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後編

 





 さりげなく現実から目をそらしながらも、旅は順調に進みました。

 魔王へと近づくほど治安が良くなっていったので、とある国を出たときよりもむしろ今の方が楽な気がします。

 今思えば、とある国周辺はあまり治安が良くありませんでした。

 とある国の王様は、そのことを知っているのでしょうか。

 やっぱり魔王って悪くなんかないんじゃあ……と勇者は思いましたが流石に口には出しませんでした。

 そんなこんなで勇者たちは魔王城のある町までたどり着きました。

 魔族や人間が生き生きと暮らす、活気のある町でした。

 悪い魔王の城下町がこんな真っ当なハズないよね、と勇者は思いましたがやはり口には出しませんでした。

 そのまま魔王城へは行かず、旅で疲れた体を休めることにした勇者たちは一晩宿をとることにしました。

 町でも一等綺麗で豪華な宿です。

 ラスボス前に高級宿とかありえないよね、と遊んできたRPGゲームと比較しながら勇者は遠い目をして当然のように高級宿へと消えていく仲間たちを見ていました。


 本当に悪い奴もいるけれど大半が善良な魔族、魔王城の側ほど治安の良い土地、活気に溢れみんなが楽しげに笑顔を浮かべている魔王城の城下町。

 どれも、魔王を倒すための理由にはなるものではありません。

 ですがこのままだと、明日には仲間たちとともに魔王を倒しに行くようになってしまいます。

 あまりにも気が進まない勇者は、寝ていたベッドから起き上がりました。

 窓を開けて外を見ます。月のうかぶ空。その下には魔王城がありました。


「よし、決めた」


 勇者はうるさい仲間たちを置いて、一人で魔王に会いに行くことにしました。

 深夜になるまで待って、みんながぐうぐうと寝静まったのを確認した勇者はひっそりと暗闇に紛れるように宿から出ていきました。

 鬱陶しいほどに勇者にべったりだった仲間たちは、勇者のそんな行動に誰一人として気付きません。

 ようやく勇者がいなくなったのだと仲間たちが気付き騒ぎだしたのは、次の日、太陽が高く上がってからでした。




 妨害の一つもなく勇者は魔王城へと無事に到着しました。

 門の前には門番がいます。

 夜も遅くにやってきた勇者に門番は訝しみました。

 当然です。門番は怪しい奴を追っ払うのが仕事なのですから。

 いかつい顔の門番に睨まれ泣きそうになりつつも、魔王に会いたい勇者は門番に今までの出来事と理由、だから魔王に会いたいのだと一生懸命話しました。

 話を聞いていた門番は最初こそ睨むような視線でしたが段々と険が取れていき哀れむようなものに変わっていきました。

 そして聞き終わった最後には慰めるようにポンッと勇者の頭を撫でて、あっさりと勇者を魔王城へと通してくれました。


「馬鹿どもに付き合わされて大変だったな。魔王様にお前が来たことを伝えておくから、少し待っていなさい」


 門番の言葉通り待っていると、ほどなくして魔王のいる部屋へと案内されました。

 大きな扉が開いたその先は、広く豪華な部屋でした。

 おそらく謁見のための部屋なのでしょう。

 勇者は足を踏み入れ部屋の中へと進みました。


「勇者よ」


 案内をしてくれた魔族に言われるがままに足を止めた勇者に、立派な玉座に腰をかけた魔王が話しかけました。


「何用だ」


 きりりと眉をあげて威厳に溢れる魔王に、勇者は「夜分遅くに申し訳ありません」とまずは非礼を詫びました。

 その言葉に目を丸くした魔王は、気にするなとでも言うように首をふってくれたので、勇者はさっそく本題に入りました。


「手っ取り早く言いますと、とある国に魔王を退治してこいと言われて来たんですが」

「えっ、なんで」


 勇者の言葉を聞いて、魔王はぽろっとそんな驚きをもらしました。

 突然崩れた魔王の口調に今度は勇者が目を丸くします。


「魔物や魔族、そしてそれを束ね意のままに操る魔王が、とある国及びその周辺国の平和を脅かす存在だとかなんとかで」

「なにそれだれそれ」

「ですよねー」


 勇者の説明を聞いて、魔王は寝耳に水と言わんばかりに口をあんぐりとあけています。

 どうやら威厳溢れる物言いは作り物らしく、砕けた口調が魔王の素のようです。

 そんな魔王につられるようにして砕けた口調で勇者は心の底から同意しました。

 魔王の様子をみている限り、やはり勇者が予想していたように悪い奴には見えません。

 先ほどきりりとしていた魔王の眉毛は今は困ったように下がっています。

 よく見てみればその顔立ちはとても優しげで、八の字眉毛になっている今はそのへんのイケメンな魔族のお兄さんにしか見えず、威風堂々としていた先ほどとは違いとても魔王とは思えない風貌をしていました。

 勇者の中の魔王像とはかけはなれています。

 やはりそこらへんのお兄さんにしか見えません。

 唯一らしいと言えばこめかみあたりからはえている二本の立派なツノでしょうか。

 少しだけ砕けた口調のまま、勇者は困りきった魔王に今までのことを話しました。


「私、とある国に勇者として異世界から召喚されたんですよ、魔王を倒せって。それで、戦い方とか色々教えてもらって、魔物とか魔族とか倒しながらここまできたんですが……」


 勇者の話を聞いて、魔王は頭を抱えました。


「なんで勇者召喚なんて……それも異世界からかよ……確かにかつての魔王は悪行三昧で勇者に退治されてりしてたけど。ほんっと昔の話でずいぶん前からはいたって穏やかだってのに。今じゃあ魔王っていってもそれこそ人の王となんらかわりないのになぁ」


 魔王はぶつぶつと呟きました。

 優男風のなりをした魔王のそんな姿はちょっとだけ情けなく見えました。

 この人本当に魔王なのかな、と結構失礼な感想を抱きながら、勇者は常々考えていたことを魔王に伝えることにしました。


「私が推察するに、とある国は魔族領が欲しかったんじゃないかと。ついでに私をまるめこんで他国に対してちらつかせたかったんだと思います」

「あー、とある国は最近ちょっとばかし問題児だからね。他の国は友好的なのにとある国はやたら周辺諸国に喧嘩腰で……。国土を拡げたい様子を見せてもいたし……」


 威厳を装った物言いを完全に止めた様子の魔王は納得したように頷きました。


「やっぱり困ったちゃんでしたか」

「そうそう、困ったちゃん。そのうちどっか制圧でもするんじゃないかと思ってたけどまさかうちとは……いや、だいたい予想はついてたけどさ。最近あっちの方で魔物やら魔族やらドンパチやってるのは報告で聞いてたけど、まさか異世界から勇者を召喚した上でそんなことをさせようとしていたとは」

「御愁傷様です」


 魔王はやっぱり悪い奴ではありませんでした。

 むしろ、勇者を利用して私欲を満たそうとしていたとある国(困ったちゃん)の方がよっぽど悪いように思えます。

 ほんの一時で疲れきったように哀愁を漂わすようになった魔王の姿に勇者は憐れみの目を向けました。

 そんな勇者を魔王も似たような目で見ているのは、勇者自身も疲れきったような哀愁を漂わせていたからでしょう。


「んで、勇者ちゃんは私を倒すの?」


 疲れた顔でそう訊ねる魔王に、勇者は頭を横にふりました。


「いやー、流石に罪もない人を倒す訳にはいきませんよ。むしろ無実の王さまを倒したなんて私が罪人になるじゃないですか」


 勇者の返事を聞いて、魔王はほっと息を吐き出しました。


「だよねぇ、よかった。向かってこられたらこちらも反撃しないわけにはいかないからね。相手が勇者といえど可憐な花を散らすのは流石に惜しい」

「私がやられる前提なんですがやっぱり魔王さま強……いんですね分かりましたからその殺気なのか威圧なのか分からないけど怖いオーラしまってくださいごめんなさい」

「私も魔王だからね。付け焼き刃な戦い方しかしらない女の子に負けはしないよ」

「ひぃぃ」


 強いか疑われたのがよほど不満だったのでしょうか。

 さきほどのなよっとした様子を一瞬で消して、魔王は本気で殺気威圧オーラと視線ならぬ死線を勇者へと送りました。

 ビビりな勇者には効果抜群です。

 やべぇ殺される! と瞬間的に思わされた勇者は、青い顔と涙目ですぐさま訂正して謝りました。

 魔王はやはり魔王だったのです。

 実力の差をそれだけで思い知らされた勇者はがくがくぶるぶると震えました。


「魔王さまがお強いことはよっく分かりました。ところで魔王さま」

「なにかな」


 随分と震えた声を出す勇者の様子が生まれたての小鹿のようでとても面白かったので、魔王は笑いをこらえながら勇者の言葉の続きを待ちました。

 一度、二度と深呼吸をしていき、十二回目の深呼吸を終えたところで勇者はようやく落ち着いたようです。

 真剣さが届くようにとじっと魔王を見つめた勇者はまだ少しだけ震えの残る声で伝えました。


「魔王を倒さない勇者なんて、とある国はいらないと思うんですが、捨てられたら私、家無し金無し家族無しなんですよね」

「うん」

「だから、この町に住んでも良いですか。そして職や住みかが見つかるまでは安定した衣食住の提供をしていただけると嬉しいのですが」


 それは、勇者の今後にかかわることでした。

 魔王を倒すものとして召喚された勇者でしたが、今ではもう魔王を倒す気なんてかけらもありません。

 それをとある国が許すかどうかは別として、勇者という肩書きがなくなった勇者はただの平凡な女の子です。

 元の世界への帰り方も分からないため、平凡な女の子の身でありながら生計をたてて、この世界で生きていかねばならないのです。

 その覚悟はできています。

 しかし覚悟はあってもお金や職やあてが今現在ない勇者は、魔王を頼ることにしたのでした。

 頭を下げてお願いした勇者の言葉に、魔王は楽しげににっこりと微笑みました。


「もちろんいいよ」


 そして、あっさりすぎるほど簡単に、そのお願いを聞き入れてくれたのです。

 これには勇者も仰天しました。

 おいおいそんな簡単に勇者の滞在とバックアップを決めてもいいのか、と、勇者が戸惑いながらも見上げた先にいる魔王は、鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な様子で次々と提案していきました。


「そうだね、それじゃあ取り敢えずはこの城に住んでもらおうか。部屋を用意しておくよ」

「えっ、あ、ありがとうございます」

「服もいくつか取り揃えておくから好みのものを選んでね。私としては最近流行りのドレスなんかがオススメなんだけど」

「は、はい」

「食べ物は何が好き? 肉? 魚? 野菜? 料理長に言ってくれればメニューを考えてくれるからぜひ言ってみてね。そうそう嫌いなものなんかもあれば伝えるといいよ」

「えーと、好き嫌いは特にないのでおかまいなく……」

「そう? そういえば仕事なんだけど、嫌じゃなければ私のお手伝いをしてくれると嬉しいなぁ」

「お手伝い、ですか?」

「うん。勇者ちゃんもここに来るまでに感じたと思うんだけど、魔族っていっても見た目や魔力の量が人間と違うぐらいで、基本的には生活なんかはそう人間と変わりないんだよね。血の気の多い奴らがいるのも確かだけど大多数の魔族たちは平和を望んでるしそうなるような生活をしてる。だけどたまに過激派というかなんというか、やんちゃが過ぎる魔族もいてねぇ……それこそ勇者に討たれた魔王がいた時代に好き勝手やってたような魔族みたいに。そいつらをシメるのも魔王の仕事の一つでね」

「それは……魔王さまのかわりに私がその魔族をシメればいいと? でも、私なんかが魔王さまのかわりなんてつとまるかどうか……」

「安心してよ勇者ちゃん。まあ、まず私には勝てないだろうけど、勇者ちゃんはそこらへんの魔物や魔族よりよっぽど強いでしょう? 剣をあわせてはいないけどそのぐらいは分かるからさ」

「前半の言葉いります? まあ確かに勝てないでしょうけど。……いえ、分かりました。私も善良な人間や魔族を蹂躙するような魔物や魔族を野放しにするのはどうかと思うので喜んでお手伝いしたいと思います!」

「よし、決まりだね!」


 なにやら流れるように勇者の仕事が決まってしまいました。

 勇者は今までの旅で培ってきた剣術や魔術を無駄にしないですむことにほっとしながら、割りと乗り気で承諾しました。

 これで職は手にいれたので、お金をためて住むところを見つけるだけです。


「ありがとうございます、魔王さま!」


 魔王さまさま、とほくほくした笑顔を浮かべる勇者に和みながら、魔王は少しだけバツが悪そうに苦笑しました。


「突然異世界に連れてこられて勇者になって魔王を倒せ、なんて迷惑極まりない難題ふっかけられて大変だったね。これは元の世界の家族や友人や生活と君を引き離してしまった、この世界の住人の一人としての罪滅ぼしのつもりでもあるんだよ。それに、私としても強い勇者ちゃんがいてくれるとありがたいからね。だからそんなお礼を言われることではないな」

「そんな、元凶はとある国(困ったちゃん)なんですから魔王さまが気にすることないですよ!」


 笑顔でそう言い切る勇者に、魔王はやはり苦笑を浮かべるのでした。


「……そうだね」


 気を取り直して、と一度深呼吸をした魔王は苦笑を見惚れるほど素晴らし笑顔に切り替えました。

 そして。


「ようこそ、勇者ちゃん!」


 心からの歓迎を勇者におくったのでした。











 それからというもの、勇者がいなくなったことに気付いた勇者の元仲間たちが魔王城に押し寄せてきたのではね除けたり、とある国と色々あったりなんだりではじめのうちは少しごたごたしていましたが、それが落ち着いてからは概ね平和に時間が過ぎていきました。

 普段は雑用などをこなし、時たま悪い魔物や魔族たちを退治する日々です。

 お金も十分にたまりもうそろそろ家を買ってもいい頃ですが、その話が持ち上がる度に何故か消えていってしまうので、相も変わらず勇者は魔王のお城に住んでいました。


「なんなら、ずうっとここに住んでもいいからね」


 魔王は笑顔で何度も言ってくれました。

 いや、自活する! と勇者はやんわりと断っていましたが、部屋は広いし料理は美味しいし城の人たちもとてもいい人たちばかりで勇者は大好きだったので、何度目かになる魔王のその言葉を聞いたとき、やっぱりそれもいいかもしれないな~と思いだしました。


 勇者が出した結論にとびっきりの笑顔で魔王が頷いたのは、そう遠くない未来の出来事です。






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