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挿話 3.5


山火事はルードに任せて先程拾い上げた女性の元に戻る。


日が落ちて闇が覆い尽くす森の開けたところに小さな明かりが見えた。


騎士がこちらに気づくと手に持っていたランタンで騎獣を降ろせる場所を誘導してくれる。


騎獣を降ろす時に見えた、炎から助け出したはずの人物は地に倒れ伏していた。


魔力抑制の効力で動く事ができないのかもしれない。そう思うと同時に、彼女のこれからをどうするべきか頭を悩ませる。


パトリア山はこの国にとっては霊山の一種で始祖の山とも言われる。この大陸を創り出した創造神にまつわる伝説の残る山だ。


ルードのお陰で炎は沈静化するだろうが、魔法で山を焼き払ったと言ってもいい状態だ。


普通に考えれば魔法犯罪に当たる。法律で裁かれるとともに、一部の熱狂的な宗教家から迫害、下手したら殺害されてもおかしくない。


だが、あれほどの魔力を持った者を亡くしてしまうのは惜しい。


炎との親和性が高い自分でもあれ程の火柱を上げる事ができるかどうか。もしかしたら自分よりも魔力が高い可能性があった。


それはこの国で稀有な存在なのだと言える。


それに本当に彼女がやったとも決まっていない。いや、確実に彼女が原因だと思っているが、魔法の発動を誰も見てはいない筈だ。それならば噴火による火災という説明も通る。


あの火柱は噴火とは違うと判別できる者はごく少数だろう。


問題は彼女が何者で、何故あんなところにいたのかということだ。


歪みから吐き出された魔力の塊りは彼女で間違いないはずだ。


空間を歪める魔法でここに来たというのか。そんな魔法が使われたとでもいうのか、彼女1人を送り込むために?


それに彼女の発した一言は、理解できない言葉だった。周辺諸国の言語は多少ではあるが学んでいる。けれどそのどれとも合致しない。耳馴染みの無い言語だった。


他の大陸からの侵攻?無いとは言い切れないが、可能性は低い筈だ。


だが、情報が少なすぎる。


彼女が味方になり得るか、それとも敵となるか。


どちらに転ぶにしても慎重に進めなくてはいけないだろう。できる事ならばこちら側に引き込めないだろうか。


騎獣を騎士の1人に任せ、もう1人から明かりを受け取ると魔布を用意するように依頼する。魔布は大型魔獣等を生け捕りする時に使う物であり、覆う事で魔素の遮断と魔力を抑える事ができる。


足をさらけ出したままの状態の彼女を覆うのに魔布である必要はないかもしれないが、自分よりも魔力が高い可能性があるのであれば用心するにこしたことはない。


それに魔力の扱いが未熟な場合、魔力を制御できずに暴発させる可能性もある。まとまらない思考の中で何となくといった曖昧のものであったが、先程の火柱も暴発なのでは無いだろうかと考えていた。


彼女の監視をしている者からの報告で、魔力抑制の輪に加えて縄での拘束も行なっている事、移動させるのに立ち上がれなかった事から怪我をしている可能性がある事、横たわってから起き上がろうとしない事、荷物を回収した事の報告を受けた。


犯罪者相手であれば適切なのだろう。それでも縋るような目をしていた彼女をこのようにしておくのは良心が咎める気がした。


あちこちが傷だらけで痛々しい。


彼女の持ち物に関しては後ほど自分が検閲すると伝え、目を閉じたまま動かない彼女の前に行き膝をつくと、表情が見えるように彼女の頭の近くに明かりを置く。


見開かれた目が光を追ってから此方を見上げる形になった。


声をかけるとやはり知らない言語を話し首を振った。おそらく言葉が分からないという事を言っているのだろう。


不振げに此方を見てはいるが、反抗的な視線ではない。その事にほっとしている自分がいた。


確か腰袋の中に言語翻訳できるものの試作品としてうけとった物があったはず、と思いながら探ると金属製の箱があった。


一面の中央に魔石が埋め込まれており、そこに魔力を流す事で一定時間特定の範囲内で言語が翻訳されるというものらしい。


試作品であると同時に、知らぬ言語にも対応しているのかは不明だが、使ってみるより他に意思疎通の手段が無い。


使えたら良い、程度の思いで起動させるとこれなら話は分かるかと問う。


瞬間に見開かれた瞳は驚きの色を宿し、金属の箱と自分を視線だけが行ったり来たりしている。これはしっかりと良い仕事をしてくれているらしい。こちらも同じように驚いているのだがそれはあえて押し隠しておく。


混乱と驚きを示した瞳が幼い子供のようで微笑ましかった。


つい口調が柔らかくなり体を起こしても良いかと聞くと彼女の眉根が寄る。


何でそんなことを聞くのかわからないといった表情だ。まぁ、そりゃそうか。


彼女の現状の扱いは犯罪者のそれだ。それでもさすがに女性をこのままというわけにもいくまい。彼女が味方になり得るかもしれないという打算を含んでいるのは否めないが。


地に伏した女性と話をするのは無粋だし、あくまで自分の信念に反するのでと少しの言い訳のようにして真意を包んでおく。


それに対する彼女の反応は予想外のものだった。


「起こしていただければありがたい」と、丁寧な口調で願い出た。


その言葉遣いは貴族令嬢のそれとは違うが、高度な教育と礼節を教え込まれた者のものだ。訓練しただけではこうはいかない。この言葉遣いを日常的にしている者なのだろう。どこかの高位な者の側仕えだろうか。


その外見と言葉遣いのギャップについ面白いと思ってしまう。


相手からの許可が出た為抱き起こそうとした。次の瞬間彼女が呻き始めた。


始めは怪我をしていると聞いていたからそれが痛むのだと思った。だが蹲った彼女の魔力が突如膨れ上がった。


焦った私の目に見えたのは魔布を持ってきた騎士の姿だった。


「布を!」と叫ぶとすぐにこちらに駆けてくる。


魔布を奪うようにして彼女を包むと抱き上げ騎士達には離れるように伝える。こんな所で魔力の暴走が起こり大惨事にでもなったら庇い切ることは無理だ!


騎士たちから離れて魔布の特性を利用して魔力を吸収するように放散するように術式を構築しようとした時、呻いていた彼女の体から力が抜けた。


それと同時に凝縮され始めていた魔力が四散した。


突然の事に呆然としていると「ビクトール、大丈夫ですか?」とほど近いところから声がかかった。


「ルード!?消火は!?」


「問題がない程度には終わりましたよ。あとは他の魔導師だけでも大丈夫でしょう。」


消火しているはずのルードがいた事に驚き、後を他の魔導師に任せてきたということは、ルードの興味がそこには無くなったのだろう。


「先程の魔力はその人のものですか。」


そう言ったルードの目は面白そうだと煌めいていた。興味を引く対象を見つけたと嬉しそうに笑んでいる。


こういう目をしている時のルードは厄介だ。


「面白いですね。魔力抑制の輪を両手にしていてもあそこまで急激に膨れ上がる魔力を見た事がない。しかも凝縮された魔力が暴発もせずに静かに四散した例を私は知りません。何者でしょうね、この子。」


「一体いつから見ていたんですか」


「君がこの子を抱き起こす辺りからですかねぇ」


魔力の膨れ上がり方にこちらは焦っていたというのに、悠長に見ていただけとは。けれど、魔力が四散した事にほっと息を吐いた。


「とりあえず帰りませんかねー。明るくならないと山の状況も見えませんし」


「そうですね」


意識がなくなりぐったりとした彼女を抱き上げ、引き上げる事を騎士たちに告げる。


「僕は先に帰って魔力抑制の輪をもう2つ用意しておきましょう。あと、クラヴィスに言って回復魔法の準備もお願いしなきゃですねー。」


どこか嬉しそうにそう告げるルードに、溜め息をつきながら「頼みます」と告げると、いい笑顔で「じゃあね」と言って暗闇の中に消えていった。





次話は11月11日の予定です

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