら何かしたのかっ!?」
「何もしてませんよ……そちらこそ何か企んでるんじゃ……?」
「ふ、ふざけるなぁっ!! 私たちが自分たちの森を焼くもんかぁっ!!」
「じゃあ、一体何……っ!?」
「ウォオオオオオオオオオオンっ!!」
訳も分からずにいる俺たちの耳に、謎の魔物の咆哮が聞こえてきた。
そして大地を震動が揺るがしたかと思うと、凄まじい騒音と共に震源が近づいてくる。
(な、なんだこれは……お、狼っ!?)
すぐに正体に気付く。
何せ木々よりも大きい、山のような巨体をした狼型の魔物が迫ってきていたのだから。
「き、キメラントさんっ!! あれは魔王軍の魔物でしょうかぁっ!?」
「い、いいえっ!! あんな魔物は見たことがないっ!?」
驚く俺たちの前で、エルフ族とドワーフ族は安堵した様子を見せるものと戸惑いの表情を浮かべる者の二手に分かれていた。
「あ、あれはまさかフェンリルっ!?」
「じゃ、じゃあ上手く行ったってことですかっ!?」
「し、しかし……」
(こいつら知ってんのかっ!? まさかこれが切り札だって言うのかっ!?)
「さ、サーボ様っ!! こ、これってひょっとして……シーサーペントの同種じゃないでしょうかぁっ!?」
「ど、どうしてそう思うのシヨちゃんっ!?」
「魔王軍じゃないのにここまで強大な魔物と言えば、生物兵器だったあれしか思い浮かびませぇんっ!! そして兵器と言うことは改良も量産も可能だって言うことですぅっ!!」
「そ、そういうことかっ!!」
可能性としては確かにあり得る話だ。
ここまで強力な野生の魔物がそうそういるとは思えないし、何より野生ならば目の前のエルフやドワーフが断言しないのもおかしい。
(シーサーペントみたいに魔王軍対策用に封印してあった奴を解いてぶつけてきたのかっ!?)
あの時のシーサーペントも強敵……というかかなり鬱陶しい敵だった。
もしもアレの同類だとすれば、こいつもまた厄介な性質を持ち合わせているはずだ。
「ウォオオオオオオオオオオンっ!!」
「な、なぁっ!?」
身構えた俺たちの前で、何故かその魔物は手近な場所に居たエルフとドワーフへと攻撃を仕掛けてきた。
巨大な両腕を思いっきり振り下ろし、その場にいたものをまとめて叩き潰そうとする。
「テキナさんっ!!」
「分かったっ!! はぁあああっ!!」
「ギャウウゥっ!?」
その前にテキナさんが飛び掛かり、魔物の前足を殴りつけて逆に吹き飛ばす。
「カノさんっ!! 多少強引でもいいから皆さんを私たちの後ろにっ!! キメラントさんは元の姿になって身体で皆さんを守ってあげて下さぁいっ!!」
「「了解っ!!」」
更なるシヨちゃんの的確な指示の元、皆が動き始める。
「はいはいっ!! みんなこっちに避難してっ!!」
「え、あっ!? ど、どうも……」
流石にフェンリルに攻撃を仕掛けられた衝撃が抜けきっていないようで、俺たちへの敵意すら忘れ去った様子で誘導に従う異種族たち。
「はぁあああああっ!!」
「ギャンっ!! グルゥウウウウウウっ!!」
その間もテキナさんとフェンリルの戦いは続いている。
(つ、強い……シーサーペントどころか四大幹部の魔物より遥かに強ぇぞこいつっ!!)
聖剣を持ったテキナさんの攻撃で巨体ごと跳ね飛ばされているものの、傷一つ付かずにすぐに反撃体勢へと移ってくる。
余波でどんどん大陸の大地が削れていることからも、テキナさんが魔法こそ使っていないが本気で戦っているのがわかる。
(だけど、どうして魔法を使わない……っ!?)
「はぁああっ!! 『聖輝剣』っ!!」
「ウォオオオオオオオオオオンっ!!」
テキナさんが呪文を唱え作り上げた魔法剣は、しかしフェンリルが咆哮を上げると途端にただの魔力へと戻り霧散していった。
(魔法無効化……何だこの化け物はっ!?)
どうやらこのフェンリルとやらは魔法への対策を完璧に行ってあるようだ。
(前にシヨちゃんが言ってたもんなぁ……対魔王用の兵器なら魔法とかへの対策をしてないわけがないって……やっぱりビンゴってことかっ!!)
恐らくこいつはシヨちゃんの予想通り、魔王対策の生物兵器なのだろう。
「シヨちゃんっ!! 俺もテキナさんに助力して……」
「サーボ様はこっちの防備を優先して下さぁいっ!! 万が一にもあれがこっちに来たらシヨたちじゃ止められませぇんっ!!」
珍しくシヨちゃんが余裕のない表情で叫ぶ。
それも当然だ、何せ魔法無効化が使える上にあのテキナさんとやり合える相手だ。
俺の切り札だって無効化される可能性がある以上、もしも何かのきっかけであれがテキナさんを突破してこっちに来たらかなり厳しい戦いになる。
「し、しかし……テキナさんだってどこまで持つかっ!?」
「カノさんっ!! 絶対に無理しない範囲でテキナさんを援護してくださいっ!!」
「わ、わかったよっ!!」
そう言ってフェンリルに向かっていくカノちゃん。
(確かにカノちゃんなら敵の攻撃なんか当たらないだろうし、この配置が正解だ)
「ルーフ様っ!! ワーフ様っ!! あれは何ですかっ!! わかる範囲でいいので説明してくださいっ!!」
さらにシヨちゃんは次の手を打つべく、この場で情報を知ってそうな相手に声をかけていた。
「え、あ……ええと……ご、ごめんなさい……まさかこんなことになるなんて……」
「ま、まさかこうして守っていただけるとは……あなた方を疑ったことを……」
「それに関しては後で清算してもらいますからぁっ!! 今はまずあの魔物について教えて下さぁいっ!!」
混乱して頭を下げる代表者二人を叱咤するシヨちゃん。
(後で清算するって、ちゃっかりしてるなぁ……とか思ってる場合じゃねぇっ!!)
「炎爆撃っ!! 天雷撃っ!! 聖輝光っ!!」
「ウォオオオオオオオオオオンっ!!」
「ちぃっ!! この速度でも駄目かぁっ!!」
ちらりと横目でフェンリルのほうを見れば、カノちゃんが必死で無数の魔法を唱えては無効化されている。
「しかし隙は出来たっ!! その調子で頼むっ!!」
それでもフェンリルが咆哮を上げざるを得ない状況にすることで攻撃の手を止めさせることができる。
その隙にテキナさんが聖剣で急所を切りつける方法で確実にダメージを与えられるようになって……いない。
(傷自体はついてる……だけど即座に回復してやがるっ!!)
これではじり貧だ。
どうにかしなければいずれこちらの体力が尽きてやられるのが落ちだ。
だからこそシヨちゃんがやっているように、あの魔物の弱点などの情報を知る必要がある。
(本当に頼りになる弟子たちだ……こういう時は普段の暴走が嘘みたいに頼りになるなぁ……よし、俺も頑張らないとなっ!!)
自分に気合を入れつつ、改めて異種族たちと向き合う。
「え、ええと……何から話せばいいのかなぁ?」
「分かることなら何でもいいですっ!! もう思いついたことを片っ端から話してくださぁいっ!!」
「あ、ああ……あれはかつて魔王が暴れていた時に対策用の生物兵器として作り上げたフェンリルというものの改良版だと思う……」
「う、うんっ!! あ、あなた達のその魔物を見たお父さんたちが万が一に備えて封印を解いて操ろうとしてたの……だ、だけど何で私たちを攻撃してるだろう……そ、それにそうだ、私たちのお父さんはっ!?」
きょろきょろを辺りを見回すワーフ様だが、人影らしいものは見当たらない。
「カノさぁああんっ!! この近くに単独行動しているドワーフ族かエルフ族の方はいらっしゃいませんかぁあああっ!!」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと待って……そ、そっちのほうに……怪我してる三人組なら居るけど他にはいないよぉっ!!」
シヨちゃんの声にある方向を指し示すカノちゃん。
しかしその間もフェンリルは激しく暴れていて、テキナさんは苦戦を強いられている。
「はぁあああああっ!!」
「ギャゥンっ!?」
「やぁあああああっ!!」
「ギャウンギャウンっ!?」
(……あれ、なんかだんだん押してきてないか?)
先ほどまでピンピンしていたフェンリル君だが、なんだか動きが鈍くなってきている。
おまけに傷も目立ってきている……よく見ると再生しようとする全ての傷口を傍から凄まじい速度でカノちゃんが切りつけ続けている。
お陰で一度ついた傷がふさがらなくなってしまっているようだ。
「はぁあああああっ!!」
「ギャゥウウウンっ!?」
さらにそこへテキナさんが攻撃して新しい傷がつき、すかさずその部分もカノちゃんが切りつけて回る。
「ギャウンギャゥンっ!?」
どんどん弱っていくフェンリル君……もう悲鳴しか上がっていない。
(つ、強すぎるだろこいつらぁっ!! やっぱり頼りになる通り越して怖えよっ!?)
弱点とか抜きに強引に倒せないはずの敵を攻略しようとしているテキナさんとカノちゃん……もうこの二人が組んだら俺も絶対勝てないだろうと確信する。
「……ど、どうするシヨちゃん?」
「え、ええとぉ……ここはあの二人に任せてその三人組を回収して移動しましょうかぁ?」
シヨちゃんも状況に気が付いたようで、なんだかとても疲れたような顔をしていた。
(気持ちはわかる……焦って損したわぁ……はぁ……)
「そうだねぇ……ルーフ様とワーフ様、あちらに居る怪我人と合流しつつ今のうちに安全な場所へと避難しましょう」
「その過程でお二人のパパのことも探していきましょうねぇ……」
「あ、ああ……わ、わかった……わかりました」
「は、はぁい……し、従いまぁす……うぅ……」
二人もまた俺たちの……カノちゃんとテキナさんの化け物っぷりに気が付いたようでこちらの言うことに従順になっていた。
それを見たシヨちゃんが一瞬でいつものとてもいい笑顔に戻った。
(……もうやだこいつらぁ)
三弟子の恐ろしさを改めて目の当たりにして、俺は何やらとても疲れてしまうのだった。
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