メメント・モリ 6
三人は翌朝早くに起きだして食料集めの準備を始めた。大き目のザックを更に紐で結んでいくつも背負えるように加工する。ここ数ヶ月で考え出した効率的な運搬方法だった。森の恵みである果実を採取したり青菜を収穫したりしているが、なんといっても食料のほとんどはファイターの持ち込んだ品で賄われているのが現状だ。大々的に農園を作るわけにもいかないので仕方がない。
早朝だというのにすでに気温は上がり始めていた。今日は暑くなるぞ、と思わせる湿った温い空気が漂っている。夕方には雨になるかもしれない。
重要な生鮮食品を傷む前になるべくたくさん集めたい……バトル終了と同時に飛び出せるよう、ダイチとマシロはすっかり準備を整えてザックを背負った。梯子を登り始める瞬間、昨日のことが思い出されてダイチは顔を顰める。
――忘れろ
ダイチは自分に言い聞かせて力強く梯子を踏みしめた。ダイチが登りきるのを確認して、マシロも梯子に手を掛ける。
「行ってくる」
「行ってきます、だよ。はい、いってらっしゃい」
訂正するアサトに向かって舌を出すと、マシロは片手で器用に上り始めた。
「ダイチ」
洞窟を出る寸前で、小声でマシロが注意を促し、藪の向こうを見つめた。目を凝らすとダイチの目にもうっすらと人影が見えた。バトルスーツではないようだ……アンドロイドでもないようだからドッペルゲンガーだろうか。アサトの話からそんなに頻繁に起こることではないと思っていたのだが……ダイチは気配を殺してマシロと一緒にすっとしゃがみ込む。にもかかわらず、人影はこちらに気づいて両手を上げた姿勢で敵意がないことを示した。
「イチさん、ですよね?」
人影が発した聴き慣れた声にダイチは思わず立ち上がる。
「カイなのか?」
「はい!」
その名を聞き返すと、嬉しそうな返事が聞こえ、がさがさと藪が揺れて、カイが姿を現した。
「お前……なん……で?」
言葉に詰まるダイチの袖をマシロが強く引いた。
「ダイチ、質問はあとだ。アサトに任せて行こう。何故なら、肉が腐る」
現実を受け入れるのが早すぎだろう、と思いながらも、この状態を見ればカイがドッペルゲンガーになったことは間違いない。ということは四人分の食料を掻き集めなくてはならないのだから、マシロの言うことは正しいのだ。ダイチがアサトを呼ぶために洞窟に向かおうとすると、マシロはふっと袖を離して走り出した。
「先に行く」
マシロは振り返りもせずに叫ぶ。この数ヶ月でだいぶ人馴れしてきたと思ったが、気が短いし単独行動を取りがちなのは変わらない。ダイチは、あーもう、と吐き捨てる。
「アサト! 来てくれ!!」
ダイチは洞窟に顔を突っ込んで大声をあげる。声が狭い洞窟内に反射してこだました。
「ごめんな、カイ。この中にアサトがいる。お前のことは知らないし……ちょっと年食ってるけど、話せば大丈夫だから一緒に待っててくれ」
「わかりました」
カイの返事に頷いて歩き始めて、ダイチは慌てて振り返る。
「そうだ、チップを外してよこしてくれ」
「あ、チップはもう外して棄ててきました。マズイですか?」
「いや、それでいい、さすがだよ」
相変わらず細かい気が回るな、と思いながらダイチはぽん、とカイの胸にこぶしを当てる。
「すぐに戻る」
ダイチは急いでマシロを追った。冬は食料集めに出たら暗くなるまでは戻らなかったが、夏場は貴重な生鮮食品を腐らせないためにちょくちょくと戻る。二人ともやたらと揉める性質でもないし、カイのほうはアサトを知っているのだから大丈夫だろう、と胸の中の不安を潰した。
「考えても仕方ない」
ダイチはわざと声に出して言うと、走るスピードを上げた。食料集めの巡回のコースは決まっている。マシロはすぐに見つかった。落ちているザックから食べられるもの、使えるものを選んでいる。ちらりとダイチを確認して夢中といった様子で作業を続ける。ダイチもすぐに作業を始め、昼よりだいぶ前にパンパンになったザックを五つ背負って洞窟へと戻った。
「ただいま」
マシロとダイチは梯子の上か数個のザックを投げ落とす。残るザックは割れるものが入っているため、背負ったまま降りた。
「おかえりー」
梯子から降りたダイチとマシロをアサトが座ったまま両手を広げて迎える。どうやらアサトとカイはすっかり打ち解けてカードゲームに興じていたようで、床にカードが散らばっている。ダイチは座って水を飲み、あー、といいながら凝り固まった首をぐるぐると回した。マシロは背中のザックのひとつをアサトに投げつける。残りのザックを空にするため、中身を出し始めた。ぷん、と鉄の匂いが流れてカイリが少し眉を潜める。
「今日は肉があった。早く焼け。食ったらすぐに出る」
マシロはぴょんぴょんと今にも駆け出しそうに足踏みする。
「早く焼いてください。食べたらまたすぐに出かけます、だよマシロちゃん」
のんびりとアサトが言い直すと、カイがふふ、と笑ってアサトが抱えるザックに手を伸ばした。
「僕がやります」
カイはザックからパック詰めの肉を取り出して、勝手しったるように調理器具とフライパンを用意して調味料を吟味しだした。そんなことより、どうしてカイが……ダイチは三人の顔を見回す。
「いやいや、ちょっと待てよ。まずカイの話を……」
「黙れ、ダイチ。私は待たない」
「静かにしてください。私は待てません、だよー」
ダイチの言葉をマシロが遮り、アサトが言い直す。話にならない、ダイチは深いため息をついた。その様子を見て、カイがふふふ、と背中を震わせる。
「……本当に柔軟だな、お前たちは」
「お前が固いんだって」
はっはっはと豪快に笑って、アサトはゲホゲホと咽こむ。
「バカにするからだ」
ダイチはざまあみろと言って、自分のザックの中身を空け始めた。カイが熱したフライパンに肉を入れて、じゅう、という音と共に旨そうな香りが広がる。マシロが吸い込まれるように移動してカイの隣に立ちフライパンを覗きこんだ。
「えーと、マシロさん。僕はカイリと言います。これからよろしくお願いします」
「んー」
マシロは肉から目を離さずに生返事をした。
「イチ……ダイチさん。アサトさんからコースは聞いたので午後からは、僕も食料集めを手伝いますね」
「ああ」
カイリににっこりと微笑まれて、ダイチも思わずつられて微笑んでしまう。理由を教えても居ないだろうに、皆に習って正式名呼びをするあたりがカイリらしい。
「了解。よろしくなカイリ。……だけどなあ、本当にお前、なんで?」
「昨日、ダイチさんを見かけて。きっとこういうことなのかなって思って」
やっぱり見られていたのか、ダイチは唸る。聡いカイリはそこからドッペルガンガーの可能性に気が付いたのだろう。カイリはフライパンを振るう腕を休めずに答える。
「皆には先に戻っているといって隠れてました。終了時間直前にバトルスーツを脱いで安楽死を避けて……」
「なるほど。でもわざわざドッペルゲンガーになんて……どうしてなんだ?」
ダイチの問いかけにカイリは黙り込む。自分でもよくわかっていないのかもしれない。手早く調味料をふりかけ、フライパンから肉を四つの皿に均等にうつす。マシロは肉が皿の上に載ると同時に引っつかんで食べ始めた。
「あ、マシロさん、ソースがまだ……」
カイリはマシロを制止しかけて、肉のなくなっていくスピードを見て諦めたようにフライパンをコンロに戻す。
「その選択肢があったから、選んでみた……って感じなんですけど……迷惑でしたか?」
カイリは小さな声で呟いた。空のフライパンを見つめながら、付いた焦げを菜ばしでつつく。アサトはまあまあ、というように手を振って二人の間に入った。
「もういいだろ、ダイチ。理由なんてどうだって、ここで一緒に暮らす以外の道はないんだしさ」
確かに理由はどうでもいいのかもしれない。何をどう考えてみてもこの状況では何も選択できないのだから。ダイチは目を瞑って頷く。
「それも……そうだな」
カイリは安心したように作業を再開する。素晴らしい手際でソースを作り上げて、まだ湯気の出ている肉の上にかけた。
――それに、カイリがいればおいしいものが食べられそうだ。
ダイチはカイリが差し出した皿を受け取りながら思った。アサトもうれしそうにソースの滴る肉を口に運んだ。
「いやあ、うまい! こいつら料理全然ダメだから! ありがたい!」
絶賛するアサトをチラリと見てマシロが立ち上がった。
「午後の回収にいこう、ダイチ。カイリもいくのだろう?」
カイリはまだ半分も食べていない皿を慌てて置く。「食べてからでいいだろ」というダイチの声を無視してマシロは地下洞窟の竪穴に掛けられた梯子を上っていく。カイリが慌てて後を追っていた。カイリではマシロの足には付いていけないだろう……ダイチは残った肉を口に放り込みアサトを振り返った。
「がんばって。子供たちをよろしくね、パパ」
「うっへえ」
ふざけるアサトを睨み、ダイチはよいしょ、と立ち上がった。




