3:裏話
レオンハルトがヴェルフレイドに語った事実とはこういうものだった。
曰く、アランフィニーク・セイラム教師にとって、今回のレオンハルトの同行は余り深い意味があるわけではなく、敢えて言うならば、エリスの緊張を解す役割だ、と。
「・・・ただ同行するだけでいい。クエストに関して絶対に手出しはしないこと。その二点を守るように約束させられました。・・・恐らく、アラン先生はエリスの潜在能力に気付き、興味を示しているのだと思います。」
「ふ~ん・・・?でも、それならレオンよりもルシオールの方が適任だろうに・・・」
「アラン先生はルシオール様を畏れているんですよ。・・・ルシオール様は名実共にアクティアハートが誇る大賢者ですから。・・・恐らくアラン先生にはルシオール様に知られたくない、彼だけの思惑があるのだと・・・。」
それが何かは、僕にも解らないのですが・・・と、複雑そうに顔を歪めたレオンハルトにヴェルフレイドもふぅっと息を吐いた。
「【アランフィニーク・セイラム・・・セイラム伯爵家の三男でヴィスタドール魔法学院の教員を勤める。・・・魔法学全般に精通しているが、主に召喚魔法を好む傾向にあり、現在、彼の年間魔法研究のテーマは『召喚魔獣や魔神を通して異世界の【扉】を開き、その先の世界と交流する事は可能なのか?』と言う壮大なものである。・・・】」
「!!?それは・・・」
「今現在、僕の手元に上がってきているアランフィニーク・セイラムの情報だよ。・・・だから解らないんだよなぁ。・・・今回のクエストはカーバンクル亜種の捕獲だ。・・・そもそも、この亜種っていうのがカーバンクルの同族に値するのか、又は人工召喚獣として生み出された新たな存在なのかすら、現状では解っていない。・・・召喚魔獣や魔神を研究し、異世界と交流云々を目論むヤツに、こんな不確かな存在を自らの目で確かめる価値が本当にあるのかと、思わなくもないんだが・・・単純に、エリスの試験が目的なのかも知れないという希望もある。が・・・僕の中の何かがこの件に関しては警告を発し続けている。・・・恐らく、僕らも想像しないような【裏】があるのだろう。」
空を睨みながら、自身の中の情報を整理するように言葉を吐いたヴェルフレイドに、レオンハルトも頷くが、すぐに疑問に首を傾げた。
「・・・そもそも、ヴェルフレイド様?召喚魔獣を通して異世界と交流・・・なんて出来るものなんですか?」
「それを確かめるための研究なんだろう?・・・とは言え、不可能ではないだろうな。僕たちがこの世界に呼ぶ魔獣・魔神・神獣と言った存在は、【プリオール】とは別次元にその本体を置き、必要に応じてその姿を現すものらしいからな。・・・【プリオール】と同じく、魔力に満ち、人々が同じように魔法を使える世界が他にも存在するのであれば、彼らの呼び声に応える事もあるだろう。・・・尤も、召喚魔獣達は異世界のことについては他言しないから、あくまで憶測の域だよ。」
彼らが口にしないということは、もしかしたら異世界同士の間で何かよからぬことが起こったりした所為じゃないかと思うんだけどね。と、言葉を繋げたヴェルフレイドは不意に吹っ切れた表情を浮かべつつ「まぁ、僕は【プリオール】以外興味はないけどね。」と言い切った。
「ともあれ・・・実際、事が動かない限り真相は見えてこないのかもしれないな。」
「ですね。・・・そういえば、ヴェルフレイド様も同行されるんですよね?どうやって・・・」
ついて来るつもりなんですか。とはレオンハルトは言葉を繋ぐ事が出来なかった。何せ、彼の隣ではヴェルフレイドがそれはもう綺麗な笑顔を浮かべていたのだから、その笑顔の意味を知るレオンハルトは固まるしかできない。
「あぁ・・・それは・・・僕はキミの護衛と言う形で同行するつもりだよ。レオンは一応王家の客人だし、もしもの事があっては困るからね。その件に関しては王太子の名前で通達しているから拒否権はないわけだけど、ね。」
「・・・ヴェ・・・ヴェルフレイド様が・・・僕の護衛・・・・・・」
「本当は僕だってレオンなんかより可愛い可愛いエリュシフィアの側でずーっと居たいんだけどねぇ。まぁ、キミの護衛と言う立場でいろいろと目を光らせるつもりだよ。・・・そう、いろいろ・・・ね。」
ふふふと、妖しく笑うヴェルフレイドに、レオンハルトは思わず身震いをした。
(・・・ヴェルフレイド様・・・絶対良からぬ事をお考えだ。・・・間違いない。)
そう心の中でツッコミを入れるものの、口に出して問う勇気はやはりレオンハルトにはない。
「そういうわけだけど、レオン。有事の際はそんな教師との約束は捨てて、全力でエリュシフィアを護れ。僕が常に側に居るとは言え、僕の場合エリュシフィアよりも優先すべきは民達の安全だからね。」
妹の命よりも優先すべき事があると断言したヴェルフレイドの表情は真剣そのもので、いろいろと覚悟を背負う男の顔だった。
「・・・・・・勿論です。僕だって、只のお飾りで居るつもりは在りません。・・・そんな最悪な事態にならなければ、の話ですけど・・・それまでは、エリスの邪魔にならないようにしていますから。」
先程のヴェルフレイドとの話の中で導き出した答えに、ヴェルフレイドも満足そうに頷いた。
一方、慌ててエリスの部屋へと戻ったマーシェルは絶句していた。
「ちょ・・・・・・シャーリィ!!あんた、エリスに何したんだよっ!!」
普段なら、エリスの清らかな魔力で満たされている彼女の自室が、今はシャーリィの使った眠りの魔法の影響を受けて、何処か殺伐とした雰囲気を醸し出しているのである。
「あら、マーシェル。お帰りなさい。・・・何って・・・エリュシフィア様には少しお休みいただいているだけよ?」
「『強制的に』が抜けてるだろ!?そもそも僕ら家臣が王族に魔法を使うなんて、そんな―――――――――――――――――――――――」
「はいはい、落ち着きなさいな。・・・言いたいことは解るけれど、ヴェルフレイド殿下のご指示ですもの。忠実なる僕の私に逆らえるはずもないでしょう?」
エリス付きの騎士として見過ごせない状況に剣呑な雰囲気を放つ弟に、姉であるシャーリィは余裕の表情でそれを迎え撃つ。しかも、作業する手は止めずに、である。
「え?ヴェルフレイド様が・・・?」
「そうよ。・・・エリュシフィア様とレオンハルト様を今、会わせる訳にはいかないから、と。お二人の間に何があったのかは、マーシェルも聞いたんでしょう?・・・今はまだ、お互いに頭を冷やし、考える時間が必要なのよ。」
でも、エリュシフィア様は思い立ったら即行動しちゃうでしょう?だから、致し方なくお休みいただいてるのよ、とシャーリィは苦笑しながら、マーシェルの為に紅茶を淹れ、テーブルへと誘った。
「・・・もしかして、エリスはレオンハルト様を追いかけようとしてたの?」
「えぇ。・・・エリュシフィア様も少し言い過ぎた自覚はあったみたいね。でも、私から言わせればもっと言ってやっても良かったと思うわよ?」
「・・・相変わらずシャーリィは厳しいね。でも・・・どうしてシャーリィはレオンハルト様の事を嫌うのさ?・・・昔はそうでもなかっただろう?」
疑問を投げかけるマーシェルに、シャーリィは綺麗な笑みを浮かべた。
「あのね、マーシェル。人には誰しも受け入れがたいものと言うものがあるのよ。私の場合は主たちの心を乱す・煩わせる存在は全て敵認定なの。・・・・・・尤も、本当に嫌いなら、その存在すら無視するけれど。」
「・・・と、言うことは、実はそんなにレオンハルト様を嫌ってない?」
「まさか。私はあの方、大っ嫌いよ。自分の想いばかり前面に出して、エリュシフィア様や周りの気持ちを全く考えずに行動なさるんですもの。えぇ。甘やかされた王子様ってこれだからと、思わなくもないんですけどねぇ・・・」
にこにこと、綺麗な笑みを崩さず、つらつらと毒を吐くシャーリィに脱力して、マーシェルはがっくりとテーブルセットに行儀悪く突っ伏した。
「・・・・・・うん。わかった・・・わかったから、シャーリィ・・・もうやめて・・・」
「あら、マーシェル。自分から聞いておいて・・・情けないわねぇ。」
そんなだらしない弟に、姉はくすくすと、すべてを分かった上で優しく彼の頭を撫でた。
「情けなくてもいいよ。・・・エリスを手に入れるための最大の障害はヴェルフレイドさまとヴェルフェリアさまだと思ってたんだけど・・・実は一番厄介なのはシャーリィだったと気づいたんだ。・・・レオンハルト様には激しく同情するよ。」
きっと彼が姉に認められる日は来ないだろうと、それに伴う日々の騒動も予測でき、マーシェルは頭を抱えた。
「・・・・・・まぁ、なんとなくは予想してたけど、ね。」
「マーシェル?」
「ううん。なんでもない。とりあえず、シャーリィが折角淹れてくれたんだし、お茶、いただくよ。」
ゆっくりと顔を上げたマーシェルはそれまでの情けない表情を完全に打ち消し、いつもの、穏やかな表情へと変えていた。
何はともあれ、マーシェルのフォローに回る日々はしばらくは続くのである。