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テセウスのゆりかご  作者: タカノケイ
五章 ミューテーション
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ミューテーション 5

 翌日、五人はそれぞれに目を覚まし、思うままに朝食を取った。今まで狭い小屋や洞窟で、嫌だろうがなんだろうが顔を突き合わせていた。開放感とともに少しの寂しさも感じつつ、ダイチは部屋で一人で過ごした。


「昼 食 の お 時 間 で す」


 部屋の外からアンドロイドのモトの間延びした声が聞こえた。朝食を取ってからさほど経っていないが、全員と顔を合わせて、今後についてもっときちんと話し合う必要があるだろう。


「すぐ行く」


 ダイチは廊下に向かって言うと、タオルを掴んで狭いシャワーのドアを開く。寝ぼけた顔を洗い、少し鏡を見つめてから食堂に向かった。食堂にはアサトとマシロが既に腰掛けていた。おはよう、と二人に声をかけて、ダイチはっと顔をあげる。


「マシロ、髪切ったのか」

「おう。昼はミートソースがあるそうだ」


 マシロがキラキラした声で言う。サバイバルしていた頃には、カイリが皆の髪を切っていたのだが、マシロの髪だけは「きれいなのに勿体無い」とアサトが頑として切らせなかったのだ。その髪が出会った頃ほどの短髪ではないが、綺麗に切りそろえられ、前髪も短く整えられていた。


「勿体無いよねーきれいなのに。でもまあこれも似合うからいいか」

「もっと短くても良かったんだ」

「しかし、カイリは器用だよなあ」


 アサトが言うと同時にカイリが食堂に入ってきた。


「おはようございます」

「おう、おはよう」


 マシロの髪型や部屋の配置など取り止めのないことを話しているうちに、アンドロイドたちの手によって温かい食事がテーブルに並ぶ。


「ごゆっくり」


 アンドロイド達が退室しても、マユがやってこなかった。目の前で冷めていく食べ物とマシロの目の色に「先に食べていようか」と言いだそうかと思った頃にマユが部屋に入ってきた。まっすぐに壁から視線を逸らさずに歩き、黙って椅子に座る。相当寝ぼけているらしい。さすがに化粧品はなかったのだろうか。マユはすっぴんのままなこともあって、その様子はとても幼く見えた。


「おはよ、マユ。じゃあ揃ったし食べるか」

「いただきます!!」

「いただきます」


 良くこれだけの食材があるものだ、とダイチは改めてテーブルを見つめた。どうやらコロニーでは本当に自給自足のシステムが整っているらしい。そこでアンドロイドがこつこつと育ててきた食材なのだろう。誰かに食べてもらうために。


「ご馳走さまでした」


 ダイチはいつもより丁寧な挨拶をして食事を終えた。今後のことなどをそろそろ話し合わなくては、と思いながら、なかなか切り出せない。ささやかな食後のお茶がもたらす平穏をもう少し楽しんでいたい、そう思った瞬間、ガタン、と大きく食堂が揺れた。今までもかすかに重力がかかるようなことはあったが、揺れを感じたことはなかった。


――何かあったのか?


 ダイチは食堂についている丸い窓に近づいて外を伺った。特別なものは何もない。相変わらずの砂地に所々に緑が見えた。砂漠が終わりかけているのかもしれない。気のせいか速度が上がっている気がした。


「どう思う?」


 ダイチとは逆側の窓を確認しているアサトを振り返り尋ねる。


「どうも何も。砂、砂、砂だな」


 アサトが困惑したように答えると、食堂のドアが開いてロボタンが慌てた様子で入ってきた。


「追っ手に見つかりましたので、ルートを変更しました」


 滑らかで必要以上にきれいな声で告げる。マシロが目を丸くしてロボタンを見つめた。


「ロボタン、喋るのが上手くなった」

「ありがとうございます。昨夜カイリさんに直していただ……マシロさん。今それどころではないのです」


 嬉しそうなマシロを遮って、ロボタンはダイチを見る。ダイチは欲しい情報を頭の中にまとめる。


「ルートを変更すれば大丈夫なのか?」

「いいえ。追いつかれます。乗り物を補足された以上、逃げ切るのは無理です。この乗り物を捨てて、徒歩で移動しなくてはなりません。追っ手をまくためです」

「徒歩お!?」


 マユが情けない声を上げる。


「砂漠を歩くのは ポンコ……いえ、人間の方々には厳しいでしょうから、ここから最短で砂漠が切れるところに移動して、そこから歩いてコロニーに向かいます」


 ロボタンは冷静に告げてから、マユの不機嫌そうな顔を見て頭を下げる。


「申し訳ない。コロニーの場所だけは絶対に知られるわけには行かないので、万全を期します。あそこには唯一の希望があるからです。徒歩でコロニーに向かいます」


 希望の、か。ダイチはロボタンを見つめる。ダイチたちはロボタンにとって、人と暮らせる待ちに待ったチャンスだったのだろう。しかし、ダイチたちを逃しても彼らには次がある。コロニーを失えば、その希望も失ってしまう、ということだろうか。だが、人命より優先すべきものとは一体何だろうか。


「詳しく説明する時間が惜しいのです。どうか、準備を手伝ってください」

「ダイチ、そうするしかないみたいだよ。とりあえず食料からやろう」


 必死なロボタンの声を聞いて、アサトがぱん、と手を打つ。アンドロイドたちが一斉に慌しく動き始めた。人間も加わって、食堂に積んでいた食料を小分けにし荷造りし終わったころ、がくん、と乗り物のスピードが落ちた。


「急ぎましょう」


 ロボタンが食堂の入り口と反対側、進行方向の後ろ側についている扉のレバーを握り締めた。


「乗り物は停止しません。敵はもうそこまで迫っています。徐行状態から飛び降ります。マシロさんは一人で降りられますね?」

「問題ない」

「では」


 ロボタンがレバーを引くとガシャン、と金属の扉が外に開いた。ロボタンは荷物をてきぱきと外に投げ捨てる。それが終わると蜘蛛のような形状のアンドロイド、エリーがカイリとマユを抱え丸まって飛び降りた。次いで、マシロが一人で飛び降り、女性型アンドロイドのシズがアサトを抱えて飛び降りた。


「行きましょうダイチさん」


 ロボタンが腕を伸ばしダイチの体を巻き取る。


「え、ちょ、ま」


 驚く間もなく、ロボタンもドアから身を翻した。ダイチはロボタンの長い腕に持ち上げられ、ほとんど何の衝撃もなしに着地する。


「お前って、なんか思ってたよりずっと高性能だな」


 驚きながら顔を上げると、先ほどまで乗っていた人間とアンドロイドを点々と吐き出した黒い塊が、スピードを上げて走り去った。


「なあ、モトが降りてないぞ」


 ダイチは走り去る乗り物から目を離さずに聞く。


「安全なところに移動するまで敵をひきつけなくてはなりません」

「囮にしたのか」

「いざとなったら逃げます。私たちには自分の安全を守るというルールがあります」


 ロボタンは淡々と答える。


「捕まったらどうするんだよ」


 続くダイチの質問にロボタンは口を閉ざした。アサトとシズ、マシロが到着し、剣呑な雰囲気のダイチとロボタンを見つめる。


「答えろ。命令だ」


 ダイチは一字一字はっきりと発音した。ロボットは嘘をついてはいけないと同時に、人間の命令には従わなくてはいけない。


「記憶をリセットします。コロニーの場所は絶対に知られてはいけない」

「今すぐ、乗り物を捨てさせて、呼び戻せ」

「不可能です。ここには通信システムがありません」

「どこにならある?」


 ロボタンはじっとダイチを見上げる。


「ダイチさん、私たちは機械です。組み立てられた無機物です。ですが、今ここでそれをお話しても詮無い。カイリさんたちも到着しましたし、ともかく移動しましょう。安全を確保してからお話します」


 落とした荷物を集めながら歩いてきたカイリとマユが、不穏な雰囲気に眉を潜めた。ロボタンはダイチから目を離し、シズに向き直る。


「シズ、先に言って皆にこのことを知らせてください。そのあとはAルートの拠点で待つように。エリー、地下道の入り口まで行って荷物を降ろして戻ってください」


 返事ので出来ないシズとエリーが、了解の代わりに走り出し、ロボタンは再びダイチを見上げる。


「行きましょう。日が暮れる前に古い都市の地下道に入らないといけません」

「……わかった」


 不満を飲み込んで、ダイチはそれに従うよりなかった。

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