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ゆっくりと意識が浮上する。
目を開けようとするが瞼が重く、ゆっくりと何度も薄く瞬きを繰り返す。
やっとの事でしっかり開いた目が映したのは見知らぬ天井だった。
ぼうっとした思考で今までの事を思い出す。
仕事はいつもと変わらなかった。
その帰り道、電車に乗ったはずが気がついたら知らない山の中で、下山しようとしたら苦しくなって、火柱が上がって…言葉にするとかなり怪しさ満載だが詳細まで思い出せる。特に記憶喪失という訳では無さそうだ。
という事は、ここは異世界(仮定)のどこか。失神した私をここまで運んでくれたのだろう。
身体中に走った痛みで意識を失ったはずなのに、思ったほど体に痛みを感じない事を疑問に思うと共に、ベッドに寝かされていることも不思議に感じる。
犯罪者みたいな扱いだったはずなんだけどな…
縛られている様子もなければ、布団は薄いがベッドに寝かされている。牢屋という訳でもなさそうだ。
体を少しずつ動かしてみるが、意識を失った時の様な痛みはもう無い。
体の重だるさは感じるが、それ以外の痛みというものはほとんど感じる事はなかった。
起き上がってみると6畳ほどの部屋に簡素なベッドとキャビネットが1つ、それに小さなテーブルと椅子があるだけの質素な部屋だった。
カーテンの無い窓の外はまだ薄暗い。少しずつ明るくなっていくのでこれから朝を迎えるところのようだ。
そして気がついた。
着替えさせられてるっ!!ストッキングまでっ!!
幸いにも下着は上下つけたままだけど、なんとも言えない恥ずかしさが込み上げてくる。
顔を両手で覆いしばらく襲いくる羞恥に耐えると、大きく息を吐き出すことで事実を受け入れようと努力した。というよりも変えられない事実は諦めるより仕方ない。
身に纏っているものを見ると、なんの装飾もない白い半袖のワンピースだ。木綿のようなしっかりとした生地で寝間着というよりは病衣のような印象を受ける。
この部屋もちょっと広めの病室と考えられなくもない。
ベッドを降りて窓を開けようとすると、バチッと音が鳴り手が窓から弾かれる。
前言撤回。ここは病室ではなく独房かな。随分豪華な。
手足は拘束されてはいないが、両手首には黒い輪がはめられている。そしてあの時には無かったはずの手首とお揃いの物が両足首にもはめられている。
分かってる。病室だなんてかわいい考えは捨てた方が良いんだね。ちょっと現実逃避したかっただけですよ。
流石に両手足の輪は、目覚めてすぐに気づいたけれど、そんな現実を受け入れたく無くて見なかった事にしてみた。
まぁ思いっきり無視しようとした現実を突きつけられ、心折れる結果になったわけですが!
この分だと扉も同じだろうと思ったが、とりあえず挑戦だけはしてみることにした。
思いのほか窓に弾かれた手は静電気以上の衝撃と痛みを伴ったため、同様の衝撃があるかもしれないと覚悟を決めて扉に手を伸ばした瞬間に、コンコンとノックされた。
あまりのタイミングの良さに思わず「ひゃい!」と変な声が出てしまった。
しかもそれを返事と取ったのか、そのまま扉が開いた。
朝日が差し込み始めた部屋の扉を開けたのは、私が意識を失う最後の瞬間に話をしていた男性、と思われる人だった。
扉を開いた彼は一瞬目を見開き固まると「失礼した」とだけ言って開けようとした扉をそのまま閉めた。
何だったのだろうか。
こんな朝早くに何か用があったのだろうか?
部屋を間違えたとか?
そんな訳あるか。とか思いながら立ち尽くしていると、しばらくして再び扉がノックされた。
今度は返事をする前に扉が開き、お仕着せを身につけた年配の女性が部屋に入ってくる。
年配の女性がお辞儀をした後に入口の前から少し立ち位置をずらすと、その後ろから水の入った桶と着替えと思われるものを持った若い女性が2人入室し、机の上にそれらを置きすぐに部屋を出て行った。
それを見届けた年配の女性が扉を閉めるとこちらに再度お辞儀をする。その胸元に雫型の黒い石のネックレスがキラリと光を反射した。
「着替えをお手伝いさせていただきます」
そう言って動き始めた彼女に慌てて、教えてもらえれば自分でやると伝えるが、困ったような顔をされ「これが私どもの仕事ですので」と言われてしまえ強く拒否ができない。
それでもそんな事をしてもらえる身分では無いからと伝えてみるが、身体の状態を確認するためもあるからと言われるとそれ以上の拒絶は出来なかった。
大人しく言われるがままになって知ったのは、靴を履いていない裸足の状態であった事に驚かれ、ここでは女性が足を晒すことは非常にはしたないのだと言う事だった。
着ていた膝丈の白いワンピースは寝巻きではあるが、あくまでもベッドの外に出て見せて良いものではないらしい。ベッド上で足を隠した状態で見舞い人等に会うことのできる格好、との事だった。
そのために、先ほど部屋を訪れた男性…ラディウス伯爵と言うらしい…は驚きそのまま退室すると着替えを彼女に命じたそうだ。そもそも私が起きているとも思っていなかったため、扉の前に立つ私の姿を見て非常に驚いたようだ。
返事はした筈だが、彼には聞こえていなかったのだろうか?
膝下を見せたところでこちらには恥ずかしいと思うような感覚は微塵もないのだが、女性は足を見せないという常識で暮らす彼には申し訳ない事をしたと思う。あとで謝ろうと思いながら着替えを終えた。
被るタイプのブラウスの胸元をリボンで留め、足首までのロングスカートはややハイウエスト気味だが後ろでギュッと編み上げる形に紐で結ばれる。もしかしてコルセットも兼ねているのだろうかと思うような締め方だ。
その上ニーハイの靴下に編み上げのブーツを履く時でさえお手伝いをされてしまい、もう恥ずかしさでいっぱいだ。明るい場所で弛んだ体を他人に見られるのは拷問に近い。
着替えが終わる頃にはすでに疲労感でいっぱいだった。主に精神的に。
年配の女性は着替えの手伝いを終えると、ラディウス伯爵が来るまで部屋で待っていて欲しいと言い退室していった。
窓から見える稜線から太陽がすっかり顔を出していた。
次話は11月18日12時頃に投稿します。