買い物
「普通の街だな」
今目下にある景色を見たままに表現するとそうなる。表現を盛っても居ないし、下げても居ない。繁栄しているわけでもないが、衰退しているわけでもない。
前に立ち寄った村よりも活気があり、人々は生気に満ちている。
結局昨日は、今隣に座る男に案内されて丸一日かけて歩き続け、ようやく到着したのがこの街。大きな湖の畔に作られた、漁業で生計を立てるものが多く集まる街。
途中に川がなかったから大猪を仕留めた際の返り血が全身にベッタリとついた物騒な外見だったせいで、門番に止められたが。そこは助けた奴に事情を話してもらってなんとか通してもらえたが……もしこいつが居なければどうなっていた事やら。
その後も結局こいつの家に泊めてもらったし。人間というのも意外と捨てたものじゃないのかもしれない。
「そりゃあんたは旅人だから、今までにもっと大きな街を見たことがあるんだろうが。俺にとってはこの街が一番だ。なにせ生まれてこの方他の街に行ったことがないからな」
「……そうか」
正直どうでもいい情報だ。いくら街から出て行ったことがないと言っても、外から入ってくる情報は耳に入るだろう。もしあの女騎士が前の村から書を中央に送ったとして、その道中にある街にも情報は広まる。もしここにその情報が入っていれば、ひょっとすると疑いがかかるかもしれない。
まあ、それまではこの街でのんびり過ごすとしよう。
「つれないやつだな」
「もっと喋ったほうがいいか?」
「わざわざ頼んでまで話してもらおうとは思わねえよ。ところで、あの猪は討伐対象だったんだが。換金しなくていいのか」
「お前が換金してきてくれ。取り分は半分でいい、半分は案内料だ」
大イノシシ三頭分の討伐報酬なんて大したことはない。ギルドで換金するには身分証明が必要だし、しかし自分は時魔法使いだから身分は明かせない。報酬を受け取りにいけない。だから、誰かに頼んで報酬を取ってきてもらう。しかしただ行かせるだけでは怪しまれるので、なにか適当な理由をつけておかねばならない。
身分証明書を偽造する業者に頼めばその悩みも解決されるんだが、その業者に接触する方法がわからない。ああ、世の中は無情だ。
「あんたはどうするんだ」
「鉈がすっかり刃こぼれして使いものにならないから、武器屋で新しいのを買って。血まみれで臭くなった服も新しいのを買って。ついでに食い物も買って。その後で娼館に寄って、旅の間に溜まったものを吐き出すつもりだが」
盗賊から毟り取った金はそれなりの額だ。そこまで上等な物を求めなければ不足はないだろう。結局、いい所を見せて気を惹こうと思って助けた女の子はどこかに逃げたし。魔法以外は碌に武器も持ってないようだったし、今頃は魔物のエサだろう。運が良ければこの街に戻ってるかもしれないが。
見た目は特にどっかの令嬢ってわけでもなさそうだったし、アレが死んだからって文句が出ることはないか。
「この街の娼館はやめといた方がいい。つい最近病気持ちが出たらしい」
「……そうか。残念」
殺伐とした旅の数少ない楽しみが。まあいい、次の街までの楽しみか、旅の途中で淫魔の類に出くわすことを祈ろう。と言っても後者に出くわす可能性はなかなか低いが。
しかし会えるものなら会ってみたいものだ。噂だから多少誇張されている可能性はあるが、なかなかの美貌と名器を持っているらしいし。おまけに中には精を対価に加護を与えてくれたり、自分に尽くしてくれたりする種も居るらしい。
危うく食い殺されそうになったとか言う話も聞くが、この左手で止められないものは殆ど無い。時魔法に高い抵抗値を持つ魔物なんて竜種以外じゃそれほど居ないし。
「なあ、この街にダンジョンはあるか」
「小さいけどあるぞ。でも本当に小さいし浅くて、俺でも最深部に潜れる程度の難易度だ」
「サキュバス系の魔物は?」
「ああ……そういう。悪いけどサキュバスを見たって話は聞いたことがないな」
「こんな何もない街、滅びてしまえばいいのに」
もちろん俺が買い物をして出て行った後に。俺がいる間に滅亡されても困る。巻き添えはゴメンだ。
「冗談でもやめてくれ」
「ああ、冗談だ。一晩世話になった。夕方には教えてもらった宿に居ると思うから、換金が終わったらそこに持ってきてくれ。手間だろうがな」
「命の恩人の頼みだ。その位聞くさ」
そう言って、荷物を担いで一晩世話になった家を出て、至って普通の街へと繰り出していく。
適当に街の表通りをぶらつくことしばらく。人の噂話に耳を傾けながら歩いていると、旅の道具を揃えた店が集中している通りに到着した。ここが俺の目的地。
まずは剣の看板をぶら下げた店の戸を開くと、鉄錆の匂いが鼻を突いて、思わず鼻を覆う。あんまりに臭い。ここの店、店頭の武器の手入れをしてないんじゃないかと思うほどだ。
「いらっしゃい。何をお求めで」
「鉈がほしい」
「鉈? ずいぶんと珍しい得物をお使いになられるのですな」
弓、槍、剣、鎚と違ってイマイチ武器としての印象は薄いが、そこまで珍しいものだろうか。切ってよし、殴ってよし、受けてよしの良く言えば万能武器だし。悪く言えば、刃物としては剣ほどの切れ味もなく、鈍器としては鎚には及ばない。受けるにしても素直に盾を持ったほうがいい器用貧乏。だが旅の武器に使うならそれほど大きくないし、ちょうどいいと思うんだが。
「無いのか?」
「いえいえ。仮にも武器屋の看板を掲げておいて無いとは申せません。しかしその前に、腰のそれを見せてもらえませんかね?」
「ああ」
鞘と衣服をつなぐ紐を解いて、鞘ごとカウンターに置いてみせる。店主は鉈を抜いて、表面をじっくりと観察し始める。
「ずいぶんと手荒な使い方をしておられますな。研いであっても刃こぼれがひどい」
「名工の逸品って肩書でもあれば丁寧に使う気にもなるがな。そいつは大分前に在庫処分で表に並べてあったのを買ったやつだ。それに、魔物や盗賊相手じゃ手荒に使わないとこっちが死んじまう」
「ってことは、乱暴な扱いにも耐えられる頑丈さを持った鉈をご所望ですか。これよりはちょっと重くなりますけど構いませんかね」
「ちょっと位なら」
「はいわかりました。じゃあいくつか持ってきますんで、気に入ったのを選んでください」
店主が店の奥へと消えると、すぐに何本もの鉈を抱えて戻ってきて、カウンターに置いて並べ始めた。並べられた数は五本。どれも材質や形状が異なるが、一番右端に置かれた鉈からは何か危なげな雰囲気を感じる。絶対に碌でもないものなので、買うどころか触れるのもためらってしまう。旅で研ぎ澄まされた第六感がそう告げるのだろう。
「それはなんだ」
「これですか。これは材質や切れ味、頑丈さだけ見れば一級品になるんですが、持ち主が尽く不幸に遭って死んでしまうっていう呪い付きの品でしてね。おまけに捨てても戻ってくるそうで。おすすめはしません」
「俺も嫌だよ」
毎日を必死に生きているのに、そんな呪いの品なんて買ってたまるか。すでに呪われているような運の悪さはあるが、何が悲しくてそこからさらに悪い運を引き寄せないといけないのか。
「まあそうでしょうね。そんなわけで、こちらから順に値段の安いもんになってます」
「こいつの値段は?」
自分から見て一番左側、一番いい値段のする物から手にとってみる。
「あなたが言うところの、名工の逸品て奴なんですが。まあ鉈なんて猟師や木こりいがいには買う人もいないし、まけにまけて金貨五枚ってところでどうですか。ついでに呪いの鉈もセットでならさらにお安く」
鉈を鞘から抜いて、刃を見てみる。先端が剣のように鋭くなっており、どちらかというと短剣に近い感じだ。こいつは俺の求めているのとは違う。俺の求めるのは、狩猟用の鉈じゃなくて木を切るための鉈。
金貨五枚は流石に持っていないし、求めている形も違うのでこれはいらない。盗賊のアジトを漁ったが、ギリギリで金貨三枚分しかなかったし。
「そんなもんか。まあこれはいらん。こっちは?」
一本目の鉈を鞘にしまい、次を抜いてみる。今度は先が四角くなっていて、俺の使っていたものと同じ位の大きさと重量。握り心地は、自分で持ち手を削って調整するからいいか。
軽く振ってみるが、重量の偏りもいいかんじだ。革袋から森で拾った獣の骨を取り出して宙に放り投げて、それに叩き付けるように振ってみる。軽く当たったという手応えがあったが、それほど強い手応えはなく。それでも床には真っ二つに切れた骨が。
いい切れ味だ。
「金貨二枚。素材がいいらしいからな」
金貨一枚が贅沢しなければ街で一月不自由なく暮らせる程度の金だし、これほどの切れ味でその値段。実に手頃な額だ。普通の剣でもいい素材を使っていれば金貨十枚とかざらだし、これだから鉈はいい。
「よし、気に入った」
革袋から、盗賊から奪った金貨を二枚取り出してカウンターの上に置く。
この重さなら殴るにも十分。切れ味も期待していたよりも高い。金貨二枚分の価値は十分にある。
「まいどあり。古い鉈はどうします」
「引き取ってもらえるならそうしてもらいたい」
「手数料は銀貨一枚となります」
「はいはい、どうぞ。今日はいい買い物をした、ありがとうよ」
言われた通りの額を差し出して、古い相棒とは別れ。たった今買ったばかりの新たな鉈を腰にぶら下げて店から出て行く。さて、この新しい鉈を使うことになるのはいつになるやら。
とりあえず今日はこの鉈の握る部分を削って、自分の手に合うように加工することに費やそう。




