013
この話で旅立ち編が終わります。次回の話からは孤児院編へ入ります。
「おそらく人生と引き換えにするだけの多大な報酬をご用意いただけるとは思いますが、若い女性がそのような人物の為に身を犠牲にするのは見過ごせません」
キリッ!っとした口調と顔で、そう返してはみたが、その提案した元凶は私だ。
「いやはや、女性に対してのお心遣いまで、私は感服致しました。是非クロムウェル様には我が孫の婿になって頂きたいほどでございます」
冗談なのか冗談じゃないのか分からないやりとりを、公爵とそのご令嬢の頭上を通してやりとりする。
2人は完全に置いてけぼりだ。
「ごほんっ! マックスはクロムウェル君の提案に賛成か?」
私とマックスさんが和やかな雰囲気になったおかげで、ようやく立ち直った公爵が口を開く。
ちょっと私の嫁フラグを邪魔しないで欲しいぜ。
「今までの方針を推し進めれば、公爵家同士に溝が出来ます。この案はその溝を失くし、より王権と評議会の権力を拮抗させる事の出来る良く考えられた案でございます」
いや、実はとっさの思いつきで何となく言ってみただけなんだよね。
「確かに聖女の雫を使った美容薬を公妃に献上している事で、他の3家が協力する姿勢を見せておる」
他の公爵家には、こちらの狙いはバレバレって事ね。
これって元の計画は上手く行かない気しかしない。
下手したら、他の公爵家から狙われる可能性高いじゃん!
「良いだろう。今回持ってきて貰った聖女の雫も今までよりも多く持ってきて貰っている。これを使って交渉してみよう」
最後の決定権は公爵にあるように見えるが、大まかな方針はマックスさんが決めているようだ。
なんとなく分かっていたが確信できた。うん。こんな公爵じゃ、最下位を抜けるのは無理だな。
「それと同時にクロムウェル様の篭絡計画も発案いたします。私の孫娘を使う事をお許し頂けますでしょうか?」
あれ? 冗談じゃなかったの!?
っていうか本人が目の前だよ!?
「うむ。どうせ隠してもすぐにバレる事だ。宜しい許可をする」
「ありがとうございます」
マックスさんと公爵のやり取りをお嬢様はあたふたして聞いている。普通は本人を目の前にして話す事じゃないから当然だ。
「そろそろ時間か。クロムウェル君。非常に有意義な時間であった。無理して時間を作ったので、今日のところは失礼する。提案の件で進展があればまた相談させてくれ。その時は良い酒を持ってこよう」
この世界では成人している年齢なのでお酒は飲める。
なんとなく公爵の言う同志=酒飲み仲間な気がしないでもない。
まあ、関係としては悪いものじゃないので、受け入れよう。
「お酒を嗜むのは初めてですので、手加減をお願い致します」
「ハッハッハッ! 良い事を聞いたなマックス!」
「えぇ。とても有意義な情報をありがとうございます」
いや、待って!
嫌な予感しかしないぞ!!
このやり取りをみていたお嬢様の目が冷たかったので、私の予想は合っているのだろう。
私も健全な男の子だから嫁フラグは欲しいが、出来れば自分の意志で口説きたい………。
「では、ラピスよ。孤児院の管理はお前が担当だ。クロムウェル君の家族を含めて、新しい身分を用意せよ」
「かしこまりました。現在の院長が身体を壊しておりますので、その代わりとして調整いたします」
マックスさんは公爵を見送ってから、再び部屋へ戻ってくる。
「環境をご用意出来るまで今しばらくお時間が掛かります。つきましては、早めに対処させて頂く為に午後のお時間も話し合いをさせて頂けませんでしょうか?」
マックスさんの台詞に合わせてお嬢様も頭を下げる。
なるほど、私たちの扱いについての相談か。
話し合い自体は問題ないのだが、別の問題がある。
「午後の話し合いはマリー様がご同席頂く必要はございません。昼食を取りながらの話し合いとさせて頂きます」
うん。心配事がなくなったから、断る理由はない。
やっぱりマックスさんは出来る男のようだ。で、孫娘って誰かしら?
▼△―――――――――――――――――――△▼
「マックスお爺様。お呼びでしょうか?」
そう声を掛けて部屋へ入ってきた女性は、侍女が身に纏う衣服を身につけていた。
「レオノーラ。今日の話し合いで状況が変わった」
元々部屋にいた老獪な感じと好々爺な感じを両方あわせ持った雰囲気の執事服を身に纏った男が、入室してきたレオノーラと呼ばれた侍女に告げる。
「交渉は失敗という事でしょうか?」
「いや、交渉は成功だ。むしろより良い状況になったと言える」
会話の内容から、空気が和やかになっても良いはずだが、この部屋を支配している雰囲気はとても重いものだった。
「それではどのようなご用件でお呼びでしょうか?」
「それなのだが………。レオノーラ」
「はい。お爺様」
部屋を支配している重い空気の正体、お爺様と呼ばれた執事が孫娘であるレオノーラに何か重大な事を伝える、その為の罪悪感であった。その重い空気が沈黙を作り出す。
「レオノーラ。お前は今回の旅に同行してみて、あの男をどう見る?」
短い沈黙の後に、孫娘の名前を再度呼んでから、執事は本題に入る。
「あの男で………ございますか?」
再び沈黙が訪れるが、今度の沈黙は侍女が予想していなかった質問を受けたからである。
「そうですね。ひと言で申し上げるのなら、優柔不断でしょうか?」
「優柔不断!? 女性の目にはそう見えるのか!?」
侍女にとっての予想外の質問の答えは、執事にとって予想外の答えだった。
「はい。ただ一途に思い続ける姿勢は嫌いではございません」
「そうか。嫌いではないのだな」
侍女は普段と明らかに違う祖父の姿に違和感を覚える。
「お爺様。異性という事であれば論外でございます」
その違和感の正体に気付いた侍女は切り捨てるように言葉を返す。
「それは異性として好意を頂く事は全くないという事か?」
「はい。あの方を異性と見る事はございません」
「そうか。ならば別の者を宛てがうしかないか」
侍女が明確な拒否を示した事で、執事が落胆したのがハッキリと分かる。
「お爺様。あの方に誰かを宛てがうのは難しいと思われます」
「そうか。お前もそう思うか」
「はい。一見すると非常に分かりやすいですが、心の底から思っている事が良く分かります」
そう強い意志の宿った瞳で語った言葉に、執事が押されたように見える。
「そうか、あの方には想い人がいるのか………」
こんなにも落ち込んだ祖父の姿を初めて見た侍女であったが、言葉のすれ違いは見逃さなかった。
「失礼ですが、あの方の旅の間の監視をご命令されたのはお爺様ですが?」
「ん? あのお方に失礼のないように最高のもてなしは命じたが………」
執事の言葉途中で止まった事で、互いに勘違いに気付く。
「ロック殿のことではないぞ!?」
部屋に響き渡った執事の声は、威厳・風格と言ったものは全て消え失せていた。
そして、響いた声が空気の中に溶け込んだ後は、再び部屋を沈黙が支配したのであった。
▼△―――――――――――――――――――△▼
「へっくしゅん!」
「奥様。ここにいて何かあっては大変でございます。すぐにお部屋へお戻り下さい」
私が幼い頃より一度も風邪をひいた事のないロックがくしゃみをした事で、マリーが母を庇って割り当てられた寝室へ連れて行く。
「………何かあっては大変です。おまえもさっさと休みなさい」
マリーが皆でくつろいでいた部屋を出るときに、その言葉をロックに向かって告げた事で、ロックはマリーに話しかけられて気遣ってもらったと、とても嬉しそうにしていた。
そんなロックを、私と妹はいつものように見つめて思う。
いや、あれはゴミ虫を見るような目で言った台詞だから意味は違うと思うよ? ロック。
-後書き-
旅立ち編の後半で語った内容で、あきらかに濁したものがあるのは意図して、そのように書いてあります。
出ないとまたオチを読む方が出てしまう為です!
今までみたいにヒントは載せないもんね!(๑•﹏•)
あと、悪役令嬢その2の名前に立候補されたい方がおられましたら、感想を下さい。
名前がカタカナの方が採用率は高いと思われます◝( •௰• )◜
※以下は公開後に追記
悪役令嬢その2の名前で採用するのは、感想を頂いた方のユーザー名になります。
前話にあたる012で登場した(仮)が付いた方は、感想を頂いた方の名前を少しもじって採用させて頂いております。
誤解を招くような表現でした。申し訳ありませんでした。




