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テセウスのゆりかご  作者: タカノケイ
三章 アガスティア
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アガスティア 1

 しっとりとした雨が降り注いでいた。六月九日。ダイチたち四人は、ロコの案内でテセウスのバックヤードへの入り口にたどり着いた。その日はバトルの前日だったが、予定を変えずに決行した。

 スイーパーが出入りするための簡素な門は大小の泥沼が広がる湿地帯の岩陰にあった。湿地帯は泥に足を取られて歩きにくいことこの上なく、一歩間違えれば身動きが取れなくなるような深みもある。バトル中にわざわざ入り込んだりはしない場所だが、そこにあるとわかっていればたどり着くのはそう難しくはなかった。門もこの高さなら軽く乗り越えられそうだ。ダイチは門を見上げた視線を「出入り禁止」の注意書きに落とした。

 入れば安楽死薬が使われること、リスポーンの権利を失うことが書き添えられている。


「無用心だな……今まで誰にも見つからなかったのか?」


 確かに沼地で戦いたいと思ったことはないが……それにしてもあまりにも無用心である。そうですね、と同意しながらカイリが門を軽く押した。門はあまりにもあっさりと開く。


「まあ……入れないよりは良いんだけどさ」


 ダイチは肩を竦めて泥だらけになった服を脱ぎ捨て、バトルスーツに着替え始めた。久々に腕を通したバトルスーツは他人のものであるにも関わらず、思った以上に肌にしっくりと馴染んだ。カイリとマシロも着替え始める。マシロがどんどん服を脱ぎ捨てるので、ダイチとカイリは慌てて視線を逸らした。


「ダイチ、金具を留めてくれ」

「マシロさん、私が」


 ダイチの前に移動しようとしたマシロをロコが止めて、器用にマシロのスーツの金具を止めていく。顔の皮があれば優しげな微笑みを作っているだろう。


「ありがとう、ロコ」

「いいえ」

 

 マシロが着替え終わったことを確認してダイチは振り返った。 


「そうしてると、手があるみたいだな」


 バトルスーツはブーツからグローブまで、ひとつなぎのデザインになっているて、マシロの手首から先があるように見える。あまりにしつこく謝るダイチにマシロが怒ってから、手のことはこうして笑い話にするようになっていた。


「切り落としたのはお前だろう。なかなかに不便なんだぞ」


 むっとしたまま答えるマシロに、カイリとロコがふふ、と笑う。ダイチも笑顔でゆっくりと三人を見回した。


「クローン施設があるのは恐らく地下だ。そして、そこに至る通路はリスポーン室に近いはず、という予測に基づいて、赤サイドのリスポーン室の地下を目指す」


 赤サイドの宿舎から訓練室にかけて、建物内にはそんな施設が入るスペースは無かったし、青サイドにもなかったとマシロが請合った。1千人以上のファイターのクローンが、いつ誰が死んでも翌日にはリスポーン出来るように準備されているのだ。広い施設に違いない。地下しかないと予測した。かなり勘に頼った計画だが……と思いながらダイチは確認を続ける。


「途中ではぐれたら、各々で外を目指し、地下洞窟に逃げ込むこと、チャンスは今回だけじゃないから絶対に無理はしない。いいな?」

「はい」

「ああ」

「わかりました」


 三人の返事を聞いて、ダイチはぱん、と手を打つ。


「よし、行こう」


 門を開けると、更にシャッターのある入り口が見えた。横にある開閉ボタンで、これもまた何の抵抗もなく開く。


「順調、だよな?」


 周囲に警戒しながら入り組んだバックヤードを赤サイドの宿舎に向かって進む。ロコのナビで方角的にはまっすぐリスポーン室に向かって進んでいるはずだ。途中には様々な施設があり、食べるものも着るものもここに盗りにくれば事欠かないということがわかった。黙々と働いているアンドロイドたちは再利用らしきものも、それ用に作られたように見えるものも居たが、一様にこちらには何の興味も示さなかった。

 バックヤードが終わり、もう一つ扉を開ければファイターたちの居住区になるという手前で細い階段を二階分ほど降りた。ファイターたちの生活空間である場所の地下に繋がる扉を開ける。骨組みが剥き出しだったバックヤードの内装から、宿舎施設と同じ美しい廊下に変わった。だが、隅々にはホコリが落ちている。


「清掃用のロボットも入り込まないのか。無駄な空間だな」


 ダイチは並ぶ扉をそっと押してみる。良くわからない機材が積んであったり、誰かが住んでいたのかと思われるような部屋もあった。そのどれもが長い年月使われていないことが一目でわかった。


 「あ、あそこ見てください」


 カイリの声にダイチは通路の先に目をやった。通路の右側の壁が切れている。壁の切れ目までたどり着くと、下へ下へと伸びてゆく、古い螺旋階段があった。手すりの塗装の剥げ方からみると、頻繁に使われていたことがわかるが、その上に分厚く積もった埃が放置された年月の長さを物語っている。


「歩いてきた距離と角度からすると、赤サイドの救護室か、リスポーン室の地下あたりか?」

「はい。正確には救護室の真下です」


 ロコの返事を聞いて、おそらくこの通路の先のどこかにクローン搬入の為のエレベーターがあるだろう、とダイチは踏んだ。とすれば選択肢は二つ。この階段を下りるか、通路を進んでエレベーターを見つけて降りるか。


「ここを降りてみるか?」


 ダイチの問いかけにカイリが頷く。


「エレベーターだと、閉じ込められる危険がありそうな気もしますし」

「こんだけ順調なのも……そのつもりなのかもしれないな」


 あまりに順調なことを「気づかれていないから」だと考えるのは間違っている気がする。


「よし、降りよう」


 マシロがさっさと先頭に立って降りはじめる。弱い緑色の常夜灯がポツポツとしか設置されていない螺旋階段は、まるで闇に続いているようだったが、マシロは躊躇なく進む。ダイチとカイリは目を合わせて苦笑するとマシロの後を追った。


「何か見えますね」


 しばらく下るとカイリが手すりから身を乗り出して下を覗き込み、小声で言った。


「いや……何も」


 ダイチの目には何も見えない。


「扉だろう」


 マシロが少し不思議そうな声でダイチを振り返って言った。不思議そうなのは何故見えないのか? ということらしい。敵の時はあんなに怖かったのに、味方になるとこんなに心強いのか、とダイチは肩を竦める。

 少し下るとダイチの目にも両開きの扉が見えるようになった。最後の一段を降りて階段を見上げると入り口がぼんやり小さく光っている。


「ここが開かなきゃ行き止まりだな」


 ダイチは両開きのドアに手をかざす。一瞬光の筋が上から下へと走り、ピ、ピピ、と電子音が鳴るが扉は開かない。


「開け、オープン」


 大声ではっきりと発音すると、やはり電子音が鳴り声を認識しているようだが開かない。


「まあ、当たり前だよな」

「無計画だな」


 マシロはのん気に言うダイチをチラリと見てから、思い切りドアを蹴りつけた。ドゴン! と音がして扉が少し凹む。


「おま! 足の骨がイったらどうするんだよ! やめろ!」


 ダイチは慌ててマシロを羽交い絞めにして止める。


「離せ。そんなヘマはしない」

「マシロさん、歪んで開かなくなりますから。ちょっと待ってください」


 ダイチから逃れようともがくマシロをカイリが横からなだめて、ザックからラップトップを取り出した。ケーブルを片手にスロットを探る。


「ダメですね。規格がだいぶ古い」


 カイリがため息と共にラップトップを片付ける。ここを今度は上るのか、ダイチはうんざりと階段を見上げる。


「……戻る……か」

「蹴り壊そう」

「……だから無理」


 構えるマシロの肩をつかんでダイチは階段に向かい、カイリもそれに続いた。 


「……私が開けます」


 ぽつり、と呟くロコの声に三人は振り返る。表情のわからない標本骨格のような顔をロコは少しだけ傾ける。


「出来るのか?」

「はい、恐らく可能です。全ての扉のロックを解除して、次にロックされるまでの猶予は一時間くらいかと」

「一時間……だいぶ長いけど根拠があるのか?」

「マニュアルにない事故の場合……人の判断を仰ぐ必要がある、はずです」


 ロコは頷きながら言った。


「人、ですか?」


 カイリの疑うような質問にも、ロコはかくん、と頷く。


「なるほど、管理用AIのマニュアルでは判断できないことを、人が決定するまでのタイムラグか。よし、ロコ頼む」


 ダイチに肩を叩かれて、ロコは扉の横についているロックシステムに近づく。人差し指の第一関節を外し、中からケーブルを引っ張り出してスロットに差し込んだ。瞬間、考え込んでいたカイリがはっと顔を上げた。


「あなたが洗脳される危険はないんですよね!?」


 カイリの叫びを受けて、ロコは黙って俯いた。

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