俺が死んだ経緯
頭の中は真っ白だった。
取り敢えず、状況を整理しよう。
そうだ、何事にも落ち着くことが重要だ。
俺の名前は西園寺スバル。
この、なんかイイ感じの名前のせいで生徒会役員に立候補する事を強制されられた哀れな高校2年生。
今、俺は壇上に立っていて、目の前には大勢の生徒たちが面倒臭そうに座っている。
この季節、体育館は寒い。
生徒会なんて誰がやっても同じだという雰囲気が漂っている。
これから意見表明をしなければならないが、俺は大切なものを持っていなかった。
公約とかマニュフェストとか、そういうヤツではない。
そう……俺には原稿が無かった。
忘れたのではない。もともと作っていなかったのだ。
演説か。
原稿は明日作ろう、明日作ろう、を繰り返し、気づけば当日。
俺は今、人生の中で最も後悔していた。
ああ、なぜあの時しっかりサボらす原稿を作らなかったのだろうか、と。
だがもう時は遅い。
なかなかしゃべり出さない俺に生徒たちは騒めいていた。
《もうどうにでもなれっ》と半ばやけくそでマイクをガチャリと取り上げた。
次の瞬間、騒めいていた生徒たちは一瞬にして静まった。
このパフォーマンスの後に、どのような演説が待っているのだろうか
そういう生徒の視線が熱かった。
俺は詰んだ、と直感した。
上手い感じのアドリブが思いつかないのである。
《ううっううう……どうしよぉおお》
こうなれば、後の事はどうでもいい。
とりあえず何かを発言すれば良いのである。
当たり障りのない、それっぽいことを繰り返して、雑談を交え、適当に事を切り抜ければいいのだ。
大丈夫、深呼吸。
そう、自分に言い聞かせて俺は演説を始めた。
「今現在、この場にいる、私以外の全ての諸君は、サルもびっくりの大馬鹿野郎である!!!」
あろうことか体育館に、俺の人生における全ての不満がぶちまけられた。
この場にいる全員を敵に回すかのようにな、渾身の怒涛が発せられた。
その瞬間、騒めきが起こる。
だが、俺の思考は停止しているので、さらに演説を続けた。
「諸君は、高等教育という最も卑劣でナンセンスなレールの上を走っているお荷物ばかりの貨物列車に過ぎない!!教員も同じく、公務員という政府の犬に成り下がった哀れな愚民だ!!!」
《ああ、ダメだ、確定だ。俺はもう二度とこの高校の仲間たちに顔を見せる事は出来ないだろうな》
「で、あるからして、俺こそが新世界のメサイア。崇めたまえ、畏敬の念にひれ伏すがいい!!公約は国会の爆破!ただ一つ!!!!」
《ああああああっ!!やめろぉおおお、これじゃあただの痛くて怪しい宗教だああああああ》
顔面蒼白。
俺はつい1、2分前に公約を考えていないことを伝え、降りておくべきだったと懺悔した。
何が新世界のメサイアだ。
そんなのがいるなら俺が一番すがりたい。
だがこの時、意外な事が起きた。
会場からヤジが飛んだのである。
「コイツのいう事は危険思考だ!!ひっ捕らえろ!!」
生徒の中の誰かが叫ぶ。
その合図に合わせて体育館にいる半分ほどの人たちが立ち上がった。
《なにこれ、やばっ》
「コイツを生徒会役員にさせるのは危険だ!国が滅ぶぞぉお」
誰かが叫び、壇上に乱入してきた。
俺は多少大げさだろうと思いながら、その様子を観察する。
だがしかし、その反逆者、とも表現できようか生徒や教員までもが俺の演説に感化されて、壇上に乱入してきたのである。
俺はその民衆に押しつぶされた。
《やめろ、息ができないだろう!》
だが、民衆は俺に覆いかぶさり、壇上から引きずり降ろそうと試みる。
体が、動かない。
数としては十数人、その体重が俺にのしかかってくる。
息もできない。
苦しい、手を放してくれ……俺の、首から手を放すんだ!!
だが、その声が届くことも無かった。
肺が酸素を求めていた。
俺は必死に抵抗する。
俺は首を絞めてくる手を外そうと試みた。
だが、体が動かない。
この人数の生徒が必死になって俺を捕縛しようと頑張っているのだ。
多少力があっても人の壁はびくともしない。
1秒1秒が永遠に感じる。
………………苦しい。
《今すぐ俺の首から手を放せ!》
必死に叫んだつもりであるが、のどが潰れて声が出ていない。
その時だ。
ゴン
という鈍い音が鳴った。
どうやら俺は舞台から転落し、頭を地面に強打したらしい。
だが、息が吸えない。肺の中にあるすべての空気が押し出された。
意識が遠のいて行く、
目の前に、白い光がザァアっと掛かってきた。
今までの人生が、走馬灯となってまぶたの裏に現れる。
思えばいろいろな出来事があったかな。
その瞬間まで民衆は俺の首から手を離さなかった。
そして、ついに俺は意識を失った。




