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挿話 2.5

パトリア山を視野に入れた頃には、練られた魔力が一度収束したように思えたが、完全に消え去る前に小さな魔力の塊が歪みから吐き出されたのが感じられた。


魔獣か?


吐き出された魔力の塊からはまだ圧力が発生してはいない。けれど収束するように周囲の魔素がその塊に向かった流れを作っている。


この小さな塊を認識できているのは自分だけのようで、背後で魔圧が消えたことに安堵している雰囲気が感じられた。緊張感が薄れ始めている。


馬鹿どもが!


声には出さなかったが、苛立ちは募った。訓練が足らん、とも。


だが今はそれどころでは無い。


魔素が集約を始めている一点に向かって騎獣の速度を上げた。背後では速度を緩めようとしていたのだろう。「え!?」と驚きの声を上げた者達がいた。だがそんなものに構っている暇はない。


距離が近づくにつれて魔力の塊ははっきりと分かるようになり、それが覚束ない足取りで山を下ろうとしているのも感じられた。


不意に塊が移動を止める。それと同時に収束した魔力が大きく膨れ上がってきているのも分かるようになってきた。


「間に合わん!」


そう叫んだと同時に山の頂近くの斜面から巨大な火柱が立ち上がった。


一瞬にして放たれた炎に騎獣が嘶きながら足を止めた。


火柱は夜空を貫いたかと思うほどの高さまで上がり、火の粉を撒き散らして消えていった。


飛び散った火の粉が山のあちこちでくすぶり始めたのも見える。


興奮している騎獣を宥めながら、背後にいる者達に指示を飛ばす。


「水魔法が使える者は外周から中央に向かって消火に当たれ!騎士は魔導師の身辺警護及び周囲に魔獣がいないか確認を!そこの騎士3名は私に付いてこい!」


そう叫ぶと後ろの確認もせずに塊に向かって騎獣を駆けさせる。


片手で騎獣の手綱を操りながら腰にある魔力抑制の輪を握りしめた。


今は2つしか持ってきていない。足りるか?それよりも、この人数で捕らえられるか?


炎に巻かれるように斜面を滑り降りる影を見つけた。


人!?


はっきりと形を認識して驚いたが、それと同時にその人影のすぐそばに騎獣を下ろした。


面白い。乾燥しているここら辺は火の回りが早いのに、この人物の周りだけ炎がゆっくりとなる。


驚いたような、縋るような目をした人物が女であることに驚いたが「説明は後だ」とだけ言ってその両腕に魔力抑制の腕輪をはめ、片手で抱き上げるとそのまま騎獣に乗り込み山肌から離れた。


魔力を抑制されたからか、炎は一気に森を飲み込んでいく。


『なんで、こんな…』


女の口から知らぬ言葉が聞こえた。


この国の者ではない?抱き上げた感覚からいえば女であることは間違いないが、足をさらけ出していたり髪が短かったりと自分が知る女の域にはいなかった。少年のようにすら見える。


山から離れ少し樹々が途切れた平地を見つけるとそこに降り立つ。


女を地面に下ろし、後ろからついて来ていた騎士3名に女の見張りと周囲の警戒を頼み、消火に当たると告げてまた騎獣を繰る。


ここのところパトリア山のあたりは雨が降らず乾燥していると報告は受けていた。そのせいもあり炎の広がるスピードが思った以上に早いのが見て分かる。


風上に回るように騎獣を繰ると、炎が進み来る前で止まった。


大きく息を吐くと周囲にある熱を孕んだ魔素を水の魔力へ強制的に変換する。だが魔素の変換は容易ではない。


両手を前に突き出すようにして、水魔法を発動させる。額に浮かぶ汗が流れ落ちるのも構わずに次々に魔素の変換をしながら炎を水の膜で囲む。もっと水の魔力と相性が良ければ炎を覆い尽くして一瞬にして消火ができるのだろうが、己の練度ではこれが精一杯だった。


なんとか炎が広がるのを抑えることで精一杯だ。


このままだとまずい。こちらの魔力が尽きる方が早い。


「ビクトール、代わりますよ」


そんな呑気な声が聞こえてくるが、自分の弱さが聞かせた幻聴かと思って無視していた。途中からため息とともに自身が作り出した水の膜ごと魔力を持っていかれ、ふっと身体が軽くなった。


「頑張りすぎは良くないですよ〜」


「ルード!?後発隊の編成は!?」


間延びした声の主はここに居るはずのないルードだった。確かにルードなら水魔法と親和性が高く、私よりも魔力も練度も上だ。だが、何故?


「後発隊は君のお友達のアストルム君にお願いして来ました。国の一大事の時くらい手伝いますよ〜」


いつもの間延びした口調のまま、わざわざ水の膜のまま範囲を狭めて消火していく。


ルードほどの魔法の使い手なら一気に消火出来るだろうに!手伝うとかいってアイツ遊んでるな!?


「君には君のやる事があるでしょう?そちらは僕には不向きなのでお願いしますね〜」


視線は炎に向けたままニコリと笑うのが見えた。炎を抑えるように前に出していた両手だったが、笑った相手は片手でそれをやってのける。


自分との格の違いを見せられているような気分になる。


この人と同じ賢者としての肩書きを得ている事が本当に正しいのだろうかと思わせる光景だった。


次話は11月4日の予定です。

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