9時
9時
ひとまず紹介された草むしりの仕事を終え、日当をもらって借り家に帰る。もう既に日は傾いて、昼間でさえ薄暗い路地はさらに暗くなる。この街は治安がいい方だが、それでも物盗りやら何やらが全く居ないという訳じゃない。できる事ならそんな処は通りたくなどないのだが、その暗い路地の奥に安くてボロい借り家があるなら通るしかない。もし道中で襲われても魔法は使えない、もし使ったら口封じに相手を殺さなきゃならない。目撃者が居れば、それもだ。
気を張り詰めながら歩いていると、路地が交差する場所で音がした。腰に差した鉈に手をかけ、いつでも抜けるようにしておく。
そして、出てきたのは2人。昼間に見た集団と同じ服装。暗闇で顔はよく見えなかったが、目を凝らせば顔もなんとかわかった。
「……おや。誰かと思えば昼間のお兄さん方。こんな所で何してらっしゃるんですかね?」
「なんだ、またてめえかよ」
「今度はなんだ? 俺たちの邪魔でもしようってんなら容赦しねえぞ?」
どうも小銭を盗みに来た訳ではないらしい。しかし、こいつらやけに態度が威圧的だが、そんなに敵を作りたいんだろうか。自殺志願なら是非一人で死んで欲しい。
「あんたらが何をしようとしてんのかは知らんし、邪魔をする気もない。だからそこを通してくれんかね、丁度あんたらの後ろのボロ家が俺の家なんだ」
「ああ? 通してくれだって? 俺に命令すんのかよオッサン!」
「こっちは疲れてんだ。通してくれんかね」
「聞こえなかったのか!?」
良い加減に説得は無理だと悟る。外套を捲って腰に提げた鉈の留め具を外して、抜く。鈍い色の刃が薄暗い中でわずかに光る。こういった手合いには、こういうストレートな一番よく効く。
「昨日街門通るときに、面倒ごとを起こすなって言われたばっかでな。憲兵や騎士の世話にゃなりたくないんだ。お願いだから通してくれんかね?」
「ッチ。仕方ねえな。通れよ」
「ありがとう。恩にきるよ」
鉈を鞘に戻し、留め金をして、外套で覆い隠す。そして谷のように間を開けた二人の真ん中を通って、ボロ家に入っていく。後ろでわざわざ俺に聞こえる音量で、汚い陰口を叩いているが、所詮はガキの戯言。相手をするだけ馬鹿らしいと放っておく。
ドアノブを回し、キィィと音を立てて扉を開くと、中の埃っぽくてカビ臭い空気に口元を覆う。いつか金が溜まったら、もう少し良い物件に引っ越そう。
本日の食事を用意する前に、買ったものをボロボロのソファに投げ捨て。ボロい布と水桶を片手に持って、もう片方の手に魔法で火を灯し、明かりを確保して裏の共同井戸に向かう。肉体労働で汗をかいた、流さねば臭う。
井戸に据え付けられた縄を水桶の持ち手部分に括り付けたら、そのまま放り込んで、ばちゃりと着水したら引き上げる。
引き上げた水桶にボロ布を浸し、絞ったのを服の裾から突っ込んで体を拭く。服は脱がないのは、脱いでそこらに置いて盗まれた経験があるからだ。
ある程度拭き終わったので、水桶で布を洗い、その水を流して家に戻って飯を作ろうとしたその時。
「何よあんた達!?」
「こっちに来い!」
「へへっ、これで俺たちも金が貰える! 戦える連中を見返せるぞ!」
何やら大声で叫んでいるのは、先ほどの二人組。もう一つは若い女の声。さすがにさっき聞いたばかりの二人組の声を忘れる訳がない。しかし金、金か。世の中確かに金は重要だが、それが全てじゃないだろうに。だが、金を目の前にすればそんな甘い考えなど誰にも通じはしない。昔のことだが、酒を熟成させている最中に乗り込んできたのは、どいつもこいつもうちの酒を買って行ってた客たちだ。親父がいつも世話を焼いていた連中だっていた。その恩も忘れて、金のためにと手に武器を持ち雪崩れ込んできた。
少しばかり嫌なことを思い出して憂鬱になる。もう寝たくなるような気分だが、女性が暴漢に襲われてるなら面倒でも助けなくては。
「面倒ごとは嫌いなはずなのになぁ」
鉈を抜いて、家を迂回して声の聞こえた方へ。腕の刻印を光らせる少女と、その口と体を掴み、抑え付ける男が一人。首にナイフの刃を突き刺そうとするのがもう一人。ナイフは一瞬で錆びて、その刃は肌に食い込むだけで斬り裂けはしない。業を煮やした男たちは直接手で首を締めようとする。触れられても、なぜか老いずに見た目は変わらない。
どう見ても人攫いか、強盗殺人の寸前。見逃せないな。
「おいお前ら」
「またてめえか、こいつはむしろ憲兵に突き出さなきゃならんやつなんだよ!」
「そうだぜ! 時魔法使いは首を持っていけば大金になる!」
時魔法使い。なるほど、それはますます見逃せない。同じ血を持つものは助け合うべき。それがこの国のルールだし、その為ならば一人二人殺しても問題ないだろう。
無言で紐付きナイフを投げ、少女に覆いかぶさる男に突き刺さる。
「っづう!」
「てめえ何しやがっ」
もう一人には、鉈の刃を顔面に叩きつけるように振る。咄嗟に目を瞑り、腕を上げて顔を守ろうとするが、結末は変わらない。まず一発目で腕の肉を断ち、痛みで腕を下ろしたところにもう一発。顔面に肉厚の刃が食い込み、頭蓋の半分までめり込んだ。死体から力が抜けて、倒れる体に引っ張られて鉈が手からすっぽ抜ける。下手に反応したせいで、余計な痛みを味わったか。
死体の顔面を踏みつけ、勢いよく鉈を引き抜く。同時に血が噴き出して、路地と衣服を汚す。
「は? へ?」
腕を抑えて、何は起きているのかを理解できずに、間抜けな顔をさらしているもう一人に、さっきと同じように鉈を叩きつける。何かが砕ける音と血液が撒き散らされた。
鉈を振って血を飛ばし、時間を戻して殺した痕跡を消し去ろうとする。が、何故か血は消えない。
とりあえず現場の処理は後回しにして、血の中で首を抑えて佇む少女に手を差し伸べる。
「大丈夫かい」
「朽ちろ!」
魔法の発動単語。差し伸べた手から生気が失われ、見る間に枯れ細っていく。慌てて手を引いて、腕だけ時間を巻き戻す。枯れ細るのと同じように、生気が取り戻されていく。それで元どおり。
しかし、同じ属性への抵抗力もあると言うのにこの老化速度。余程血が濃いらしい。
「同じ血を持つ者を助けよ。国の教えに従って助けてやったのに、ひどい扱いだ」
「 ……あ、あの。もしかしてあなたも?」
彼女は驚きに目を見開いている。
「その通り。そっちの身分はどうか知らんが、この血を持つばかりに首に金貨10枚の賞金をかけられた哀れな男だよ」
「……私は」
「ああ、喋らなくていい」
人間は信用できない。金欲しさに恩人さえも、子供でさえも殺すような生き物だ。素性を知らないならまだしも、素性を知られている相手と深く関わる気など起きるはずもない。
だが、相手も同じ血を持ってるならその心配はいらないかもしれない。もしも俺を告発すれば、自分も危険に晒される。
「いいえ。没落したとはいえ、元は純血の家の出。恩人に名を教えぬなどすれば、家名が泣きます」
「……そうかい。じゃ、死体の傍で立ち話もなんだ。ボロ屋でよけりゃ寄ってくれ。手は出さんから」
「はい」
少女を連れてボロ屋に入り、ベッドに座らせる。それにしても、純血といえば曲がりなりにも大貴族だろうに。その女がこんなにも貧相な格好をしているとは、時の流れを感じる。
「では、改めて名乗りを。わたくしはマリア・クォーツと申します。貴方は」
「クロノス・ギア。元ワイン農家だ。たしか、純血の家にも卸してたとか親父が言ってたが」
「まあ。それは……ギア農場のワインは父もよく飲んでおりました。一度だけわたくしも飲んだことがありますが、良い物でした」
「どうもありがとう。しかし誠に残念ながら、ギア農場のワインは二度と生産されない。クソッタレの法皇様のお陰でな」
「それは残念。家を再び立て直すというのは?」
「首にかけられた札が無くなっても無理だ。残されたのは刻印だけで、ワインの仕込み方は教わって無い」
だから、家を再興するなんてのは考えて無い。考えてるのは、血を絶やさない事だけ。刻印も魔法も自分の腕だけに留めて、技術は絶えさせる。必要ないし。
「しかし、教皇に呼び出された奴は何をやらかしたんだ。純血なら何か知らないか?」
「……父が。教皇に不老不死にしてくれと頼まれて、断った。それだけです。その翌日から、私達の血に賞金がかけられた」
「気に食わんからってそりゃないだろう。そんな事で俺の、俺たちの生活はメチャクチャにされたのか」
やってられんな。
「まさかとは思いますが。復讐は考えてませんね?」
「ガキの頃はな。化け物みたいな騎士共に追いかけられて頭が冷えた」
あの時は、刻印とガキの体格が無けりゃ捕まって晒し首になる時だった。加速状態で逃げてるのに、それに全身鎧を着て追いつくってどうなんだよと。
だから、もう復讐なんて考えちゃいない。時が来て、教皇がくたばって、時魔法使いの存在が忘れ去られる時を待つ。
「しかし、今のお前の年なら逃げるのも大変だったろう。誰に手伝ってもらって逃げた?」
「私の年は、見た目通りではありませんよ」
どういう事か、と聞こうと思ったら、刻印が光って、見る間に少女の体が大きくなり、俺と同じくらいの歳の女になった。
ただ、服は少女のもののまま体だけが大きくなっているので、なかなかに扇情的な光景だ。前の町では結局娼館には寄れなかったし、興奮を抑えなければ。
「この通り。これがわたくしの本来の姿です」
「へえ、そりゃすごい。それで教皇に不老不死になれると勘違いされたわけか」
俺にはそんなに細かい調整はできない。さすが純血。魔法の規模も精度も混血とは段違いだ。そのせいで、クソッタレな教皇様に目をつけられたのか。
と、適当に考えを逸らす。しかしどうしても、豊満ではないがそう小さくもない胸元に目が行ってしまう。小さな服に強調されててどうも気になる。
「体は戻せても、魂は戻せませんから不死にはなれないんです。父は、そう説明したのですが……」
「話はいいからガキの姿に戻ってくれ。いい加減目の毒だ」
「これは、失礼しました。前の姿で居た時間が長かったものでつい。はしたない格好をお見せして申し訳ございません。すぐに戻ります」
また刻印が光り、子供の姿に。便利なもんだ。それが使えれば、変装道具も減って楽に旅ができるだろうに。
「まあ、何にせよ今日は助けていただいてありがとうございました。お礼と言っては何ですが、一つ忠告をさせていただきます」
「忠告?」
「はい。私を襲ったあの男達の仲間の事で、一つ」
勇者とか、訳の分からん集団に属してるという事しか知らない俺には、興味深い話だ。殺してしまったからには、今後関わる事もあるだろう。
「彼らは私達とは違う時間の流れの中にあります。なので、彼らの時間は操れません。もし彼らが私達と敵対する事になった時には、それを憶えておいてください」
「それだけか」
「それだけですが、重要な事です。では、今日はこれで失礼しますね」
「待て。あの死体のことを憲兵に話すのに、一人じゃ説明が面倒だ。明け方にまた来てくれ」
少女が襲われていたから助けた、と本当の事を話すにしても、被害者が居なければ説得力が無いだろう。
「……わかりました。では、そうしましょう。逃げた方がよろしいとは思いますが、ね」
「盗賊から巻き上げて作った金も、街に住む権利を買うので使い果たした。金がなきゃ逃げても次の街に入れずに野垂れ死だ。そりゃ勘弁願いたい」
「今日は助けていただき、ありがとうございました。ではまた明日」
「おう。じゃあな」
彼女が出て行ったらベッドの上に転がり、ランプに蓋をして火を消す。カビ臭いが、草の上で寝るよりはマシだ。




