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三月の土曜日、喫茶店にて。

珈琲豆の香りが漂う喫茶店で、ミルクを入れたばかりの紅茶で喉を潤す。


客数がいるにしては静かな店だった。


ステンドグラスをあしらった木製の、深い色をした衝立が

客席を切り分けていて、隣席が気にならないように覆い隠していた。


店内を眺めた松葉は、努めて平静を装い、表情に出さないように、

この一月程の『何も起きていない出来事』を語った。


石蕗に告白してから会っていないと。

未だに、返事の一つも返せていないことを。


スマホのメッセージ履歴を見せ、この良き友人にどう接したらいいかと。


ここまで詳らかにするのは松葉も恥ずかしさを覚えた。

どう聞いても失恋の痛手を引きずっているのは明らかなのだから。


「そっか……返信できてないなんだね」


奏はパソコンでメモを取る手を止めて、悩むように眉根を寄せた。


「返事もしないのに気持ちを引きずるなんて、

その状態でどうしたいんだって思うでしょう。そう言っていいのよ」


「言わないよ。ただ、何て言ったらいいのか悩んでる」


こんな話をして、奏に面倒なやつだと思われただろうか。


友人に相談したこともあった。


でもやはり行き止まりの恋には、みんな口を揃えて

「諦めろ、次へ行け」と言うのだ。


それはそうだ。石蕗には相手がいたし、応援のしようがない。


どうしても諦められないと、それでも悩みを打ち明けたこともあった。

どの友人も困った顔をするばかりだった。


いつしか松葉は、石蕗への恋の話をしなくなっていった。


奏の表情が見られず、松葉は話している間中、

濁った紅茶の表面に視線を落としていた。


「――無理に行動を起こさなくても、いいんじゃないかな」


「何もせずにいた方が幸せになれるかもしれない……

って、さっきの映画を観た後だとそう思うよ」


「だってあれは、映画の話じゃないの……

何もしないのに、幸せになんてなれないわよ」


「まあまあ。悩んで行動するよりは、時間を置いてから

考え直してみるとかさ。その気持ちは置いておいて、

他の楽しいことを考えていたっていいんじゃない?」


あえて思考も行動停止して、石蕗のことを考えないという選択肢。


松葉にはそうやって時間をかけたところで今の状態が変わるとは

思えなかったが、もし先の自分が、違う選択をすることができるのなら。


それに賭けてみてもいいのかもしれない。


何よりそうした方が、これ以上悩まなくてもいい分、

今の自分は楽になれるのだ。


「……わかった、やってみる」


「うん。俺がその間、松葉さんと遊ぶから。

結論が出そうになったら教えてよ」


「遊ぶって、取材でしょ? 体のいい理由ができたわね」


「まあね。でも悩んで過ごすよりは、

楽しみに目を向けて生きる方がラクだよ」


それが奏での生き方なのだろう。


若いのに妙にさっぱりとしている、冷静な楽天家だ。

この性格を松葉も吸収できるだろうか。


冷めてしまった紅茶に眉尻を下げる青年に苦笑しながら、

松葉はティーポットで紅茶を注文した。



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