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冷たい地面に横たわったままで回想を終了する。
しかし全く分からない。
何故私がここにいるのか。どうして爆発のような火柱が上がったのか。どうしてここに乱暴に寝転がされているのか。
いや、寝転がされているのは客観的に考えれば仕方がない。火柱が上がったのも原理は不明だが、うっすら理解できる。なんとなく、という予感めいたものでしか無いが。
問題なのは何故ここにいるのかという事。
軍人らしき人達は私を縛り上げはしたものの、暴行に及ぶ様子はない。先ほどの舌打ちと放り投げられた事以外は。
ひとまず命の危機的状況は先送りにされている。現状を省みると楽観視など出来るわけもないが「何故私が」という怒りにも似た思いが込み上げてくる。
それと同時に胸の内側にもやっとした何かが渦巻き始めた。その渦は次第に大きくなった。
先ほどの山頂近くで起こった火柱のことを考えて、ゾワリと肌が粟立つ。
感情の波に合わせるようにして渦を巻いていたソレが肌の内側を這うように、内側から食い破られるような気持ち悪さが沸き起こった。
なんだコレは。
自分には理解の及ばない何かが、自分の中にある。それだけははっきりと分かった。
そしてそれは私の感情に沿って蠢くものらしい。
自分自身に『落ち着け』と言い聞かせながら、細く長く息をゆっくりと吐き出した。そしてまた同じようにゆっくりと息を吸い込む。じっとりとした脂汗が額に浮いた。
感情を平坦にする事で身の内にある何かは穏やかにゆっくりとおへその辺りで小さく渦を巻き始めた。
ホッとして目を閉じて揺蕩うように腹部内で渦を巻くそれに意識を凝らしてみた。するとじんわりとそこから暖かさを感じる。先ほどの肌を粟立たせるようなものではなく、穏やかで安心させるような。
人肌のような温もりに、緊張から解放され眠気が襲ってくる。
いまにも眠りに落ちそうになった時、近くで草を踏む足音が聞こえた。
遠くなりそうだった意識が一瞬にして戻ってくる。
こんな状況でよく寝ようとしたよ!全然寝ていい状況じゃないってば!
目を開けて辺りを伺おうとした時、私の頭上にランタンのようなものが置かれたようで、暗闇の中が明るくなった。
目の前には私を炎の中から連れ出した男の人がいた。膝をつきこちらを伺うように見ている。
体を折り曲げていてもその体格の良さが分かるほどに、体が大きい。
先程近くにいた軍人以上に大きい気がする。担ぎ上げられた時は混乱の方が先に立って気づかなかったが、多分人生で初めて出会うような体格の人だ。テレビでしか見たことないが、ラグビー選手とはこんな感じだろうかとどうでもいいことが頭の中をよぎる。
「ーーーーーーー」
何か声をかけられているが、やはりその言語が分からない。
英語でもドイツ語でもロシア語でも中国語でも無い。
かけらも聞いたことがない言語だった。服装だけを見れば少し古い時代の西欧諸国のようなのだが、その言語に聞き覚えはない。
言葉が通じなければ弁明も弁解もできない。
小さく息をつき日本語で「分からない」と、首を振り答えた。
私に声をかけているのは40代くらいの壮年の男性だった。さっき私を投げ飛ばした男と違い、目も声音も優しげである。こちらを責めるような色はない。ただ、注意深く探るような、観察するような視線ではある。
私の言葉を聞いた彼はウエストに着けられていたポーチの中から四角い金属製の箱のようなものを取り出して、私との間に置くと箱の上についていた黒い石に指先を当てた。
石が鈍く光を発したのを確認するともう一度こちらの方に視線を向ける。
「これで言葉がわかるだろうか?」
そう言われて目を見開いた。何度も箱と相手の顔を視線が行き来する。どういう原理で翻訳されているのか、この箱が翻訳機の役目をしているということなのか!?
驚きにただ目を見開いていると、苦笑された。
なんだろう、バカにされたのだろうか?
仕方ないじゃ無いか!異世界の(仮定だけど)言葉を翻訳できるものがあるとか、実は転生とか異世界召喚とかあるところで、日本語が通じるかもしれないって希望を持ってしまうくらい驚いたんだよ!
「女性を横にしたままで話を続けるのは失礼だと思うのだが、体のどこかを痛めているのだろう?手の拘束を取ることはできないが手を貸すので起き上がれるかい?」
優しい声でそう提案された。先ほどの軍人とはあまりにも違いすぎる対応が逆に気持ち悪い。
この状態まで拘束する人間に対して、おかしな優しさを見せる事に訝しく思ってしまったせいか、表情が固くなったのが自分でもわかった。
「私を信用出来ないのは分かるが、相手がどんな人物であれ女性をこのままにしておくのは私の信念に反するものでね。問答無用でこのような状態にしてしまったからな。女性には少し手荒だったと思っているよ。」
当然のようにこちらの心理を読んで、更に話を続けた彼は本来は優しい人なのだろうか?手荒だったと言うが、本当に手荒に扱われたのは彼のそばに立つ軍人であって、彼自身にではない。
多少乱暴に担ぎ上げられたのは理解しているが、あの時の状況からしたら仕方のない事だと思う。
「あちこち痛いのですが起こして頂ければありがたいです。私もこのままはちょっと遠慮したいので。」
出来るだけ丁寧な口調でそう告げると、目の前の男性は少しだけ眉を上げると柔らかく笑みを深めた。
側にいる軍人に起こさせるのかと思いきや、目の前の男性自らが優しく抱きおこす。まるで壊れ物でも扱うかのような行動に若干体が硬くなり顔が引き攣る。
こんな紳士的な対応を男の人にされた事がないから免疫がないんだってば!
そう思ったのも一瞬で、恥ずかしさを蹴散らす様に全身のあちこちから痛みが主張し始めた。
座る形に起こされても痛みのせいでうずくまる様になってしまい、顔を上げることができない。心配する様な声がかかっているがそれに答えることができないくらいで、痛みの主張に歯を噛み締めて耐える。
「布を!」
男性がそう声を張り上げ、少し後に柔らかな布に全身を包まれた。そのまま「失礼する」とだけ声を掛けられると布に包まれた状態でそのまま抱き上げられたようだ。
けれど体勢を変えるたびに起きる激痛に体が硬直すると、体が耐えきれなかったのかそのまま意識が途切れた。
次話は10月21日に投稿予定です。
次話から3話続けて挿話になります。まだ名前すら出てきていなかった人物が出てきますが、主人公視点での説明が入るまでは詳しい説明は省きます。説明要員さんが解説してる気もしますが…。