1:情報交換
カーバンクル亜種捕獲クエストは、進級準備期間である藍の月(現実世界で言う3月に該当する)の第一週後半から開始されるとの事で、それまでの5日間でクエストを含む旅の準備をするようにと、ルシオールに言われた三人だが、箱入りであるエリスをはじめ、マーシェルやルーチェも生まれてからこれまで旅など経験した事は無く、何をどう準備して良いのか、勝手が解らずにいた。
「・・・ねぇ、フレイ兄さま?旅の準備って、具体的に何をすればいいの?」
ルシオールの研究塔から早々に引き上げたエリス達は学院には戻らず、そのまま王城内にあるエリスの自室へと移動していたのだが、何故か執務に戻らずについて来ていた兄、ヴェルフレイドにエリスは首を傾げながら問いかけた。
「そんなに悩まなくてもいいよ、エリュシフィア。・・・今回の旅は観光目的ではなくて冒険者協会の依頼だから、身の回りのものは必要最低限で魔法道具や薬品類を多く持って行けばいいんだよ。」
そう言いながらヴェルフレイドはぱちんと指を鳴らすと、ティーセット一式が置かれたテーブルに宝珠や宝飾品・薬の入った小瓶などがごろごろと現れて埋め尽くしていく。
「・・・特に今回はカーバンクルの変異種なんだろう?・・・カーバンクル自体はあまり脅威ではないが、何も知らない島民がどういう攻撃を向けたのかが解らないから、やっぱり用心しておくべきだね。」
近くにあった宝珠を指で軽く弾いたヴェルフレイドは「普通のカーバンクルだったらそれほど警戒する必要はないが・・・変異種が相手となると・・・状況を見てみなければ解らないが、クエストとして募集がかけられるほどだから相当厄介なのだろうな。」と、何かを思案するように目を細めた。
そもそも、魔獣・カーバンクルは比較的大人しく、人間にも友好的な存在なのである。それに加えて、大変愛らしい容姿(たれ耳で猫目・サイズは大体兎より少し大きいくらい)をしているので、召喚魔法を使える女性は必ずカーバンクルと契約をしていると言って良いほど人気も高い。そんな彼らの最大の武器は『防御』である。額に埋め込まれている魔石の種類に応じて攻撃を防いでくれるのだ。(例えば、ルビーならば火・サファイアなら水)そして、その防いだ力を溜め込んで相手に返す事も出来るので、非力な女性にとっても重宝する魔獣であるとも言えるのだが・・・
「・・・そういえば、エリスもカーバンクルと契約してたよね?ちょっと話を聞いてみたら?」
ふと、思い出したようにマーシェルが言えば、ヴェルフレイドも「あぁ、それは名案だね。『彼』なら何か知っていそうだ。」とにっこりと笑った。
「あ・・・そっか。一応『アレク』はカーバンクル族の長だもんね!」
《『一応』って・・・酷いなぁ、エリュシフィアは。》
「!!??」
「・・・・・・んもぅ、相変わらずボクの愛し子は容赦が無いよね。」
エリスが二人の言葉に手を打って頷いたその直後、エリスを中心に光の輪が広がり、何処からとも無く響いた声と共に姿を現したのは、光の加減で赤や緑にも見える不思議な色合いの瞳を持ち、額に戴く宝石は眩い大粒のダイアモンドで、穢れが一切無い真っ白な体のカーバンクルだった。
「アレク!!」
「やぁ、『アレクサンドル』。久しいな。」
ふわりと宙に浮いていた真っ白のカーバンクル・アレクサンドルはそのままエリスの首元に移動し、頭を頬に擦り付けると、エリスはくすぐったそうに笑った。
「やぁ。ヴェルフレイドとマーシェルも居たんだね。・・・・・・ん?見かけないお嬢さんが居るね?」
そう言ってアレクサンドルの大きな瞳は一通り、顔馴染み達を映した後、すっとエリスの向かいに座るルーチェへと向けた。一方の視線を投げかけられた張本人であるルーチェはというと・・・・・・がっちがちに固まっていた。
「・・・・・・?なんか、緊張してる?」
「・・・うん。まぁ・・・気持ちは解らなくないんだけど・・・・・・」
愛らしく首を傾げるアレクサンドルに、マーシェルは苦笑する。
あの、遠慮が無いルーチェがこうして固まってしまっている理由は二つある。一つは、アクティアハート王国の次期国王である、王太子殿下・ヴェルフレイドが居る事と、もう一つは―――――――――――――――――――――――
「彼女・・・ルーチェはエリスの本来の姿を見るのは今日が初めてなんだよ。」
「・・・そっかぁ・・・本来のエリュシフィアと変装したエリュシフィアじゃあ、大分印象が違うからねぇ。」
うんうんと、納得したように頷くアレクサンドルの視線はルーチェからエリスに移り変わる。
自室に戻った直後、エリスは本来持つ色を変える、ルシオール特製のブレスレットを外していた。魔法効果の解けたエリスは、アクティアハートの末姫、エリュシフィアが持つ淡いコーラルピンクの髪色とアクアブルーの瞳と全く同じものを宿していたので、ルーチェは漸くエリスがエリュシフィア姫だという事実に気がついたのである。そしてそこから今まで、一言もしゃべること無く固まっていた、というわけである。
それでもルーチェは、真っ白になりながらも心の中では『何でいきなりこんな状況に!?てか、何でエリス・・・じゃななかった、エリュシフィア姫が魔法学院に通ってんのよ!!!??』と、ツッコミを入れていたりしていたのだが。
「・・・・・・ハジメマシテ、可愛いお嬢さん。ボクはアレクサンドル。エリュシフィアと契約する愛らしいカーバンクルでっす。」
ふよんと、エリスの傍から離れ、ふわふわとルーチェの目の前までやってきたアレクサンドルは自己紹介しつつぽすんとルーチェの頭のてっぺんに腰を下ろした。
「ほらほら、ボクも名乗ったんだから、キミもちゃんと自己紹介してよねっ。」
ぺしぺしと、もっふもふの尻尾でルーチェの頭を軽く叩くアレクサンドルに、ルーチェはようやく意識を現実に戻した。
「うぇ?あ・・・うん。あたしはルーチェ・リンメル・・・エリス・・・じゃなかった・・・エリュシフィアさまの同級・・・・・・」
「エリュシフィアの親友のルーチェ、ね。うん。覚えたよ!」
ルーチェの言葉をわざと遮り、アレクサンドルはエリスの親友という事を強調した。そんな彼の行動にルーチェは焦る。王家の、しかもいろいろと重要ポジションに居る末姫様の親友だなどと、孤児であるルーチェの身分を考えればおこがましいにも程がある。
「え!?あ・・・そんな・・・あたしなんかが姫様の・・・」
「そうだよ、アレク!ルーチェは私の大親友なの!」
そんな風に考えていたルーチェを一蹴するように、エリスもまたあっさりとアレクサンドルの言葉を認めた。そんなエリスにルーチェは目を見張る。
「え!?あ・・・でも・・・あ、いや、ですが・・・・」
「ルーチェ。難しく考えなくてもいいよ。エリスは確かに我が国の王女・エリュシフィア姫だ。だけど、ルーチェもよく知る、ヴィスタドール魔法学院に通う、ドルティニカ公爵家のエリスでもあるんだ。」
そう言ってぽんと、ルーチェの肩を叩いたのはマーシェルだ。
「でも・・・」
「・・・エリスは身分だとかそういうものには一切こだわりを持たないし、第一、国民に見せる【王家の末姫】は半分以上は国民の望んだ姿を現した【偶像】だよ。実際は・・・ルーチェだってよく知ってると思うけど、お転婆の癖しておっちょこちょいな、ちょっと変わった女の子だよ。」
と、上手くルーチェの緊張と意識を解したマーシェルにルーチェはすっとアレクサンドルと戯れるエリスを見つめた。
「・・・マーシェルの言うとおりだよ、ルーチェくん。エリュシフィアは一度でも君の事を悪く言ったり疎んだりした事があるかい?」
不意に響いてきたヴェルフレイドの声にルーチェはゆっくりと首を横に振った。・・・からかったりしても、恨みがましい視線こそ向けられはしたものの、それは決して本心からではなくあくまで冗談の域で・・・
『生まれた家柄とかはこの魔法学院じゃ関係ないよ。だって此処に居る子たちはみんな【魔術師の卵】なんだもの。・・・例えば・・鶏の卵であっても白鳥の卵であっても、鳥の卵には変わりないでしょう?それと一緒だよ。・・・ね、ルーチェ。私達は同じなんだよ。だから・・・・・・・・・・・仲良くしてね。』
エリスが初めてルーチェに話しかけたとき、ルーチェはエリスの公爵家という高い身分を嫌った。底辺の身分である孤児の自分に何故、公爵家の娘が話しかけてくるのか理解できなかった。けれどエリスは言った。『鶏の卵であっても白鳥の卵であっても、鳥の卵には変わりない』と。
「・・・だったら、今まで通りに接してやるといい。・・・エリュシフィアも、急に君に余所余所しくされると傷つくだろう。・・・それに、あの子の本質はさっきマーシェルが言った通り、王家の一員として公務に励んでいる時より君達と一緒に過ごしている時の方が正解に近いんだよ。だから、何も心配しなくていい。」
優雅に紅茶を飲みながら言うヴェルフレイドはにっこりとルーチェに微笑む。そんな彼に、ルーチェも今度は迷い無く頷いた。
「・・・・・・はい。」
「ん?あぁ、やっと笑ったね。う~ん・・・やっぱり女の子は笑っているのが一番だね!」
緊張が解けたルーチェが笑顔を見せると、アレクサンドルは嬉しそうにエリスに擦り寄った。そしてエリスも、そんなアレクサンドルの言葉に頷き「そうだね。」と微笑んだ。
「じゃあ、一息入れた所で・・・アレクサンドル。本題に入ろうか。」
仕切りなおすように響いたヴェルフレイドの言葉に、再びエリスの部屋の空気ががらりと変わった。
「・・・そういえば・・・カーバンクルの変異種がどうのって言ってたね?・・・額に宝石を持たない【無力種】や他の魔獣との間に生まれた【混血種】とはまた違うやつなんだろう?ボクもその件については初耳なんだ。」
するりとエリスから離れ、ふわりと宙に舞ったアレクサンドルは言う。「その変異種。魔術師達の実験で創られた、人工魔獣なんじゃないの?」と。
「大抵、変異種が人間界に出現した場合、精霊を通じてボクの耳にまでその情報は届くはずなんだ。けれど今回は、変異種が出現したという情報すらボクには届いてない。だとすれば、精霊がボクに報告する必要がないと感じた存在・・・つまりは姿形はカーバンクルでも全く異質なものであると認識されたからという可能性が高い。・・・もしくは作為的にボクへの情報を絶たれてしまっているのかもしれない。」
そう言い切ったアレクサンドルの不思議な色合いの瞳がキラリと光る。
「・・・どっちにしろ、ボクの目で確かめない限りはなんとも言えないかな。」
「・・・そうか・・・・・・」
「もちろん、出来うる限り協力させてもらうよ。この件、ボクにも関係があるし、場合によっては―――――――――――――――――――――――長として対処しなければならないから。」
そうならないことを祈るけど。とアレクサンドルは再びおどけた様な雰囲気を纏いふわりとテーブルへと降りた。
「『長として対処』?」
「そう。もし、仮にその変異種がボクらの仲間だったとして・・・ボクに従う意思があるなら保護するし、意思に沿わないのであれば・・・・・・目障りだから消えてもらうしかないし・・・」
「うわっ、可愛い見た目の癖に腹黒っ!」
真面目な雰囲気をいつもぶち壊すのはやはり、本来の自分を取り戻したルーチェだ。
「腹黒とは酷いよ、ルーチェ。魔獣の世界は弱肉強食。見た目がいかに愛らしくても、ボクだって立派な【魔獣】だからね。本能には逆らえないんだよ。」
「ふぅ~ん・・・そういうもんなの?」
「そういうものです。」
「けど、もし、アレクの仲間じゃなくて・・・その・・・人工魔獣ってやつだったらどうするのさ?」
そんなマーシェルの問いにもアレクサンドルはあっさりと「そりゃあ、エリュシフィアさえ良ければ始末してあげるよ?」と言い切った。
「だって、本来の魔術師の元を離れてるって事は、魔術師が制御を失敗して暴走させているか、データを取るために敢えて野放しにしているか、でしょう?・・・捕獲命令が出ているんなら尚更後者が強いけど、そんなの百害あって一理無しじゃん?手っ取り早く殺った方が早いじゃん。」
「えげつな・・・」
「アレクの性格はこんなものよ、ルーチェ。」
けろりと言い放つアレクサンドルにルーチェとエリスはやや引きつった表情を浮かべた。逆にヴェルフレイドとマーシェルは涼しい顔をしている。
「まぁ、確かにアレクサンドルの言い分は尤もだが・・・エリュシフィアの評価がかかっているからなぁ・・・」
「できれば、依頼どおり『捕獲』の方向で・・・」
「ちぇっ・・・つまんないの。まぁ・・・エリュシフィアが困る事だけはしたくないから従うけどさ。」
ぺちぺちと、尻尾で不満を表すアレクサンドルの姿は大変愛らしいが、その性格を知った後ではなんとも微妙だと、ルーチェは溜息を吐いた。