藤棚の下で
銘尾 友朗さま主催「春センチメンタル企画」参加作品。
現在という光から逃れるように、私は藤棚の下へ逃げ込んだ。黄緑色の葉と薄紫の優しい房が、私を被い隠してくれる。太陽の光をしぼり、本当に心地のよい適量を選んで私にそそいでくれる。見上げると、やさしい藤がそよそよゆれた。
大人になってしまった私は、嫌でも現実を見ずにはいられない。夢を見ていたころと違い、雲が晴れ、いろいろなものが見えるようになってしまった。鬱陶しいと思っていたものが、今では恋しい。園児のときに越えようとした園庭の柵などが、ふわふわとよみがえる。ブロック塀に描かれたゾウやキリンは、とても優しい顔をしていた。
深いみどりの水のなか、ぼんやりと亀の背が浮かぶ。藤棚の小部屋からのぞいている私には、一生懸命に泳ぐその姿はとても穏やかに思えた。プールに浸かっているときの音が遮断される感覚。ぷっぱん、ぷっぱん……と水が鳴る。
にごった水に隠された少しだけ透けて見える亀の背に、私はやさしい夢を見ていた。
……ずっとこの場所にいたい。閉塞的な、穏やかな……郷愁とメランコリーを否定しない、優しい場所で守られていたい……
そんなしあわせを味わったあと、私は太陽の下へ戻った。帰りに醤油ラーメンを食べると、私の感覚は現在になじんでいた。