Sランク初依頼
「さて、ようやく本題に入れる。
ジュード、気が滅入っているのは良いが、この話は真剣に聞いてくれ」
デオニーソス様にそう言われれば、ソファーに預けていた体を持ち上げ話を聞く姿勢にならざるを得ない。
渋々体を起こし、聞く姿勢を取る。
というか、今から本題なのか……。
「実はSランク冒険者に私はこれからとある依頼を出そうと思っていたんだ」
「Sランク冒険者、に……」
ゴクリと咽が鳴ったのがわかった。
貴族にも俺達冒険者のように階級というものが存在している。というか、貴族の階級制度を真似て国より規模を小さくした組織が『ギルド』だと言った方が正しいか。
その国の最上位は勿論王様と呼ばれる方だ。国の中で唯一無二。それが王様。この王様ってヤツは国の中でも特別枠で、国の中では全ての最上位に居て、もはや階級とか云々関係なく『王様』という階級制度の枠外だと言える。
じゃあ国の階級制度の中でどの貴族が最上位に居るかというと、それは目の前に居るデオニーソス様を含めた『公爵』と呼ばれる方々だ。
この公爵って方々は過去の王様の親族が嫁入りまたは婿入りした家の事を言って、つまり王様の血筋の入った貴族=公爵という扱いになる。勿論、好き勝手に王様の血筋を入れてどの貴族も『公爵』という訳にはいかないから、そこら辺は調整してるらしい。前にそんなことをどっかのお偉いさんが言ってた。
……『血筋を入れる』とか、流石お偉いさん、俺達平民とは思考の仕方が違うんだなって感じだが。
敢えて教会の坊主共のような例えをするのなら、国という世界に君臨しているのが王様。その世界の中で1番偉いのが神の血を引く公爵家って感じだな。
つまり今目の前に居るデオニーソス様は貴族達の中で最も偉い人の1人って訳だ。そんな人から直々の依頼だ。咽が鳴るほど身構えるのは当然だった。
「そう、Sランク冒険者にだ。割とこの件は急を要してな、君がこの街に来なければシュトロハイムに頼むつもりだった」
引退した|【拳嵐業火】のシュトロハイム《Sランク冒険者》に頼むだと?引退した者まで動かすなんて、余程の事だ。しかもそれがギルド長という。簡単には動かせない人材だとすれば、どれだけその依頼が重い物かはわかる。
1度、目を瞑り大きく1回だけ深呼吸をする。
息を吐き終えたタイミングで目を開けデオニーソス様の顔を見る。
「それで?どんな内容なんだ?」
意を決して。そんな思いで依頼内容を聞いた。だがその後に返ってきた依頼内容に愕然として、もう1度ソファーに体を預ける事になった。
「実はな…、私の娘達に稽古をつけてやってほしいんだよ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リャーナキア・フルシュレイダー・デオニーソス。
シャラナキア・フルシュレイダー・デオニーソス。
ナリャナキア・フルシュレイダー・デオニーソス。
それがデオニーソス様の娘達の名前だった。彼女達はそれぞれ17歳・15歳・13歳達で、1番ヤンチャしたい時期だ。性格もバラバラ。考え方もバラバラ。好きな物もバラバラといった三姉妹だが、彼女達には共通の目的というか意思が有った。それは『絶対に家なんか継がない』というものだった。
1番上のリャーナキア様は本来であればもう輿入れしててもおかしくない年頃だが、彼女は長女のため次期フルシュレイダー家の当主となる子を作らないとならない。そういうお偉いさん特有の義務が有るらしい。だからどっかのお偉いさんの家を継げない男を家に招き入れないとならないらしいんだが、リャーナキア様、『知らない男の子供なんて生みたくない』『父上の言うことなんか聞きたくない』と猛反発しているらしい。
2番目のシャラナキア様は…、個人的には彼女の意思はお偉いさんでもない俺でも同意する理由だった。
理由は単純。『私はリーナ姉様の代用品なんかじゃない』というものだった。貴族というのは家系を存続させより発展させていくことが義務らしい。しかしその時、当然ながら『事故』というものは起きるものだ。家督を継ぐ筈の長男がもし不慮の事故で家を継いだり子供が生まれる前に死んだ場合、次男は長男の代わりに家を継がなければならない。フルシュレイダー家で言えばリャーナキア様が子供を生む前にフルシュレイダー家から居なくなれば、次のフルシュレイダー家を継ぐのはシャラナキア様の子供だ。しかしフルシュレイダー家には男の子が居ない。だからリャーナキア様と同様の理由に加え、『自分は姉の代わりなんかじゃない』『だから家を出たい』という理由が有った。
この話の1番の困り処は、リャーナキア様がこのまま子供を生んで、その子が男の子で、無事育って次期フルシュレイダー家当主となれば、完全にシャラナキア様の存在意義が無くなるという点だ。惨いなんてモンじゃない。もはや人ですらない。物だ。
だから彼女が父親であるデオニーソス様の言うことを聞きたくないというのはよぉーくわかる。
3番目のナリャナキア様なんだが……、彼女の理由、というか主張というか、考えというか人間性というかはコレだった。『自分勝手』。『自由奔放』。要するに我が儘娘だった。
そんな彼女は姉達からも両親からも甘やかされて育った。唯一母親だけが教育ぐらいはしていたらしいが、それすらも聞き入れなかったらしい。
そういう欲しい物が何でも手に入る環境で育ったためか、それとも生まれついてのものなのか、彼女は物凄く我が儘になった。だから自分のしたい事をする。勿論金は親や姉達に出してもらう。私が1番偉い。そんな考えを持つようになったらしい。つまり我が儘。だから『家を継ぐなんていうめんどくさい事なんてしたくない』。それが彼女の主張だった。
そしてこの三姉妹全員に共通する理由だが、1番の問題は父親であるデオニーソス様が彼女達を溺愛していた事だった。それこそ三女のナリャナキア様の我が儘全部を叶えてあげるほどに。次女の魂の訴えとも言うべき嘆きを聞き入れようと頑張るぐらいに。長女の気持ちを汲んでもう子供を生むのは年齢的に危ない奥さんのために新しく若い貴族の子女を迎え入れ子供を生もうとするぐらいに。
だがデオニーソス様は娘と同じかそれ以上に奥さんへの愛も深かった。それこそ、妾を何人も囲うのが普通の貴族にしては珍しく奥さんが1人というほどに。だから新しく奥さんを迎え入れるのはデオニーソス様としては本当にどうしようもなくなった時の最終手段だったらしい。
自分の愛故の問題だとわかった上で全てを叶えようとして、でも実現出来ない事もわかっていた。このままだとフルシュレイダー家が失くなるか可愛い娘達が路頭に迷う事もわかっていた。
だから悩みに悩んで悩み抜いた結果、デオニーソス様は思い到ったらしい。
『そうだ、娘達とは一切の関係が無い信頼の出来るSランク冒険者に、もし家が失くなったとしても1人で生きていけるような力を付けてもらう手伝いを頼もう』と。
そんな内容を一通り聞かされた俺は、改めてソファーに体を預けた。
身構えた俺が馬鹿だった。そして、絶対に口に出しては言えないが、目の前に居る男は俺以上に馬鹿だった。
「……まぁ、気持ちはわかるよジュード。君がそうなってしまうのも仕方がない。完全に君からすれば厄介な事極まりないだろう。
だが、どうか頼む!娘達とこれからのフルシュレイダー家の事を想って引き受けてはくれないだろうか!」
デオニーソス様がなんか言ってる。正直心此処に非ずって感じで話がマトモに頭に入ってこない。今の俺の心の大半を締めてる気持ちはコレだ。
ふざけんなよクソッタレ!そんな理由で俺は俺の目的である慰安が出来ねぇのかよクソッタレ!!だ。
だって、そうだろう?これは所謂『お家事情』ってヤツだ。何処の誰かも全く知らない赤の他人が巻き込まれるなら『あー、はい。近寄りませんね』で済むが、その何処の誰かも全く知らない赤の他人ってヤツが俺になるなら話は別だ。絶対に受けてやるモン
「これはあくまで独り言だが、この依頼はギルドを通して正式に君個人へ依頼させてもらう。
君はSランク初の指名依頼を棒に振るのかい?Sランクになった直後に舞い込んだ指名依頼をだ。
今引き受けてくれると明言してくれるなら君の要望を可能な限り聞き入れる準備は出来てある。だが君がこの場で首を縦に振ってくれないのなら、私と君のどちらかが死ぬまで永遠と君に指名依頼を出そう。勿論、その達成条件はより厳しくさせてもらう。
ところでジュード君、依頼の件、引き受けてくれるかな?」
…か………。
……………………………。
「………いくつか条件は有るが、引き受ける引き受けない関係なく、不敬とか云々関係なく1つ言いたい事が有るんだが、言っても?」
「なんだい?この部屋から出るまでの間に限り君の不敬は全て許そう。何でも言ってみてくれ」
「最初の印象とは正反対になった。俺はアンタが嫌いになった。何が良主だクソッタレ!!」
「褒め言葉として受け取っておこう。じゃあ、話を詰めようか。
ミーミア氏、私達の話を聞いて纏めた物を正式な依頼書として纏めてギルドで処理しておいてくれ」
「承知いたしました」
こうして俺のSランク初の依頼が決まった。
改めて言おう。ふざけんなよクソッタレ!!
三度言おう。ふざけんなよクソッタレ!!
何度でも言おう。ふざけんなよクソッタレ!!
しかし決まったものは仕方がない。俺はデオニーソス様と依頼を受ける上で譲れない部分を話し、互いの妥協点が見つかるまでガッツリと条件を詰めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
気付けば青かった空は赤と黒が混じり合い境界のわからないものへと変わっており、それだけでどれだけ話していたかがわかった。
「時間も良い時間だ。話もある程度纏まった。この辺で話は終わろう」
デオニーソス様がそう言ったと同時にソファーに背中を預けた。
本当に長い時間座ったまま話をしていた。基本俺は体を動かす事しか出来ない人間だ。そんな俺が日中に長時間座っていたんだ、体の節々が凝り固まっていやがる。
ソファーに体を預けて手足を浮かせてしっかりと伸びる。そうすることで体を解し、立ち上がって再度体を伸ばして軽く体を動かす。
ある程度解れたところでソファーに座り直した。
「疲れた」
「私はそれだけ君がこの依頼に対して真摯に取り組もうとしてくれているとわかって嬉しいがな。
ただ、なぁジュード。どうしてもどうにかならないか?」
「何度も説明した通りだ。聞いたほど助長しているのならもうそれしか方法は無い」
俺から出して通った条件はこんな内容だ。
・言うことを聞かない場合、躾として暴力を奮う事を認めること。
・三姉妹に対する不敬や無礼と言える事を俺がやっても期間中は一切お咎めなし、むしろ推奨すること。
・もし三姉妹の誰かが逃げ出した場合、その時点で逃げ出した奴は大銀貨1枚分の金銭だけ渡して家から追い出すこと。
・期間は取り敢えず2週間様子を見る。
・どれだけ掛かっても期間は2ヶ月後まで。
・依頼期間の衣・食・住と備品の補充等の指導する上で必要な物はフルシュレイダー家が全て補填すること。
・報酬は補填とは別途用意すること。
・期間中は俺と三姉妹全員にデオニーソス様が最も信頼していて忠義に熱い者を四六時中付けて1日の行動をデオニーソス様に報告するようにすること。
以上8つだ。で、デオニーソス様が気にしてるのは最初の3つ。この3つを物凄く気にしてる。まぁ、溺愛しててその結果助長しても止められないほど可愛がってる娘達に対して暴力OK、俺の行い全てを推奨──つまりデオニーソス様の責任──、逃げ出した奴は強制的に家から追放する。娘を溺愛しているような男に対しては正気の沙汰じゃない条件だ。
だがこの3つだけは絶対に呑んでもらわないと仕事が出来ない。正確には俺にはこの3つに関するやり方しか知らない。だから「俺に頼むのならこの3つは絶対に依頼の条件として入れてくれ。じゃないと俺は受けないし、受けなきゃデオニーソス様も最終手段に出ないとならなくなる」と若干脅し気味に言えば、流石のデオニーソス様も背に腹は変えられないと頷いた。
そこから話を詰めて、他5つも追加された。
特に最後の条件。これは俺の身を守る意味と、三姉妹の身を守る意味が有る。
十中八九、恐らく三女辺りはあの手この手で俺を排除しようとしてくると思う。それこそ俺に襲われそうになっただとか、意味もなく暴力を奮うとか、そんなことを言って。だから先に手を打つために最後の条件を加えさせた。勿論、「これも呑まなきゃ、フルシュレイダー家の俺が今此処で知った痴態全てを俺の持てる人脈を使ってお偉いさん達にばら撒くぞ」と釘を刺して。
お偉いさんってのは見栄や外聞に敏感だ。そしてデオニーソス様……というかフルシュレイダー家の抱える問題は俺の聞いたお偉いさんの世界にとっては致命的な弱点だ。恨みは……数時間前の件で多少有るが、どうせ仕事を受けるなら徹底的にやるのが俺のモットーだから無理矢理受け入れさせた。
そうして決まった内容だった筈なんだが……、まだ納得していないらしい。
「いや、まぁ指導する上で模擬戦なんかをすることを考えれば暴力についてはまだ容認出来るんだが…、追放についてはどうにかならないのか?」
「逆に聞くが、そこまでしないと今となんら変わらないと思うが?自分だけじゃどうにも出来ないと判断したから俺を頼ったんでしょう?」
「そうなのだが……」
「何度も言ったがデオニーソス様の娘達は調子に乗りまくってる。原因はデオニーソス様とデオニーソス様の奥さん、それにこの家の人間の躾の仕方が甘過ぎた結果だ。此処まで酷くなったのはフルシュレイダー家の失態だ。それを俺が娘達から恨まれる形で尻拭いするんだから最低限の条件は呑んでもらわないと仕事が出来ない」
「その最低限が追放なのか……?」
「自分達が今、どれほどデオニーソス様達に甘えていて、その結果どれだけ貴族として致命的で崖っぷちなのかを自覚させないと駄目だ。デオニーソス様の娘達に足りないのは危機感だ。
特に三女。伝聞だけでどれだけ甘やかされて育ったかわかるクソガキだ。そのクソガキには特に現実を突き付けなくちゃなんねぇ。
なぁデオニーソス様。他の貴族の家の、特に爵位って言ったか?それが高い貴族の家の三男や三女以下がどういう人生を送るかは公爵家当主の貴方が1番理解しているんじゃないのか?
俺が『剣盾の誓い』で最後に受けたお貴族様の家の三男三女以下がどんな扱いだったか言ってやろうか?」
「…………あぁ、許したのは私だ。頼んだのも私だ。だがジュード。少し黙ってくれないか?」
「……言い過ぎました。すみません」
「…………いや、良い。それだけ依頼に対して真摯に取り組もうとしてくれているとわかってフルシュレイダー家当主としては嬉しい限りだ」
その言葉と共にデオニーソス様は黙り込んだ。
会議後の解き放たれたような解放感は何処へやら、俺とデオニーソス様のやり取りで部屋の空気が一気に重くなった。
あぁ、流石に言い過ぎた。言い過ぎたが、それだけ他の家のお偉いさんの子供達と比べると甘やかされ過ぎている。伝聞でそう判断出来るんだ、実際に会えばより強烈だろう。
だからこそ今から憂鬱になってきた…。俺、この街に慰安のために来ただけなんだが?
デオニーソス様がどうかは知らないが、俺が内心デオニーソスに来た事を後悔していると姐さんが羊皮紙を1枚ずつ俺達に渡してきた。
「こちら今回の依頼書の原本となります。今回のように依頼主と依頼を受ける冒険者とギルドの者が共に依頼内容を決めた際は必ず三者用の依頼書を用意することが義務付けられています。ですのでこちらをお持ちください」
そう言って姐さんは俺達に渡した物以外を持ってきていた鞄に仕舞うと立ち上がった。
「それではそろそろ私は暇とさせていただきます。ハイムの夕飯も作らないとなりませんしね。
それとフルシュレイダー様」
「なんだ…?」
「前々からアナ様にも散々お伝えさせていただいてましたが、確かにフルシュレイダー様方の教育は甘過ぎだと思います。
これを機に1人でも貴族としての自覚を持ってくださることを切に願っております。
では失礼いたします」
姐さんはその場でスカートの裾を摘まんで貴族の女性のようなお辞儀をすると部屋から出て行った。
残された俺とデオニーソス様とアッシャンベルド様の間に再び重い空気が流れる。
姐さんめ!最後の最後にトンだ爆発物を置いて行きやがった!口角が若干上がってたし絶対わざとやりやがったな!!
今度ハゲに会ったら、絶対ハゲにこの借りを仕返ししてやる!!
俺が姐さんへの恨み辛みを内心に溜め込み始めたタイミングで今度はアッシャンベルド様が口を開いた。
「いつまでも此処に居ても始まりません。まずは食堂へと参りましょう。そろそろ夕餉の時間にございます。
リューベルバルク様は夕餉の席にて今回の話をリャーナキア様方にご説明され、その時にジュード様の紹介を為さった方が良いかと愚考します。
ジュード様にはその後リャーナキア様方にご挨拶をしていただくのが円滑に顔合わせ出来るかと」
俺とデオニーソス様は互いの顔を見たあと何も言わずに立ち上がり部屋を出た。デオニーソス様は食堂へ。俺は1度、アッシャンベルド様の案内で今後俺が使う事になる部屋へと通された。通されたと言っても『あなたが今後使う部屋は此処ですよ』と教えられただけだが。
1度応接室から客間を挟んでから食堂へと向かう間に他のフルシュレイダー家の方々は食堂への移動を終わらせていたらしく、最後に入った俺へと全員の視線が集まった。
「アンタ誰?アッシャンベルド、何故部外者が此処に居るの?今すぐ追い出しなさい」
入室早々席に着いてる面々の内、女性の中では上から2番目だと思われる女に好きなように言われた。
それに続くように2番目の女より若い女2人に似たような内容の罵詈雑言を浴びせられた。
どうやら物凄い悪ガキらしい。
驚いたのは、それに追従するように1番年上に見える女性も彼女達の物言いに賛同した事だった。
「娘達の物言いはともかく…、確かに貴方が何故此処に居るかは不思議だわ。見たところ平民でしょう?平民が何故私達の前に召し使いの格好もせず傅きもせず立っているのかしら?
ねぇアッシャンベルド、何故彼を連れてきたのかは知りませんが、早く屋敷から追い出してきなさい。何故連れてきたのかはあとで聞いてあげます」
4人は年齢は違えど美形だった。美形に睨まれて悦ぶような奴なら御褒美と言えそうなほど冷ややかな視線が俺と、恐らくアッシャンベルド様に突き刺さる。
………………。
1度、大きく息を鼻から吸って天を仰いだあと、ゆっくりと息を吐きながら視線を元の高さに戻し、デオニーソス様を見ながら言ってやった。
「今からでも依頼を無かった事にしてくれても良いですよデオニーソス様?」
「………………すまない」
貴族は簡単には頭を下げない。何故ならその頭にのし掛かる責任という重圧が物凄く重いから。だからこそさっき黙れと言われた時にデオニーソス様は、普通に対等同士の会話なら謝る場面でも謝らず別の言い方をしていた。そんな風にお偉いさんってのは気軽に頭を下げられない。
その頭を今回は簡単に下げた。謝罪を受け入れるしかない。
「確認だが依頼対象はそこのクソガキ共だけで良いんだよな?」
「あぁ。妻は話せばわかる。君への当たりは確かに強いが、それは君だけではなく見ず知らずの平民に対しては皆一緒だ。だから許してやってほしい」
「あぁ、奥方様はマトモな方なんですね。わかりました」
それから何か騒ぎ出すクソガキ共を無視して机へ向け歩くとアッシャンベルド様が椅子を引いてくださる。
此処に座れって事か。
示唆された席に大人しく座ってデオニーソス様の方を見る。
三姉妹?次女と思われる奴以外顔真っ赤だ。次女もクソガキと言われたことに怒ったのかさっきよりもその視線は冷たいが。
俺が席に着いた事でようやく役者が揃ったとでも言うかのようにデオニーソス様はグラスを持った。
「娘達よ、これもお前達の為なのだ……。
さて、お前達。何故此処に平民が我々と同じ席に着いているのか甚だ疑問だろうが、それにはある重要な問題が関係している。
娘達以外ならわかっているだろう?我が家のどうしようもない汚点の事だ…」
デオニーソス様がそう言った途端1番年上の女性は目を大きく見開き、そして眼を輝かせて顔を附せた。壁際に居た他の使用人達も似たような反応を示し、そして俺に向け頭を下げてきた。
対して三姉妹は訳がわからないと言った表情で父親であるデオニーソス様や俺を睨んでは訝しんでいた。
本ッ当に教育のなってないクソガキ共だな……。まだ道理が少なからずわかってるスラムのクソガキ共の方がまだマシだ。
「彼はつい先ほどSランク冒険者になった【移動要塞】の二つ名を持つジュードだ。その腕は喧嘩の領域とはいえシュトロハイムの土俵で彼を降すほどの実力者だ。つい二月前には我々も彼と当時の彼の仲間に世話になった。
『剣盾の誓い』のサブリーダーだった、と言えば伝わるだろう」
そこまで言ったデオニーソス様が俺の事をジッと見てきたから何かと思った。そしたらアッシャンベルド様が寄ってきて「立って挨拶を為さってください」と耳打ちしてくれたため、立ち上がって頭を下げるだけに留めた。
それを見届けたデオニーソス様は続きを話し始める。
「私は今回、彼に断腸の思いでとある依頼を出した。それは我が家の汚点の改善だ。
本来であれば我々だけの力で改善しなければならないのだが、どうやっても我々だけでは無理だと判断した。そしてこれ以上この問題を放置すれば我が家が滅ぶとも判断した。
…………あぁ、当主としての私はこの選択はまさに正しいと思っている。だが父親としての私は未だにこの事に納得がいっていない。
だが、皆、わかってほしい。このままでは貴族としての面目が丸潰れだ…」
そこでデオニーソス様は1度話を中断して顔を附せた。それから3拍ほどの間を置いてから顔を上げ三姉妹の事を1人ずつ見たあと話の続きを話し始める。
「詳しい事は彼から話してもらう。彼の言った内容は全て既に制作した契約書に書かれた物と全く同じものだと思ってほしい。
私はそれを、当主として承諾した……」
デオニーソス様が辛そうな表情で俺を見つめる。
まぁ、散々話したんだ、今どんなことを考えてるかはある程度予測が出来る。
現時点だけで言えば見方次第では完全に今のデオニーソス様は血も涙も無い非情な親という伝聞が拡がるだろう。ただそこに親馬鹿とか色々情報が入ればそれがどれだけデオニーソス様にとって苦痛なのかがわかると思う。
だから、その気持ちを少しでも和らげてもらうために、わざと荒い言い方でクソガキ共に向かって自己紹介してやった。
「デオニーソス様に紹介されたように、ジュードだ。取り敢えず1ヶ月間、そこのクソガキ三姉妹を1人でも生きていけるようにするための教育係の仕事を請け負った。クソガキ共、お前達の価値観や言動は今のところスラムのクソガキにも劣る。その辺をスラムのクソガキよりマシ程度までにしてやるから覚悟しとけ。
あぁ、逃げても良いが、その時点でお前等はもうこの家の人間じゃなくなるからな?そういう契約になってんだ。そうなった場合は暗殺者にお前等を殺してもらうつもりだから、それが嫌なら死に物狂いで俺が世話する期間で己を磨け。
そういう訳だ、一月間よろしく」
クソガキ三姉妹の表情がどうなっていたかは…敢えて触れなくても良いな。
さて、厄介な依頼の始まりだ。まずは心を折ることから始めようか。
【リャーナキア・フルシュレイダー・デオニーソス】
リューベルバルク・フルシュレイダー・デューク・デオニーソスの第一子にして家督を継ぐための子供を生むことを義務付けられた17歳の少女。髪色は母親譲りの藍色で、瞳の色は父親に似て青色。
貴族としての教育が本格的に始まった11歳の時、父親に自分の貴族としての役目を説明された時に「何故自分がそんな事をしなければならないのか」という疑問を抱き、そんな役目を押し付けて来る父親の事が大嫌いになった。
出るところが出て引き締まってる所は引き締まってる、スタイル抜群な勝ち気な少女。
将来の夢は自分が好きになった人のお嫁さん。
【シャラナキア・フルシュレイダー・デオニーソス】
リューベルバルク・フルシュレイダー・デューク・デオニーソスの第二子。髪は父親譲りの茶髪に瞳の色は母親譲りの翡翠色の15歳の少女。11歳の時、父親に自分の貴族としての役目を説明され、当時は「少しでも家の役に立つのなら」と献身的な姿勢を見せたが、その後王都や近くの貴族家で開かれるお茶会などに参加して自分の役目を正確に理解する。
理解してからは「何故私はこんなに家の為に頑張っているのに姉の代用品なのか」という何もせずとも家の役に立つ姉への嫉妬と「代用品ではまるで物みたいではないか」という怒りにより、自身の立場をわかってはいても感情が制御出来ずに父親に反抗的な態度を取っている少女。スタイルは発展途上ではあるものの悪くはないといったプロポーション。
三姉妹の中では彼女が1番マトモ。
【ナリャナキア・フルシュレイダー・デオニーソス】
リューベルバルク・フルシュレイダー・デューク・デオニーソスの第三子として生まれた13歳の少女。
6歳辺りまではまだマトモな貴族の子女ではあったが、当時の彼女は非常に引っ込み思案だった。それを心配した周囲の者達が彼女の欲した物を何でもかんでも与えたため、「私は何を望んでも許される」という歪んだ記憶の仕方をした結果が今の彼女である。髪色は藍色で瞳の色は青色。スタイルは次女のシャラナキアより将来は有望で長女のリャーナキアよりは発展しそうにないといったプロポーション。
そんな彼女の本当の願いは、絵本に出てきた英雄のように強い王子様にフルシュレイダー家から誘拐されて、そのまま駆け落ちすること。
【アナラキア・フルシュレイダー・マナマデア・デオニーソス】
マナマデア王家の元一員であり、現国王の妹に当たる。それ故厳しい指導を受けて育った。娘達には出来るだけ自分のようなしんどい思いをさせないためにと教育した結果があの有り様。
髪の色は藍色で瞳の色は翡翠色。歳は35歳とミーミアより若く、ミーミアは彼女にとって歳の近い姉のような存在。ミーミアとたまにお忍びで街を徘徊していることがあり、その度にナンパされていると言えば彼女の美貌や体型といったものは語らなくとも伝わることだろう。
実は今回の話を聞いて、「自分の教育が間違っていたのか」と心配になって自身を失って本気で泣きそうになっていた。
実は割と苦労人。