交換、循環、移動
「今、移転交換魔法を使ったのか?できる事ならレイナの魔方陣を俺の体に移転させることもできるのか?」
その言葉を聞いて、ハルトラは少し、困った顔をした。
やれやれ、という感じである。
そうして、動物から飛び降りた。
動物にまたがっている時はあまり目立たなかったが、彼の身長は高かった。
おそらく180センチ以上は超えているだろう。
「よかろう。お前がそこまでいうのなら、俺も止めやない。やってやろう」
ハルトラは顔色一つ変えずに言う。
「本当か、ハルトラ!」
俺は嬉しかった。
一刻でも早く、このなんちゃって異世界生活から抜け出したい。
天国へ行って本当の転生チーレムを始めたい。
そういう欲求と、レイナを助けてやりたい慈悲が重なり合い、俺は死を決意した。
「俺もこの魔法は初めてだからな、うまく行く保証はないぞ……といってもこれから死のうとしている者には関係のない話だが…………」
ハルトラは至って冷静な目で俺を見た。
これから命を奪おうとする男の目ではなかった。
ただただ合理的で冷静な判断。
自分の妹を守るために、赤の他人を身代わりにするのは、この世界では常識的な手段なのだろう、しかもそれは当事者である俺が催促した話しだ。
だがそれにしても俺の行動を疑問に思う事無く、淡々と仕事をこなしていくハルトラは一体何者なのだろうか、という疑問が浮かんでくる。
だが、そんな事は俺には関係ない。
「ああ、覚悟はできている。あの世で会おう」
俺はおそらくこの世界で最期となるセリフを吐いた。
思えば短い異世界ライフだった。
何かと戦った訳でもないし、国王から能力を授けられた訳でもない。
ただ、今目の前の絶世の美少女の命を救ったという事実だけは消えないであろう。
少女やハルトラが俺の事を忘れても、前世で得を積んだので、次はもっと良い異世界チーレムを経験できるだろう。
「時間がない。早めに作業を終わらせる」
彼はそういうと、俺のみぞおちに右手、レイナの胸の魔方陣に左手を当てる。
「お前、変わった服を着ているな」
ハルトラが呟く。
そうだ、俺は学ラン姿のままこの世界に来てしまったのである。
「いや、ちょっと事情があってね」
「そうか、まあいい。始めるぞ」
ハルトラは一言そういうと、詠唱を始めた。
その詠唱は独特のイントネーション、で外国の音楽を聴いているような感覚にさせた。
その言語は日本語でも英語でも、ましてや、この世界の言語でもなかった。
そうしてハルトラの両手が怪しげな光を放つ、
「君、少し痛むぞ」
その時だった。
俺の胸に焼けるような激痛が走った。その一瞬の痛みに悶えた時、レイナもまた悲鳴を上げたのであった。
「……っ痛い!お兄様、っああ!」
「この魔法は物理的なモノを交換する魔法だからな。痛いのは当然だ、皮膚を剥がしているんだからな」
ハルトラの言葉を聞いて俺はゾッとした。
皮を剥がしているだって?俺は気を失いかけた。どうりで尋常ではない痛みが走る訳だ。
だが、この痛みもつかの間だった。
「終わったぞ」
終わったらしい。
俺はワイシャツのボタンを無造作に外して自分の胸元を確認した。
先ほどまでレイナの体にあったその魔方陣は俺の体へ移されていた。
「……ありがとな」
俺は目の前の英雄にお礼を言った。
思えば短い間だった。いや、本当に。これでレイナは助かる。俺はすぐ、あの化け物の生贄となって死ぬ。そうすれば奴の暴走もおさまるだろう。
「礼には及ばない。むしろこちらが感謝せねばならない、自ら妹の身代わりになるとは、お前はこの子のフィアンセか?」
……だったら良いな、と俺は思った。生憎みずしらずの他人だよ。
「残念だけど、そうじゃない。今日会ったばかりだよ」
俺の言葉を聞いてハルトラは驚いていた。
赤の他人が、自分の命を犠牲にしてまで妹を助けてくれたのだ。
特にこれといった理由がないのにも関わらず、という事なのでその驚きは大きいだろう。
「……それは、何か申し訳ない事をしたな」
彼は本当に申し訳なさそうだった。
だが、もう遅いよ。
「ぜひ、貴殿の名を聞きたい」
へえ、今までは「お前」呼ばわりだったのに畏まって「貴殿」とか使っちゃうのか。と俺は思ったが、名乗るほどの者ではないと言うのも歯がゆいので俺は名乗ることにした。
「西園寺スバル。よろしく、そしてあの世で会おう」
俺が名乗った瞬間だった。
その声を聞いて、二人は仰天した。
口をあんぐり開けて、お互い顔を見合わせた。
「その名前……もしや、この国の者では無いな?」
ハルトラは目を丸くしていた。
俺はどうしてそんなに驚かれるのか理解ができなかったが、転生者や転移者はこの国ではよほど珍しいらしい。
「ああ、異世界から転移してきた。今日ついさっきな」
「って事はもしかすると…………」
ハルトラが、何か期待するような表情を浮かべた。
だが、これから死ぬ俺にとっては、どうという事ではない。
そう、俺が思ったちょうどその時だ。
木々をなぎ倒し、怪物は現れた。
その、顔のついていない顔は俺を凝視している。
ゆっくりと、俺に顔を近付けた。




