4:港町アクアポートにて。
アクティアハートの王都から、街道沿いに東へ馬車で数時間進むと、王国最大の港町【アクアポート】へと辿り着く。
「・・・・・・そもそも学園の転移魔法陣使えば一瞬なのにぃ~・・・」
なぁ~んで馬車移動なのよ~!!とガタゴトと揺れる車内で不満を口にしたルーチェに、同席していたエリスやマーシェル、レオンハルトは思わず苦笑した。
「仕方ないよ、ルーチェ。そもそも学院の転移魔法陣は教師用で学院の生徒は使えないでしょう?」
「でも、転移魔法陣を使えば何処へだって一瞬で行けるじゃない?・・・クルール島だっけ?その日帰り不可な辺鄙な島でも余裕で行って帰って来れるじゃない?」
「それは違うよ、ルーチェ。確かに転移魔法陣は便利ではあるけれど、『何処へでも』行けるっていうわけじゃないんだ。」
「?どういうこと?」
「そもそも転移魔法陣は召喚術の応用で、特定の場所に設置してある魔法陣同士が共鳴することで転移を可能としているだけで、それ以外の場所に転移することはできないんだ。」
「え・・・でも、宝珠は望めばどこでも行けるじゃない?」
同じものでしょう?と、首を傾げるルーチェに、三人はどう説明したものかと顔を見合わせた。
「や・・・まぁ、同じ魔法陣を使用してるけど、宝珠と転移魔法陣とでは根本的に組み込まれてる呪文が違うんだけど・・・・・・」
「?」
「そもそも転移魔法の宝珠がどこでも転移できるのは、使用者が『必ず一度は行ったことがある場所』だからなの。・・・大体『望む場所』と言えば、自分が知っている場所っていうのが基本だからね。それに宝珠だって、地名は知ってても全く行ったことのない場所には反応ぜずに、無駄遣いで終わっちゃうんだよ?」
だから、結局は私たちにはこういう移動手段しかないってことだね。とエリスが苦笑すると、ルーチェも渋々ながら納得したのか「はぁ~・・・」と深い溜息を吐いて項垂れた。
「面倒くさい・・・・・・」
「そう思うんなら、ちゃんと真面目に授業受けて試験にパスすればいいんだよ、ルーチェ。」
「それが出来てたら苦労はしないのよ、マーシェル!!」
お互い言葉に刺があるものの、一見すれば仲が良さそうな雰囲気にレオンハルトは目を細め、エリスにそっと「仲いいんだね。」と話しかけてきた。
「マーシェルとルーチェ?」
「うん。マーシェルがエリス以外の女の子にあんな風に気軽に話してるのって珍しいと思ってさ。」
だってサフィーラ嬢とかには基本、丁寧じゃない?接し方が。と言うレオンハルトにエリスは内心でいやいや、サフィーラ嬢は別格でしょ!?と突っ込みを入れたのだが、なんとか平静を保って「そうだねぇ・・・」と言葉を繋げた。
「貴族のご令嬢相手だとやっぱりいろいろと気を使わざるを得ないから、じゃない?基本、マーシェルはあんな感じで誰とでもすぐ仲良くなっちゃうもの。もし、それ以外の顔があるのだとすれば、それはマーシェルが自分を偽って接しないと後々困ると感じている時だったり・・・情報戦してる時とかなんだよねぇ・・・。」
だから、普段マーシェルから女の子に近づいたりしないでしょう?・・・ルーチェは私の親友だから、自然と一緒にいる時間は増えるから、他の女の子に比べると確かに特別の部類にはなるかもだけど。
「・・・マーシェルのこと、よく見てるんだね。」
「見てるっていうか、長年の経験上っていうの?・・・なんだかんだで、一緒にいる時間が長いからね。」
そう言って笑ったエリスをレオンハルトは何処か寂しそうな表情で彼女を見つめていた。
「・・・そっか。」
「まぁ・・・マーシェルの場合、ルーチェをからかって遊んでるっていうのが正解なんだよねぇ、この場合。」
苦笑しながらエリスが眺めた先には先ほどよりもさらに刺が増した言葉で殴り合う二人の姿があり、レオンハルトも思わず苦笑してしまった。
「あ、そうだ・・・今更なんですが、レオン様。ヴェルフレイド様とご一緒じゃなくてよかったんですか?」
ふと、今思い出したと言わんばかりに話題を振ってきたマーシェルに、レオンハルトは複雑な心境になりながらも「うん。」と頷いた。
「ヴェルフレイド様、すっごく楽しそうにしてらっしゃったから・・・きっと僕らの斜め上を行く登場をなさるんだと思うよ・・・」
「・・・あー・・・・・・」
「そう言えば、フレイ兄様、朝からご機嫌だったなぁ・・・。」
((・・・それ、絶対何かやらかすだろー!!!!))
嫌な予感しかしないと、レオンハルトとマーシェルは顔を青褪めさせて、エリスはルーチェと「楽しみだねー。」とか「エリスのお兄だもんね。きっと飛び切りスゴイの見せてくれるんだろなぁ~」などとのほほんとしていた。
「あ、見てみて!!海、見えてきたよ!!」
ふと、窓の外へと視線を投げると、僅かながらではあるものの水平線が見え隠れしていて、それだけでも気分は一気に高揚していくものである。
「わぁ、ほんとだぁ。」
「と、言うことは・・・そろそろ着くね。」
「ですね。・・・・・・はぁ・・・気が重い・・・」
「んもう、マーシェル辛気臭い~!!」
「なんでエリスはそんなに楽観視できるんだよ・・・」
不安はないのか、と、ジト目で問いかけてくるマーシェルに、エリスはえへん、と胸を張って答えた。
「だって、兄様達が言ってたんだもん。『何事も楽しむことが一番大事だよ』って!」
「・・・・・・で?『楽しんだ結果』がこれなわけなんですが・・・エリスさん??」
「あ・・・あは・・・あははははははは(汗)」
――――――――時間は少しだけ過ぎ、ここはアクアポートの船着場の一番端にあるクルール島行きの定期便乗り場。街の賑やかな雰囲気に目移りしながらも真っ直ぐに集合場所であるここにたどり着いた4人を待っていたのは、引率教師であるアランフィニーク教諭。
合流後、手早く点呼を済ませ、乗船手続きに移ろうとしたその時、ふっと、タイミング良く彼らの目の前に現れた人物たちが、その行く手を遮ったのである。
「あらあら、遅れてしまったようで申し訳ありません。」
「!!?こ・・・これはこれは・・・ヴェルフェリア王女殿下!!なぜ、このような場所に?」
「・・・貴方がレオンたちの引率の教師ですのね?・・・あぁ、挨拶は結構です。わたくしの役目は『彼』を此方へ連れてくること、でしたから。・・・・・・・・・『ヴォルフラム』。」
「はい。」
「彼が、レオンの『護衛』を務める『ヴォルフラム・スペンサー』です。彼には『いざと言う時の対処』も命じておりますので、エリスたちは安心して任務に励んでくださいね。」
ヴェルフェリアに『ヴォルフラム・スペンサー』と紹介された男性こそ、レオンハルトやマーシェルが嫌な予感しかしないと、不安を抱いていた人物たる、ヴェルフレイドだったのだが、パッと見は高度な幻覚なのだろうか、アクティアハートの第一王子とは絶対に気づかない、絶妙な変装なのだが、彼をよく知る人物から見れば、エリスと同じく、髪色を変えただけにしか見えないのだから、不思議なものである。
(・・・・・・あれ、わざとなのかなぁ・・・・・?)
(さ・・・流石にそれバレませんか、ヴェルフレイド様??)
(でも、アラン先生、気づいてないっぽいよ?)
(・・・ルシオール様の秘術・・・なのかな?僕らが見てるものとアラン先生が見えてるものは多分、違ってるんだろう・・・)
エリス達が内心で慌てているのを他所に、当のヴェルフレイド・・・改め、ヴォルフラムは真面目な表情でアランフィニーク教諭やヴェルフェリアと打合せしているように見せかけて、実は混乱しているエリス達を眺めて楽しんでいるのだが(当然話はほとんど聞き流している。)、それを彼らが知る由はない。
そして打ち合わせが済んだのであろう、アランフィニーク教諭が改めて乗船手続きに向かうと、ヴェルフェリアとヴォルフラムがとても良い笑顔で彼らの傍へとやってきた。
「やぁ、みんな。」
「ちょ・・・フレイ兄・・・」
「だめよ、エリス。彼は『ヴォルフラム』。例え貴女達の目には私の双子の片割れの様に見えていても、その名をこの先絶対に口にしてはいけないわ。」
「っ・・・」
「そうそう。君たち以外には、僕は『近衛騎士のヴォルフラム・スペンサー』に見えているんだからね?」
悪戯っぽく内緒だと、口元に人差し指を当てながら言い切ったヴォルフラムに、マーシェルとレオンハルトの脳裏には確かに、近衛騎士でその名を持つ人物が居たなぁと、その人物像を思い起こしていた。
「・・・私たちには普通にエリスと同じでその・・・髪色が違うだけの・・・お姿に見えるのですが・・・」
混乱しつつも、思ったことを素直に口にしたルーチェに、ヴォルフラムはにっこりと「うん。そうだろうね。」と肯定してみせた。
「僕が使っている幻術は確かに姿を他人と偽るものなのだけれど、残念ながら僕の身近な存在には効果は発揮されないんだ。」
だから、港にいる人たちにはヴェルフェリアの存在にこそ驚いてはいるけれど、僕にはあまり視線は向けられていないだろう?と、周囲を軽く見回しながら言ったヴォルフラムは「けれど、彼らが僕を第一王子と認識してしまったら、術の効果はなくなってしまう・・・そこが難点だよね~」とあまりにもさらっと爆弾を投下していくのだから、エリス達はそれに振り回されることしかできない。
「だから、くれぐれも気をつけてね?」
「「「「は・・・はい・・・・・」」」」
そんなやり取りの後の、先ほどのマーシェルとエリスの会話である。
「ったく・・・だからエリスは楽観視しすぎだって言ったんだ・・・」
「や・・・まぁ・・・確かにそうなんだけど・・・でも、ヴォルフラム様はハルトくんの護衛で、私たちとはあまり関わらないんだし、大丈夫じゃな・・・・・・」
「ヴェルフェリア様ぁ~。俺、野郎の護衛より可愛い女の子の護衛の方が性に合ってるんですけどぉ~?」
「「!!??」」
わざとらしく訴えかけるヴォルフラムにヴェルフェリアもにっこりと微笑みながら「そうですね。クエストに関しては手出し無用とのことですが、その道中の警護は貴方の判断にお任せます。」
「「ヴォルフラム様の性格ってそんなでしたっけ!!??」」
思わず揃ってツッコミを入れれば、ヴォルフラムはニヤリと、「男なら誰だってそう思うだろう?俺ただでさえあの殿下の護衛で振り回されてるんだ。少し位、可愛いお嬢さん方で癒されたっていいだろう??」と、どの口がほざくんだと言いたくなるような内容を言ってのけた。
「・・・っ・・・うふふっ・・・ヴォルフ・・・それ、『彼』に伝えておくわ・・・っ・・・」
「えぇ、是非!(そしてその反応を後で報告よろしく!)」
それはそれは楽しそうに、けれど人前ということで爆笑したいのを必死で抑えるヴェルフェリアとヴェルフラムに、この後犠牲になるであろう本物のヴォルフラム・スペンサー氏に、エリス達は心から同情するのであった。