入学編・前
四月一日。
それは世間一般ではエイプリルフールと呼ばれる日。
しかしこと日本においては、もう一つ重要なイベントがある日でもある。
それは――
『早応大学入学式』
ついに……!
ついに、この日が来ました……!
8年もの間行方不明だった英人さんが戻ってきてからはや半年。
そうです、今日は英人さんの入学式です!
いやー本当に待ちわびましたよこの瞬間を。
一緒に勉強してきた私としてはホントーに感無量です!
……ふふ。
フフッ。
フフフフ……。
フフフフフフフフッ!
「やったーーッ!」
満開の桜の下、思わず私は年甲斐もなく叫びました。
喜びの感情が、全身から溢れ出んばかりです。
まさに私の心は春満開!
「えっ? な、なに? どうかした?」
おおっといけない。
いきなり叫んだものだから、すぐ横にいた英人さんがビックリしてしまってます。
まずは落ち着かなくては。
ここでは私は先輩、余裕のある姿を見せなくては。
ひっひっふー、ひっひっふー……よし!
「いえいえ英人さん、こちらのことです。
さ、一緒に会場まで行きましょう。私、案内しますから!」
「お、おう……」
それにしても英人さん、スーツ姿めっっっっちゃ似合ってますね。
眼福過ぎて最早健康によくないレベルですよ。
これは今日父さんから借りてきた一眼レフが火を噴きそうですね……。
ですがそれは後になってのお楽しみ。
まずは先輩らしく英人さんを優雅にエスコートしなくては。
というわけで私は英人さんを先導しながら、大学名物の桜並木を歩いていきます。
「しかし、すごい桜だな……」
「でしょう? このキャンパスの名物なんですよ!」
こんな風に急がずゆっくり、他愛のない事をお話しながら。
そうやこれや……これをずっとやりたかったんや……。
というかヒールの歩幅にナチュラルに合わせてくれる英人さん尊すぎや……。
本当に真澄、感激です。
私も桜を見上げて歩きましょう、涙が零れないように。
「あれって……ミス早応の白河 真澄じゃない!?」
「スゴイ……めっちゃ綺麗」
「俺あの人に会いたくてこの大学入ったんだよな~」
「やっぱ毎日チャーハン食ってんのかな?」
「てかあの隣の男の人……誰? お兄さん?」
おや、ゆっくり歩いていたら、知らぬ間に衆目を集めてしまったみたいですね。
あと、とりあえずチャーハンは毎日食べてないですよ。週2~3回くらいです。
ともあれ、この程度の注目は私にとって想定の範囲内。
というかこれこそが目的みたいなものです。
フフ、今回はその目的の全貌を特別に皆様にお教えしましょう。
まず今回利用するのは、去年何故か獲得してしまったミス早応グランプリという肩書です。
さすがに半年経った現在では話題性は薄れていますが、それはあくまで世間一般での話。
未だ大学内限定で私は(無駄に)注目を集める存在なのです! 面倒なことに!
じゃあなおさら人前に出ない方がよくない? と思ったアナタ、甘い甘い。
この知名度は時として武器にもなり得るのですよ!
つまりあえて入学式の時から一緒にいることを周囲の学生にアピールし、
「あれ、あいつらもしかして付き合ってんじゃね?」と噂になるようにするのです!
これならいつもは妙にガードが堅い英人さんも、
「あれ、もしかして俺たち付き合ってる……?」となるでしょう。
そう、これは早い内から外堀を埋めるという緻密な作戦。
そしてその作戦は既に始まっているんですよ、ふふふ。
っといけない、そんなことを考えている間に会場に着いてしまいました。
「さて、ここが入学式会場ですね。
付き添いの私は一緒に入れませんので、ここで一旦お別れです」
「ん。ありがとう真澄ちゃん」
「いえどういたしまして……っと英人さん、ネクタイが少し曲がっていますよ」
別に曲がってなんかいませんけどね。
「おおサンキュ」
そして私は意味もなく首元のネクタイをいじくります。
どうですかこの絵面。なんかすごく新婚夫婦もしくは同棲カップルっぽくありません!?
ほら、周りの学生さんたちも写真に撮って拡散してもいいんですよ!
いやー困っちまうなぁー!
こりゃ明日のトレンドは私たち二人の話題で独占かぁーッ!
「ちょ、締まってる締まってる」
「あっ、すみません英人さん!」
しまった、どうやら興奮してネクタイを締めすぎてしまったようです。
興奮して我を失うとは、私もまだまだ修行?が足りませんね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして入学式も無事終了し……
「「「「入学おめでとー!」」」」
「ありがとうございます」
私は今、家族と共に英人さんのお家へとお邪魔しています!
合格した時も勿論お祝いはしましたが、こういうのはコンスタントにやっていかないと。
やはり同じ釜の飯を食べるというのは、関係性を深める上で大事です。
「いやーウチの英人がついに大学生になるとはなぁ。
一時はどうなることかと……」
「あら、私は英人さんならやってくれると信じてましたよ、アナタ!」
「お前……」
「フフッ」
そうして英人さんのご両親は熱い視線を交わし合います。
いつ見ても仲の良いご夫婦ですね。
願わくば、私たちもこうありたいものです。
「あ、英人さんグラス空いてますよ。
お注ぎしましょうか?」
「ああ悪いね、真澄ちゃん」
「いいんですよ。今日は英人さんが主役なんですから」
「いやーやっぱりいつ見ても二人はお似合いって感じよねー」
フフ。お母さん、毎度ながら援護射撃ありがとうございます。
こういうのは積み重ねが大事ですからね。絶えずやっていかないと。
「も、もう! 母さんったら!」
「そうですよおばさん。俺如きと天下のミス早応じゃ、とても釣り合いませんて」
ですが英人さんはそう言って苦笑します。
うーむ……ハァ~~ッ(心の中のクソデカ溜息)。
これはいけませんね……そういう遠慮が一番、よくない。
というかミス早応の肩書がこんな所で障害になるとは……もう誰でもいいからくれてやりたいですわ。
しかし、今の発言で今後の方針は決まりました。
つまり今後の課題は年齢や肩書によって出来てしまった距離を少しでも縮めること、すなわち出来るだけ同じ空間と時間を共有することですね。
フフ……となればこれからは一年違いとはいえ同じ大学に通う者同士。
しかも私はその一年先輩です。方法はいくらでもあります。
さて、どうしてくれましょうか……。
フフ、今からが楽しみです。
――――――
――――
――
「学部選び、ミスったーーーーッ!!」
「ちょっ、食堂とはいえうるさいわよ!」
午後の学食、私は思わず立ち上がって叫びます。
テーブルの向かい側に座る友人は手で制してきますが、こればっかりは叫ばずにはいられませんとも。
といってもこれだけではただのヤバイ人ですね。
時にクールな一面を見せてこそのヒロイン。まずは冷静に状況の確認をば。
……コホンッ。
まず私こと白河 真澄はこの四月で学年がひとつ上がり、今は早応大学の二年生です。
そして学部は文学部。
そう……今回の話、この文学部がネックなのです!
この早応大学は有名私大ということもあって、首都圏各地にキャンパスを持っています。
その中でもメインとなるのが横浜市にある『港北キャンパス』と都内にある『田町キャンパス』の二つです。
そして主に文系学部の一二年が港北キャンパスに通い、三年に進級したら田町キャンパスへと移るのが原則となっています。
英人さんが入った経済学部はまさにそうですね。
しかし文系学部の中に一つだけ例外があります……それは私のいる文学部。
何故かここだけは他の文系学部と違って二年生から田町キャンパスに通うことになっているのです!
つまり同じ大学に入っていても、物理的に英人さんと離れてしまう状態。全く意味がない!
なんてこった……こんなことになるなら数学をちゃんと勉強しておくべきでした。
白河 真澄、一生の不覚ッ……!
「いやまだです……まだ慌てるような時間じゃない」
「今度はブツブツ独り言……」
そうです、現状を悲観していても仕方ありません。
今はとにかく英人さんに会える条件を考えましょう。
まずは、そのままこのキャンパスで待つ場合。
英人さんも同じ大学に通っているわけですから、進級さえすればいずれこのキャンパスにも来ます。
しかしそれではスムーズにいったとしても、早くて二年後。
その時私は四年で英人さんは三年……うん、遅すぎますね。
その頃の私は就活しなきゃですし……いやもう既に永久就職先は決めているのですが。
となると、私が直接港北キャンパスに行くしかなさそうですね。
一応講義の選択次第でははあっちで受けることも可能ですし。
そしてもう一つ考えられるのは……サークルですね。
学年やキャンパスを超えた交流となると、もうこれしか思いつきません。
入るサークルによってはリスクもありますが、そこはどう手綱を握っていくかですね。
あんまり人数の多いサークルに入って一緒にいる時間が減ったら本末転倒ですし。
幸い今はサークルの新歓期間。
私もサークルには入っていませんし、一緒に探すという体でついて行っちゃいましょう!
さあ、思い立ったが吉日です!
「え、サークル? 俺は別にいいよ」
アカン、凶日や……っていやいや、ここで引いたらいけません!
「でもせっかくの新歓期間ですし、少しだけ見ていきましょうよ!」
「うーん……」
「これでも私、英人さんより一年先輩ですからね。
その辺りの事情はそこそこ知っていますし、サークル選びはどんと任せて下さい!」
「んー確かに一理あるか。
分かった、ここは真澄ちゃんに任せるわ」
「はい、任されました!
じゃあ早速行きましょう!」
そして私は英人さんの腕を引きました。
うわ、私ってば大胆。
「ちょっ真澄ちゃん」
「さあさあどんどん行きますよー!」
こうして英人さんのサークル探しの旅が始まったのでした。
「演劇サークルやってまーす!」
「手芸どうですかー!?」
「スポーツチャンバラで世界行こうぜー!」
そして歩くことわずか数分。
キャンパス内からは、そんな勧誘の声があちこちから響き渡ります。
入学式からおよそ二週間の間は、サークルの募集が最も加熱する期間。
サークルの種類によってはこの時期にしか加入できない所もあるみたいですし、入る方も誘う方も中々の熱量です。
だからこそ、先輩である私がしっかり見極めねば。
そもそも去年はあまりに勧誘がしつこくて、結局どこも入りませんでしたし。
「そういえば、英人さんは何か希望ありますか?」
危うく聞き忘れそうになってしまいましたが、これ結構大事。
「まあ、比較的落ち着いてる所がいいかな
あんまりテンション高いサークル行っても浮くだろうし」
落ち着いた所……となると文化系のサークルですかね。
どうしよう、私あまり詳しくない!
去年勧誘くらったのってテニサーみたいなとこばっかだったし!
「むむ……分かりました。
よしこうなったら文化系サークルの勧誘ビラ、片っ端から貰いに行っちゃいましょう!」
「ああそうだな……ってうん?
なんだあれ?」
そうして再度出発しようとした時、不意に英人さんがある方向を指さしました。
私もそれを目で追ってみると、そこにはかなりの人だかりが。
新歓期間中はキャンパス内どこでも混雑しがちではありますが、それを差し引いても結構な規模です。
「確かに、何でしょうね?
イベント的なものでもやっているのでしょうか」
「せっかくだし、外側からちょっと覗いてみるか」
「ですね」
というわけでその人だかりの所まで近づいてみると……
「東城さん、是非うちのサークルに!」
「いや、俺らのサークルにこそ!」
「ゴルフ、楽しいよー!」
「ウチのサークル、イケメンぞろいだから!」
「皆さんこんな熱心に……ありがとうございます!
でもどのサークルもとても魅力的で、迷っちゃうな」
それは一人の美女に大挙して群がる男たちの姿がありました。
どのサークルもどうにかして彼女を我がサークルに引き入れようと躍起になっているようです。
「すげぇ人気だな……。
まあ確かに綺麗ではあるが」
「ですねぇ」
艶のある綺麗な黒髪に、大人っぽさとあどけなさが共存した美貌。
なんだろう、「どうやったら男ウケがいいか」を計算しつくしているような女性ですね……。
よし、昨年のミス早応は君に譲ろう。
つまり今日からは君がミス早応大学だ!
なぁに遠慮せんでいい、もう私には必要ないものだからな。ハハハ!
あ、ちなみに私は「どうやったら英人さんウケがいいか」を計算しつくしている女です。
……いやお前の計算ガバガバじゃねぇかって? それは言うな。
「でも勧誘受けてるってことは俺と同じ一年か。
ま、語学で同じクラスにでもならない限り接点はないか」
「……英人さんって、ああいう人が好みだったりします?」
「へ?」
「あっすみません!
今のは忘れて下さい!」
「おう……」
おっとしまった!
なんかついこんなしょうもない質問をしてしまいました。
男女問わず、こういうのっていきなりぶっこむとかなり面倒ですからね……気を付けないと。
でもあの一年生を見てたらちょっと不安な気持ちになったのも確かです。
確証はないのですが、いずれ恋敵になってしまいそうな予感が……うーむ、どうした私のセンサー。
あ、でも今のやり取りってすごいラブコメっぽくていいかも。
意識せずにこなせてしまうとは、やはり私は天才じゃったか……!
「さ、ここはもう後にして私たちはビラ貰いに行っちゃいましょう!」
「ん、そうだな」
とはいえここは英人さんとの時間を優先する場面。
さあ、華のサークルライフの為に頑張りますよーっ!