第三話
朝は素晴らしい。特によく晴れた朝は最高だ。寝る前にどんなことがあったとしても、その突き抜けた青空がどこまでも気分を晴れやかにしてくれる
「そんなわけがない」
空がどこまでも突き抜けた青色なら、俺の心の中はどこまでも沈むように真っ黒。かなーり久しぶりに文明に触れられた、宿を取れたと思ったら、その日の夜には賞金目当ての村人共に追い回されるし。村からなんとか逃げ出して、盗賊をぶち殺して金と食い物を奪ってから野宿しようとしたら、これまた賞金目当てかあるいは名誉が目当ての騎士様に狙われるし。
それだけひどい目に遭ったのに一度寝たくらいでどうして晴れやかな気分になれようか。これでまたあの騎士に見つかったらもう最悪だが……まあ、追跡を振り切るために森のかなり奥深くまでやってきたんだ。見つかるとしたら、ちょっとした魔物くらいじゃないだろうか。
そう、例えば……
「ギャァァァァス!」
腹を空かせた、人の倍くらいの大きさがある地竜とか。
「おう、おいでおいで」
盗賊から巻き上げた燻製肉をこれ見よがしに掲げると、その匂いに反応してむき出しにした牙を一旦収めた。それを放り投げてやると、見事に空中で口の中に収めた。面白くなったので、もう一個。
「グルルルルル……」
見た目はかなりいかついし、腹が減っていれば見た目相応に凶暴。だがそこに餌をやれば簡単に懐く可愛いやつだ。
まあ隊商が盗賊とかに追われてる最中に遭遇したら、見た目の怖さでそんな事を思い出す余裕もなくなって、うっかり攻撃してしまうか背を向けて逃げ出したところをパクリと美味しく頂かれてしまうのだが。
「よーしよし」
竜種特有の独特の肌触り。こいつは俺が何の魔法を使うか知っても殺しに来ることはないし、餌さえやっていればよく懐く。頑丈な檻を用意するという条件付きで、都市での飼育を許される数少ない魔物。同時に貴重な旅の癒やし。
魔物が賞金を目当てに人を殺すことはないし、無警戒に鼻を擦りつけてくるのは見た目のとギャップもあり物凄く可愛い。人間と触れ合う時と違って心の警戒線をキツク張っておく必要もない。
「グルル……」
鼻を手で抑え、喉をくすぐってやると気持ちよさそうに顎を上げる。全く無警戒に。この姿がたまらなく愛おしく、たまらなく罪悪感を感じる瞬間でもある。悪意も何もなく、純粋に餌をくれる人間に対して甘えてくるだけの魔物を己の利益のためだけに殺さねばならないのは、人間を殺す瞬間よりも虚しく感じる。
「ごめんな」
せめて苦しまないようにと、その柔らかくて暖かくて、あまりに無防備で優しさすら感じるその喉を、鉈の一撃で切り開く。血を噴水のようにまき散らしながら地面に倒れる地竜。血を浴びないようにその場から退いて、鉈についた血を木の皮で拭いて鞘にしまう。
少しの食料、少しの罪悪感と引き換えに沢山の肉が手に入るとなれば、荒んだ心も癒やされるというもの。
血が出なくなったらそのまま解体。少しの時間をかけて、袋に詰め込めるだけ肉を詰め込む。血の匂いに魔物や獣が辺りを囲むが、連中の目的は死肉漁り。放っておいても害はないだろう。
「見つけたぞ!」
……どうやら血の匂いに釣られたのは、動物ばかりではなかったようで。昨日の騎士さまのお出ましであった。今居る場所は水辺。背にはそこそこの大きさの川。逃げるのは難しいか。しかし殺すわけにもいかない。
なんとかして身体に触れることができれば逃げられるのだが、どうにも相手の技量はこちらよりも高い様子。面倒な事になった。昨日は寝ずに強行軍で森を抜けるべきだったな。
「国の木を一本枯らし、さらには国の所有物である魔物を殺すなどもう許しておけん! 貴様は今ここで殺す、今度は逃げられると思うなよ!」
「いやいや、訓練もしてないし希少種でもない魔物は国どころか誰の所有物でもないぞ」
「問答無用!」
さっそく二本の剣を抜いて、そこらの獣よりも遥かに俊敏な動きで駆け寄ってくる。こちらも鉈を抜いて襲撃に備える。
初手は左右から挟み込む形での斬撃。狙いは衣服に覆われていない首。右から来る刃は鉈を叩き付けて防ぎ、左からの攻撃は手で受け止めようとするが、軌道をずらされ、結局は停止をかけた服で止めることになった。
「さあ死ね! 死んで我が名誉の糧となれえ!」
「駄目だこりゃ」
とっ捕まえて知り合いの奴隷商に売り渡そうにも、相手は騎士。扱うにはリスクが高いと買い取りを拒否される。騎士の装備は剥ぎとっても売れないし。殺したら殺した何倍もの人数がやってくるし。殺さなくてもしつこく追ってくるし。領地を出るまではしつこく追ってくるし。相手をしても何の得もないのに。
これだから騎士は嫌いだ。大嫌いだ。
「朽ちた身を晒せ」
たった一言、一節の短い詠唱。だが求める効果はそれで十分。無詠唱で発動する刻印魔法よりもほんの少しだけ効果が広がる。自分の体を中心に、腕一本分の半径で世界が隔離される。その中の、自分以外の時間だけが加速する。草が枯れ、土はひび割れ、受け止めていた剣は錆付き、それを持つ腕すらも枯れ細っていく。
「ッ!」
魔法の発動に慌てて飛び退くが、すでに剣はボロボロに錆つき、それを持つ腕も枯れ果てた老人のそれ。あわよくば全身も老化させてやろうかと思ったが、残念。さすがは騎士だ、盗賊とはわけが違う。
しかし、それでも手遅れだ。もう剣は握れない。
「この異端者め! よくも神に与えられたこの身体と剣を穢してくれたな!」
「一々叫ばにゃ物を言えんのかお前は」
「う、うう五月蝿い! 命が惜しければ今すぐ剣と身体を元に戻せ!」
腰を抜かして地面に尻餅をついて、ボロボロの剣と、ガリガリの腕を突き出しながら言われても全然怖くない。むしろ滑稽だ。
……なんだか無性に嗜虐心が湧いてきたぞ。
「……異端者にお願いか?」
「ぐっ!」
「騎士としての誇りはどうした?」
「ぐぬっ!」
「お願いします異端者様って地面に頭擦りつけながら言ってみろ。そしたら戻してやる」
「ぐぬぬっ!!」
「別に嫌ってんなら無理しなくていいんだぜ? 俺はお前がそのままでも困らないからな。むしろ助かる」
「ぐぬぬぬっ!」
「そうかそんなに嫌か~……ならいいや。じゃあな、二度と会わないことを祈ってるよ」
川に沿って山を降りていこうとする。しかも、わざとゆっくりと歩いて。
「待って!」
「ん? 聞こえんなぁ」
悲壮感たっぷりの声をあえて無視する。頬が緩む。
「お願いです待ってください!」
「……」
「戻して……戻して下さい、お願いします」
振り返れば、そこには命令した通り地面に頭を擦り付けて『お願い』をする女騎士が。頭から足までを一本の雷が突き抜ける。これは、危険だ。危険すぎる。顔がにやけて仕方がない。笑いをこらえるのは無理だ。さっきまではあんなに強気だったのに、この落差。これが本当にたまらない、あんまりに気持ちよすぎて、目が裏返りそうだ。
「こっちを向け」
「っ……」
ああ、ヤバイ。この必死に涙をこらえる顔。なんかすごくゾクゾクする。惚れそう。いやいや、いかんいかん。相手は騎士だ。惚れたら身の破滅しかない。
「いいぜ、戻してやる。が、その前に」
左手で服に触れ、停止をかける。これで彼女は自分の服に固められて動けないから、腕を戻した瞬間に殺されるということはなくなる。
「安全にやらせてもらう」
「……」
左手で老化してしまった腕に触れると、心底嫌そうな顔をされた。さっきの弱々しい表情からの変化がまたイイ。物凄く興奮する。次の街についたら盗賊から奪った金で娼婦を買おう。そうしよう。
「逆行」
左手の刻印の一つを使うと、枯れていた部分がどんどん若く、そして瑞々しくなっていく。歳相応にまで戻してやったら手を離して……
「はぁ……はぁ……」
気づけばその手に頬ずりしていた。
「何をする、やめろ!」
「よく見たらあんまりに綺麗な手だったから、つい。舐めていいか?」
「殺されたいかこの無礼者!」
そう言われても舐めたくなったから仕方ないので、つい舐めてしまう。土臭い以外にあまり味はしないが、とても温かで滑らかな舌触り。まるでガラス球を舐めているような感じだ。とてもイイ。
「ひぃぃ!?」
悲鳴を上げる女騎士。その悲鳴すら上品な音楽に聞こえてしまう俺はきっと変態に違いない。ああ、味はしないのにやめられない。一舐め、また一舐めとしている内に、彼女の身体を隅々まで堪能していた。
手を舐め、手首を舐め、首を舐め、顔を舐め。物足りなくなったら服を脱がして……気がつけば彼女が気を失うまで舐め続け、それでようやく満足した。
「ごちそうさま」
さあ、散々舐めまくって満足したしまた一人旅に戻るとしよう。




