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いざバンニ国へ……行きたくない

「サーボ様御一行様っ!! 王様からの伝言ですっ!! 時間があれば王宮に寄ってほしいとのことですっ!!」


「ありがとう、ところで君は何か魔物の襲撃とかの情報を知らないかな?」


「はっ!! サーボ様のご活躍により当領内において魔物の活動は収まりつつあるとのことですっ!!」


(あらら、早速次の目的が無くなっちゃったよ……まあ王様に会ったあとに酒場にでも顔出してみるか)


「ありがとう門番さん……サーボ先生どうしますこれから?」


「うーん、とりあえず王様のところに顔を出そうか」


「わかりました」


 皆で王宮の王座の間へと移動する。


「おお、よくぞ来てくれた……お忙しいところ呼び出してしまい申し訳ない」


「いえいえ王様にお会いできるなどこのサーボ光栄の極み、これ以上に大事な要件などあろうはずがございませんっ!!」


(へりくだってごますって印象アップを狙う俺……流石せこいなぁ)


「そのようなお世辞はいらぬよ、お主の本性は前に存分に見せてもらったではないか」


「……そうでしたねぇ」


(はい手遅れでしたぁあああああっ!! あの日の俺って何したんだよっ!?)


「ふふ、サーボ先生は前の謁見時の無礼を気にしていらっしゃるのです」


「そうなんですよ、あの時普段とは見違えるぐらい緊張してましたから……言葉遣いも酷かったですし」


「ええ、人々を助けに行くためとはいえ王様にあんなことを言ってしまいましたからねぇ先生」


「あ、あはは……そうなのですよ……」


(な、何っ!? 無礼とか酷い言葉遣いとか……あんなことって俺何言ったんだよぉおおっ!!)


 ひょっとして今回の呼び出しは打ち首とかそういう話なのかもしれない。


(いやでも俺最初から評価高かったし、なんか兵士とか大臣とか王様とか今も熱い目で見てるし……ああ気になるぅううっ!!)


「そうであったか、王に対する礼儀を知りながらもなお人々の為にあえて無礼を働いたのか……素晴らしい勇者であるなサーボ殿」


 内心ガクブルだった俺だが称賛の言葉を聞いて胸を撫でおろす。


 とりあえずは打ち首はなさそうだ。


「全くです、サーボ殿はどれだけ我々を感心させてくださるのか……この大臣の耳にも届いておりますぞ活躍ぶりが」


「近隣の村々で起きていた集団失踪事件の解決もそうであるが、まさか許可証を貰う前にも実際に人々を助けておったとは驚きであった」


「人里離れた農場での強盗退治の話も聞いておりますぞ……それに比べて他の二組は野生の魔物の駆除ばかりで困ったものです」


(おお、俺たちのしたことが全部しっかり届いてるっ!! これは査定は素晴らしいことになりそうだっ!!)


「つきましてはサーボ様方の評価が上がりましたので、新しい許可証との交換をさせていただきます……どうぞ」


 大臣の手で直接交換が行われる。


 既に発行してあったらしい。


「勇者サーボ殿の行動を引き留めぬために特例として事前に用意させて頂きました」


「ありがた……Aランクっ!?」


「あなた方の活躍を思えばSランクにしてもよいかと思われましたが……外交上、現時点ではこれが限界でした」


 大臣の話によれば、この許可証は勇者制度のない場所でも通じるように冒険者ランクとしても扱われるらしい。


 だから余りあげすぎて他の国との間に不和が出ないよう調整した結果がAランク止まりになった理由らしい。


(何だよ、ほかの国でも通じるように考えてあるじゃん……まあ俺と違って有能な奴が頑張ってんだろうなぁ)


 とはいえ正直冒険者ランクというのは余り聞き覚えがない。


 全国展開されている冒険者ギルドから優遇されやすくなるとは知っているがそれだけだ。


「いえ我が身に有り余る光栄です……サーボ先生だけならばSランクでしたでしょうに我々が足を引っ張ってしまいましたね」


「だけど……ぼ、僕たちってものすごく評価されてるってことだよねぇっ!!」


「上から二番目……かつての勇者様がSってことですもんねっ!!」

 

「いえ言いずらいのですが、かつての勇者様はSSSランクという例外中の例外でした」


 Sの状態で敵の幹部をまとめて倒したことで一段階上げざるを得ずSSに。


 そこから魔王を倒したことでさらに一段階上がった結果がSSSランクらしい。


「冒険者ギルドにも過去勇者様しか存在しない伝説の称号になっておりますなSSSランクは」


「なるほど……しかしいずれにしてもサーボ先生ならばきっとその高みに辿り着くでしょうね」


(絶対にありえないよテキナさん、俺はその前に金握って田舎に隠居するからね)


「代わりということで特別ボーナスを用意してあります、後で活動費の給付場所に寄っていってくだされ」


(まじかっ!! いやあ悪いなぁ……というかそんなバンバン税金使っていいのか?)


 遠慮なく頂くが、この国の公金管理が不安になってくる。


「さて、そなたらの時間を取るのは悪い故……早速、本題に入らせていただく」


(まあそうだよな、お褒めの言葉だけで終わるわけないよなぁ)


「何でございましょう?」


「実はだな、隣にバンニという王国があるのを知っておるな?」


「……王様、ひょっとして魔物に襲撃されているって話ですか?」


「知っておるのか……まだ正確な確認情報は入っておらんのだが通商も伝令兵も途絶えてしまったのだ」


「サーボ先生……あの話を……」


 テキナさんに頷いて見せる。


 そして王様たちに魔物に襲われているプリス様に出会ったこと。


 さらに他の勇者たちに自国まで護衛させたことを伝えた。


「なるほどのう、プリス殿が……ここだけの話だがあの者は父である国王に甘やかされておってのう」


「ええ……余り言いたくはありませんが自分勝手極まりない振る舞いだと思われました」


「うむ、だがそれだけ愛されている娘が、王の手元から護衛も連れずに外へと離脱したということは……」


「……完全な陥落が見えていた、もしくは既に陥落済みの可能性が高い」


 王様がゆっくりと頷いた。


(やっぱりかぁああっ!! あぶねぇえええっ!! 俺行かなくて正解だっ!!)


「バンニ国はそれなりに冒険者を抱えており、それこそAランクの者も数名拠点にしていたと聞きます」


「当然軍もしっかりしている……戦力としては下手な魔物が群れようと陥落するはずがないのだ」


「となると相手は魔王軍の者ですね……私たちもさんざん煮え湯を飲まされてきました」


「確かに何度も苦戦して……サーボ先生が居なかったら確実に全滅してましたもんね」


(結果的に何とかなっただけだからなぁ、さすがに魔王軍つえぇわ)


 正面からのぶつかり合いなら今のところテキナさんに勝てる相手は見当たらない。


 しかし絡め手を使われるとどうしようもないことも判明している。


 現に他の勇者たちも一度は全滅しかけているほどだ。


「カーマとセーヌ達だけでは力不足かもしれません……これはそれほどの危機だと思われます」

 

(だからこそそんな危険な状態の国になんか絶対行かねえぞ……頼まれても難癖付けてこればっかりは断るぞ)


「そこでそなたらに頼みがあるのだが、一時勇者としての活動内容をこの国の防衛任務に限定……」


「いえそれだけは聞けませ……え?」


(あれ、てっきり隣の国に救援に行けって言われるかと思ったけど違うのか?)


「サーボ殿ならそういうと思っておった、困っている人を見過ごせるはずがないと……」


「ですがサーボ殿、隣の国が陥落したとすれば次の標的はこの国になる可能性があるのです」


「情けない限りだがこの通りだ、そなたらにはこの国の防備を優先していただきたい」


「それに既に攻められている国を救いに行くのはとても危険です、あなた方を失いたくはないのです」

 

(なんだぁそういうことかぁ、まあ確かに自分の国の防衛が一番大事だもんなぁ)


 俺はほっとしながらあえて重々しい態度で口を開いた。


「王様に直々に頭を下げさせてしまうなど申し訳ない限りです……聞いたな皆」


「はい、サーボ先生のお言葉と意思はしかと私の胸に刻まれておりますっ!!」


「うん、サーボ先生が考えてること僕にもわかるよっ!!」


「ええ、サーボ先生と私たちはきっと同じことを思っていますっ!!」


(おお、わかってくれたか……って流れじゃねえこれはやばいっ!!)

 

 全員の目が燃えている。


 王の命令にではない。

 

 勇者としての使命にだ。


(そうはさせるかっ!! 先に俺が言葉にしてしまえばお前ら逆らえまいっ!!)


「では俺が代表して皆の意見を王様に伝えさせていただくよ……」

 

「「「お願いしますっ!!」」」

 

(よし勝ったぁああっ!! 俺は初めて理不尽な自分の運命に打ち勝った気がするぅっ!!)


 これで防衛任務を受けると言ってしまえばもうこいつらが何を言おうとどうしようもない。


 俺は内心ウキウキで見た目だけは真摯を装いながら王様の目を見つめた。


「今の俺たちはこの国に認定された勇者ですから王様の命令に逆らって隣国に赴くような真似はできません」


「おお、防衛任務を引き受けてくださるかっ!!」


「勇者の称号を持つ者として引き受けないわけがありません」


(だからお前らもこの国の勇者なんだから従うんだよ王様に)


「え……」


「サーボ先生……」


「どうして……」


 後ろから呆然とする三人の声が聞こえた。


(どうしてじゃねえよ、当たり前じゃねえか)


「では早速頼みますよ、サーボ殿そしてテキナ殿、カノ殿、シヨ殿……兵士には命令を聞くよう話を通しておきます」


「特に指示は出さぬ、ただ国内にとどまりそなたらの好きなように振る舞い有事の際に魔物と戦っていただきたい」


「それだけで評価もしっかり行いますし、別に給金も支払わせていただきます」


「おお、それはありがたいお言葉……皆も理解したね」


 振り返ってやると魂が抜けたような顔で俺を見つめている三人の顔が映った。


(ああ、ついにその時が来たか……意外に早かったなぁ)


 彼女たちの中では救済への意志が最高潮になっていた。


 そこへ俺が冷水を浴びせたことで一気に不信感がわいたようだ。


 こうなってしまえばもうどうしようもない。


 恐らくこれがきっかけになって俺への勘違いは解けていくだろう。


 とはいえ仕方がない、流石に命には代えられない。


(隣国を救いになんか行ってたら命が幾つあっても足りないからなぁ)


 その後王様と大臣から感謝の言葉が何度も与えられた。


 しかし三人は一度も反応をすることはなかった。


「先生……隣の国を助けには……いかないのですか?」


 王座の間を後にしたと同時にテキナさんが青ざめた顔で話しかけてきた。


「聞いた通りだ、この国で認定された勇者としてこの国の王様の命令に従うべきだよ」


「だ、だけど……国内は今平穏で……隣国には困ってる人たちが……今この時も苦しんでいる人たちが……」


 同じくカノちゃんが話しかけてくる。


「この国が魔物に襲われればここの住人も同じ目に合う、ならこちらの住人の税金を貰っている以上こちらの防備を優先すべきだ」

 

「先生は……先生は本当は……最初から……救いに行く気はなかったんじゃないですか?」


 シヨちゃんは俺を信じられないものを見る目で見つめてくる。


「プリス様に頼まれた時も断ったからね、そういう風に見られても仕方ないと思っているよ」


 三人とも何とも言えない表情をしている。

 

 今はまだ衝撃が冷めやらないからこれで済んでいる。


 しかし冷静になればなるほど俺への失望は強くなるだろう。


「まあ君たちの衝撃もわかる、だけど勇者として一度引き受けたことはしっかりやり切るべきだよ」


「……」


「……」

 

「……」


(勇者として……という言葉でもダメかぁ)


 勇者という存在に拘っていた三人だが、もうその言葉ですら反応がない。


 三人とも黙りこくったまま返事すらしなかった。


(本当にもうどうしようもねえなこれじゃぁ……)


「少し頭を冷やしたほうがいいね、君たちは先に宿へ向かうといい」


 俺の言葉に無言でうなずいた三人はゆっくりと王宮の外へと消えていった。


(こうなった以上は早めにとんずらしたいところだけど、先立つものがなぁ)


 とりあえず特別ボーナスとやらを貰いに行くことにした。


「どうぞサーボ様っ!! 頑張ってくださいっ!!」


「うむ、ありが……っ!?」


 そこで受け取った金額は一人なら節約すれば40年は暮らせそうな額だった。


「こ、こんなにいいのかな?」


「ええ……このお金はサーボ様の功績に対する正当な報酬です、遠慮なく受け取ってくださいっ!!」


「なら頂こう……君悪いけど王様と大臣にサーボがお世話になりましたと言っていたと伝えておいてくれ」


 40年後なら俺は約70歳だ。


(そこまで生きれれば十分だな、いい潮時だし勇者やーめたっとっ!!)


「え、ええわかりましたっ!!」


 支払いの担当者は困惑した様子だったが頷いてくれた。


 恐らく真意は伝わってないだろうから王様たちの耳に届くまでは時間がかかるはずだ。


 その前に外に出てしまおう。


 俺はさっさと街で最低限の支度を済ませた。


(よしあとは逃げ出すだけだな)


 調達した馬に乗って門へと向かう。


「サーボ様……如何なさいましたかっ!?」


「少し確認したいことがあってね……すぐに戻るから心配しないでくれ」


「ははぁ……行ってらっしゃいませっ!!」


 門番をごまかして外に出ると馬車置き場へと向かった。


 他の人の馬たちに交じって草をハミハミしているムートン君にお別れを言うことにしたのだ。


(魔物に襲われないよう馬で駆け抜けるつもりだし、そもそも俺じゃいざというとき守り切れないからな)


「ムートン君、俺はもう行くよ……君を連れていけなくて悪いね」


「……めぇえっ」


「そんな悲しそうな声を出さないでくれ……きっとあの三人が可愛がってくれるよ」 


 ムートン君が行くなとばかりに俺の服に文字通り食い下がる。


(ごめんなぁムートン君……それに三人も……)


 軽くムートン君を撫でてから何とか拘束を振り払い、俺たちが使っている人力車の荷台へと向かう。


(もう二度と会わないだろうし……最後にお別れぐらい書いておこう)


 俺は彼らにあてた簡潔な手紙を書いておくことにした。


『恐らくもう会うことはないでしょう、君たちが気づかないことをいいことに騙してしまい申し訳ない』


(本当に騙してばかりだったなぁ……まあ俺にはそれしかできねえからなぁ)


『これからも立派な勇者として頑張ってください、遠いところからずっと応援しております』


 さらに手紙と共に破いた勇者許可証を置いて行く。


(俺はもう勇者じゃねえからなぁ……こんなもん持ってても色々面倒ごとが増えるだけだ)


 最後に馬車内に皆から預かっていた活動資金を隠しておく。


(盗まれたら困るしな……カノちゃんなら一発で見抜くだろ)


 俺にはボーナス分だけあればいいのだからそれ以上は欲張りだ。


「……なんだかんだで楽しかったような気もしなくもないぜ、じゃあな皆っ!!」


 叫ぶと同時に俺は馬を走らせて王都イショサを後にした。


 目的は二つ先のリース国だ。


(そこまで行けば当面は生きていける、ただ問題は道中だな)


 リース国に向かう道は途中までバンニ国と共通しているのだ。


 そこから魔物が進軍してこないとは言えない。


 事実プリス様を追ってきた形とは言え、実際に一度はこの領内まで入ってきているのだ。


(慎重……より優先すべきは速さだな、一気に魔物に追いつかれない速度で駆け抜けるっ!!)


 馬に鞭を入れて走らせる。


「ぐるぅううううっ!!」


「くそっ!! やはりかっ!!」


 しばらくして予想通り魔物の群れが現れた。


 フレイムドッグ、ジェルスライム、子蜘蛛の群れに初めて見る鳥型の魔物。


(炎、水、土、風というところか……今まで退治してきた魔物達の集大成ってとこかな)


 俺は何とか馬を操りながら魔物の隙間を抜けるようにして通り過ぎようとする。


「ふしゃああああああああああっ!!」


「炎のブレスかっ!! あっちぃなあおいっ!!」


 フレイムドッグが並走しながら炎を吹きかけてくる。

  

 子蜘蛛の群れがわざと馬の前に進み出て、踏みつぶされることで蜘蛛の糸を絡ませる。


「くっどんどん速度が落ちて……っ!?」


 空から鳥型の魔物が急降下してくる。


 そして俺の手前で羽を翻すことで暴風をぶつけてきた。


「うわぁっ!?」


「ヒヒィイイインっ!?」


 風に飛ばされ俺は馬ごと飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「ぐわぁああっ!!? じぇ、ジェルスライム……無色もいるのかっ!?」


 飛ばされた先にジェルスライムの身体があり、俺の手は飲み込まれ溶かされた。


「くぅ……はは、お終いかぁ」


 魔物がじりじりと距離を狭めてくる。


 右手を飲み込んだジェルスライムはどんどん身体を浸食していく。


(結局俺はこんなもんか……まあ無能にしては生き延びたほうだな)


 何とかしようと少し考えてみたが、だけど右腕から伝わる激痛がソレを許さない。


 代わりに思い浮かぶのは後悔ばかりだ。


(どこを間違えたのかなぁ、やっぱり村から出るべきじゃなかったのかな)


「ふしゃああああああああああっ!!」


 フレイムドッグの炎が迫る。


「っ!!?」


 反射的に庇った左手も焼け焦げて動かなくなった。


(いや、あの三人から離れたことか……それとも、カノちゃんを……弟子を取って内心笑ってたことかな)


 視界がぼやけてくる。


 聴覚も弱まってきた。


 痛覚もどんどん鈍くなっていく。


 はっきりと自分はもう助からないのだとわかった。


(やっぱり罰なのか……結局一度も悔い改めなかったもんなぁ)


 最後の力で空を見上げた。


 ぼやけた視界の中で太陽が妙に輝いて見えた。


(神様どうか……悔い改めますから……もう一度……やり直させて……はは……なんてね……愚かだなぁ俺は)


 最後の最後に俺は自らの醜さ、愚かさを見下して笑った。


 そして俺の意識は闇へと溶けて……


「……………っ!!」


 何か聞こえた気がした。


「……………っ!!」


 聞き覚えのある何かが聞こえた気がした。


「……………っ!!」


 はっきり覚えているはずなのに思い出せない。


 不意に身体が温かいぬくもりに包まれた。


「がはぁっ!!」


 全身に苦痛が戻ってくる。


 代わりに視界も鮮明になっていく。


 そして聴覚も戻った。


「サーボ先生っ!!」

 

「サーボ先生っ!!」


「サーボ先生っ!!」


 とても聞きなれた声と見慣れた姿。


「カノちゃん、シヨちゃん、テキナさん……」


 何とかそれだけ呟いたところで俺は精神的な疲労からか意識を失った。


 次に目が覚めたときはムートン君に寄りかかっていた。

 

 周りを見渡しどうやら人力車の荷台に乗せられているのだと分かった。


「さ、サーボ先生っ!! 起きたのっ!!」


「ああ、サーボ先生っ!! よかったぁっ!!」


「どうですかサーボ先生っ!! お体に異常はございませんかっ!!」


「……ああ、身体は大丈夫そうだ」


 どうなっているのか俺の身体は健康そのものだった。


「僕たちが駆けつけたときサーボ先生もうボロボロで駄目かと思ったよぉ」


「テキナさんが回復魔法をかけてくれたから助かったんですよ」


「危ないところでした……やはりサーボ先生は乗馬を練習したほうがいいですね」


 どうやらテキナさんが魔物を退治しつつ回復魔法をかけてくれたらしい。


 俺が魔物にやられていたのは落馬でもしたところを狙われたと思っているようだ。


(あの数の魔物に勝てる訳ねぇだろうが……お前みたいなバケモンと一緒にすんなよ)


 しかしどうして三人がここにいるのだろうか。


 それになぜこんなに親身なのか。


(俺に失望してたはずが……なんで前みたいな目で俺を見てんだ?)


 いや、強いて言えば少し申し訳なさそうでありつつも怒っているような感情が見える気がする。


 しかし概ね前と同じ態度に思われた。


「ムートン君に感謝するんだよ先生、僕たちを人力車まで引っ張っていったんだよ」


「そこで手紙を読んで、慌てて先生を探したらあんなところで倒れていたんですよ」


(俺が一人でどこかに行こうとしてたから……心配して皆を呼んでくれたのか……)


「そうか……心配かけたなぁ」


「めぇええっ」


 ムートン君を撫でてやると気持ちよさそうな声を上げた。


「心配したのは私たちもですよぉっ!!」


「いやシヨ、まずは謝罪しよう……サーボ先生申し訳ありませんでしたっ!!」


 テキナさんが言うのに合わせて三人が俺に土下座する。


(ああ、なんか懐かしいなこの光景……だけどなんでだ?)


「どうして謝るんだい?」

 

「僕たちずっとサーボ先生についてきてたのに真意を見抜けなかった」


「サーボ先生が困ってる人を見捨てるはずないのに気付けなかった」


「勇者に拘っていた私たちを気遣ってくれた発言を誤解して……勝手に失望してしまいました」


(……何を言ってるんだこいつら?)


 むしろ逆だろう。


 俺が困っている人を助けるはずないし、こいつらを気遣った発言をした覚えもない。


「だけど手紙を読んでようやく分かったんだ……サーボ先生は一人で隣の国を助けに行ったんだって」


「魔物が沢山いて危険だから私たちを巻き込むまいとあえてあんな態度をとっていたんだって」


「勇者としての立場、地位……それら全てを捨ててでも人を助けようとしたのだと」


「あ、あはは……ば、ばれてしまったかぁ」

 

(んなわけねーだろぉがっ!! とこの場で言ったら確実に殺される……いやそもそも信じてもらえないかな)


「少し考えればわかるはずだったのに……僕は自分の考えにだけ囚われてて気づけなかった……」


「ずっと先生の教えを受けていたのに……私は先生のことを分かったつもりになってました……」


「全く愚かでした……毎日のように先生のことを考えておきながら自分の望まぬ答えを聞いただけで思考を放棄してしまった……」


 三人が本当に悔しそうに、申し訳なさそうに語っている。


 涙すら零れていて人力車の床が濡れている。


(うわぁ……ここまでくるともはや宗教レベルだわ、逆におっかねえよこいつらっ!?)


 俺の行動一つから無数の解釈が生まれてきているようだ。

 

 恐らく俺は王様に対する義理立ての為に勇者としての立場を捨てて隣国を救いに行こうとした人間になっているのだろう。


 しかも勇者であることに拘っていた三人を気遣いあえて防衛任務を受けるふりをして一人で旅立ったのだと思われているようだ。


 三人の想像の中にいる俺はすさまじい聖人君子になり果てている。


(これはもうあれだ……万が一本性がばれたら八つ裂きですらすまないぞ)

 

 もしも俺の正体がばれてこれほどの感情が反転したらどうなってしまうのか。


 想像もできないほどに恐ろしい。


「どうかお許しくださいサーボ先生」


「許してサーボ先生」


「許してくださいサーボ先生」


「も、もちろんだよ……俺たちは仲間じゃないか気にしないでくれ」


(ご機嫌を取るんだ……狂信者どもの機嫌を損ねちゃいけないっ!!)


「サーボ先生の優しさは海より深いのですね……このテキナ今後は二度と先生のお傍を離れませんっ!!」


「ありがとうサーボ先生、ごめんなさい……もう僕は一生先生の言葉に従って生きていくよっ!!」


「サーボ先生、もう私絶対先生のこと疑ったりしませんから何でも言ってくださいねっ!!」


 涙を振り切って顔を上げた三人はしっかり俺の顔を見つめていた。


 決意を固めた眼差しはやはり神を信じる信者のごとくで恐ろしい限りだ。


 だけどなぜだろう。


 俺はほんの少しだけ彼女たちを美しいと思い……見惚れてしまった。


(らしくないなぁ……だけどまあ命の恩人だからなぁ)


「そうか、そこまで言ってもらえると師として嬉しい限りだ……ありがとう」


 偉ぶりながらも今回は素直にお礼を言うことにした。


「ですが……私どもからも一言言わせていただきますっ!!」


「先生……勝手に飛び出して危険な事しないでよっ!!」


「そうですよっ!! 私たちのためだからって置いて行こうとしないでくださいっ!!」


「え、あ……いやそれは……その……」


 一転して怒りをあらわに詰め寄る美少女三人。


 すさまじい迫力だ。


「とても、苦しかったんだから……心配したんだから……」


「先生が居なくなって……凄く辛くて悲しかったんですよ」


「もう二度と会えないのではと思った時……魔物にやられていた時……この世の終わりかと思いました……」


 かと思えば涙を流し心底辛そうに俺を見つめてくる。


(誤解とはいえ……誰かにここまで心配されたこと……気遣われたことってあったかな……)


 こんな状況は苦手だ。


 早く何とかしてしまいたい。


 だけど何も言い訳が思い浮かばない。


(謝ったら許してくれるかなぁ……うん、さっき俺の言うことなら何でも従うみたいなこと言ってたし従うはずさ)


「悪かった……許してくれないかな」


「いえ、こればかりは許せませんっ!!」


(うぉおおおいっ!! 許してくれないのかよっ!! 俺は許したんだけどぉおっ!!)


「もう二度とやらないって誓ってくださいっ!! 私たちを置いて行かないってっ!!」


(嫌だよ、お前らと一生一緒なんて嫌だよぉっ!!)


「勝手なことはしないって約束してっ!! 何をするにしてもちゃんと相談するのいいねっ!!」


(ふざけんなっ!! 俺は一人で安全地帯に居たいんだよっ!! 何で相談しなきゃいけないんだよっ!!)


「君たちの言いたいことは分かった……だけど……」

 

「だぁっ!?」


「けぇっ!?」


「どぉっ!?」


「……ごめんなさい、言うとおりにいたします」


(俺にさぁ……雑魚助の俺に逆らえるわけないジャンこんなの……うぅ……)


「確かに約束しましたよサーボ先生」


「絶対に破っちゃ駄目ですからねサーボ先生」

 

「嘘ついたら大変なんだからねサーボ先生」


「はい……覚悟しておきます」


 すごすごと言いなりになる俺であった。


「ではこの話はここまでにして……これからの方針ですがとりあえずバンニ国に向かうということでよろしいでしょうか?」


(いやだぁあああああっ!! それだけは絶対嫌だぁああっ!!)


「いや、仮にもイショサ国の税金を頂いている身分で勝手に国外に出向くのはいけない……」


「ああ、それなら安心して……僕たちも勇者許可証置いてきちゃったから」


「はぁっ!?」


(あ、アレが無いと安定した収入がっ!? 何より魔物を退治してもただのボランティア活動になるんだぞっ!?)


「安心してください先生、私たちもう勇者なんて言葉に拘りませんっ!!」


(安心できるかぁああっ!! 拘れよぉおっ!! それ超大事なことだからねぇえっ!!)


「そう、大事なのは勇者であることではない……実際に何を成せるか、ですよね先生」 


(勇者だから成したことを評価されるんでしょぉおっ!! 大事なのは勇者という身分だろぉおっ!!)


 眩暈がしてきた。


 こんな世間知らずどもをリーダーとして引っ張って行かねばならないのだ。


 拒否しても許されないだろう。


 かといって本性をばらすことももう許されない。


(ど、どうしてこうなるんだよぉおおっ!! 神様っ!! 本当に改心いたしますから一からやり直させてぇええっ!!)


「さあ参りましょう先生、困ってる人々を救いにっ!!」


「行こうよ先生、助ける人たちの元へっ!!」


「行きましょう先生、私たちを待っている人たちに会いにっ!!」


「あ、あはは……行こうじゃないかっ!! 力なき人々の声に応えるためにっ!!」


「めぇえええっ!!」


 俺の叫び声を合図に馬車は一路バンニ国へ向かい走り出すのであった。

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