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美青年ハルトラ



周りの空気は澄んでいた。

どれだけ走っただろうか、幸いにも例の怪物は足がさほど速くないらしくアッと言う間に距離が離れた。


二人は風を切り走った。

走りながら、俺は少女に問いかけた。


「どうして君が生贄に選ばれたんだ?」

「話せば長くなるの」

ふと少女は悲しい顔をした。


俺はあまり詮索をしない方がいいだろうと感じたのでこれ以上その話をするのをやめにした。


それよりも、今は逃げる事が重要だ。


あいつは今どの位置にいるのだろうか、恐らく後方数百メートル、隠れていても彼女と行動を共にしている以上見つかるのは時間の問題である。


その時だった。


「レイナ!!」


青年の声が遠くから聞こえた。

「お兄様ぁあ!」


彼女の必死な叫び声が辺りに響き渡った。

木々が騒めき、鳥たちは飛び立った。


「ハルトラ兄さま。どうか私をお助けください!」

ハルトラと呼ばれたその青年は自分より、少し年上の美青年だった。


手には弓を構えていて、日本の鹿に似た動物にまたがっていた。しかし鹿よりも一回り大きく、顔は獅子舞に似ている。

この世界の動物なのだろうか。


「レイナ、いまあの怪物は?」

「多分もうすぐ追いついてくる」

「まずいな。とりあえず逃げろ、俺が迎え撃つ!」


青年は弓を構えた。


その姿は紛れもなく英雄だった。

だが、俺はそのハルトラという目の前の青年が、ある種の決意を固めていることを感じ取った。


……命がけ。


そう、俺には分かる。

この青年は自らの命と引き換えに目の前の少女レイナを助けようとしている。無謀にも弓という頼りない武器で、だ。


「ハルトラと言ったな、お前も逃げろよ!俺が身代わりになるって言ってんだろ!」

俺は叫んだ。


決して、死にたいわけではなかった。

かと言ってこの兄妹愛を利用し、盾にして逃げるつもりもない。


ましてやどこの馬の骨かも分からない異世界の転生者がそんな身勝手なことをして命が助かってもしょうがない。


得体の知れないうしろめたさが自分を死に近づける。


「ダメだ。彼女の胸元を見てみると良い、模様が刻まれている」

ハルトラは俺にそう語り掛けたが、正直意味が分からなかった。

模様?何の事だろうか。


すると突然、レイナが自分の着ている服を無造作にはだき始めた。俺は、かなり焦った。


「ちょっ!何してるのこんな状況の時にぃ!」

レイナの初々しさ溢れる素肌に、興奮が込み上げる。


その露出、人形のような艶やかな体つきと、彼女の胸の高低。

俺は一瞬、見とれてしまいそうになった。


が、しかしその、つかの間の癒しは一瞬で消え去る事になった。

「……見えたか、魔方陣だよ。一種の呪いさ」

ハルトラが静かに声を発した。


彼女の胸元には、まるで血で刻まれたような痛々しい魔方陣が刻まれていたのだ。


数字と模様と、異国の文字がいびつに並んでいる。

小柄で、あどけないレイナの体にはその印は大きすぎるように思えた。


「この国では10年に一度、神様に生贄を捧げなければならない」


ハルトラが語り始めた。

俺はさっきも聞いた話だなと思い、耳を傾ける。


「だが、生贄に選ばれる民は決して自分から名乗り出る訳でも、俺たちで無理やり差し出す訳でもない……時がくればその体に浮かび上がるのさ……逃れられない宿命の印が」


「なるほど…………それがたまたまレイナだったと」

俺は少し悲しくなった。


目の前の美少女がそんな痛々し目にあっていると考えると、心が張り裂けそうだった。


その時だった。


「引けーーっ!」


突然ハルトラが叫んだ。

刹那、その手から矢が放たれる。


真後ろで、コンッ!と何かに当たる音が聞こえた。

俺とレイナは驚愕し、後ろを振り向いた。



いた。



近くで見るとその絶望感は生半可ではない。

奴は、音も立てずにここまで忍び寄ってきたのだ。


ハルトラから放たれた矢は怪物の顔面を貫き、赤黒い血液を吹き出させた。


「キアァアアアアアアッ」

怪物の悲鳴が俺たちの耳をつんざく。


奴は異様に首を振りまし、痛みに悶えているようだった。

傷口からあふれ出る血液が、俺たちに降りかかる。

生暖かい、嫌な感覚だ。


「逃げるぞ!」


俺はそう叫び、レイナの腕をつかみ、ハルトラに目配せをし、一直線に駆け出した。


俺たちは走った。

再び怪物と俺たちの距離が離れる。


「ダメだ!いくら走っても追ってくる」

ハルトラはそう叫び、怪物に手をかざした。


「波動拳!!」


その瞬間、俺は目を疑った。

彼の手から迸る、光と閃光が怪物に直撃し、爆破を起こしたのだ。


「何なんだ?今の技は」

俺は目を丸くしながら訪ねた。


「何って……ただの攻撃魔法だ。威力はあれで十分だろう」


攻撃魔法?

町並みは日本とはいえ、やはりここは異世界。


魔法の一つや二つ、存在するのは当然だろう。

それにしても、この人は強い。


あの化け物を押している。

俺は少しの望みをかけてハルトラに聞いた。


「それ以外になにか使える魔法はあるのか? ハルトラ」

「奴をできるだけ遠ざける……俺の攻撃魔法じゃあ、相手は倒せねえ」

倒せない。

その言葉を聞いて、俺は少し望みを失いかけた。


身代わりになることもできず、倒す事もできない。

俺がレイナの代わりに死んだところで、現状は何一つ変わらないという事である。


「移転、交換魔法、シャッフルアロー」


再び、ハルトラの呪文が聞こえた。

次はどんな魔法が発動されるのだろうか。


俺は少しばかりの期待と興奮の眼差しで彼をみた。

詠唱の直後に彼は矢を放った。


動物にまたがりながら放つ渾身の矢は、俺にとって輝いて見えた。だが、その矢は怪物の上空を通過した。


「えっ?」


ミスったのだろうか、いや、でもハルトラは至って冷静である。

その時だ。


どかん。

と、空気中に真空波が巻き起こった。

それと同時に、怪物が真後ろへ飛ばされた。


「何が起こったんんだ?」


俺はしばらく、状況が理解できなかった。

だが、放たれたはずの矢がハルトラの目の前に、襲ってきたはずの怪物が後ろに飛ばされている光景をみて、俺はある一つの結論にたどり着いた。


「入れ替えたんだ!放った矢と、怪物を!」

彼はあえて矢を外したのである。


そうして、魔法を唱え、自らが放った矢と怪物の位置を交換することで俺たちを怪物から遠ざけたのだ。

そうか、その手があったか。


俺は彼の魔法を目撃し、レイナを救うただ一つのある方法を見つけ出したのだ。



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