〜第1巻〜
あなたならどう答える……?
〜零ノ巻〜怪奇な出店
もう何もかも嫌になった……生きていても仕方ない。
仕事も上手くいってないし……できる事ならやり直したい……そんな風に生き迷っている人間に【最後の選択】を与える出店があるらしい。もし、そんな選択があったとしたら……あなたはYESと答えられますか?
かくいうオレ、矢本佑も、仕事で度重なるヘマをやらかして半強制的に辞めさせられた。まぁ、上司のパワハラも酷かったし願い下げ状態だったんだけど……
はぁ、人生やり直せたらなぁ……なんて子供じみた愚痴をこぼして、自己嫌悪に陥っていると、目の前に急に妖しげな出店が佇んでいた。急にというのはオレの主観なので確かとはいえないが、それは突然だった。
「人生切換場?」
またもや妖しげな感じのする看板に目を細めていると、小柄な男性が暖簾の中から顔を出していた。
「そこの旦那、アンタ……生き迷ってますね……?」
男子はニヤリと笑いながらオレに話しかけてきた。
「いや別に……」
「嘘おっしゃいなさんな。旦那の顔にはっきり書いてますよ〜?そこで、アンタに提案がある。百円さえ払ってくれれば貴方の望み、叶えて進ぜやしょう。」
望みを叶える?いくらなんでもそんな胡散臭い話誰が信じるんだよ!
「いや、本当にいいから……」
オレが彼の手を振り払おうとしたその時、彼はこんな言葉で勧誘して来た。
「マジですか?せっかく【人生をやり直すチャンスを与えるって話なのに】?」
オレは暖簾へ戻る脚をゆっくりと止める
普段なら子供騙しとして受け流すこの言葉が、何故が魅力的な、自分にとって必要な言葉だと感じてしまったのだ。
「本当に……やり直せるのか……?」
「ええ、でも【人生】となるとちょいと語弊がありますが……」
「語弊って?」
「この話を受けると、旦那は動物として生まれ換わるんです。人間だったことを忘れちまうかもしれませんけど、それでもいいんですか?今ならまだ……」
ここで引き返したって、いずれにしろ破滅する未来は見えてるんだ……どうせ変わんないなら、今換わっておいた方がいいような気がした。オレは彼の言葉を遮ってこれを呑む。
「いや、やる……多分、壊れる事には変わりないから……」
彼もまた、意を決した様にこちらを見た。
「本当にいいんですね……じゃあなりたい動物を言ってみてください!」
そうだなぁ……どうせならデカい奴で行こう!
「クマ……とかかな?」
「熊ですか……?旦那、そんなことしたら人前出れなくなりますよ!」
「いやいい!大盤振る舞いだ!」
人間としての最期ぐらい大仰な事言ったって許されるよな……?
「……分かりました!そうと決まれば、この絡繰の中へ!」
ただの箱の様に見える絡繰の中には椅子が一脚あるだけ。オレはその椅子に覚悟を決めて座る。
「では……奇々怪界なセカンドライフへ、お一人様、ごあんな〜い!」
ガコンッというレバーの音が聞こえるとオレは気を失ってしまった。
おお、これはデカい……絡繰ギリギリのサイズになってる。旦那……旦那!
「ん?なんだぁ……?」
「うわっ、喋った……!」彼は何故が腰を抜かしていた。
「何で驚いてんだよ、っていうか、何も変わってないじゃねぇか!金返せよ!」
彼は懐疑に満ちた目でオレを見ながら言い放った。
「変わってないわけないじゃないっすか〜、今のアンタ、物凄い野太い声してますよ!」
そう言われてもう一度声を出してみる
「あ゛……」確かにすっげえ低い……
「そんな気になるんだったら鏡、見ます?さっき持って来ましたから……」
その鏡に行く間の足取りも重怠かった。
鏡の中に立っていたのは、よく言えば屈強な体つき、悪く言えば、ギリギリまで肥え太った熊の姿だった。
「コレが……オレ?」思わず腹の肉を摘みながら確認する。
「そうですよ〜、しっかしたまげたなぁ。何のペナルティーも受けずに帰ってこれたのは旦那が初めてです!」
「ペナルティー?」もう既にこの姿が滑稽すぎるペナルティーなんだけど……という言葉は飲み込んだ。知らぬ存ぜぬでは通せない。選んだのはオレだから。
「実は、人生を切り換えるのは人だった事を忘れたり、人語を話なせなくなったり、あるいは両方で完全に動物化しちゃうことがあるんです、でも旦那はそのいかなるペナルティーも跳ね除けてここにいる。どうやら旦那には相当な妖力があるみたいですね。」
「そんな危なっかしいものだったのか……」
「ノーダメージ記念に打ち明けますと、オイラ、化け猫なんです!たま〜にこっちに顔出しで、生き迷ってる人間をこんな感じで動物化してあげてるんです。」
そう言い終わった後に見えたのは二足で立つ猫の姿だった。
だが、重大な事があった。……帰れない……
「なぁ、ところで帰りはどうすれば……」
「さぁ?山に住み直すもよし、チャレンジ精神で家に帰ったり……決めるのは旦那です。」
猫は表情一つ変えずにオレに微笑む。
いや、待て……?1人だけアテがある!
「どうしたんです?」
「保護してくれそうな奴がいる!」
オレはいそいそと携帯を取り出しその人物、弟に連絡しようとした。弟はオカルト系が好物の異端な科学者である。実情を見せれば一発で信じるだろう。
でも、電話したとて『詐欺なら間に合ってる』と切り返されるだけなので、仕方なくメッセージアプリを使う。
オレは慣れない手つきで熊になった事と証拠写真を添付する。鋭すぎる爪で液晶ごと突き破らないかヒヤヒヤした。
返信はすぐに来た。
『Wow.自撮りする熊発見……これは兄貴だわな…場所どこか教えて?迎えに急行します。』
ほらな。マジで食いついた。きっと目を輝かせながら来るだろう。
「連絡つきました?」猫は場を見計らったように声をかける。
「あぁ、バッチリだな!」
「このことは話してもいいですけど、ネットに載っけないようにして下さい。後さっき、臨時ペナルティー付けときました。」
こう忠告され名刺を渡すと猫;猫又は屋台ごと消えてしまった。
「うわっ、本気で熊しかいないんですけど……」
車から出てきた弟、孝介は若干引き気味で呟いた。
「で、オレはどうなるんだ……?」
「もう、管理許可の手はずは住んでるから見つかっても大丈夫!まぁ、訳ありの熊ってことにはなっちゃうけど……」
その言葉に安堵しているオレは威厳なんか一つもない。
「全くさぁ、僕が動植物観察の研究してなかったら今頃見つかって銃殺だよ?感謝してよね。」
その後に「すごい体型wwwガリガリだったなんて信じらんないよwww」と言われたのがムカついたが、今は何を言われてもいい、最悪の未来は免れたんだから。
「お腹空いてるだろうから」と林檎を車の中で手渡される。
「これってこんなに美味かったんだな……」とつい零してしまう。
「ははっ、林檎は熊の大好物だからね〜、その感じじゃ大分熊の感覚になってるんじゃない?www」
「そうか?」
と答えつつ林檎にガブつく自分を見ていると、尚更熊に見えてきた。まさか、猫又の言ってたペナルティーってこれか⁈
……何はともあれ、居候先が見つかったことに胸をなでおろすことしかできない無残なオレであった 。
〜壱ノ巻〜真意
オレは車から降ろされると、無理矢理押し込まれる形で孝介の家に入った。
「痛って……!何でそんな強く押すんだよ!」
助けてもらっているとはいえ扱いが雑過ぎないか⁈
「ごめんごめん。でも、初っ端から見つかったらヤバいだろ?紛いなりにも今の矢本佑は、獰猛な熊なんだから。」
当人は全く悪気など全くないような瞳で微笑んだ。
「獰猛って……」
何だか対応の荒さが腑に落ちないまま、気にしていていたことを呟く。
「でも……何でこんな山奥にまで……まさか、熊だからって、隔離する気か⁈」
「違うよ〜、僕の所属してる科学機関が提供してくれてる場所なだけ!たまに山奥とかの方がしやすい仕事があるんだ。周りの人達も協力的で助かってる!」
確かにコイツは昔っから人を取り込む力があった。研究者てなったことによって、その話術に磨きをかけてオカルトじみた研究でも協力者を募ることが出来るのかもしれない。
「へぇ、そうなんだぁ……って何触ってんだよ!」
さっきから手……いや、前脚に違和感があると思ったら案の定孝介が触っていた。
「だって、野生の熊だよ?普段だったらこんなに接近した時点で御命頂戴なのに……!だから、少しぐらい堪能させてよ、熊の肉球!」
その輝いた目に免じて呑み込んでやることにした。
動物オタクにとったらこんなことは滅多にないと思うから。
そして、今度は背中にむず痒さが走った。
「あっ……あぅ……」
「どした?」
「なんか背中がムズムズする……今すぐ柱に擦り付けたい……」
孝介はここまで聞くと思いあったような顔をした。
「はは〜ん?さては、マーキングしたいんでしょ?」
「マーキング……?」
「えっ?見たことない?犬がよく電柱とかで用足してるの。」
「まぁ、少しは……」
「あれは、『ここが自分の縄張りだ!』って他の動物に知らしめるための行動で、熊の場合は、近くの木とかに匂いを擦り付けるんだ。」
鼻高々にいう孝介に対し、そんなこと微塵も知らないオレは間抜けな声をあげるに留まっていた。
マーキングなるものを済ませた後、また異変が……
「腹減った……」
今まで感じたことのないぐらいの空腹感がオレを襲ってしまったのだ。
「さっきからめっちゃ熊っぽいねぇ……なんか見繕うから少し待っ…… 」
「悪りぃ!待てないからそこの取っちまった……」
オレはいつの間にか、近くにあったカップラーメンを食べていた。
「……何やってんの⁈」
孝介は血相を変えてオレの元へ駆け寄った。
「お前の分食べちゃったのは悪かったって……」
「いや、そうじゃなくて……やっぱりそうなんだけど……違くて……なんともない……?」
「うん……何で?」
次第に孝介の顔が険しくなっていくのを感じた、何故かははわからない。
「全く、自分の人生を投げ出してまで楽になりたかったなんて……」
「……?」
「何で……⁈何でそんな危険なことばっかやらかすんだよ……!自分がどんな身体になったかもろくに知りもしないで……!身体が変わったのに人間の食べ物食べたら死ぬかも知んないんだよ……⁈理性まで売り払っちゃったわけ?何の注意も払わずに貪り漁ってる今の姿がデブ熊の兄さんにはお似合いだよ!」
だんだんうつむき加減になっていく弟の顔をオレはまともに見ることが出来なかった。
「……ごめん。」
ただ、それしか言えなかった。鏡に映る自分の姿がやけに醜く感じたのがわかる。
「謝るぐらいならなんか反論しろよ!そんな弱っちいから会社の犬になんだろうが!図体だけデカいだけで、向こう見ずで、無鉄砲でバカなところは何一つ変化ないじゃん!……せめて、話ぐらい聞いてよ……信じてよ、俺のことさぁ!」
もう反論のはの字も出ない。人間だった頃はお前に何度も尻拭いをさせてきてしまった。情け無い。今のオレにはゆっくり抱きしめることしか出来なかった。
「ごめんな……出来損ないで……」
「ううん、僕もごめんなさい……兄さん、人間辞めたいぐらい辛かったんだもんね……しょうがないよ、兄さんの気持ち、僕が一番わかってたはずさなのに、つい……もう十分頑張った。あとは僕に任せてゆっくり楽しみなよ。」
ここまで絶望させたのにまだ慕ってくれるのか……
本当にいいやつだよ、お前は……
「って、じゃあ……オレはこれからニートになるってこと⁈」
「まぁ、そうなるかな。だって、再就職なんて無理でしょ?」
「そうだけど……あっ、お前の手伝いなんてどうだ!」
「えぇ……あったかなぁ、熊にできる仕事……?一つあるな!」
「なんだよ?」
「僕のベット。寝てみたかったんだよねー!」
「それってニートと変わんねーじゃん……」
話している内に2人にはいつもの笑顔が戻っていた。
夕食の事を聞くとさっき人間のも大丈夫だってわかったから、と普通の食事を快諾してもらえた。
本当、弟の懐の深さには頭が上がらないなぁ。
いずれにしろ、オレ達の絆を再確認出来たことは間違いない。