婚約破棄は波乱の展開です
細かい設定などをざっくりと省いています。
読みにく所も多いと思いますが、読んで頂けたら幸いです。
賑やかな舞踏会は、第1王子の婚約破棄発言によって静まり返っていた。
会場の酷く冷たい視線が悪役令嬢レイシアに注がれる。
茶髪に眼鏡という悪役令嬢らしからぬ風貌。
分厚い眼鏡のレンズからは、その表情は読み取れない。
地味な悪役令嬢は、沈黙したまま真直ぐ王子を見る。
周囲の令嬢たちから、
「元々不釣り合いなのよ、あんな地味な人」
などの心無い声が聞こえる。
「分かりました。婚約破棄を受け入れます」
レイシアが淡々と答え、それを聞いた王子は眉間にシワを寄せ睨みつけた。
王子は全く悪びれる様子もない彼女を糾弾しはじめた。
「お前は、自分の立場が分かっていないようだな! キャメロンにした数々の仕打ちを、私が知らないとでも思っているのか!」
声を荒げる王子。その腕にしがみつく男爵令嬢キャメロンは、蛇のような笑みをレイシアに向ける。
仕打ちか… 勿論、全く心当りがない。
地味令嬢が出来る仕打ちなんてないだろ。もし、キャメロンの陰口を叩いても、聞いてくれる友人も居ない。それはもう……独り言だ。
「……心当たりがございませんわ」
「フンッ、白を切りよって。か弱いキャメロンを庭の池に突き落とし、茶会では酷い罵声を浴びせたそうではないか!」
えっ… 何それ、知らないんだけど。
作り話にもほどがあるだろ。
庭に池とかあったのかよ、学園で教室と図書館以外行ったことないよ。
そんで、茶会って何だよ。そんな楽しそうな事してるなら誘ってくれてもいいだろ!
「そのような覚えの無い罪で、糾弾される謂れはございませんわ」
行っても無い場所での罪を着せられるなんて、あんまりだ。
「どうやら反省もないとは、性根の腐った女だ。
衛兵! このレイシア・パルラーシュを地下に軟禁せよ!」
力に訴えるのかよ、性悪王子が。
王子に対する怒りと同時に、家族への思いが込み上げる。
パパ、ママ、ロイド(弟)ごめんね。
できるだけ地味に、目立たないように過ごしたけど…… やっぱり、牢獄エンドみたいです。
まあ、この日為に婚約者教育の合間を縫って魔法書などを読み漁り、監獄でも暮らせるだけの魔法と知識は身につけたので、大丈夫です。
安心して引きこもり監獄ライフをスタートしようと思います…
そんな決意から5分が経過した。
……あれ? 衛兵が来ない。
何の時間、衛兵待ちの時間?
レイシアが困惑気味に辺を見回すと、聞き覚えのある声がした。
「衛兵なら来ませんよ、アデル殿下」
声の主は、レイシアの1歳下の弟ロイドだった。
「ロイド……」
ロイドは綺麗な銀髪に青い瞳、整った顔に高身長。普段は、レイシア以外には無口無表情の彼が、今は楽しそうに笑っている。
「なっ! ロイド、お前裏切ったのか!?」
アデルが焦ったように、ロイドを見つめる。
「裏切る?心外ですね。それだと僕があなたの仲間みたいじゃないですか。
僕は、ただ国王陛下とパルラーシュ公爵に婚約破棄の真実と、キャメロン嬢の虚偽の証拠書類をお見せしただけですよ」
ロイドがにっこりと微笑み、レイシアの側により腰を抱き寄せた。
アデルは、自分の腕に巻き付いたキャメロンを問い詰める。
「どういうことだ! レイシアに虐められたというのは、嘘だったのか?」
キャメロンの目が一瞬泳ぐが、拳を可愛らしく握りしめて王子に向き直る。
「う、嘘なんてついていません。ロイド様が、アデルと私の関係に嫉妬して、嘘を言っているのよ!」
涙目のキャメロンがロイドを指差す。差されたロイドは、人形のような冷えた笑みを浮かべた。
「嘘か気になるなら、試して見ればいい。
幸運にも、この国には嘘つきを炙り出すいい魔法があるじゃないですか」
ロイドがキャメロンに向けて指を伸ばす。
『真実を晒せ』と呟くと、キャメロンの周囲に風が吹いた。
「きゃっ!……何の魔法なのよ」
キャメロンの可愛らしい悲鳴が上がる。
嘘つきを炙り出すこの魔法は、1級魔法である。嘘をつくと醜い姿に変えられ、姿を偽ると元の姿に戻されるなど、真実を知るための魔法。
学園内でまともに授業受けてたら、知らない筈無いのだけれど。
「キャメロン嬢、貴女は姉レイシアから本当に虐めを受けましたか?」
キャメロンは顔を真っ赤にしながら、ロイドに訴える。
「だから、虐められたって言ってるでしょ!
ロイドだって可哀想にって慰めてくれたじゃない!」
キャメロンの小さな可愛らしい鼻が、膨らんでいく……醜いゴブリンのように。
キャメロンの醜く変わり果てた顔を見て、ロイドが嘲る。
「えぇ、本当にお可哀想です。嘘に溺れて中身も姿も… 可哀想ですね」
キャメロンが涙目で王子を見る。
「あでるぅ」と可愛く呼ぶが、その姿は実に醜く見るに耐えない。
「……」
王子は困惑のあまり絶句した。
純粋で可憐だと思っていた少女は、ただの嘘つきの性格の悪い女だった。
王子である自分が下位の男爵令嬢に騙された挙げ句、公爵家から貰い受けた婚約者を投獄しようとしたなんて、恥以外の何者でもない。
それが、国王にも知られているなんて。
「ロ、ロイド…どうして先に言ってくれなかった。お前なら、キャメロンの嘘も俺に報告出来ただろ。そんなに地味な姉が大事だったのか?」
落胆したアデルは膝から崩れ落ち、弱々しい声でロイドに尋ねた。
ロイドは、アデルの方には目もくれず、レイシアの茶髪を優しく撫でた。
『真実を晒せ』
そう呟くとレイシアの髪が美しい銀髪に変わる。ロイドがレイシアの眼鏡を外す。
レイシアの海のように青い瞳がロイドを映し、ロイドは微笑んだ。
天使のように美しい令嬢、その姿に会場中の視線が注がれる。
「綺麗だ…」
「天使のようだ……」
思わず周囲から声が漏れる。
ロイドがアデルを憎々しい目つきで見る。
「僕と血縁のある姉さんが、本当に地味な容姿な訳ないでしょ。……先に言わなかったのは」
ロイドは心配そうな表情を浮かべるレイシアの視線に気づき、にこりと笑う。
「キャメロン嬢と殿下がとてもお似合いだと思ったからですよ」
そう言い放ち、レイシアの手をとる。
レイシアを連れ出そうとするロイドを、アデルが呼び止める。
「俺にはレイシアは勿体無い。そういうことか?」
その言葉を聞き、アデルはロイドを睨みつける。
「殿下、婚約者でもないご令嬢を名前で呼ぶのは、いかがなものかと思います。
御用も済んだ事ですし、僕達は舞踏会を楽しむことにします。では、失礼」
美しい天使と美男が去った後、会場の中心には醜いゴブリン令嬢と婚約者を失った愚かな王子が残された。
ロイドは、レイシアの手を取り彼女の好きそうなお菓子のテーブルの前まで移動した。
「姉さん、大丈夫?」
レイシアは、まだ少し困惑していた。
牢獄エンドを受け入れた後の展開は、怒涛すぎて自分の脳では処理仕切れなかった。
「……えぇ、混乱しているわ」
そういうと、ロイドはテーブルのチョコレートを皿に乗せ、レイシアの口に運んだ。
「まぁ、甘い物でも食べなよ」
「ん〜、美味しいわぁ」
レイシアが幸せそうに笑い、いつも通りの表情に戻る。
「美味しさに浸っている場合ではないわ。これから、どうなるのかしら?」
「さぁね。僕は、陛下の命令通りお灸を据えた訳だけど… まぁ、今考えても仕方ないよ。それよりも…」
ロイドは腰を屈め、優しくレイシアの髪に口付けをした。
「一緒に踊ってくれませんか?」
その後、学園内では王位継承権が第2王子に移ったことや、ゴブリン令嬢の退学、図書館の天使の話で持ち切りだった。
もう地味眼鏡姿でいる必要のないレイシアだが、今も変わらずこの姿なのは可愛い弟の頼みだからだ。
こうして、学園内の環境が変わってもレイシアの日常は変わらない。今日も読書の毎日である。
続編を書く予定はないです。