ドッペルゲンガー 5
ニ九八四年、二月期のバトルが始まる。イチ・サト・カイ・マユの四人は、いつもどおり大門前に集まっていた。
「なんだ? お前ら何しに行くんだよ」
体格のいいファイターが、擦れ違いざまに言い放ち、その男のチームのメンバーがわざとらしくどっと笑った。イチたちは赤サイドのファイター全てに、罠を仕掛ける位置をあらかじめ報告しておいた。味方がひっかかるという笑えない失敗を防ぐためだったが「卑怯だ」という陰口も少なからず聞こえてきていた。
「園芸だよー。俺ら強いからヒマでさ。いいね、バトルを向こうから仕掛けてもらえるチームは」
サトは顔色も変えずに軽く応酬する。男たちは苦々しい顔で立ち去った。事実、イチたちのチームはバトルを避けられることが多かった。赤目を倒したとなればその傾向はますます強くなるだろう。
「カーイ、そう緊張すんなって。スカるかもしんねえんだし」
思いつめた表情のカイの肩をサトが叩く。実にそのとおりで、直径十キロもあるドーム内に罠を仕掛けても、おびき寄せることが出来る範囲に赤目が来るとは限らない。赤目は動きにパターンがない。予測のしようがなく、空振りに終わる可能性が高いのだ。われに返ったカイの目を見て、イチも軽くうなずく。
「かかればラッキーだろ。それより、罠の存在が向こうにばれないようにしないとな」
青サイドのファイターにばれないようにするのがもっとも難しい。見つかれば二度と使えないからだ。あるとわかっている罠に掛かるバカは居ない。
「まあまあ、こんなの遊びじゃーん。テキトーテキトー」
頭のリボンを直しながらマユはこん、とカイの持っているバケツを蹴った。イチはその足をじろりと睨みつける。
「わかってるってえ。ごめんごめん。ちゃんとやるってばあ」
ぴょんぴょんと跳ねて、マユはサトの後ろに隠れた。
「二九八四年ニ月期 バトルスタートします」
アナウンスがこだまする。
「よし、楽しもう」
イチの掛け声に、四人は輪になって手のひらを合わせる。ブザーが鳴りゆっくりと大門が開いた。
■
「うー。激さっむいんだけど」
「じゃあ、動け」
「ねえ、サトぉ、さむいってばあ」
「だから、動け」
マユとサトの掛け合いを聞きながら、イチは黙々と穴を掘っていた。バトルドームは四方を高い壁に囲まれていること以外は、天然の地形そのままである。体温調節機能の高いバトルスーツを着ていても冬季はかなり寒い。折り悪く、雪が降り出していた。掘れば掘るほど、こんな穴に赤目が落ちるわけがない、という気がしてくる。イチが崩した土をカイがバケツに入れ、サトが引き上げて離れた場所に捨てる。そんな作業を三時間近く繰り返していた。穴の深さは三メートル程になっている。イチはため息をつかないようにぐっと腹に力を入れて、スコップを穴の底に突き立てた。
「うわ」
その瞬間、スコップの先が穴の底に吸い込まれるように刺さっていき、イチは思わず声を上げた。慌ててスコップを引き抜くと、そこからガラガラと穴の底が抜けた。
「カイ!」
崩落に引き込まれそうになったカイを、慌ててイチは引き寄せた。どうやら地下に広がっている空洞に繋がる場所を掘ってしまったらしい。急にぽっかりと口を広げた暗闇に、二人は恐怖を感じてあとずさった。
「おいおーい、何イチャついてんだ?」
呆れたような声が降ってくる。サトが上から覗き込んでいた。
「イチャイチャって何。ちょっとカイ、何してんのよ!」
マユも顔を覗かせて、ぎゃあぎゃあと騒ぎたてる。
「マーユ、監視に戻りなさい。自然洞窟に当たったらしい。これ以上、掘るのは危険だな」
イチは上を見て事情を説明する。マユはじぶしぶ穴を離れ、サトは、じゃあもうそのくらいでいいんじゃねえか、というと最後の土の入ったバケツを引き上げて消えた。
「鍾乳洞ですかね?」
カイが掘った穴の直径の半分ほどに口を開いた暗闇の奥をライトで照らす。バトルスーツの胸ポケットに備え付けられている発光筒を取り出してパキっと折ると穴の中に放った。発光筒はくるくると回りながら洞穴内のあちこちを照らし、おそらく十メートル以上も落下して、ぽちゃん、という水音を立てた。
「地底湖か。赤目が落ちないといいが。……他のを仕掛ける時間も欲しいし、戻ろう」
「そうですね」
落ちて時間外失格になれば討伐ポイントは入らない。イチはもう一度、深い穴を覗き込んでから、外を見上げる。
「サト、上がるからロープくれ」
「はいよー」
サトがロープを下ろした瞬間、ひいっ、というマユの悲鳴に近い声が聞こえた。
「あ……あか、赤……たすけ」
マユの言葉が途中で切れた。