006
2月23日は2話更新しています。ご注意下さい。
「疑問にお答えするなら、クロムウェル様がお手紙で年を偽っているのと同じですわ。私はそれが性別も偽っていただけの事です」
凛々しく答えを教えてくれたラピスラズリと呼ばれたお嬢様は、顔を見ただけではどのような感情か判断できない状態でこちらを見ていた。
表情の読み合いでは、分が悪いのは確実という事だ。
「さようでございましたか。マックス様が副会頭の3人の中で1番下の位置にいるという事は、もう1人の副会頭もそういう事なのですね」
手紙のやりとりをしていた人と違う人が交渉していた理由も良く分かった。
本来であれば、強欲ピーマンが事前に説明した上で、紹介する予定だったのだろう。
またしても私の表情から察したのか、お嬢様は強欲ピーマンを「使えない豚め!」というような目で吐き捨てるように視線を向ける。
本物の貴族というのは本当に器用だという感想を持った。
「ご推測のとおり、もう1人は私のお父様になります。私に関しても実際にアルムステルという人物は実在しており、国に税も納めております」
この国の法律は良く分からないが、きっとその対策なんだろう。
実物アルムステルは、既に仕事を引退した人とか、きっとそのあたりだとも推測できるが、この推測に意味はない。どうせ会う事はないのだから。
「では、この場ではアルムステル様とお呼びした方が宜しいでしょうか?」
「そうですね………。ラピスラズリとお呼び頂けますか?」
あぁ、はいはい。そっちがその気なら、こっちにも打つ手はありますよ。
「ラピスラズリ様。これまでキーマン商会を通して、薬草をお買い上げ頂いてありがとうございました。せっかくお会いしましたが、キーマン商会との取引は破談となりましたので、失礼致します」
「あっ」
私が素早く退席の理由を述べた事で、このお嬢様に止める術はない。
お嬢様はラピスラズリと名乗ったのだ。キーマン商会のアルムステルではない。
貴族の権威で一度足止めを行なえたからと言って、同じ手が何度も使えるものではないのだ。
商会を通しての取引相手だろうと、正式に商会を通して紹介された訳ではない。………………駄洒落じゃないぞ?
「お、お待ち下さい。クロムウェル様」
先ほどまで全く表情が読めなかったが、私が強い拒否を示した事でそれが崩れたようだ。
私としてはお貴族様に関わりたくないし、家族に危害を加える可能性のある者たちなら、なおさらに関わりたくない。よって早くおうちに帰りたい。………帰る家はないんだけどね。
「申し訳ございません。初対面の貴族のお嬢様が知らない者とお話になられるのは醜聞に関わる事と思います」
私はお前なんか知らないよ。調子に乗るなと………きっと貴族の中でも偉い方だと推測できるこのお嬢様に敢えて完全な拒否の姿勢を貫く。
まあ、不敬罪になって収監されるなら、互いにもう会う事もなくなるだけだ。
それに私が居なくなれば、家族には危害が及ぶ可能性がさらに低くなる。幸いな事に貴族の欲している薬草に関する荷物は商会の馬車の中にある。
私以外の者が栽培方法を全く理解していないのは、マックスさんが話してくれるだろう。
そんな私の覚悟を、このお嬢様はどこまで察せただろうか?
「お話の途中で申し訳ございません」
私の雰囲気と言葉から拒絶をハッキリと感じたのだろう。その表情に最初にあった余裕は全て消えたお嬢様に代わって、マックスさんが口を開いた。
「この度は、キーマン商会の者がクロムウェル様へ対して、大変に失礼を働きました事を謝罪させて頂きます」
マックスさんへ私の視線が向いたところで、謝罪を口にしてそのまま頭を下げる。
その態度に気付いた他の従業員達も頭を下げる。………強欲ピーマンは悔しそうにしているだけだ。
「そして、お嬢様。まずはキーマン商会としてクロムウェル様にこの件のお許しを頂くのが先かと存じます」
謝罪をして私からの言葉を待つのではなく、マックスさんは次にお嬢様へと注意を促す。
その態度から見て、マックスさんはこのお嬢様の商会内における教育係でもあるのだと分かる。そんな人物がお迎えにきていたのか、これは気まぐれ草の価値は私が想像していた以上なのだろう。
また、私がお嬢様に対して、アルムステルと呼んだ方が良いかと聞いた時は「責任を取る気はあるのか?」という意味でも聞いている。
このお嬢様がそれを察せたかどうかは、今の様子を見る限り、どちらかは分からない。
ただ、自身の名前を呼ぶように告げた事で、貴族としての権威で従わせられると判断されたと私は考えた訳だ。
その様子をマックスさんは正しく理解していた。
先代から商会を引き継いだ強欲ピーマンではなく、マックスさんが実質的に商会を支えているのはもう明らかだ。
他の従業員は会頭を無視して、マックスさんの挙動しか見ていないしね。これで分からなければ、ただのアホだ。
「………そうですね」
マックスさんの言葉を聞いて、表情が読めない訳でもないが、また別の読みくい顔を作ってお嬢様が返事をする。
「商会の件、そして、私の態度について謝罪させて頂きます。申し訳ございませんでした」
今度は私の方が戸惑う番であった。
貴族のお嬢様が、言葉だけではなく深く頭を下げてまで謝罪をしている。………最初の謝罪は言葉だけであった。それも貴族が平民に対してなら、それが当然であるのだが。
「クロムウェル様にとって、お嬢様は現在、家族に危害を加えようとした元凶。またはその指示を出した者と誤解を受けていても不思議ではない状況でございます」
お嬢様が下げた頭を上げず、私も言葉を発しない為、マックスさんがさらに現状を分かりやすく説明してくれる。
まあ、強欲ピーマンへこのお嬢様が指示を出したとは今は思っていないが、最初は黒幕かとも考えていたのは事実だ。
「本当にマックスの言うとおりね」
マックスさんの言葉にようやく頭を上げたお嬢様は、そう呟く。
「考えてみれば、しっかりとした自己紹介も致しておりませんでした。大変失礼を致しました」
そう言って、再度深く頭を下げる。
「私はラピスラズリ。コールウィン公国で公爵の位を賜っております。オルフォース家の長女でございます」
今度は貴族らしい淑女の礼を行なう。
公爵家か………。元貧乏子爵とも偉い差だった。
「お嬢様。お分かりになられたと思いますが、クロムウェル様は、その知能と覚悟はお嬢様とは比べ物になりません」
「はい………」
公爵家のご令嬢にこのように注意できるマックスさんは本当は何者なのだろうか?
ただの商会の副会頭ではない気がしてきた。
「当家はクロムウェル様とその家族の方やお知り合いの方に危害を加えるつもりはございません。また、私に向けられた言葉や態度も当然の反応でございますので、お咎めする事もございません」
最初に見た姿が姿だけであったので、現在素直に謝罪をされているこのお嬢様には違和感しか感じない。
「クロムウェル様。ラピスラズリ様のおっしゃっている事は誠でございます。全ての責は当商会にございます」
………このお嬢様に関しては、何も譲歩するべきところはないが、マックスさんには色々とお世話になっていた。
「分かりました。1度だけ、話を聞く機会を設けましょう」
「ありがとうございます」
私がマックスさんへ向けて、言葉を返すと他の従業員共々、再びマックスさんが頭を下げてお礼を告げる。
「お嬢様。もう1度だけ謝罪の機会を頂ける事になりました。ですので、まずは………」
「マックス。迷惑を掛けました」
2人はこの場の粗大ゴミに一度だけ視線を向けると、今度は2人揃ってこちらに向き直る。
「本日は遠いところから足を運んでいたにも関わらず申し訳ございませんでした。次回のお話の場ではこのような事がないように致します。本日のところは宿までお送り致します。次回の日程については後程、宿へとご連絡致します」
爵位の立場的にはお嬢様が1番高いのだと思うが、間違いなくこの場で総合的な力を持っているのはマックスさんだと確信した。
私にもお嬢様にも有無を言わさずに、予定を確定させたのだ。
うん。目標はスローライフだけど、マックスさんみたいな出来る男にも憧れるよね?
-後書き-
マックスさんはお仕事の関係の頼れる方の上司がモデルです。
時々マッ○スコーヒーを驕ってくれます。
「頭が働かない時は糖分が足りないんだ!」と言って奢ってくれます。
私は、なるほど! 恋愛要素に砂糖追加すれば癒されるかも!! っと頭の中で考えていたのは秘密です。