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005

2月23日は2話更新予定です。



「クロムウェル殿は、自身の立場が分かっておられないようですな」


 おっと、あまりにもその怒りに満ちた顔が醜かったので、ちょっと現実逃避をしていたようだ。それに栽培方法は企業秘密だしね。この辺にしておこう。

 そして、その言葉はそっくりとそのまま強欲ピーマンにお返ししたい。


「私の後ろには貴族が付いているのですよ。元貴族ならこの意味がお分かりになるでしょう?」


 どうやらこれが切り札のようで、先ほどの怒りに満ちた顔から、勝ち誇ったような顔に変わった。そして、やっぱり醜い。気まぐれ草を使った美容薬でこの顔は治せるのだろうか? 今度研究してみたいものだ。


 まあ、醜い顔を見ると現実逃避したくなる癖はおいて。

 私を害して、その貴族がどうしても手に入れたい気まぐれ草が手に入らなくなったら、一体どうするのだろうか? この馬鹿は。

 

 とりあえず、返事だけは返しておくか。


「いえ、まったく」


 私は田舎貴族だったのだ。普通に王都で暮らす貴族の常識など分からん。だからこの答えしかないだろう。


「なっ!?」


 私の返事に、今度は先程よりも怒りが強いのか、顔まで真っ赤になってしまった。

 ピーマンさんではなくパプリカさんでしたか。これは失敬。


「貴様が口を割らないのなら、他の者たちがどうなるか分かっているのか!!」


 ここで交渉は決裂だ。

 権力をちらつかせた恫喝程度なら、交渉の範囲内であったが、脅迫、しかも家族に危害を加えるというなら話は別だ。


「家名は失くしたとはいえ、我々も元貴族です。国が滅ぼされたにも関わらず、しばらくその国に留まった覚悟を理解されていないのですか?」


 命なら国がなくなった時から既に賭け続けている。

 他国とも繋がりのなかった私たちに、選べる選択肢なんて殆どない。


 最初に降伏を受け入れた後も残り続けていたのは賭けだった。

 そのまま、捕らえられて処刑される事も十分考えられた。逃亡しても、賞金を掛けられるか、もしくはトラブルを恐れた元領民に殺される可能性だってある。


 色々な可能性を考え抜き、僅かな噂を頼りに決断した結果生き残って、今ここにいるのだ。


 母も妹も、今回の賭けに負けて死ぬ可能性も十分理解している。

 人質に取られる事も、そして、その時は私は2人を見捨てるという事も話し合って決めている。それが1番苦しむ事の少ない選択肢と互いに理解しているからだ………。


「どうしました? 私を殺さないのですか? 母や妹をさっさと人質として連れてきたらどうですか?」


 こんな相手に、私も遠慮する事はもうない。交渉は決裂した。

 あとは生き残る為に、その瞬間ごとに最善を尽くすだけだ。


 相手は私の態度が予想外だったようで、完全に戸惑っている。

 いや、私の遠慮のない殺気に怯えているのか?


 私はこれでも領地を預かる貴族の跡取りだった。当然、領地を守る為の荒事の経験はある。当然、そこには人の生死が関わるような事も。

 それが領地を預かる事になる貴族の義務だったからこそ、その手を汚した。

 その経験がこんな所で役に立つとは思わなかった。人生何がどこで役に立つか分からないものだ。


「だ、誰か! 入って来い! こやつを取り押さえろ!!」


 商会内の交渉部屋と呼べる部屋の中で、一際大きな声が響く。

 その声に誘発されて扉が開き、数人が部屋の中へと入ってきた。


 ちなみに私は手ぶらだ。武器はおろか、ペンの一本も持っていない。


「どうされたのですか? 会頭」


 入ってきた者たちは、この商会で働く従業員のようだった。

 てっきり兵士みたいな護衛が入ってくるかと思っていたので拍子抜けだ。


 そして、入ってきた従業員の中で1番立場が高いであろうマックスさんが、私を見て落ち着いた様子で強欲ピーマンに話しかけていた。


「あ、あやつを捕らえろ!」


 そう叫ぶ強欲ピーマンに対して、マックスさんと入室してきた他の従業員が困った顔をしている。

 私は、両手を左右に差し出して、何も持っていない事をアピールしているからだ。


「失礼ですが、会頭。あの方が何か害を為そうとしているように見受けられませんが?」


 マックスさんは、どうやらこの状況である程度の事を理解しているのか、強欲ピーマンの命令を拒否する。

 

「う、うるさい! お前たちは黙って私の指示を聞けばよい!!」


 状況的に不利になると考えていたが、意外というか本当に拍子抜けで、強欲ピーマンと他の者たちとの温度差がありありと分かった。


「会頭。落ち着いて下さい。もし、あの方が何かされたというのでしたら、衛兵をお呼びします。クロムウェル様はそれまで大人しくしていて頂けますか?」


「構いません。私は特に何もしておりません。家族たちを人質にすると脅されて交渉を断っただけです。それで罪となるのであれば受け入れましょう」


 私はそう返事を返すと、マックスさんと共に入ってきた従業員達が強欲ピーマンに対して強い批難の視線を向ける。

 私の落ち着いた態度と強欲ピーマンの慌てた態度で、どちらが真実を口にしているのか一目瞭然だったのだろう。


「………………会頭。クロムウェル様のお話は本当でしょうか?」


「黙れ! こやつを捕らえて薬草の秘密を白状させれば良いのだ!!」


 正直な感想としては、よくこの商会が今日まで商売できたな。だった。


「キーマン会頭。我々は犯罪に手を貸す気はございません」


 そして、商売出来ていた理由は、下の者はまともだったからだという事も分かった。


「マックス! 貴様は分かっているのか! あの方たちがどうしても薬草を欲しがっているのを!!」


 つまりは、この後にお会いする予定だったお貴族様の命令だという事か?

 いや、私がその立場なら、こんな馬鹿にそんな指示を出さずにマックスさんに指示を出すはずだ………………。


 まあ、うん。色々と考えたが、どうやら衛兵を呼ばれても私に不利に働く事はなさそうだ。

 さっさと衛兵を呼んでもらおうかな?





「我が家は確かにあの薬草を入手するように商会へ指示を出しましたが、犯罪を犯して手に入れろとは言っておりませんよ。キーマン会頭」


「ラ、ラピスお嬢様!?」


 どうするべきか悩んでいたマックスさんの後ろから、また新たな人物が顔を出した。


「キーマン会頭。私の名前をそのように呼ぶ許可をあなたに与えていないのですが?」


「も、申し訳ございません! ラピスラズリお嬢様!」


 新たな登場人物への第一印象は、ずいぶんと耽美でハイソなお嬢様だ。だった。

 あ、ハイソはハイソックスの略じゃないぞ。ハイソサエティーの方だ。まあ、このお嬢様ならハイソックスも似合いそうではある。


 ついでに、今の会話の補足をしておこう。

 名前を略して呼ぶのは愛称みたいなもので、近しい人や家族といった者たち以外は、貴族が愛称を呼ばせる事はありえない。

 つまり、「あなたのような豚が高貴な私と同等だと思っているのですか? 控えなさい! この豚野郎!!」と言った訳だ。え? 違う? まあ、やりとりのイメージ的にはそんな感じだ。


「そして、すぐにご紹介して頂けるという話でしたが、随分待たされた上にこの騒ぎは何でしょうか?」


 この発言も補足しておこう。

 「あなたは本当に、豚以下の存在ね。高貴な私を待たせる? 調子に乗っているなら屠殺場送りにしますわよ? いえ、我が家の顔に泥を塗るような行為をしたようですから、すぐに送って差し上げますわ」だ。

 強欲ピーマンがちゃんと理解できているか心配だ。


「い、いえ。これは、手違いでして………」


「手違い? でしたら、せっかくですのでこの場でご紹介頂けますか?」


 私は通訳ではないんだが………。

 このお嬢様は「私の先ほどの発言を聞いていなかったの? 私はあなたの言っていた事を聞いていたのよ? 我が家の顔に泥を塗るだけでなく、嘘まで付くのね! 出来るものならやってみなさい!」と言いたいわけだ。

 まあ、私が付き合う義理はない。


「申し訳ございません。私の商談は既に決裂しておりますし、なにやら重要なお話のようですので、私は先に退席させて頂きます」


「お、お待ち下さい。クロムウェル様!」


 おや、さっきまでクロムウェル殿と呼んでたし、捕らえろとか言っていなかったっけ?

 まあ、付き合わないけど。


「失礼ですが、あなたがクロムウェル=リヒュルト様でしょうか?」


 私が強欲ピーマンを相手にしなかった事で、お嬢様直々に話しかけてきた。

 話しかけてくるまでの僅かな間に視線だけで、強欲ピーマンへ暴言を吐き捨てたかのようして黙らせたのは、実に見事な手腕だった。そっちの趣味の人がいれば、彼女の虜になること間違いなしだろう。………私はそっちの趣味はない。だからスルーしたいのが本音だ。


「クロムウェルは私で間違いございません。ただ今は国を失くした一介の流民に過ぎませんので」


 一応、この国でのお貴族様に声を掛けられたら、返事をしない訳にはいかない。返事と共に貴族へ向けての礼を取る。


「この度は、(わたくし)が手紙でお呼びしたにも関わらず、このような不快な思いをさせて申し訳ございませんでした」


 ん?

 私が手紙のやりとりをしていたのはアルムステルという名前で、キーマン商会の副会頭のうちの1人で、男性のはずだ。



 ………………何か既に陰謀に巻き込まれている?



-後書き-


格好良く登場させられなかった。

格好良いヒロインを書いてみたかったのですが、難しいですね。


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