五月、昼休み。
まともに話すのは数か月ぶりになるが、石蕗は変わらずに
元気だったかと笑って再会を喜んでくれた。
こうやって会いにきたが、実のところ石蕗には
責められてもおかしくないと思っていた。
彼女の浮気を知らされるという恥を見てしまったこと。
一方的に告白して連絡を絶たれた仕打ちを石蕗が怒りを抱かずに
いてくれたのは、一重に彼の人としての器の大きさだろう。
「奏から聞いたよ。どうして松葉がレストランで同席してたのかって」
会社の昼休みに抜け出し、待ち合わせをした石蕗と松葉は、
混みあうオフィス近くのファミレスでソファにかけた。
「正直、あんな情けないところは見られたくなかったけど、
奏が無理に連れてきたんだってな。悪いな……迷惑かけて」
「そんな……嫌な話、私も聞いちゃって……」
何故あそこにいたのかと松葉が問い詰められないよう、
奏が説明してくれていたそうだ。
「やっぱショックだし、しばらく立ち直れなかったけどさ……
結婚前に知れてよかったよ。奏があんなに怒るのもほとんどないし、
本気で心配してくれてたんだろうな」
苦笑いする石蕗は、時間を置いていくらか吹っ切れたのか肩をすくめた。
「この前は、そのメッセージを返さなかったこともだけど……ごめんね」
「いいよ。松葉はさ、詩織のこと知ってたのか?」
「ううん、本当にただ見かけただけで、事情も知らされてなかったから」
石蕗は頷き、納得したのか珈琲に口をつけた。
「それでね、奏のことだけど――」
「ああ、そうだったな。奏は引っ越したって聞いたけど、会ってないのか?」
「引っ越した……どこに、行ったの?」
「そんなに遠くじゃないけど、大学も卒業したし、
取引先の出版社に近いところで家を借りたってさ」
「そう、なんだ……連絡取れなくって。三月からずっと」
「三月からって……あの日から? 奏が連絡に出ないのか」
悩むような素振りを見せた。いくら友人でも、連絡を絶った相手に
弟の住所を教えていいものか悩んでいるのだろう。
「とりあえず話してみるからさ、待っててくれよ。奏に連絡しろって言ってみる」
「うん……お願いします」
「松葉はさ、奏が好きなのか?」
「……わからない。でも、いないのは、会えないのは嫌なのよ。
親友じゃないけど友達の延長みたいな、そんな感じだと思う」
「いいんじゃないか、そういう好きでも。劇的な、映画みたいな恋ってそうそうないだろ。
……松葉は、奏が好きなんだと思うよ。俺は二人に上手くいくと嬉しいよ。
松葉は友達だし、奏は俺の弟だから」
「石蕗……ありがとう」
「ああそうだ、これを渡してくれって頼まれてたんだ」
石蕗は珈琲の入ったカップをテーブルの隅にどかし、鞄から取り出した本をのせた。
一冊の、さほど厚くはない、雨色をした本だった。
色の混じりあったような複雑な色の、仄青い表紙。
「奏が書いた本だってさ。読んで欲しいって、松葉に」
「俺には奏がどうして松葉の前からいなくなったのかは知らないけど……
あいつもたぶん、お前のことが好きなんだって俺は思うよ」




