5:いざ、出発!
「うっわぁ・・・大きい・・・・・・・」
公務に戻るヴェルフェリアと別れ、アランフィニーク教諭が戻るのを待つ間に、船着場に入って来た定期船は、エリスが思っていた以上に大きく立派なものだった。
「これに乗るんだよね?別のとこに行くわけじゃないよね??」
辺境の島に行くというにはちょっと贅沢過ぎる造りをしていない?とオロオロしながら問いかけてくるエリスにヴォルフラムはくくっと、面白そうに笑った。
「そう・・・ですね。ですが、この船こそが、クルール島とアクアポートを繋ぐ正規の定期船ですよ。まぁ、主にこの船に乗り込むのは人間ではなく食料品や雑貨と言った生活必需品ですが。」
勿論、島からアクアポートへ運ばれてくるものも人間より島の特産物の方が多いですよ。と、ヴォルフラムの言葉から説明をつなげたのはアランフィニーク教諭だった。
「アラン先生!」
「お待たせしました。乗船許可証を配りますね。」
はい、どうぞ。と、厚めの紙で作られた許可証を配りながら、アランフィニーク教諭はヴォルフラムに「お詳しいですね?」と声をかけてきた。
「・・・えぇ、私は職業柄、ヴェルフレイド殿下の護衛で各地を回ることもありますから。」
「そうですか・・・ではクルール島にも?」
「えぇ、何度か。・・・それを踏まえて、殿下は私をレオンハルト様の護衛に抜擢されたのだと思います。」
ですから、どうぞ、私のことは気にせずに。と笑顔で言うヴォルフラムにアランフィニーク教諭も心得たとばかりに苦笑しながら頷いた。そんな大人たちの様子を少し離れたところから見ていたレオンハルトとマーシェルは彼らとは違いやや難しい表情をしていた。
「マーシェル、どう思う?」
「そう・・・ですね・・・。別段アラン先生に不審な点は・・・現時点では見つけられませんね。・・・っていうか、ヴォルフラム様の方が何か企んでいそうな・・・コホン・・・元々、アラン先生ってあんな感じなんですよね?僕らとはクラスが違うので、接する機会はあまりないのでよくわからないんですが・・・・・・」
「そうだね。僕の知るアラン先生はいつもあんな感じだね。」
穏やかで面倒見が良い・・・生徒からも好かれている先生・・・。それがアランフィニーク教諭の学院での印象だとレオンハルトは言う。しかし、先日ヴェルフレイドから齎された情報と、クエスト同行の話を持ってきた時のアランフィニーク教諭の言動・・・それらを考慮すれば、もう以前のように、無条件で信頼できる人物だとは到底思えない。
「まぁ・・・僕らがそうこう考えてるっていうのに・・・当の本人はアレだもんなぁ・・・」
「ねぇねぇ、ルーチェ!!あれ、見て!!果物がたくさん!!」
「わぁ~本当だぁ~・・・・・・果物が船から降ろされてるってことは・・・・・・島でよく取れるってことよね?さすがに管理されてるとヤバイけど、島なんだし、所有権云々が曖昧ならワンチャンあるかも・・・」
「いやいや、ないから!!つーか遊びに行くんじゃないんだし、もうちょっと緊張感持とうよ、二人共!!!」
相変わらず自由気ままなエリスとルーチェにマーシェルがツッコミを入れつつ軽くお説教を開始する。学院でも見慣れた光景ではあるのだが、クラスの違うレオンハルトにとってはやはり、自分だけ取り残されているような寂しさが襲ってくる。
「・・・やはり君たちを同行者に選んだのは正解だったようですね。」
「!?アラン先生・・・・・・」
不意にレオンハルトの背後から声をかけてきたアランフィニーク教諭にびくりと反応すると、彼は「あぁ、驚かせてしまってごめんよ。」といつも通りの笑顔で謝罪を口にした。
「ガチガチに緊張されては、魔力制御が安定していないエリス嬢とルーチェさんの実力が測れませんからね。なるべく普段通りに、そしていざという時にはすんなりと魔法制御に集中できるように環境を整えてあげるのが・・・僕たちの役目、だからね。」
この調子で、島に着くまで安定させてあげていてくださいね。と、言いながらレオンハルトの肩に触れたアランフィニーク教諭は、思考を読ませない瞳を細めて微笑んだ。
「・・・・・・はい・・・・・・」
そんな彼をレオンハルトは初めて恐ろしいと、本能で感じてしまった。そして同時に思う。――――――――やはりアラン先生には・・・・・・ヴェルフレイド様が危惧していたような『裏』があるんだ・・・と。
「海風気持ちいい~♪」
船の甲板から柵にもたれ掛かりながら受ける海風を楽しみながら、エリスは気持ちよさそうに目を細めた。
魔法大国であるアクティアハート王国が所有する船の原動力は全て【魔力】によって動かされている。
その大半は【魔石】と呼ばれる、魔力が込められた石もしくは宝石が原動力となるのだが、この大陸に於いて、魔力純度の高い魔石は希少で、主に王族や上位貴族への献上品として納められている。その為、船舶や他の乗物に使われる、原動力としての魔石は純度がそれほど高くなく、それでいて数もそれなりに確保できる小石程度の大きさのもので補われている。但し、貴族保有の個人船舶に関して言えば、その貴族が保有する、最高級の魔石が惜しげもなく使われていたり、魔石ではなく、魔力の高い者にその場で魔力提供をして貰い、直接船を動かす場合もある。
「うぇぇぇぇ・・・っ・・・きもちわるぅ~・・・・」
青褪めた顔でぐったりと、テーブルに突っ伏しているルーチェは、目線だけで「なんで、アンタそんなに元気なのよ・・・」と訴えていた。・・・・・・完全に船酔い状態である。
「ルーチェ・・・船室で休んでたほうがいいんじゃないの?」
はい、お水貰ってきたよ。と苦笑しながらマーシェルがグラスを差し出すと、弱々しい手つきで「あんな狭い場所でいるくらいなら、ここにいる方がマシだもん・・・」と言いながら受け取ったグラスの水を一気に飲み干した。
「そもそもっ!なぁんでアンタたちはそんな平気そうにしてんのよっ!」
ダァンっと、勢いよくグラスをテーブルに置いたルーチェの言葉に、エリスとマーシェルは顔を見合わせた。
「え?だって私たち慣れてるもん。」
「そうそう。」
「くあーっ!!これだから貴族ってヤツはっ!!!」
「あー違う、違う、ルーチェ。僕たち別に船に乗り慣れてるわけじゃないから。」
「そうそう。主に私の魔力暴発が原因なんだけど・・・ね。」
よく吹き飛ばされたり、振り回されたりするから、船の揺れくらい可愛いものなのよ・・・と、哀愁漂う表情を浮かべたエリスと、それに激しく同意するマーシェルにルーチェは毒気を抜かれ、「そ・・・そうなんだ・・・」と呟いた。
「でも、ルーチェがこんなに船っていうか、乗り物全般に弱いとは思わなかったよ。」
もっと早くに行ってくれれば対処できたのに。とマーシェルが言うと、ルーチェはぷいっと顔を背けて「それくらい察しなさいよ。あたしはアンタたちみたいに乗り物なんて滅多に乗らないし・・・そもそも乗れないし・・・。」と再び不機嫌そうに呟いた。
「それより、レオンハルト様とヴォルフラム様は?」
「二人はアラン先生と一緒に船室で休んでるよ。一人が嫌ならそっちで休ませてもらえば?」
「尚更嫌よ!・・・エリス達が船室に戻るんなら一緒に行くけど・・・」
ねぇ、戻らないの?と訴えかけてくるルーチェに、エリスとマーシェルは苦笑しながら首を横に振った。
「残念だけど戻れないわ。・・・私たちがここにいるのは、一応、船の安全を守るためだから。」
まぁ、フレイ兄様の話だと、この辺の海域に凶暴な魔物は居ないらしいから、大丈夫だと思うけど・・・・・・と、エリスが言ったその瞬間、ドォォンっと船が突き上げられるような衝撃と共に、船の前方約30m付近で数多の触手をうねらせた、巨大な赤黒い魔物が現れた。
「ヒィィィィィっ!!?」
「・・・まぁ、普段は見向きもしない船に、上質な魔力を持つ人間が複数乗ってれば、襲いたくなっちゃうのは魔物たちの性なんだろうねぇ・・・。」
やれやれ、とマーシェルは息を吐くと、ちらりとエリスを見遣った。
「エリス、どうする?」
「うーん・・・まずはこの船を守ることが優先でしょう?・・・アレクを呼ぶわ。」
「・・・了解。」
じゃあ、僕はしばらく時間稼ぎかな?と言いながらマーシェルは腰に下げていた剣を鞘から抜きながら船首に向かって走り出した。それと同時にエリスはそっと目を閉じ、脳裏にこの場に呼び出したい真っ白いカーバンクルの姿を思い描いた。
「――――――『我、エリス・ドルティニカは汝を呼ぶ。穢れ無き高貴な色を纏いし鉄壁の守護獣よ!我が願いに応えて現れ出てよ!!』―――――――――アレクサンドル!!」
召喚の言霊と同時に、エリスの周囲に彼女の魔力によって描かれた魔法陣が展開され、真名を力強く叫ぶと、その中心からゆっくりと姿を現したのは、言霊通り、穢れ無き真っ白な体躯のカーバンクル。
「・・・・・・やぁ、エリス。島についたら呼んでくれるんじゃなかったのかい?」
不思議そうに首を傾げるアレクサンドルに、エリスは苦笑した。
「状況が変わったの。アレク。貴方はこの船を守ってて。」
私はマーシェルの援護に行くから。と、そう言って船首に向かって駆け出したエリスを見送りながらアレクサンドルは心得たと頷き、キラリと額の宝石を輝かす。
「【砕けぬ光の守護膜】」
眩い光は薄いヴェールのようにふわりと船を包み込むと、先程まで激しく揺れていた船はぴたりと、安定を取り戻した。
「・・・さて、これで『船』は大丈夫。・・・って・・・おーい、ルーチェ?生きてるかい?」
呆然と立ちすくむルーチェを見つけ、ふわりと近づくと、もふもふの尻尾でペチペチとルーチェの頬を叩くのだが、反応は薄い。
「・・・・・・もぅやだ・・・・・・修道院にかえりたい・・・・・・」
「や、まだ旅は始まったばかりでしょ?現実逃避早すぎるよ??」
泣き言を零すルーチェに容赦なく尻尾を叩きつけるアレクサンドルは今日も絶好調のようである。