ミューテーション 1
「さてと、じゃあ寝るには早いから、マシロさんの言う薄い天井を見てみるか」
ダイチが提案すると、五人はこころよく頷いた。手早く机や椅子を使って足場を組み、ダイチとアサトがそこに上る。二人はその辺から拾い集めた適当な工具を使って天井をはがし始めた。
「……だめだ」
数十分後、アサトはため息に似た呟きを漏らした。断熱と見栄えの為に貼られたのであろうボードの天井は簡単に崩れた。だが、その内側、一メートルほど上に硬質な素材の天井があったのだ。
上階の床も兼ねているらしく、それはちょっとやそっとでは崩せそうになかった。音の響きの違いは空調の配管の凹凸によって起こったものだったらしい。
ダイチは諦めて足場から飛び降りた。
「天井を削るよりは壁を削ったほうがいいだろうしな」
「すまない。無駄な時間と体力を使わせた」
マシロはそう言ってしょんぼりと俯く。ダイチは気にするな、と言って、ぽん、とマシロの頭に手をのせた。驚いて見上げたマシロのまんまるの目を見て、そういえばマシロにはこんなことをしたことがなかったと気づいた。
「よし。じゃあ壁だな。どこを削るか」
目を逸らさないマシロに、なんとなく気まずさを感じてダイチはキョロキョロと周りを見渡した。そのダイチの肩に手をかけ、マシロは人差し指を口に当てた。
「ダイチ、何か聞こえるぞ」
耳を澄ますと、確かに微かなモーター音と、金属が擦れるような音が部屋の奥から聞こえた。どうやら壁の向こうから聞こえるらしい。全員が壁に注目する。
ダイチの指の合図で、カイリとマユが机の影に身を潜めて弓と投石器を構え、ダイチ・マシロが左、アサトが右へと別れ、ゆっくりと壁に近づく。アサトは先に壁に辿り着き、手を当てて振動を確認しながら横目でちらりとダイチを見た。
「……削ってるみたいだね。入ってこようとしてる、んだろうなあ。誰だろうなあ。やだなあ」
「ファイターか、スイーパーかだろうな」
ダイチもじっと壁を見つめる。戦闘になったら、カイリとマユにもう少し距離をとらせて……とバトル時の思考回路が動くのを感じて、咄嗟に頭を振った。バトルのやり方ではダメなのだ。誰も失わないやり方を考えなくてはいけない。
「どっちにしても敵。ってことだね」
にや、と笑うアサトの顔には緊張の色が見える。間もなく、ふつ、と小さく壁に穴が開いたかと思うとドリルの先が一気に壁を貫いた。何が出てきてもいいように、三人は武器を構える。根元まで突き出したドリルは一旦穴の中に消え、二つの丸い輪が現れた。それは真ん中でパカっと割れるとマジックハンドのように壁を掴み捻りとっていく。
「なんつうか、やり方が原始的だな?」
舞い上がる埃にアサトは袖で口を覆った。止めさせるために攻撃しようにも、輪の先は壁から数センチと出ていない。どうやっても壁を切りつけることになる。動きあぐねてダイチは壁から少し距離をとった。
「入ってきてから攻撃しよう。催眠ガスを出すかもしれないから、マシロはもう少し離れてろ」
ダイチの指示を聞いて、マシロがすっと下がる。その間にも壁はばりばりと削り取られ、穴は子供ならくぐって通れるほどの大きさになった。一度すっと引っ込んだ輪が二本、穴から長く伸びてきた。輪は蛇腹の管に繋がっており十五センチほど突き出して、左右に別れ、ぴったりと壁に張り付いた。ちょうど、手を出して穴から這い出してくるような格好である。
――やはりスイーパーか
ダイチは大刀を構えたまま遠距離の二人に視線を送る。マユと目が合った瞬間、ひゅん、と風切り音が鳴った。その直後、穴の中の向こうの何かにマユの投じた瓦礫がぶつかった、ガコン、という金属音が響いた。
「ア、アイタァ!」
穴の中から間抜けな声が響いた。五人は思わず互いに顔を見回す。
「ア、アイヤ、イタクはありまセン。コチラでセイカイでしたカ。ワタシはワルイものではアリマセ……アイタァ!」
なんとも聞き取りづらい音声を発している何かに再びマユが瓦礫を投げつける。おそらく壊れかけた廃棄アンドロイドを利用したスイーパーだろう。
「イシをなげないデ! イシをなげてハ いけまセン。イケナイ こと ナノです」
それは壁の向こうで憤慨したように叫ぶ。いつの間にか近づいていたマシロが、ひょい、と穴の中を覗きこんだ。
「マシロ!」
ダイチとアサトが同じタイミングで、マシロの頭を上から押して穴からずらした。向こうに敵かもしれないものが居るというのに、とダイチの背中を冷や汗が流れる。
「ロボタンだ」
二人の手で頭を上から押さえつけられ、四つんばいになった状態でマシロがぽつりと呟いた。
「やっぱりロボタンがいた!!」
床を見たまま、今度は叫ぶマシロの頭をぺし、とアサトが叩く。
「危ないでしょ!」
「ロボタンだ! アサト、ロボタンがいる!!」
マシロは叩かれたことも意に介さぬ様子で、興奮した声で叫ぶ。
「シカタがありまセン きょうコウトッパです あぶないのデ ゴめーとるイジョウ はなれてくだサイ」
壁の向こうの何かが、落ち着いた声で告げた。マシロがはっと息を飲む。
「さては、ビームか!」
そう叫ぶと同時にがばっと起き上がり、ダイチとアサトをラリアットをするように腕に抱え、カイリとマユの隠れている倒れた大きいテーブルの影に逃げ込んだ。
「もーお! なんなの!」
押されたマユが不満の声を上げる。マシロの細い体のどこに大の男二人を引きずる筋肉が付いているのだろう、と思いながらダイチは衝撃を受けた胸を押さえてゲホゲホと咽込んだ。
カイリがバリケード代わりのテーブルの天板に背中を付けたまま、体を捻って壁の方を伺った。
「あの、もう普通に入ってきてますけど」
「えっ」
ダイチとアサトも武器を構えて壁を伺う。そこには、子供向け動画の間抜けな主人公のような風体のロボットが佇んでいた。球体の頭に四角い胴体がついている。蛇腹のような手足。腕の先は丸いやっとこのような形状だ。目には黄色い電球が埋め込まれているらしく、片方は切れている。一見、害があるようにはとても見えない間抜けな風貌だった。
「なあ、あれから本当にビームが出るのか?」
ダイチは真面目にマシロに問いかける。ぶふぉ、とアサトが吹き出した。あはははは、と笑い転げるアサトを見て、マシロの白い顔が真っ赤に染まった。
「あれが偽者なのはちゃんとわかっている」
「すごい昔に流行ったアニメーションのロボタンですね。子供のお相手用キャラクターアンドロイドじゃないでしょうか?」
カイリも笑いを堪えながら説明する。ダイチはそのアニメとやらを知らない。マユも知らないらしく、ぽかんとしていた。
アサトとカイリの警戒心のなさがダイチには理解できない。確かに見た目からは危険がないように見えるが、操ることも可能なはずだし、催眠ガスを仕込まれている可能性だって、否定は出来ない。
「いや、改造されてるかもしれないだろ?」
ダイチが言うと、アサトは体を折って笑い始めた。笑い上戸め、沸点が低いんだよ、と思いながらカイリを見ると、カイリも笑いを堪えながら真っ赤な顔で首を捻った。見た目が間抜けだからといって危険がないとは限らないだろう……振り返ったダイチの視線の先で、ロボットはくるくると回りだす。
「ヨイコのみなサン! チュウモク、ちゅうもく。すわってハナシをききまショウ。 おテテとおヒザはナカヨシデスカ?」
マシロは正座してびし! と膝に手を乗せた。身を乗り出して目を輝かせている。その反応に呆気に取られながらダイチはロボットを観察する。素材やデザインの古さから見てもかなりの年代物のように思える。ビームの発射に耐えられる素材には見えない。
「本当に危険はないんだよな?」
――テレレレッテッテ テレレレー
ダイチの質問には答えず、ロボットは楽しげな音楽を流し始めた。真剣に観察し問いかけるダイチと、その音楽が始まった間がおかしかったらしく、アサトは笑いの発作が止まらない。
「ま、まあ、まあとにかくはなしを聞いてみようぜ」
涙を拭きながら言うアサトの提案を、ダイチは仕方なく受け入れた。
「そこで話せ。それ以上近づくな。アサト、いい加減にしろよ」
ダイチの発する警告を聞いて、またアサトが笑い出す。ダイチはうんざりして黙り込む。
「ミナさんをタスけにきました。さあ、いきまショウ!」
ロボットは両手を広げ、おおお、とマシロが感嘆を漏らす。ダイチはちっと舌打ちするとロボットをにらみつけた。
「お前を信用していい根拠は?」
「ワタシはせいぎのシシャ、ロボタン! ヨワキをたすケ、ツヨきをたすケる」
ロボタンは右手を人間で言うと心臓の位置にあてる。
「……どっちも助けんのかよ」
アサトの突っ込みに、マユまでが吹き出す。もう緊張感も何もなかった。自分だけは警戒していなくては、と思いながら、ダイチも雰囲気に呑まれつつあった。
「スベてのみカタ! ロボタンニついてキなさい!」
ロボタンはどん、と胸を叩き、くるりと踵を返して歩き出す。
「ロボタン、悪いけどその穴の大きさじゃ俺らは通れないから。あと、その前に腹減ってるから何か食べるものと飲み物を持ってきてもらっていい?」
アサトが声を掛けると、ロボタンはピタリと足を止めた。そのままじっと固まっているように動かない。アサトは申し訳なさそうに頭をかく。
「あー、無理なら別にいいんだよ。難しいよな。ごめん」
「イマスグに!」
ロボタンは、大慌てで入ってきた穴から出て行った。