参ノ巻〜再会〜
「暇だなぁ……」
今日は朝から孝介がいない。急に本所から呼び出しがかかったとか。置き手紙通り、大量の朝飯を済ませて研究室の掃除・住居スペースの整理もやった。以前なら、未処理の会議書類をパソコンでせかせかと作っていただろうが熊の俺にそれは降りかかって来ない。
……ガチでやることねぇ……
それで今俺は貫禄のある身体でダラダラとソファを占領しているわけだが……考えると無性に空腹がやってくる。この胃袋だと尚更。くだらない思考でもシステムは正常に作動するらしい。
「ったく……やってらんねぇなぁ……動くとすぐミールタイムかよ……」
生物的反応には抗えない。……もっとも、そのせいで肉団子熊に成り果てたんだか……
「えっと確かここにポテチが……」
過食を防がんと自分も届かない高い位置の棚に隠した孝介。
だが甘い。俺は高身長だからな!
「いっただきま〜……」
袋を開けて最初の一口を運ぼうとしたその時だった……
「ただいま〜!」
「ヤベっ!」
あー……これは万事休すか……
「いいよ、そのまま食べてくれて。だってそれなら簡単に取れちゃうもんね。」
「は……?」
予想外過ぎて言葉が出なかった。ってお前……!
「会議は……⁈」
「まだあるけど……ひとまず先にこの子を家に入れてあげようと思って……」
ずっと顔しか見てないから気づかなかったが、孝介が手に持っていたリードを離して繋がれた犬に何やら話しかけていた。けど、袋に手を運んだまま聞いていたので内容までは理解していない。
「誰だ、そいつ?」
犬の方を見ると茶色にも金にも見える毛並みと何よりデカさがある見受けられた。
「この子はシェパードらしいんだけど……見立てによれば、産まれた仔犬が棄てられてそのまま野生下で成獣化したみたい。…でもさ、珍しいよね〜。野生にここまで成長出来る環境があるなんてさ。」と首を傾げていた。
「前々からこの子の里親兼研究を上から頼まれてて、今日は引き取りに行ってたんだ。でさ、同じ動物なら意思疎通できるんじゃないかなぁと思って兄さんに頼もうと思って。」
「へぇ……」
それだけ伝えて孝介はまた足早に外へ出て行った。
「よろしくお願いします……」
それから程なくしてシェパードに挨拶される。
「あ、こちらこそよろしくお願いします!」
……いや、待て?この声どこで聞いたような……
「あの、失礼ですが……前にお会いしましたっけ?」
「さぁ……」
丁寧語で訊いてはいるが俺には確信があった。
「お前……三橋か?俺だよ!……声低いからわかんないかもだけど矢本佑だ!」
「えっ、たっさん⁈」
相手も名前でピンと来たのか少し驚いていた。
「……デブりましたね……」
来るとは思ったけど、こんなノンオブラートだとは……
「あのさぁ、やんわり言おっか……流石にダメージデカいわ……」
「……すみません!見た目激変だったんで……」
「……ぐうの音も出ない。」
三橋は俺の会社の後輩でよく俺のヘマの尻拭いをしてもらっていたやつだ。彼もまたハラスメントに耐えかね、辞職した。
「ってことはたっさんも……切り換えたんですね?」
「おう…」
「にしても何で熊に……」
「ほら、部長が威張りちらしてたあの雰囲気を味わってみたくてさ。見せかけだけでもデカくなりたくて……」と頭を掻きながら下を向く。
「たっさんらしい。」三橋はあの頃と同じような聞いてるような流してるような態度だ。
「どうも……でお前は?」
「僕は、犬でお任せって言ったらこれに……最初は戸惑いましたけど、一週間ぐらいでもう慣れましたよね、デカい身体にも。」
何だと?俺が会得するのに1ヶ月かかったものを一週間?……負けた……
「お前は何でも飲み込み早いんだな……」
「まぁ、デカいやつ同士仲良くしましょうよ〜また会えたのも何かの縁ですし。」
本当にこいつは話をシメてやる気にさせるまでの時間が早い。別の人種だな。
「でも俺みたいな巨漢とお前みたいなガチムチは違うだろ……!」
下腹を摘んで悲痛に訴える。
「たっさんはそのままでいてください!俺、モフりたいんで!」
変わんねぇな、本当に。
「んだよそれ!結局お前もか……」
「じゃあ、等価交換で俺の尻尾を……」
「いらん。」
「ええっ!そんなぁ……」
何処が等価交換だよ……俺の腹の方が断然気持ちいいっての!……何言ってんだ、俺……
「……たっさん、改めてよろしくお願いします!」
「おい急だな……よろしく。」
まぁ、これでひとりぼっちは回避か……
……「ふふっ、もう仲良しになってる……よろしくね、ラッキー!」