狐と蛇の祓い屋〜少年達と肝試し〜
丑三つ時と呼ばれる時間。
肝試し大会を開催しようと、少年達は近所の寂れた神社へ登る階段に集まった。
中学生活最後の夏休みの思い出作りが目的だ。
「雰囲気あるなぁ…」
「雰囲気なかったら肝試しにならないじゃんか。」
「よし、行くぞ。」
周りに鬱蒼と木が生える真っ暗な階段を懐中電灯片手に登って行く。
階段を登り切った先の鳥居を潜ると、なんだかひんやりとした空気を感じた。
「なぁ、なんか、寒くねぇ?」
「何言ってんだよ、ビビらせんなよ。」
「………」
目的の社まで辿り付き、賽銭箱の奥の扉に手をかける。
開けた瞬間、冷気が増した。
「おい、なんかヤバイかも。」
「そ、そうだな。帰ろうか。」
「……………」
二人が引き返そうとしても、扉を開けた少年は動かない。
「おい?行くぞ?」
「ふざけんなよ、置いてくーー」
突然、その少年が断末魔の叫びをあげた。
「ゔあぁぁぁぁあぁぁぁあああ!!!」
一人は腰が抜け
もう一人は友人達を置いて走り出す。
が、何かに躓いた。
その足元には、生首があった。
「ひ、ひぃぃぃい!!!」
動けなくなった少年達に、大量の、黒い蠢くモノ達が這い寄ってくる。
ーーチリン
澄んだ鈴の音がした。
「びゃくだ」
女の声が聞こえると、冷たい雨が降り出した。
気付いた時には、黒い何かは消えていた。
「おい、ガキ共。」
そこには、先程までは確かにいなかったはずの男がいた。
白い着物に黒い羽織りを肩から掛けた、長い黒髪を耳の下で緩く結った男。
「ここの社には神が不在だったんだ。連れて行かれるぞ。」
不機嫌そうに男は告げて、踵を返す。
その後ろには、白い着物の綺麗な女。
女のそばには、もう一人別の男が寄り添っている。その男も白い着物姿をしていた。
「何かあれば、明日そこの店に来るといい。」
女が静かな声でそう告げて、三人は去って行った。
少年達は、転がるように駆けて、家に帰った。
次の日の昼頃、少年達は再び神社の階段に集まった。
お互いの顔色を見て、昨夜の出来事が夢ではないと確認する。
「なぁ、おれ、肩がすっげぇ重いんだ…」
「おれも、なんか、変。」
「………み、店って、言ってたよな?」
この寂れた神社のそばには何もない。
木が生い茂る林ばかりで、ずっと、誰も住んでいない廃屋があるくらいだ。
とりあえず少年達は廃屋に向かってみることにした。
《祓い屋 お気軽にどうぞ!》
廃屋の入り口には、木板の看板が置かれていた。
恐る恐る覗くと中は普通の民家のようだ。
「客か?」
声を掛けられ、肩を揺らした三人の視線の先には、昨夜の黒髪の男が腕を組んで立っていた。
男は昨日とは違って濃紺の着物姿で、手には酒らしき瓶を持っている。
明るい中で見る男は、眉間に皺を寄せていて、少し怖い。
「爬虫類。客を怖がらせてどうする、この阿呆が。」
どうしよう、と少年達が男にビビっていると、もう一人の男が現れた。
もう一人は、濃茶の着物にふわふわした茶色い髪の優しそうな雰囲気で、こちらは昨夜女に寄り添っていた。
「るっせぇ毛玉野郎。」
黒髪の男は益々眉間に皺を寄せた。
「昨夜の子達だね。いらっしゃい。」
微笑む男に促され、少年達は奥へと通された。
奥には、白い着物でずぶ濡れの、昨夜の女がいた。
水の滴る長い黒髪が、頬と首筋に貼り付いている。濡れた着物が女の肉感的な体を強調して、艶かしい。
「きゅうちゃん、その子達…?」
ぽたぽたと水を滴らせる女が茶髪の男をみた。
「昨夜の少年達だ。」
「あぁ。……びゃく。」
女が、少年達の後ろに立つ黒髪の男を見た。
「金額の話をして、喰べてやって。」
「いやだ。俺はお前からじゃないと喰わん。」
「酒飲みの穀潰しが。雪乃は着物を替える。任せたぞ。」
茶色い髪の男は女の手を引いて建物に向かってしまった。
「ちっ、狐が。」
舌打ちをして、黒髪の男は唖然とする少年達に向き直る。
「おい、ガキ共。どうやら取り憑かれてるみたいだが、祓うには対価がいる。お前等に憑いてるモノを祓う相場は五万。払えるか?」
「む、無理です。」
一人が答えると、男はだろうなと笑う。
「ならば体で払え。明日から一月、三人で毎朝あの神社を掃き清めろ。それが対価だ。」
横柄な態度で言い放つ男に、少年達は頷くしかない。
昨夜の出来事を思い出せば、縋るしかないと分かっていた。
「「「やります。」」」
「なら祓う。が、俺はやらん。雪乃を待て。」
茶色い髪の男に手を引かれて戻って来た女は、美しかった。
すずらんが咲いた着物。髪は簪で纏め、化粧も施している。
女が歩くと鈴の音が鳴っていた。
「蛇。まだ喰っていないのか?」
茶色い髪の男は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「俺は雪乃からしか喰わん。」
「ふざけるな!雪乃が穢れるではないか!」
「なら狐が焼けば良い。お前の不在の不始末だ。」
睨み合う男達の間で、女が小さく溜息を吐く。溜息を吐く姿ですら、女の色香が漂った。
「あれは疲れるからあまり好きじゃない。」
「俺が清めてやる。」
「……仕方ないか。」
話は決まったようだ。
黒髪の男の嬉しそうな様子を茶色い髪の男が憎々しげに見ていた。
「では、一人ずつ。こちらに来なさい。」
茶色い髪の男が女から離れ、黒髪の男が後ろから女に絡み付く。
少年の一人が近付くと女が肩に手を置いた。
「白蛇喰え。」
女の言葉の直後、少年から黒い靄が立ち上って恐ろしい人の顔になった。
それが女の体に入り込む。と、黒髪の男が女の白い首筋に噛み付いた。黒い靄は、そこから男の口の中へと消えた。
同じことを三人分やり終わると、女はくったりと黒髪の男に凭れかかる。
「ガキ共、明日の朝から忘れるな。忘れたら、喰ったモノ返してやるからな。」
そう言った男はくったりとした女の体を横抱きにして、少年達に背を向けた。
茶色い髪の男もそれに続き、少年達を残して三人は家の裏手へと消えた。
家の裏手には、清水が湧き出して溜まっている水場があった。
黒髪の男はその前で女の帯を解き、着物を脱がせる。
肌着姿の女を抱えて、水場に入った。
黒髪の男の手から水が湧き出し、その水を女の口に注ぎ込む。
「悔しそうだなぁ、狐?」
黒髪の男はにやりと笑って茶色い髪の男を見やった。
「適材適所だ。仕方ない。」
茶色い髪の男はその様を仏頂面で眺めていた。