009
残酷な描写詐欺はいかがでしたか?
さすがに予想は出来なかっただろ!!
酔いつぶれて迷惑を掛けたにも関わらず、泊まっている宿の従業員からも他の宿泊客からも暖かく見守られたロックが戸惑う事になった今日は、大事な話し合いの日だ。
予想はしていた事とはいえ、私たちが宿泊している宿はオルフォース公爵家の者で固められていると考えて間違いなさそうだ。
侍女のレオノーラが報告しなくても、他から報告されていそうだ。これも自業自得だ。ロック。
貴族や商人が宿泊するような宿には、商談や会談をする為の会議室が設けられている。
たぶん、予約制で利用するのだと思うが、今日の話し合いは既にその会議室で行なわれる事が決まっていた。
そんな場所だからこそ、公爵が護衛も付けずに入ってきたのには納得した。
「遅れてすまない」
この世界の時間感覚は曖昧だ。正確なときを刻む時計は存在しない。
そして、女性が支度するのに時間が掛かるのはこの世界でも共通だ。
私が言いたい事は、前世の感覚で1時間ほどは遅れた事にならないという事だ。
「いえ、時間通りでございます」
本当に時間通りだった。遅れてくると思っていただけにそっちの方に驚いたくらいだ。
私もこの世界にすっかり染まったと自覚せざるを得ない。
「マックスの言うように、本当に分かりやすいな」
分かりやすいは、私の表情で何を考えているか読みやすいという事だろう。
………田舎貴族だった私に社交界なんてお洒落な世界は存在しない。小さな事に一喜一憂のスローライフを満喫していたのだ。貴族同士のやりとりなど私には出来んさ。
「いや、すまない」
私の表情からまた読み取ったのだろう。公爵という立場であるにも関わらず、ただの流民ある私に謝罪をしてきた。
「なるほど、確かにこれは事前に教えられていなければ、私も騙される所だ」
私が何を騙したのだろう?
腹芸など出来ない清廉潔白の身だというのに。
「何度もすまない。まずは私の自己紹介をしよう」
私との表情だけの会話に満足したのか、公爵が話を進める。
「私はアウイン=オルフォース。先日、君に迷惑を掛けたラピスの父だ」
公爵の挨拶を出来るだけ無表情になるように聞く。………ように努力してみる。
「今日は公爵としてではなく、ラピスの父として来ている。礼儀については容赦して貰いたい。クロムウェル=リヒュルト君」
あ、ダメだった。自分でも眉がピクッ!っと動いたのが分かった。
公爵を見ると、その顔が私の努力が無駄だった事を物語っていた。
「今はただのクロムウェルです。オルフォース公爵閣下」
現在の状況でもっとも無難な挨拶を選び、こちらも挨拶をする。
「さて、私の挨拶も終わったところで、君の疑問に思っている事から話をさせて頂こう」
私の疑問は山ほどある。
まずは公爵が来訪した目的。その目的が権力抗争に繋がっているのか。
オルフォース公爵家が抱えている問題。それに対する気まぐれ草の価値。
強欲ピーマンについて。そして、何故あのように公爵家の不利になるような噂を流したのか。
それに本日同席しているお嬢様の顔色の悪さ。その理由。
私の後ろにマリーが控えているように、公爵の後ろにマックスさんが控えている理由。まあ、これは身につけているのが執事服だし、前回のことがあるから予想はしていた。
他にも、この短い挨拶の間に新しく増えた疑問もあわせて山ほどある。
「これは驚いた。一体どれくらいの事を今の一瞬で考えたのだね?」
ん?
なるほど、さっきの話の切り出し方は私の表情を見て何を話すか決める気だったのか。
「察しの通りだ。こちらも僅かに伝えるだけで殆ど正確に意図を読まれている事に驚いているよ」
これは素直に賞賛として受け取るべきか?
「ここはマックスの提案どおりに、私たちオルフォース公爵家の立ち位置について話をさせて頂こう。そうすれば、私たちが君たちに害意がないと伝わるはずだ」
そう公爵が告げてマックスさんの方へ指示を出すと、控えていたマックスさんが前へと進み出る。
「既にご想像いただいているようですが、改めてご挨拶致します。オルフォース公爵家の執事をさせて頂いております。マックスでございます」
「マックスは元我が家の執事長だったのだが、キーマン商会の前会長が亡くなってその後任の穴を埋める為に、数日前まで商会員を務めて貰っていた」
「今の執事長は息子が務めております。そして、先日での商会では大変失礼を致しました」
これについては、考えていたとおりで納得できる話である。
「マックス様が悪いという事はありませんので、気にしないで下さい。今のマックス様の立場は一時的に執事に戻っているという事ですね」
「その通りでございます」
ここまでのやり取りで口を開いていないのはお嬢様だけである。少しだけ視線を向けると明らかに怯えたように身を縮める。
私は別に苛めているつもりはないのだが………。
「あやつも反省している。そう苛めないでやってくれ」
だから、苛めていないって………。それにしてもこの公爵様は偉くフレンドリーな感じだ。
「この場で公爵閣下と共にいらっしゃっているので、私たちに害を為すつもりはないという事なのは分かっております」
そして、謝罪を行なうタイミングを待っている事も。
「うむ。話が早くて助かる。ラピス」
話を長くしているのあんただ。おっさん………と思ったが、顔に出る前に考えるのを止める。
「クロムウェル=リヒュルト様。この度の多大なる我々の身勝手な振る舞いをお許し下さい」
公爵に促されてようやく言葉を発したお嬢様は、死刑にでもされるの?ってくらい顔色が悪かった。
「既にお噂は耳に入っていると思われますが、クロムウェル様を脅迫いたしました元代表のキーマンは既に捕縛され………」
うん。絶対に公爵家がその噂を撒いたよね。公爵家に不利になりそうな噂を撒いた意図は読めていないけど、それも教えてくれるって言っているし。
とりあえず、聞くだけ聞こう。
「昨日、取調べを行なっておりました詰め所で病死いたしました」
ブホッ!
いや、お茶を吹いたりしていないよ? 心情的表現という奴だ。
そして、落ち着け私。これって絶対に私たちが処分しましたって言っているようなものだろ。
お貴族様怖ぇよ!
まあ、あの噂が流れた時点で、一介の商人という身分の者が公爵家の者に手を出そうとした時点で、極刑かそれに近い扱いだろうとは予想していた。
まさか、私の謝罪に合わせるだけの為に、こんなに早く動くとは本当に予想外だ。
色々と公爵家の本気度が分かって、マジで怖ぇよ!
「つまり、私たちに害を為そうとしている者は、もういないという事ですか?」
「はい。それと口封じでもあります。聖女の雫は栽培されたものではなく、採取されたものとして取り扱っておりましたので」
あっさりと口封じとおっしゃったよ。このお嬢様!
前に会った時は、ただの傲慢なお嬢様っぽい感じだったのが、今はただただ怖ぇよ!!
ちなみに聖女の雫ってのは気まぐれ草のコールウィン公国での正式名称だ。気まぐれにあちこちで咲きやがるので、国ごとに違った名前を持つ面倒な草だ。
まあ、こんな事を考える程度には、怖いが余裕はある。
「………………私たちの安全を保証するという事と、お詫びとして我が家の力になるというのは、この国としてですか?」
「いや、公爵家としてだ。ただ、我が家の望みが無事に成されれば、リヒュルト家の復興を確約しよう」
私の質問の答えは公爵が返してくれる。
公爵もお嬢様も、最初に私を呼んだ際に、家名を付けて呼んでいたのは、そういう事だ。
公爵家の後ろ盾が得られれば、それなりに復興の為の手段はあるのだろう事は分かる。
だが………。
「私が欲しているのは、より確実な私たちの安全です。権力争いの駒は御免こうむります」
自業自得な相手とはいえ、あっさりと人ひとりをあっさり殺した相手だ。ここは断るのが良いに決まっている。
それに第1王子の婚約者候補という噂だ。候補はオルフォース公爵家以外の公爵家も合わせて計4名いる。
つまりは権力争いだ。その道具として優秀なのが気まぐれ草なのだろう。
公爵家の権力下での保護は確かに魅力的だが、敵も公爵家なのだ。ここは関わらない方が良いのは間違いない。
問題は公爵自らが動くほどに、気まぐれ草の価値が高い事だ。この先、どうやって切り抜けるべきか………。
「いや、すまなかった。我が家の立ち位置とクロムウェル君の誤解を解いておく必要があるようだ」
私が明確な拒否を示した事で、公爵側は別の懐柔案を提示するのだろう。
しばらくは面倒なやり取りをしなくてはいけない事に、げんなりとする。
「まず、権力争いをしたい訳ではない事を理解して貰いたい」
公爵の言葉を信じてると仮定しても、次期大公の座を巡っての権力争いしか思いつかない。
「具体的には、娘のラピスは第1公子殿下の婚約者候補であるが、我が家はその立場を解消したいと思っている」
ん?
権力を放棄したいって事?
「あの方が大公になれば、国が傾く。我が公爵家だけではあの方を支える事も出来ない」
ん?
もしかしてテンプレ馬鹿王子様の婚約者候補って事?
「評議会でも、あの方を次期大公として承認しないと結論が出ている」
はい。馬鹿王子確定ね。いや、馬鹿公子か。
「つまりは………。次期公妃争いではなく………」
「あぁ。第1公子の公爵家同士の押し付け合いだ」
これって、もっと面倒ごとに巻き込まれてない?
-後書き-
やっぱり、馬鹿王子を出さないと書いていて面白くありません。
馬鹿王子と書いてスパイスと読みます。
物語における調味料です( >д<)、;'.・




