024
引越し当時が忙しいのは前世の世界でも、異世界でも変わらなかった。
まずは、お世話になった宿の方々にご挨拶。
特に、ストーカー被害に合われていた既婚女性の従業員の方とは仲良くなっていたので、手作りのお菓子を頂いた。
こちらも、お茶菓子を用意しておいたので、お互いに笑い合って交換した。
「ようこそ、いらっしゃいました。新しい院長様」
新しい院長とは母の事だ。まあ、書類上の事なので、私はエイシアさんが院長だと思っている。
「私はこの孤児院で働かせて頂きます。エイシアと申します。よろしくお願い致します」
一応、上下関係に当たるので、しっかりとするエイシアさんは話の分かる大人の人だ。物腰静かで、落ち着いた雰囲気のある女性だ。親方が惚れるのも納得だ。
「クロムウェルの母ですが、畏まらずにお願い致します。それと私が院長なのはあくまで表向きの時だけとさせて下さい」
これは、既に母との話し合いが済んでいる。
当然、私がこれからやろうとしている事について、母は知っている。
「いえ、そういう訳には………」
「挨拶は終わったようだから、とりあえずは、荷物を運んでしまいましょう。おぃ! お前ら!!」
エイシアさんが断りを入れようとしたところで、親方が口を挟む。
この件はうやむやにしたい私たち側の思惑に乗ってくれた形だ。やはり出来る男は違う。
引越しの荷物も、大工の方々が運んでくれるので、私も家族もする事がない。
荷物を運んでくれる人たちの為に、お茶を入れる事くらいだろうか?
引越し自体はスムーズに済んで、特に大きなトラブルはなかった。
まあ、小さなトラブルはあったのだが………。
「お兄ちゃん、いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!!」
私に一番懐いているナズリーンとメイが出迎えてきた時の事である。………それにしてもこの2人はいつもワンセットだ。
「ちょ! ちょっと! お兄様は私のお兄様です! 勝手にそのように呼ばないで下さいませ!!」
妹が突然に叫んで、2人が飛びついてくるのを邪魔し出した。
当然、2人は驚いて呆然としている。
「ま、待て。落ち着け」
キシャー! というような効果音が聞こえてきそうな妹を宥めて、互いの事を紹介する。
「これから一緒に暮らす家族みたいなものだ。呼び方くらい許してやれ」
そう妹に諭すと、「だって………」と言っていたが、私たちはもう貴族でもないし、私と母の方針は仲良くやっていく事だ。事前に妹にもちゃんと話しておいた。ここで我侭を許すわけにはいかない。
「こっちが、妹のマーガレットだ。年はミルファの1つ上だから、お姉さんと呼んであげてくれ」
ナズリーンとメイには、妹をそう紹介する。
「おねぇ………さん?」
疑問系で返してきたメイに対して、2人の妹に対する第一印象がどうなったのかを理解する。
正直すぎる子供というのも残酷である。そして、第一印象は大事だと学んだ。私は注意する事にしよう。
素直すぎる反応に凹んでしまった妹だったが、しばらく甘やかしてやると、機嫌が戻った。
この街に来て忙しくて、あまり構ってやれてなかったせいだろう。これについては、私がしなくてはいけない反省点だ。
互いの紹介をしている間に、荷馬車に積んでいた荷物の運び込みが終わっていた。
大工というだけあって力仕事はお手のものだったようだった。
母とエイシアさんが、子供たちの面倒を見ながら話をしている間に、私と妹とマリーは荷解きをしていく。
さっさと終わらせないと、寝るのに困る事になる。
そして、荷解きをしていると、コンコンッと扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ。入って良いですよ」
私の部屋は完全に個室だ。立場的にも、性別的な意味でも、これは仕方がない。………子供たちみたいに雑魚寝出来る環境も悪くないと思っていたのに残念だ。
「ミルファ。どうしたんだい?」
扉を開けて入ってきたのは相手の名前を呼んで、目的を確認する。
まあ、確認しなくても予想はついているのだが………。
「この場所を守ってくれて、ありがとうございます」
声自体は、この部屋の狭さのおかげでハッキリと聞こえたが、少し距離が離れていたら、ちゃんと聞こえない程度の音量だった。
だが、ハッキリと意志の込もった感謝の言葉だった。
「ミルファ。君はまだ子供だ。もう1人で抱える必要はない」
私のこの子の評価は半分子供で、半分大人だと思っている。ゆえに、偽りなく、まだ子供で居て良いのだと告げる。
「はい。私をまだここに置いて下さることにも感謝しています」
頭を下げ続けているミルファに対して、そっと頭をポンポンと叩いて顔を上げるように告げる。
「大人になるまでに、まだ2年はある。大人になっても働く場所を用意してあげるくらいの甲斐性はあると思ってくれて良い」
だから存分に甘えて良いと、最後に告げると泣きながら顔を上げてくれる。
この世界は残酷だ。子供が子供らしく育つ事の出来ない世界だ。
前世の知識があるがゆえに感じる事だと理解している。この世界にこんな事を思っているのは私だけかも知れない。
この孤児院の為に、誰にも告げずに黙って自身を犠牲にしようとした子供が目の前にいる。
ここに来るまでは、自分と家族のことしか考えていなかったが、私ももう少し大人になって視野を広げる時が来たのかもしれない。
手始めは、この孤児院だが、この街。そして、この国くらいは守ってみるのも良いのかも知れない。
国を失うのは、人生に一度で十分だろうしね。
「クロムウェル様が、商会を立ち上げるという話をお聞きしました。今から必死で勉強して大人になったら必ず役に立って見せます。だから、私を傍において頂けませんでしょうか?」
自身を身売りする決意をする程の相手が、泣いていた瞳に強い意志を感じさせる大人の顔をしていた。
この国に来て、2度目に思った事だが、この国の女性は本当に美しいと思う。
そう思ってしまった私は、完全に負けだ。
「分かったよ。ミルファ。まずはお茶の淹れ方から覚えて貰おうかな?」
この場で、お前の残りの人生を貰おうなんていう事は出来ない。それこそ、どんな告白だって話だ。
「あ、ありがとうございます!」
私の意図が上手く伝わったのか、部屋に響く程度の大きな声で返事をしてきたミルファの顔を見て、私も安心する。
「部屋の片付けは、すぐ終わるから、後でマリーと一緒にお茶を淹れてもらおう。その時に色々と教えて貰うと良い。私の方からも頼んでおくよ」
「はい!」
その返事をした姿を見て、マリーの姿が重なる。
その事だけが不安ではあったが、最初に見たときの暗い自分を諦めていた面影すらなくなっていた。
たぶん………これで、心は開いてくれているだろう。………と思う。
この日の午後は、急遽、マリーのお茶の淹れ方講座が開かれる事になり、私は一家に1台の便利給湯器としての能力を遺憾なく発揮させてもらった。
まあ、マリーの説明は、必ず母の好みの味について強調されていたので、今度、公爵家に頼んで本職の人をお願いしようと思った。
開かれた講座で淹れられたお茶は、親方と大工の方々の協力のおかげで、無事に全て消費出来た。
子供たちの振舞ってくれたお茶は、味はバラバラだったが、大工の方々には良い癒しの時間になってくれたようだしね。
私は4人の子供に好かれた事で、妹も合わせた5人からお茶攻めにあってしまったが、これも良い経験だ。お腹のたぷたぷは止まらないがな!
ただ、お茶を振舞っていた際に、明るくなったミルファをじっと見つめる見習いや若い大工がいたので、ここでも恋の物語が始まったのかもしれない。
そして、私にまだ春は来ない。
はーやく来い恋い! 春よこい!!
-後書き-
体調が万全になったおかげか、どんどん書けるので、書ける時に書いてしまいたいと思います。
そして、すかさず更新!




