三月の土曜日、美術館のティータイム。
美術館内のカフェエリアは、宙に浮く空中庭園のようだった。
吹き抜けの天井に向かって伸びた、
二階建てはあるだろう円形のカフェ。
外周を囲むように設置されたソファから
階下のホールを覗き込んでも、支える柱は見当たらない。
円錐を逆さにした形状の上にこのカフェエリアがあるらしく、
どこを見渡しても景観が遮られることがない、巧みな造りをしていた。
「……すごい、館内が綺麗に見渡せるのね」
「意外と広いよね、この美術館。地下まであるし」
地下レストランの食事も人気があり、
企画展とのコラボもやっているそうだが、
上階には有名なサロンもあると奏に聞いてこちらへやって来た。
特にパウンドケーキは絶品らしく、
二人揃って同じショコラを注文した。
大きめのティーポットに入った茶葉が開いた
頃合いを見計らい、ティーカップに注いでいく。
「松葉さんはさ……もし知ってる人が
浮気されてるって知っちゃったら、どうする?」
「え……何?」
あまりに突然の質問で、松葉は
何の話だか理解が追いつかなかった。
見れば、奏はまだケーキも紅茶にも手をつけていない。
食事をすれば勢いよく食べるタイプだというのに。
いつになく真剣な様子で、
姿勢を正して松葉をじっと見つめている。
「それは……実体験の話?」
「俺が書いてる話の中での、ね。
これも取材だと思って答えて欲しいな」
真剣な声色に、松葉はそれ以上の追及をやめた。
「……本人が知らないなら伝えるし、
仲がいい相手なら、関係を考え直すように言うと思うわ」
「そっか……わかった。答えてくれてありがとう」
奏は空を見つめながら頷いたが、
その手はいつものようにメモを取っていなかった。
「ケーキ、美味しい?」
「え、ああ……美味しいわよ、チョコレートが濃厚で」
「酒とチーズ鱈よりも?」
「は、チーズ鱈……?
あっ、当たり前でしょ。何でつまみと比べるのよ?」
笑う奏はいつもの朗らかな表情に戻っていた。
「それで、今度はどこに取材へ行くの?」
ケーキをフォークで切り分けながら尋ねる。
遠出なら、今日のようなハイヒールは履いていけないだろう。
動きやすく、それでいてシンプルすぎない
服を買いに行くのもいいかもしれない。
ギャザースカートなら春らしいコーディネートになるだろうか。
「次の場所はまだ決めかねてるんだ。
でもよかったら週末、空けておいてくれないかな」
「いいわ、週末ね。決まらないなら
悩んでる場所、全部行ったっていいのよ」
「取材は、次で最後だから」




