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テセウスのゆりかご  作者: タカノケイ
五章 ミューテーション
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ミューテーション 6

 重い荷を背負い、砂が入るのを防ぐための布を口にあて、ダイチは黙々と足を前に進めていた。重さも息苦しさもだが、何よりも暑い。テセウスの空と気候はどうやら作られたものだったのだな、とダイチは雲ひとつない空を見上げた。

 最初こそ、暑いの足が痛いのと騒いでいたマユも、諦めたのか口を開かなくなった。ぽつりぽつりと生えていたブッシュの間隔が次第に狭くなっていき、徐々に大きな木立へと変化しはじめる。はるか先ではあるが、人口の建造物群の影を捉えることもできた。


「何か来た」


 マシロが立ち止まりじっと前方を見つめる。その視線を追ってみるものの、ダイチの目には何も見えなかった。


「何だ?」

「……わからない。だが、土煙が上がっている」


 ダイチは最後尾で足跡を消しながら歩くロボタンを振り返った。 


「すみません。わたしはロボットなのにあまり目が良くないのです。エリーだとは思いますが、念のため隠れましょう」

「それが良さそうだね。疲れたし」


 アサトはそういって、手近にある大きめの木立に近づいた。蔦のような植物を刀で切りながら奥へと進み、全員で身を隠す。ダイチはザックからドリンクを取り出して咽喉を潤した。


「やっぱりエリーだ」


 マシロが断定した数分後、土煙の正体であるエリーが到着した。


「ご苦労様ですエリー。お小さい三人様なら乗っていけるでしょう」


 ロボタンはエリーをねぎらった後、振り返る。


「乗れるのか?」

「やったあ!」


 ロボタンの提案に、マシロとマユが嬉しそうな声を上げる。アサトが恨めしそうな視線に気づいて、マユは一層得意げに笑った。


「さあ、お乗りください」


 ダイチとアサトとロボタンと少しの飲料を残して、マユとマシロとカイリがエリーの背中に乗りこんだ。乗り込むと言っても、様々な突起にしがみ付くだけなので、安定するまでに試行錯誤し、場所が決まってからはロープで体を固定した。


「ちゃんと捉まっていてくださいね。おてては仲良し。いいですか? おてては仲良しです。では、頼みますエリー」


 エリーはロボタンに軽く頷くように傾斜してから、ゆっくりと畳んでいた足を伸ばす。ヒラヒラと手を振っていた三人はエリーの突起や腕に慌ててしがみ付いた。


「なんだか……僕だけすみません」

「がんばってねぇ」

「遅かったら先に食べているからな」


 別れの言葉を残して、カタン、とエリーが動き出す。ゆっくりと歩き出したエリーは徐々にスピードをあげて、三人を乗せたまま、あっという間に小さくなっていった。


「……俺らはじゃあ」

「……歩くしかねえな」


 顔を見合わせてため息を付いて、ダイチとアサトは歩き出した。永遠のように感じた砂の道が徐々に固い地面になっていき、一時間ほど歩くとすっかり舗装された道路に変わった。日差しはだいぶ傾き始めている。


「だいぶ涼しくなったな、歩きやすい」


 ダイチは、口を覆っていた布を下げて、はあはあ大きく息をして、水を飲む。


「バトルスーツで甘やかされた体に、この体温調節はキツイよねえ」


 アサトは片膝に手を当てて俯うて息を整えると、頭から水をかける。


「おい、水がなくなるぞ」

「……そしたらわけてくれ」

「断る」


 ふふ、とアサトが俯いたまま笑う。その理由がわかる気がしてダイチの口元も緩んだ。アサトは屈んだまま頭を振って水気を飛ばす。


「ダイチと俺って、昔からこんなことばっかしてるよね」

「そうだな」

「ま、それもコレで最後だな、楽しもうぜ」


 明るい口調だが、俯いたままのアサトの表情は見えない。


「……ああ」


 声を絞り出したダイチをアサトは首を捻って見上げて、口の端をあげて笑った。これでもう「リスポーンさせた話」は無しだと釘を刺された、とダイチは気づいた。いつまでも済んだことに囚われるダイチの性格を、良く知るアサトからの許しであることも。


「急ぎましょう、これからどんどん気温が下がるのです」


 のん気な二人に業を煮やしたようにロボタンが早足で進む。ダイチとアサトは顔を見合わせてにやりと笑った。


「よーい、どん!」


 足の裏が道路を捉える感触と温い風、隣を走る友人の息遣いを聞きながら、後のことなど何も考えずにダイチとアサトは全力で走った。




「私は面倒を掛けられた事を怒って言っているのではないのですよ。歩くのさえままならない気候だとわかっていて、倒れるまで全力疾走する愚かさについて知っていただきたいと思うから心を鬼にして言うのです」


 かれこれ三十分は続いているロボタンの説教を聴きながら、ダイチとアサトはエリーの背中に揺られていた。二人とも仰向けにひっくり返って顎を上げている。ロボタンに「わかったからもうやめてくれ」と反論する気力もない。


「いいですか、自然を舐めてはいけません。今回は事なきを得ましたが、エリーが迎えに来られないという事態だって、起こりえたのです」


 子供の遊び相手用だったのではないか、というカイリの見立ては当たっていたのかもしれない。エリーの横を併走するロボタンの丁寧に丁寧に、噛んで含ませるような説教は続く。


「ダイチ! アサト!」


 意識を失いかけながら、何故ロボタンの発声機能を回復させたのだ、と謂れのない怒りをカイリに対して感じ始めた頃、どん、という衝撃とともにマシロの甲高い声が響いた。ダイチは薄く目を開ける。向かってくるエリーに飛び乗ったらしいマシロがダイチの顔を心配そうに上から覗き込んでいた。心配ない、と言おうとした咽喉は、ううう、という呻き声しか搾り出せなかった。


「ロボタン、何があった!?」

「心配する必要はありません。水でも飲んで涼しくすればすぐに回復するでしょう」

「わかった。水だな」


 かなりのスピードで走るエリーの背中から飛び降りてマシロは走り去る。


「超生物」


 顎を上げて、小さくなっていくさかさまのマシロを見ていたアサトが呟き、ダイチは声を出さずに腹筋を上下させて笑った。


「……何を笑っているんですか。マシロさんは特別です。お二人は自分の体力を……」


 再びロボタンの説教が始まり、二人は口つぐんで目を閉じた。

 しばらくするとエリーのスピードが弱まった。薄目を開けると遠くに見えていたビル群の根元まで到着していた。何十年……いや何百年放置されたのか、ゴーストタウンは生命をまったく感じさせずに夕日に沈んでいた。ダイチは停止したエリーの背中の上で身を起こして、その風景を食い入るように見つめた。


「ここで少し待っていてください」


 ロボタンが去った後も、建造物群の佇まいから目が離せない。生きていた都市。今は死んでいる都市。感傷に浸るダイチの目の前にマシロの顔が突然現れる。


「水だ。飲め」


 マシロはカップをダイチに押し付けると、まだひっくり返っているアサトの胸倉を掴んで引き起こす。


「飲め」

「……マシロちゃん、もうちょっと優し……く」


 マシロは目を開けずに文句を言うアサトの口に無理やりカップを押し付けて傾ける。アサトはごくごくと咽喉を鳴らせて飲むと、深い溜息をついて目を開けた。ダイチも一気にカップを空にする。そこでマシロがバトルスーツを着ていることに気がついた。


「急がせて申し訳ありませんが、お二人ともこれに着替えてください」


 いつの間にか戻ってきていたロボタンが、真新しいバトルスーツをダイチとアサトに手渡す。何故バトルスーツがある? もしやテセウスから盗んだのか?……ダイチが疑問に思っている間に、アサトはさっそくスーツに足を突っ込みはじめた。ダイチも仕方なく不安定なエリーの背中の上でスーツを着込んだ。マシロも乗っているのでかなり狭い。


「バトルスーツには、体温や微弱電気で居場所を感知されない機能が付いています」

「そうなんだ? じゃあここまでは追跡される?」


 アサトは何気なく聞き返すが、ダイチには何故そんな機能が付いているのかが気になった。バトルでは必要のない機能に思える。だが、今必要な情報はアサトの質問の答えであることは間違いない。


「恐らく、まだ気づかれてはいないでしょう。記録としてどこかに残っていればいずれは……」

「マスクはなくて大丈夫なのか?」

「顔までカバーされているので大丈夫です。さあ、行きましょう」


 三人はエリーに乗ったまま、地下道へと入る。恐らく何らかの古い交通手段であったのだろう。地下には無数の通路が延びていた。ロボタンは懐かしむようにあたりを見回す。


「ここは昔、大きな街でした。人がたくさん住んでいてそれはもう賑やかで……」

「その頃を知ってるのか?」

「長い間形を保つ建築の技術は素晴らしいことですが、朽ち果てないというのも一種残酷に思えます」


 ロボタンは質問には答えなかった。だが、そのあまりに人間味のある返答に感銘を受けつつ、ダイチはここに住んでいたという人々に思いを馳せた。


「疲れが取れた時にお話しよう、と考えていましたが、そんなことを言っていると話す機会を失いそうです。カイリさんたちと合流したらこの世界について、私が知っていることをお話します」

「ああ」


 ロボタンはそれきっり黙り込み、三人も黙ったままエリーの背に揺られる。街の地下はほとんど迷宮と言っていいほどだった。四・五回曲がって、階段を数回上り下りしたところまでは覚えていたが、ダイチはもう元の場所に戻れる気がしない。マシロはここを一度で覚えたのだろうかとちらりと横に座っているマシロを見ると、マシロもこちらを見ていて目が合った。ダイチは戸惑いながら意味もなく頷いて視線をはずす。遠くに明かりが見え始め、近づくとそこにカイリとマユの姿が見えた。


「ダイチさん」

「おかえりー」


 手を振る二人に出迎えられて、ダイチはエリーの背中から飛び降りた。カイリとマユの過去に何かあった、とわかってから二人きりになったのは初めてだろう。気まずくなかったか、と気が付いて、一瞬不安になったが、二人の顔に暗い影はなかったので安心する。


「こちらです」


 案内されたそこは、この入り組んだ地下道の整備をする人々の休憩所、といった佇まいだった。もちろん、労働するのはアンドロイドやロボットたちであり、それを監視する役目の人間が居たのだろう。数多くのモニターに囲まれていて手狭だが、簡易ベッドにテーブルと椅子、水道と生活に必要なものが揃っていた。エリーが先に運んでくれていた物資でカイリとマユが夕飯の支度をしていて、テーブルの上には食べるばかりになった食事が並んでいる。ダイチは疲れに押されて椅子にどっかりと腰を下ろしたが、アサトはいそいそと物資の入ったザックを漁りはじめた。

 一番に椅子に座ったマシロが、早く食べようと言わんばかりにアサトを睨みつける。


「何をしている?」

「んー、いやー、ちょっと……あ、先に食ってて。俺は、あれだ、便所」


 もごもご言いながらお目当てのものを見つけたらしく、アサトはそそくさと部屋を出ていった。煙草を吸いたいのだろう、学習をしないやつだと思ったが、ダイチは何も言わずに見送った。おそらく気がついているだろうマユが少し肩を竦めてスープを配り、苦笑いのカイリがカップに水を注いで回る。スープを穴が開くのではないかというほど見つめていたマシロは、ふっと顔をあげてくんくんと鼻を動かした。


「タバコの匂いがする」


 すっと椅子から立ち上がると、アサトの向かった方向に出て行った。


「ちょ! 大丈夫だって! それ最後だから、お願っ あーーーー」


 アサトの絶望的な絶叫が遠くから響き、ダイチたちは笑いだす。


「まったくもう、バカだよね」


 鍋を調理器に戻しながらマユが鼻にしわを寄せる。化粧っ気のない顔だと、すこし斜なその表情も可愛らしく見えた。


「よし、食べよう!」


 元気なマシロと、意気消沈しているアサトが戻ってきて、五人は温かい食事を食べ始めた。ロボタンはダイチとアサトが一口飲むごとにカップに水を足してくる。それに閉口しながら食事を終えるころには、少し肌寒くなってきていた。

 満腹になると、何とか逃げ出せた安堵感に包まれた。ここからロボタンの言うコロニーに向かって、生活の基盤を作る。それから、俺は……ダイチはエリーに差し出されたお茶のカップを両手で包み込んだ。

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