表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

説教


 「どういうことですかお父様!何故こんな見るからに下賎で怪しい男に!それに私達がフルシュレイダー家の汚点とはどういうことですか!何より!私達がスラムのゴミ共にも劣るクソガキなどと暴言を吐いた事について処罰を与えるべきではありませんか!!」



 三姉妹の長女と思われる女が席から立ち上がり吼える。たしかリャーナキアって名前だったか?で、愛称はラーナだったか。

 彼女からしたら当然だな。いきなり現れた奴が自分達の事をクソガキだとかスラムのクソガキに劣るだとかボロクソに言って来たんだ、怒るのは当然だ。


 彼女達の立場が()()()()()()()()()()って注釈は入るがな。



 「……不甲斐ない父を許してくれラーナ。お前達を甘やかし過ぎた結果なのだ。『いつかわかってくれる』。そう信じて今年まで待った。だがお前達はいつになってもわかってくれなかった。


 このままではフルシュレイダー家が崩壊するのだ。せっかく先代陛下からアナを娶らせてもらったのに、その子が貴族として無能であれば陛下の顔に傷を付ける事になる。そうなれば私達フルシュレイダー家は『我が子にマトモな教育も出来ない無能』と蔑まれ侮られてしまう。1度侮られた貴族は末代まで侮られる。そしてこの場合、私にアナを娶らせてくださった先代陛下や現陛下にまで塁が及ぶ。それだけは絶対に阻止しなければならない。


 もうこれ以上お前達の更正を待つ時間は無いのだ。不甲斐ない父を許してくれ」



 デオニーソス様の言葉はもはや懺悔だった。だからこそ少なからず響いたのか長女は口を何度かパクパクと動かしたあと、椅子に座り直した。


 まだ長女は少なからず最低限を弁えられる人間らしい。俺を恨めしそうに睨んで来てはいるが、少なくとも明日からの指導には最初の2日間ぐらいは参加するだろうな。

 次女の…シャラナキアだったか。彼女は最初から俺を睨んではいるが、今のデオニーソス様の言葉を聞いて口許が嫌そうなものに歪んでいる。だが同時に諦めの感情が目から見えるから、まぁ彼女は1番手が掛からないだろうな。


 問題は三女のナリャナキアっつークソガキだ。

 このクソガキ、今のデオニーソス様の言葉を聞いても『我関せず』。『知ったことじゃない』みたいな表情(カオ)でデオニーソス様を冷ややかな目で見たあと、勝手に飯を食い始めた。

 『なんで家族が五月蝿くしているのかわかりません』。『なんで私が家族如きにご飯の邪魔をされなくちゃならないの』って面で黙々と飯を食べてやがる。


 …………見せしめはコイツにするか。



 「デオニーソス様、先に謝っておきます。すみません」



 デオニーソス様が聞いているのか聞いていないのか確認はせず俺は立ち上がり、クソガキの許に行った。



 「おい三女。お前、今のデオニーソス様の言葉を聞いて何も思わなかったのか?」


 「………………」



 三女は俺の声を無視して普通に食べ続ける。



 「俺の声、聞こえているよな?何故無視をする?あぁ、お前から見たら俺が平民だからか?だがデオニーソス様が言ってたみたいに俺はSランクだ。Sランクってのは最低でも伯爵相当の地位が有る。つまりお前と同等かそれ以上だ。お前は上位者の話も聞かないような愚図なのか?」


 「………………」



 それでも食べ続ける。

 さっき俺がこの食堂に入ってきた時にデオニーソス様に文句を言ってたから言葉を話せない訳じゃない。デオニーソス様の言葉を聞いて文句を言ってたから耳が聞こえない訳でもない。

 なのにこうやって無視してくるってことは、完全にこのクソガキの意思でやってるって事だ。



 「おいおい、今の内に返事しといた方が良いと思うぞ?俺はデオニーソス様から暴力をお前等クソガキ共に奮っても良い許可を貰ってる。そういう契約になってる。だから俺の気分次第でいつでもお前の顔面に拳を叩き込めるって訳だ。

 痛い思い…したくないよな?だったら今の内に俺と言葉を交わそうぜ?そしたらお前は痛い思いしなくて済む。俺もお前を殴らずに済む。どっちにも得が有るって訳だ。


 だから、なぁ、今の内に返事しようぜ?」


 「………………」



 それでもクソガキは黙って黙々と飯を食べ続けやがる。


 ハァー、最終通告するか。


 俺はクソガキの握るナイフとフォーク、敢えてその内のナイフの刃の部分を握り、握力だけで握り潰す。Bランク以上ならナイフやフォークを握り潰すなんて簡単に出来る芸当だ。

 だが冒険者以外の奴の目の前でやれば少なからず驚いた反応を見せる。だからちょっとでも気を引くためにやった。やったんだが……、



 「最終通告だ。別に俺は無視されたからこんな事をした訳じゃない。俺はお前が人として、貴族としての役目を理解しているのか、それに対してどう考えてるかだけを聞きたいんだ。聞けるためなら何でもやる。そういう気持ちで今お前のナイフを握り潰した。


 俺を無視したいのなら無視し続けてくれて構わない。だが今この場だけは最初の俺の質問に答えろ。お前はさっきのデオニーソス様の言葉を聞いて何も思わなかったのか?」


 「…………ねぇ誰か。どうやら食堂にハエが入って来ているわ。それに何故かナイフがグシャグシャになってしまったわ。今すぐ替えを持ってきて」



 周囲で息を呑むのが聞こえた。彼女がやった行為は完全に『伯爵家当主以上の者を目の前に完全無視』という悪党でもしない事をしたからだ。

 あぁ、悪党は悪党でも、こちらを襲ってきてる奴等や尋問されてる奴等は無視するな。だがそれでも睨みはする。

 だがこのクソガキはそんな悪党ですらしない事をした。ここは食堂で、別に尋問している訳でも何でもない。食べる前の乾杯をする前に食事に手を付けるという不作法をしているが、そんな些事すらどうでも良くなるような事をしでかした。


 だから、仕方ない。本当は出来るだけ模擬戦だけで済ませたかったんだがな……。



 俺はクソガキの後頭部を掴んで、まだ食い物が残る皿に向け顔面を叩き込んだあと、後頭部を持ち上げさっきナイフを握り潰した手で首を掴んで持ち上げた。


 そして1発腹に入れて首を握る手に力を入れた。


 悲鳴が聴こえる。だけど知ったことじゃない。最初に『暴力は奮う』と宣言してそういう契約を結んだんだ。これは無礼じゃない。契約に従順なだけだ。



 「こんな風に、最終通告すら無視した場合、問答無用で殴る蹴るの原始的な暴力に訴える。

 すまんな、俺はコレだけでSランクにまで昇り詰めた野蛮な人間だ。だから、人の話を聞かないようなクソッタレに対して話を聞かそうと思うとどうしてもこういう方法になってしまう。


 痛いよな?苦しいよな?だがそれはテメーが自分で蒔いた種だ。

 自業自得、身から出た錆、因果応報。この3つの意味、わかるか?この3つは全部似た意味だ。『自分がやった行いは、相応の形で返って来る』。これの悪い意味を詰め合わせたのがさっきの3つだ。


 お前は自分の行動故に今こうなってる。お前が自分でやってきたことによりこうなってる。お前のやってきたことの積み重ねでこうなってる。

 痛いよな?苦しいよな?だが自業自得だ。テメー等三姉妹が親の教育を無視して優しい親に甘えて来た結果が俺という乱暴な男への依頼へ繋がり、お前の俺を無視し続けるという行動の結果が今のお前だ」



 クソガキ三女は苦しそうに食い物で汚した顔面を歪めて、口からは涎を垂らして、必死に俺の首を掴んで泣いていた。だが瞳だけは俺を憎らしげに睨んでいて、ようやく俺の事を見る気になったらしい。


 俺が言った言葉は普通に頭に入ってないだろうが…、一応説教を続ける。



 「恨んでくれて良い。殺そうとしてくれて良い。だがな?何をやるにも相応の覚悟を持って臨め?じゃないと今のお前みたいになる。

 俺は優しいから今はコレだけで済ませてるが、俺以外ならお前、殺されてても文句を言えねぇぞ?


 で、どうなんだ?さっきのデオニーソス様の懺悔のように聞こえる言葉を聞いて、お前は何も思わなかったのか?」



 首を掴む力を持ち上げるのに支障がない程度に緩めてクソガキ三女の返答を待つ。


 しかし、まぁ予想通りと言うか、返ってきたのは聞きたかった言葉ではなかった。



 「コロ……シテ……ヤル…………!!」


 「そうかい。つまりお前は、何処まで行っても『自分』しかない訳だ。


 まぁ、今は良い。人は変わる事が出来る。だから明日からのお前と1ヶ月後のお前に期待することにしよう」



 言って、少し上へ投げるようにして首から手を離す。そうすると俺の目線より少し高い位置まで飛んだクソガキ三女の体が、重力に従って床へと落ちて来る。

 手を離したと同時に半歩下がることでクソガキ三女の体を捉えやすい位置に移動して、落ちてくる隙だらけのクソガキのドテっ腹に蹴りを入れてやった。

 勿論加減はしてる。鍛えてもいない小娘に暴力を奮う時は赤子を触る時のように優しくしてやらねぇとすぐに死んでしまうからな。


 俺の蹴りがドテッ腹に入ったことでさっきの食事で腹に入ってた物を床にぶちまけ腹を抱えてゴロゴロと床を転げ回るクソガキを尻目に、俺は改めてデオニーソス様を見た。



 「デオニーソス様、最終確認だ。今ならまだ俺への依頼を無かった事にしてくれて良い。だがその場合、今後フルシュレイダー家がどうなろうと俺は知った事ではないし、俺がこのまま出て行ったあとに俺を殺そうと刺客送るこんで来たら問答無用で全員殺す。やって来た刺客がこの家の命令で来たと吐けば、しっかりこの家に報復に来る。この家に関しては誰が俺を殺そうとしてきたか、これでハッキリするからな。

 そして、さっき言ったみたいに俺はこういうやり方しか知らないし出来ない。だからこれ以上娘達を傷付けないでくれと言われても、その娘達が最終通告を無視するようなら問答無用で普通に殴る蹴るの暴力を奮う。


 それ等を踏まえてもう一度だけ聞く。本当にこの依頼は俺で良かったのか?本当にこのまま俺に依頼して良いのか?俺に依頼しなかったとして、本当にこのクソガキ共が更正出来るのか?


 答えてくれ、リューベルバルク・フルシュレイダー・デューク・デオニーソス公爵閣下」



 敢えて父親としてのデオニーソス様ではなくデオニーソスを治めるフルシュレイダー家の当主としてのデオニーソス様に質問した。質問されたデオニーソス様の表情(カオ)は……、一目見ただけで複雑と言えるほど凄まじいものだった。

 まず見てわかったのは怒り。そして殺気。娘に暴力を奮う俺への怒りと、そんな俺を何がなんでも殺してやりたいという殺気だった。だけどそのあとには今後のフルシュレイダー家の事を考えたり俺以外の奴に依頼した場合など色々考えたんだろう、大雑把にだが『困った』という感情がその瞳から感じ取れた。


 デオニーソス様からの答えはしばらく出そうにないな…。


 そう判断した俺は、デオニーソス様の奥さんに声を掛けることにした。



 「デオニーソス様の奥さん。貴女は今回の俺の依頼について何か思う所はないのか?」



 デオニーソス様の奥さんは涙を流していた。しかし俺に対する恨みや怒りというものはほとんど感じず、逆に頭を下げて謝られた。



 「私達の教育が悪いばかりに貴方に辛い役目を押し付けてしまって誠に申し訳ありません。

 私は…、実は今そこで(うずくま)ってるナリャナキアのような娘だったのです。そしてその私がここまでマトモになれたのも、当時の父の忠臣である方の貴方のような指導が故でした。その方は私の更正が終わり次第『私の役目は終わった』と私への指導の責任を取ると言い自害されました……。私は今でも彼への感謝の念が絶えません。


 そんな苦労した過去が有るので私は娘達の自主性を重んじ、私のようにならないように頑張ったのですが…、子は親に似るものなのですね…。


 ジュード様、と言ったかしら?確かに貴方に対して人の親として思う所は有ります。それは人の親であれば当然の物です。ですが、だからと言って私が貴方を恨んだり娘の報復をしようだなんて考えません。考える権利はありません。ですから私についてはなんの心配もされずにしっかりと娘達を私達の代わりに躾けてやってください。


 …………勿論、このまま貴方への依頼を続けると夫が判断をした場合ですが」



 デオニーソス様の奥さんの答えを聞いた俺は今、恐らく目を大きく開け驚いている事だろう。まさかこのクソガキの大元がこんな所に居たとは。いや、奥さんも言ってた通り、子は親に似るものってのは良い意味でも悪い意味でもそうだから、クソガキ三姉妹達の我が儘は恐らくデオニーソス様か奥さんのどちらかが原因だとは考えていたが……。

 わからないものだな。


 ただ俺以上に驚いているのはクソガキ三姉妹の長女と次女、それに周りの使用人何人かだった。

 デオニーソス様も驚いてはいたが、たぶんアレは元々奥さんの今の話を知ってた表情(カオ)だ。驚いたのはたぶん、その事を(部外者)に話したことだろうな。


 さて、奥さんという更正した実例と、その明かされた更正方法が俺のやり方と似ているという証言を貰ったんだ。これでこのまま俺への依頼が続くようなら今度こそ遠慮せずにしっかりと出来る訳だ。


 もう一度、しっかりとデオニーソス様を見る。デオニーソス様はさっきよりも更に悩んでいるようで、俺の視線に気付いていないのか腕を組んで考え込んでいた。


 本当に時間が掛かりそうだな…。


 仕方ない。そう思い、横に控える使用人達にクソガキ三女の介抱を頼もうかと声を掛けようかと思った時、足に痛みが走った。

 何かと思い痛みを感じた所を見れば、何処から調達したのかわからないが、根本までしっかりと刺さった恐らくナイフを俺に突き立てている、今にも人を殺しそうな表情(カオ)をしたクソガキ三女が居た。


 いや、本当に()を殺そうとしてるのか。

 その証拠に死して尚生者を憎み妬んで殺そうとするアンデッドって種類の魔物みたいにうわ言のように「殺してやる殺してやる死ね死ね死んでしまえ今すぐ殺してやる」なんて矢継早に唱えてやがる。


 俺は冷静にクソガキ三女の手首を握り潰してナイフから手を離させたあと、顔面を刺された方の足で踏みつけてゆっくりとナイフを抜いて、抜いたナイフをクソガキ三女の手の届かないその辺に放り投げた。



 「このクソガキの手当てを誰かしてやってくれ。手首が折れてて、恐らく腹にもアザが出来てると思う。光魔術で治療すればアザはすぐに消えるし砕いた手首の骨も1週間もすれば治ると思う。まぁ、公爵家の人間なんだ、俺みたいな奴に言われなくてもその辺はわかってるか。


 俺の事は気にしないでくれ。一応光魔術は自前で出来るから自分でやる」



 そう指示を出してクソガキ三女の頭から足を離して側面に回り込む。そしてその腹にもう一度蹴りを入れて壁際まで蹴飛ばしたあと、クソガキ三女の座っていた椅子に座って刺された所に手を当て光魔術を行使する。



 「【彼の者の傷を癒せ、ヒール】」



 ヒールは詠唱の通り傷を治す魔術。傷を治す魔術は3段階有って、ヒールは3段階の1番下。本当に傷口と傷口の中を治すだけだが、この程度ならヒールで十分だ。


 ヒールで傷口が完全に治るまでにはある態度時間が掛かる。

 だからそれまでに、このまま依頼が無効になるかもしれないから、お節介かもしれないが隣とその隣に座る長女と次女に声を掛けた。



 「一応、これでお前等とはお別れかもしれないからお節介を焼かせてもらう。

 さっきもクソガキ三女に言ったが、俺が此処に居る理由はお前達が役目を放棄しようとしたからだ。その結果俺が選ばれた。俺以外だとこれよりもっと酷い事になるかもしれない。でもそれは全てお前等が自分で蒔いた種から芽が出た結果だ。


 勿論お前達だけが悪い訳じゃない。普通ならこんな事を言えば不敬罪で斬首ものだが、敢えて言わせてもらう。悪いのはお前達であり、お前達の教育に手を抜いたデオニーソス様達であり、お前達の母親を更正させたような忠実な家臣ではない使用人達全員が悪い。

 だがそんな環境に甘えて我が儘を言ってきたお前達が1番悪い。


 良かったな。お前達はまだ()()()。三女のような何処まで行っても『自分』しかない魔物じゃない。なら今からでもやり直せる。だから、今回の事を良い機会だと思って少しは自分の身の振り方を考えろ。


 あぁ、よく知りもしない男の女になるなんて嫌だろう。姉の代用品のような人生は嫌だろう。だがお前達はそういう役目を負わないとならない家に生まれた。ならその役目を負わないとならない。だがその役目を放棄することも出来る。

 放棄出来るのに放棄せずに甘い汁を吸いたいだけの奴はさっきのお前達の妹のように痛い目に遭う。

 三女という身代わりのおかげでお前達は自分を見つめ直す機会が出来たんだ。この機会を大切にしろよ」



 話し終えたタイミングでちょうど足の傷も塞がり、中の傷も完全に治る。

 刺された方の足で立ち上がってそのまま何度か跳んだりしながら調子を確認して、問題が無かったからアッシャンベルド様に声を掛けた。



 「悪いアッシャンベルド様。手間かと思うが、俺をさっき案内してくれた部屋か、姐さん交えて話してたあの部屋まで案内してくれないか?俺みたいな奴が1人で屋敷の中を歩くのは不味いだろうし、何より道がわかんないからな」


 「…………畏まりました。着いて来てください」


 「わかった。

 そういう訳だ、長女に次女。もし次会うような機会が有れば、その時にはもう少しお前等が人として貴族としてマシになってる事を願うぜ」



 あぁ、クソ。せっかくお偉いさんの食事にありつけると思ったのにトンだ災難だ!


 内心そんな事を思いつつ何か言いたそうな表情(カオ)のアッシャンベルド様の先導で食堂から出ようとする。


 あと1歩、あと1歩前に踏み出せば部屋から出る。そんなタイミングで後ろから声が掛けられた。

 声的にたぶん次女かな?



 「待ってください」



 アッシャンベルド様に「たぶん次女に呼ばれた」と声を掛けて後ろに振り向く。すると目の前には次女が立っていた。



 「何?あぁ敬語を使え。使えなくとももう少し態度を改めろとか、そういう説教?」


 「違います。確かに貴方の言動は目に(あま)るものが有るのは否定しません。ですがお父様やお母様に対する態度は、口が悪いのに代わりませんが、少なくとも敬おうという感情は感じ取れました。私はそれすら感じ取れないような愚か者ではありません。


 そうではなく、何故貴方は我が家の家臣でも何でもないのに、打ち首にされるかもしれないのに此処までの事を為さったのですか?それだけが知りたいです」


 「何故、ねぇ…?」



 このガキ(次女)は何を言ってるのかね?最初にちゃんと理由は言っただろうに。



 「最初に言った通りだ。俺の今回の仕事がお前達を例え1人でも生きていけるように最低限仕上げる為にやったまでだ。それ以上の感情や考えは持ち合わせてない」


 「………本当にそれだけなのですか?」


 「そうだが?

 …………そうだな、元々お前は他の2人よりマシで手を加えなくても良いと思ってた。だから俺の教訓を1つ教えてやる。これは俺が最近悟った教訓だ。

 役目や役割を放棄した人間が集まる組織ってのは遅かれ早かれ崩壊する。これはどうしようもない自然の摂理だ。覆しようがない。

 お前達で言えばお前達の教育の事だな。お前達は親や周りに甘えた。あぁ、そこにどんな感情が有ったとか、実はデオニーソス様すら把握していない何かがお前達の間に有ったとか、そういう情報は排除する。純粋に外からお前達の事を見聞きした情報だけを元に判断する。


 そうした時、お前達三姉妹含めこの家の全員が役目を全うしなかった。使用人なら主が間違っていれば諫めるのも仕事だ。親なら我が儘ばかり言う我が子を叱りつけて説教しなければならなかった。子供は親の庇護下で生活しているのだから、親から言われる生きていく上での最低限の要求を聞かないと駄目だった。

 全員が全員それ等を放棄したからこうなった。


 その点デオニーソス様は問題を解決するために()()()()()()()()()()()()()()動いた。だからまだギリギリではあるがフルシュレイダー家という組織は崩壊していない。

 今後フルシュレイダー家という組織がどうなるかはわからないが、だからこそお前達は今後の身の振り方ってヤツを考えなくちゃなんねぇ。



 ………結局説教染みちまったな。悪い。

 納得したか?」


 「……………少なくとも、貴方が貴方の言葉の通り乱暴なだけの人ではないことはわかりました」


 「そうかい。じゃあ機会が有ればまたな」



 今度こそ俺は食堂から出てアッシャンベルド様に着いて行った。


 ある程度進み、食堂の声が聞こえなくなった辺りでアッシャンベルド様が口を開いた。



 「随分暴れられましたね」


 「依頼期間は明日からだったんだが…、どうしても、な?」


 「とても耳が痛い話でしたよ。貴方がご自身で仰られていましたが、斬首刑にされても文句は言えませんよ?」


 「ハッ、全ての尻拭いを俺に任せようとして、その結果斬首刑にするようなお偉いさんなら何もしなくても滅びるだろうよ。だからんなこと知ったこっちゃねぇ。


 …………とは言ったものの、なぁアッシャンベルド様?俺、死刑になんてされないよな?仕事に忠実に、フルシュレイダー家の事を思ってやったのに死刑になんてされたら天に帰れねぇよ?」


 「ハハ、どうなるかなんて私にわかる筈などございません」


 「あー、俺、死ぬのかな……」


 「フフ、では死ぬかもしれないジュード様に1つ、私から言葉を贈らせてもらおうと思います」


 「……何です?」


 「ありがとうございました。正直、お嬢様方への説教は気持ちが良かったです。

 私自身がシャラナキア様と似たような環境に居て家を出た身なので、どっち付かずの彼女達に内心怒りが溜まっていたのですよ」


 「あー、まぁ、俺自身が最近、役目を放棄した連中に囲まれていたので、実は感情のままに動いただけかもしれませんよ?」


 「だとしたらやはり死んでもらわないとなりませんね」


 「そこをなんとか!」


 「私ではどうにもなりませんよ。


 ……着きました。今夜はこちらでお過ごしください。服はこちらで用意いたします。

 明日の朝までには主人に結論を出していただき、朝食時かそのあとにお知らせいたします。

 何か有りましたら机の上のベルを鳴らしてください。すぐにメイドの誰かが来ます。では、朝餉までゆっくりとお過ごしください」



 話している内に食堂に行く前に通された部屋に着いた。

 正直地下牢みたいな所に通されるかもと考えていただけに、この待遇は驚きだ。


 恐らくデオニーソス様達の許に戻るであろうアッシャンベルド様に礼を言ってから体を拭くためのお湯と布を頼んで部屋のソファーに深く座って脱力する。


 グーー。そんな音が部屋に響き渡る。

 あぁ、腹が減った。そんな事を考えつつ、お湯と布が届くまで仮眠を取ることにした。


 デオニーソス様、俺を殺すなんて決定をしないでくれよと念じながら。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ