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bear's rock  作者: tomo
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弐ノ巻〜Goodnight My Teddy〜

「……ん?」

カーテンから差し込む柔らかな光に目がさめる。

僕は視界の両端に見える、モカブラウンの毛布……兄の腹の上から身体を起こす。こう言ってしまうと爽やかではなくなってしまうが、人間を辞めた兄の種族譲りな巨体からは優しい香り、僕がまた感じたかった兄の温もりが、あの頃の何十倍にも増幅して届くのだ。

「おはよう、兄さん。」

もう言えないと諦めていたこの言葉を噛み締めながら呟く。

「おはよ、孝介。」声のトーンが低くともあの頃と同じく包み込むように返してくれる兄さん。この時期は普通の個体なら、まだ巣穴の中に留まっている頃だ。それを感じさせるように大きな身体で欠伸と伸びをする彼に「まだ寝てていいよ、時期的に辛いでしょ?朝起きんの。」と訊いてみる。

すると彼は至極当然だとでも言うように「だって、お前の顔見たいし」とまるで付き合いたての彼女に向ける如く言っていた。

「ははっ、なにそれ?」と小さく笑い朝食の準備をしていると、過敏になった鼻で嗅ぎ付けたのか、「早く喰わせろ」と言いたげに動き回っていた。

「ちょっと待ってなよ。ちゃんといっぱい作ってあるから!」

もう少しで吠えそうになる兄を制止しながら山のようなトーストを机に置く。僕の朝食はまず兄の食べっぷりを見ることから始まる。

待ってましたという空耳が聞こえるぐらいの猛スピードでトーストを貪る姿は流石の貫禄である。

とても焼肉屋に誘うたびに胸焼けを起こしていたやつだとは思えない。

「……何見てんだよ……いいだろ、腹減ってんだから……」

「いくらそうだからってさ……50枚食べるの見たことないよwwwその調子だと700も目前だねwww」

「言いたい放題……熊にだって羞恥心はあるんだからな……変なとこ抉んなよ……」

羆……いや灰色熊グリズリーとしてはその素体でさえ規格外なくせにその旺盛すぎる食欲なら1tも夢ではないんじゃなかろうか。

それに加えてこの半ベソ状態。兄さんには申し訳ないが抉らずにはいられない。

「……じゃあ、これで終わり!」

兄さんの育ちすぎた太鼓腹に手をかけ弾いてみる。

パンパンに膨れ上がったそれからはポン、と既製品にも劣らない綺麗な音が鳴った。

本人も贅肉のことは気にしているのか、「……そうだよ、どうせオレは食欲抑えらんない超デブ熊なんだ……背中にも肉あるし……」と愚痴を零していた。

「ごめんごめん。流石にイジり過ぎたww」

「お前なんか知らね……」

そう言いながらも最後の1枚を口に運んでしまうのは彼の、いや種族の性なんだろうか。

すると、彼はまだムスッとした様子で、「お前も変わったな……」と睨んでいた。

「何で?」

「前まではこんな小言言わなかったのに……」

次の瞬間、兄さんはこんなことを訊いてきた。

「なぁ、お前は……オレが熊になんない方が良かった?」

嗚呼、今君は僕が一番答えずにくい質問をしたね?

兄さんは、成人してから勤め先に従事するようになった。手際なんてものは矢本佑の辞書には載ってないはずなのに。伝え聞いた話だが、親元を離れてからというもの、得意先には迷惑をかけ、毎日土下座と始末書のオンパレードだったらしい。そんなんだったら白羽の矢が立ったって仕方ない。上の二つに加えて降りかかる心無い罵詈雑言に彼の自尊心プライドは風の前の塵に等しかったはず。

それでも地べたを這うように何処から湧き出てくるかわからない根性で進んでいっていた君を僕は心からの敬意を払っていた。当時中坊の僕は「あんだけ頑張ってんだから、連絡くれないのは、構ってくれないのは無理もない」と我儘を封じてきた。

しかし、そんな奴からいつかぶりに音沙汰があったかと思えば、待っていたのは重度肥満の熊一匹。

初めは夢だと思っていた。度の過ぎた悪戯だって。

でもそんな自己暗示も虚しく、話せば話すほど貴方であることが露呈されてくる。

それを自覚したら、貴方への失望、軽蔑その他諸々の悪しき情が込み上げてくる。

少なからずそのひたむきな姿勢に憧れていた者に対しては、むごい仕打ちだったと思うよ?

引っ越し初日のあの喧嘩(というか僕が一方的に仕掛けたものだが)で言ったことも一応本心ではある。

でも一度頭を冷やして再考してみると、妥当だと思えてしまう。もう綺麗事を言いながら痩せ我慢するのさえ出来ないほど粉々に砕けた心の前にあの選択が来たら選ばない訳がない。僕だってそうする。

塾考すればするほど、兄さんは然るべき決断をしていた気がするのだ。

こんなことを考えている僕を見つめる獣の顔は身体に似合わず覇気のない表情をしていた。そんなしゅんとした目で見ないでくれよ……

君は【理想を打ち砕いた裏切り者】でも【自分の意思で努力し続けた勇者】でもなくなってしまった。

残ったのは実の兄という肩書きだけ。

総じて捻出された僕の解答は…

「わかんないよ、そんなの。」

これが僕にできた精一杯だった。どっちでもなくなった以上これしか言えない。

相手の方は拍子抜けしたような、胸を撫で下ろしたような面持ちで「そっか。」と息をするように言った。

僕も訊きたかったことを言ってみる。

「じゃあ、兄さんは……僕が兄さんと同じ未来を歩くとしたらどうする?」

僕の勝手な推測では、この決断を兄さん自身も容認も後悔もしていると思っていた。

だから、やめろとか、オレの二の舞だぞとかいう言葉くるかと身構えてた。

でも違った。

「どうっていうか……お前が選択きめればいいだろ?」

まるでもう口出しはしないと言わんばかりのものだった。助言をくれないという風にもお前の未来なんだからお前に委ねるという風にも聞こえる言葉にただ一言

僕は「兄さんらしいや。」と零していた。

「その代わり、もし本気ならオレよりデブれよ!そうだなぁ、1tいくまて喰わす!」

よっぽど虫が悪かったのか……子供っぽいな……

「いいよ。でも、そうなれば体支えるために兄さんよりデカくなるよ?それでもいいなら。」

「それは……なんか癪に触るな。」

「どっちなんだよ!www」

気づけば馬鹿馬鹿しい雑談で夕日が傾くまで話こけていた。夕飯はやっぱり兄さんが、昼の分を取り返すようにがっついていた。そんな様子に懲りずに僕は「抜くのも一苦労しそう」と茶化していた。

満腹で睡魔が襲ってきたらしい爆睡中の兄に布団をかけてやる。

「お休み。僕のクマさん……それとごめん。初めて嘘つくかも。」

もう腹は決めていた。もし同じように生き迷うことがあれば、いや、なくても覚悟ができたら兄さんと同じ未来を歩くと。

貴方は望んでないのかもしれないけれど、僕が本当に生き迷わないためにはこれが最善だと思ったから。

兄より数段デカく、肉を蓄えたぼくの姿を思い浮かべながら僕も眠りにつく。

その日はすぐそこまで来てしまっている気がするけど……


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