前編
ある日、日本に住んでいるとある女の子が、とある異世界のとある国の勇者として召喚されました。
「勇者様、どうか我が国をお救いください」
日常から一転、突然の事態に呆然としていた女の子にとある国の王様が言いました。
今、とある国は魔族や魔物たちに狙われているのだと。
とある国が侵略されれば、次は周辺諸国が危ないのだと。
そうしていずれはこの世界全てを魔のものたちに奪われるのだと。
だから、そうなる前に魔の者たちを退治してくれる勇者を――女の子を召喚したのだと。
王様は今一度言いました。
我が国をお救いください、と。
綺麗な王妃様、格好いい王子様も、同じようにお願いしています。
心配そうにじっと勇者を見つめる可愛らしいお姫様も、きっと同じ気持ちに違いありません。
そして、部屋にいるたくさんの人たちも我も我もと「お助けください!」とお願いをしてきました。
勇者は悩みました。なぜなら勇者は平和な日本に生まれ育った運動神経も頭もそれほど良くはない平々凡々な女の子だったので、自分が勇者としてやっていけるかどうか分からなかったのです。
泣きべそをかきながら野良犬に追いかけられたり、シャーっと猫に威嚇されただけで悲鳴をあげて縮こまったり、お化け屋敷では怖すぎて一歩も動けなくなるようなビビりな自分ではとてもではないですが勇者なんてできるはずもありません。
魔族や魔物を倒すどころか、下手をすれば野生の動物にすら逃げ出す自信があります。
勇者とか、無理。
勇者の頭がそんな言葉でいっぱいになってしまうのも仕方ありませんでした。
「分かりました」などと安易に頷くことはできなかったのです。
反対に、自分が勇者など到底無理だということを素直に伝えようと思いました。
しかし、王様の、王妃様の、王子様の、部屋にいるたくさんの人の懇願に、そしてただただ静かに勇者を見つめるお姫様の視線に、勇者の口からは思っていることと真逆の言葉が飛び出してしまったのです。
「お、お助けします……」
勇者は大変ビビりでした。
たくさんの人のお願いを無下に拒否することができないくらいに。
そしてお人好しでもありました。
なので、みんなのお願いを断ることなど、はじめからできるはずもなかったのです。
勇者の言葉を聞いた王様たちは、大層喜びました。
みんな晴れやかに笑っています。
反対に真っ青になった勇者は「でもっ!」と王様たちに伝えました。
自分が生まれ育った場所は平和だったこと。
自分は平々凡々なこと。
そのため、魔のものを退けるほどの力も知識もないこと。
少しなら手助けできるかもしれないが、あまりあてにしないで欲しいこと。
勇者の言葉を静かに聞いていた王様は勇者を安心させるためににっこりと笑いました。
「心配はいらない。勇者様が勇者様足れるよう、我々が色々とお教えしましょう」
その日から、勇者はお城に住んで色々なことを学びました。
とても強い騎士からは剣術を、とても賢い魔術師からは魔術を、王子様とお姫様からは世界や魔のものたちのことを、お城で働いている人たちからは生活の知恵などを。
剣など握ったことがなく、魔術もちんぷんかんぷんだった勇者はとても苦労しました。
はじめのうちは怪我をするのは当たり前で、とても優しい神官に何度も何度も聖術で手当てをしてもらっていました。
その度に泣きべそになっていた勇者にたいして、神官はきっと「なんて泣き虫なんだろう」と思ったことでしょう。
逃げ出したくなる時もありました。
それでも、騎士も魔術師も神官も王子様もお姫様もお城の人たちもみんな優しく親切で、勇者を励ましてくれたり応援してくれたりしたので勇者は頑張ることができました。
そして勇者はみるみる剣術の腕をあげ、魔術を自在に操れるようになりました。
それはそれは勇者自身がびっくりするほど上達していきました。やはり勇者は勇者だったのです。
みんなは勇者が強くなればなるほど喜び、「流石は勇者様だ!」と口々に誉めていきました。
騎士も魔術師も神官も王子様も、嬉しそうに勇者の頭を撫でました。
恥ずかしくて少し困りながらも、勇者も嬉しく思いました。
そうして強くなった勇者は、騎士に魔術師、神官と王子様、それとみんなのお世話係のとても可憐な侍女と一緒に魔王を倒す旅に出たのでした。