女神の花弁
綺麗な花に囲まれたその庭園の中心部にある神殿。透けた壁越しに見える女神像は完璧な美を表して、その微笑みは全てを許すような慈愛で満ちていた。誰も立ち入ろうとはしない神聖なその空間に踏み入れば、ざわりと空気が変わった。
「あら、今日の貢ぎ物は随分と豪華ね。」
どこからともなく聞こえてきた小鳥の囀りのような、控えめになる鈴の音のような声。
「そろそろ女神様の生誕祭が近いですから。」
女神様の生誕祭。またの名をイルジオーネ。女神様の誕生日であり、日頃の加護の感謝にお祭りをする日である。街中がお祭り気分に包まれ、国から王族がやってくるような大きいお祭りで、それだけこの街の女神様はこの国にとって重要な神様なのだ。
「ああ、どうりでここ最近みんな騒がしいのね。私、毎年届くあの長ったらしい祝辞嫌なのよね。祝辞って気持ちを伝えるものであって、長ければいいというものではないと思うの。」
少しうんざりしたような声で祝辞に対する不満の声が響く。どこから入ってきたのか、花弁がふわりうわりと舞ってくる。どこかで見たようなその花弁に目を奪われる。どこで見たのだろうか。思い出せない。
「女神さまのための祝辞なんですから、そんなこと言っちゃだめですよ。」
脳裏に何かが過る。いつ見たかわからない美しい花畑。遠くに誰かがいた気がした。
「そうね。女神として感謝は受け取らないといけないわよね。それで、今日の感謝は何かしら?」
ふわりと舞う花弁の隙間から現れたその女神様は、像と変わらない慈愛の笑みで聞いてきた。
その何色にも染まらない瞳は加護するものだけを映す。光なき場所でも輝くその髪は加護するものを魅了する。全てを許すその両腕は慈愛を持つ。花弁のような唇は慈愛を紡ぐ。
女神フェリチータは慈愛の女神。女神はその名の通り慈愛を体現する。
「隣街だけではなく、隣国からも来ているみたいですね。流石は女神様、国境すらも超えますね。」
像に凭れるように座っている女神様に賛辞を送れば少し驚いたように目を見開き、わざとらしく口元に手をやる。
「あら、神でも万能ではないわ。そんな広範囲な加護を与えることができるのは主神様だけよ。」
ころころと笑う女神様は隣国から贈られてきた織物を羽織って見せる。ひらひらと舞う女神様に合わせて織物も舞う。花弁も舞う。
「お似合いですよ。」
「ありがとう。貴方もそろそろお祭りなのだから、新しいお洋服でもお買いになさったら?郵便屋さんも当日はお休みでしょう。」
ふわり、ひらり______。
舞う花弁が酔いそうなほどの花の香りを運んでくる。
「ええ、そうですね。ですが、服を買うほどの余裕はありませんよ。」
「そうなの?なら、この布で作りなさいな。」
女神さまは深い海の底のような美しい色をした布を差し出してきた。
「こんな高価なもの貰えませんよ。どこから盗んできたのか疑われてしまいます。」
女神に押し返し、後ろ手に腕を組んで受け取れないと意思表示する。
「大丈夫よ。私から貰ったって言えば。」
「それこそ信じてもらえませんよ。貴女、他の人には見えないじゃないですか。」
「信仰深い彼らなら信じてくれたりしないかしら?」
茶化したような態度で舞う花弁をつつく女神様は少し意地悪だ。
「熱心な女神信者の言葉なら信じるでしょうね。」
花弁と共にからかいの視線も払いのける。
「それもそうね。貴方、私のこと全然信じてないものね。」
「信じてないから見えているんですけどね。なんで貴女は見える条件を信仰心の低い者と設定したのか。」
「街の人限定というのも忘れないでちょうだい。・・・・どうせ貴方には分からないだろうし、わからなくていいのよ。」
ぶわりとより一層勢いよく花弁が舞った。もう像の側に女神の姿はない。
像に刻まれた字を読み上げる、
全てに愛され、全てに信仰される女神は______。
その先は掠れてよく読めなかった。
英雄は一人、枯れた地で女神に出会う。