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ルシオールの言いつけ通り、エリス・マーシェル・ルーチェの三人は放課後、彼の研究室へと向かっていた。
「しっかし・・・ルシオール先生ってさ、結構有名なんでしょ?なのに、何でこんな・・・学院広しと言えど、こんな辺鄙な場所に研究室作ったのかしらねぇ~。」
そりゃ、なんかあの人アブナイ実験とかしてそうだけどぉ~・・・と、文句を言うのはルーチェだ。
ヴィスタドール魔法学院はある意味、【町】と言っても良い程の広さと、各種施設が存在している。
今、エリスたちが歩いている場所は、学院の本館よりも北に位置する、精霊や魔神・魔獣が好むとされる【聖域】の一つである【常緑の森】と呼ばれる森の中だ。この森が普通の森とは違う点は、常に純度の高い魔力で満ち溢れている事と、普通の動物が存在しないことである。逆に魔力を有する存在(先に述べたように精霊や魔神・魔獣と言った類)が此処には数多く存在しているのである。
そんな場所に、エリスたちの担任であるルシオールの研究室が存在する。
「・・・まぁルゥの研究っていうよりは・・・ね。」
「うん。ちょっと意味合いが違うんだよね~。」
ルーチェの文句の影にこっそりと顔を見合わせて呟いたエリスとマーシェルは知っている。何故、このような場所にルシオールが研究室を作ったかという、その理由を。
「?どういうこと?」
こっそりと呟いたはずの言葉に、首を傾げながら問い返してきたルーチェに二人は驚きつつも、言葉を選びながら説明を始めた。
「えっと・・・何処から説明すればいいのかな?・・・ルーチェはルシオール先生について何を知ってるのかな?」
「え?何をって・・・・・・有名人?」
「・・・うん。どういう意味で有名とか・・・そういうのは?」
もっと他にもあるだろうと、問いかけるマーシェルを他所に、ルーチェはそれ以上は知らないと、きっぱり示すように首を横に振った。
「はぁ・・・ルーチェ・・・もっとさぁ・・・自分の担任が有名人だって知ってるなら、どういう方面でかとか、知っとこうよ・・・・・・本来ならありえないんだよ?ルシオール先生が僕らの担任だなんて・・・」
そう言ってルーチェの知識欲の無さを嘆くマーシェルの代わりに、エリスは「あのね、」と苦笑しながら言葉を繋げた。
「ルシオール先生は、アクティアハートの王城に昔から住まう賢者さんなんだよ。」
「賢者?」
「そう。だから、先生の本来の研究室は王城の中にあるんだよ。でも、魔法学院の教師になった以上は何時、生徒達が先生を訪ねてくるか解らないでしょう?だから、渋々だけど、【聖域】に研究室を作ったの。」
建前上、【聖域】の研究がしたいから、って言ってるけどね、先生は。と、エリスは苦笑した。
「でもさ、それなら、普通に学院校舎にある一室とその本来の先生の研究室って言うのを空間魔法でくっつけちゃえばそれで済むんじゃないの?」
尤もな言い分だが、それに対し、マーシェルは「とんでもない!」と声を荒げた。
「あのね、ルーチェ。確かに、それはできなくはないんだよ、ルシオール先生の実力ならね。でも、それは絶対に出来ないし、許されない。」
「どうして?」
「さっきのエリスの言葉を思い出してよ、ルーチェ。先生の本来の研究室は何処にある?」
「・・・・・・・・・王城?」
「そう。アクティアハートの王族が住まう王城だ。この国で最も高貴で神聖なる場所と一般機関を繋げる事は、王城の警備上、許されてないんだよ。」
そこから王族の命を狙う不届き者が侵入してくる可能性だって否定できない。
そう、強く言うマーシェルに、ルーチェは「そういうもんなの?」と、どこか理解できないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「まぁ、面倒事は誰だって避けたいじゃない?そういうことだと思うよ。でもね、逆に【聖域】ならば、それも可能だっていうことだよ。」
「え?」
「だって、【聖域】・・・文字通り、聖なる区域。純度の高い魔力で護られた場所。・・・【常緑の森】はルシオール先生と【契約】してるから、彼が認めるか、招かない限り・・・彼の意に沿わない人物は全て森の入り口に戻されるようになってるの。」
そして・・・・・・
漸く見えてきた研究室というよりは研究小屋と言ったほうが良いような、そんな建物にエリスは迷う事無く進み、その扉に手をかける。
「招かれた者が何処に辿り着くかは、自分の目で確かめてね。」
にっこりと笑ったエリスはそのまま扉を開き、まず最初にルーチェに入るように促した。そんな彼女が扉の前で目にした光景は至って普通の、山小屋のような作りの室内だった。
「?」
「さぁさ、早く入っちゃって!」
「うきゃっ!!!??」
ドンっとエリスに勢いよく背中を押され、一・二歩、蹈鞴を踏むように進み、扉を潜ると、なんとも言えない感覚が一瞬、ルーチェを襲う。その微妙な感覚に思わず目を閉じたルーチェだったが、「・・・遅かったな。」という聞き慣れた声にはっと、勢いよく目を開けた。
ルーチェが再び目を開いて見た光景は、先程の山小屋の一室ではなく、広い室内に綺麗に整頓された、側面をびっしり覆う本棚。それらに囲まれるようにある、執務机も教卓の比ではなく、その更に奥にある窓から見える景色は、先程よりも高い位置にあることを示していた。
「こ・・・此処は?」
「あ・・・やっぱりこっちに出たんだ。」
「お待たせしました、ルシオール様。」
唖然とするルーチェを他所に、エリスとマーシェルは平然とした様子で扉を潜り、執務机の正面にある対面ソファへと迷う事無く進んでいく。そんな二人の後を追うように、普段の能天気さは何処へやら、おどおどと進むルーチェの思考回路はショート寸前だ。
「今回の件、そんなに厄介なの?」
そう問いかけたエリスの顔をじっと見つめたルシオールは、ふぅっと一息吐くと「・・・あぁ・・・とてつもなく面倒だ。」と、いつもの無表情をやや崩し、本当に面倒そうな表情でそう呟いた。
「・・・エリスの正体まではバレてはいないが、その潜在能力の底無しさは・・・見抜かれたと思う。・・・そうとしか考えられないクエストを、向こうは提示してきた。」
「・・・『向こう』?」
「――――――――――――――Sクラスの担任、アランフィニーク・セイラム。・・・今回、エリスの実技試験を担当した人物だ。」
「!!!?」
予想していなかった人物名に、エリスもマーシェルも驚く。それに対し、一人、話の流れの乗れないルーチェは余計な口を挟む事無く、只三人の会話に聞き入っていた。
「・・・エリス、試験の時、彼に何か言われなかったか?」
問いかけてきたルシオールに、エリスは当時の様子を振り返ってみる。
「・・・ううん、特には・・・けど、今回の試験で私、火炎球を巨大岩石並の大きさで出しちゃったから・・・その所為なのかなって気がしなくもないけれど・・・・・・」
今回の試験は失敗できないと、意気込んで集中しすぎた結果の、あの大きさだったわけなのだが、ふと目を開けてみれば、あまりにも巨大な火炎球の出現に集中力を切らしたエリスは、危うく術の制御すら失い、大暴走させそうになったのである。そんなエリスに気付いた試験官、アランフィニーク・セイラム教諭はエリスの出した火炎球と同じ大きさの冷水球を出現させて相殺したので大事には至らずに済んだのだった。その時、アランフィニーク・セイラム教諭に言われた事といえば、「集中する事は良い事だけれど、その時にしっかりと、どの程度のサイズで出現させるのか、明確なイメージを描いておく事ともっと魔力の流れを把握しておくように。」と注意を受けたくらいで、不審な点は見当たらない。
ハズなのだが―――――――――――――――――――――――
「・・・・・・なるほど。それが原因か・・・・・・」
「え!?あ・・・別に変じゃなかったでしょう!!??」
がっくりと項垂れるルシオールにエリスは焦って否定してみるものの、ルシオールの非難めいた視線にうっと言葉を詰まらせた。
「本気のエリスが出した火炎球を相殺させるのに、彼はどれだけの魔力を冷水球に籠めたのだろうな?・・・生徒達の手前、動揺することは彼のプライドが許さなかったのだろうが・・・内心は酷く焦っていたはずだ。」
「え!?」
「・・・エリス。学院の教師全てがルシオール様レベルだとは思ってないよね?幾ら二重封印で魔力を抑えていたとしても、元が無尽蔵に近い魔力量なんだ。あの時もエリスの術に籠められていた魔力って、きっと術の大きさ以上に凄まじかったんだと思うよ?・・・・・・その結果、アランフィニーク先生にエリスはとんでもない才能を秘めた生徒だと思わせてしまったのかもしれない・・・・・・そういうことですよね、ルシオール様?」
ルシオールの呟きを補足したマーシェルに、彼も頷く事で肯定してみせる。
「・・・恐らくな。そんな彼の予想を確かめる意味合いで、今回のクエストを提示してきたのだろう。」
「・・・それで、そのクエストの内容とは?」
「・・・・・・アクティアハート王国の領内にある、クルール島という小さな島に出現したというカーバンクルの亜種らしき魔獣の捕獲だ。」
「「「!!!???」」」
「従来の魔獣ではないと言う時点で高位ランクのクエストだと理解できるのと同時に今現在、エリスたちのランクでは到底受けられるものでもない。・・・それを無理やり可能にするために、同行者としてSクラスからレオンハルト王子とアランフィニーク教諭が付く事になっている。」
「うっわぁ・・・レオン王子は兎も角、一番厄介な人が付いてくるんですか?」
「アランフィニーク教諭自身の目でエリスの実力が見たいのだろう。・・・レオンハルト王子については、恐らくエリスがドルティニカ家・・・王妃の実家という事で、王家とも繫がりがあると見込んで、身内扱いなのだろう。」
知り合いが多いほど、隙が生じると踏んでいるのかもしれない。
そう言って溜息を吐いたルシオールは一言「私も、同行できれば良かったのだが、アランフィニーク教諭に強く反対されてな。」と呟いた。
「勿論、今回のクエスト、わざと失敗して有耶無耶にする事も出来るが・・・そうなった場合、学院側からどういう結論が出されるか、正直保障できない部分がある。だが、真面目に成功させるとエリスの正体がバレる危険性が高まる。全く、厄介な話だ。」
「・・・・・・あのぅ?」
「ん・・・?なんだ、ルーチェ??」
重くなる空気に、突如不思議そうな声が響き、その声の主たるルーチェに視線が集まる。そしてそんな彼女は、彼女にとっての疑問を彼らに向ける。
「イマイチ、話について行けないんだけど・・・そもそも、エリスの正体云々って、どういうことなの?」
「・・・・・・あー・・・そっか、ルーチェには最初に言っておくべきだったね。すっかり忘れてたよ。・・・あのね、エリスは―――――――――――――――――――――――」
「エリスは僕たちの大切な、可愛い妹姫、エリュシフィアだよ。」
「!!!???」
マーシェルの言葉を遮ったのは、いつの間にかエリスたちの座るソファーの端(エリスの隣)に現れた、淡いオーシャングリーンの髪色にアクアブルーの瞳が特徴の双子の男女で、驚くルーチェを他所に、エリス他二人は見慣れた人物たちの登場に驚きもせず、普通に接している。
「あれ?フレイ兄さまもフェリア姉さまも、執務は?」
「エリュシフィアの一大事を見過ごせなくなってね。ユーリに任せてきた。」
「・・・押し付けてきた、の間違いでしょう?・・・御機嫌よう、エリュシフィア。何だか大変な事になっているようですね?」
相変わらずのマイペースぶりを発揮するこの双子は10歳年の離れたエリスの実の兄と姉・・・つまりはアクティアハート王国の現王太子であるヴェルフレイド王子と一の姫、ヴェルフェリア王女である。
エリスの問いかけに、きっぱりと、執務を宰相であるユーリウスに任せて(ヴェルフェリア曰く『押し付けて』)きたと言い放ったヴェルフレイドはぎゅうっとエリスを抱きしめ、そんな双子の片割れに呆れながらもヴェルフェリアもエリスの頭を撫でて甘やかす光景は、ルシオールやマーシェルには見慣れた光景ではあるが、いきなり事実を知らされたルーチェは、あまりにもの急展開にやはりついて行けずに唖然としている。
「・・・・・・ヴェルフレイド、また盗聴していたのか・・・・・・。」
「盗聴とは人聞きが悪いぞ、ルシオール。僕はエリュシフィアに関することなら何でも知っている、ただそれだけだよ。」
「・・・ヴェルフェリア・・・」
「わたくし達兄妹の間にはプライベートなど存在しないのですわ。」
招かれざる客であるヴェルフレイドとヴェルフェリアにルシオールは、彼の問いに対し、にこやかに、けれど暗に『可愛い妹を常にあらゆる方面で監視しています』と言い切るシスコン双子のその行為に更に頭を抱えた。
穏やかで賢く、この王子たちに任せれば国の行く末は末永く安泰するだろうと謳われるほどの存在であるヴェルフレイドとヴェルフェリアだが、その裏で末姫・エリュシフィアを溺愛してやまないというその事実を民衆は知らない。いや、兄妹仲が良いに越した事はないのだが、如何せん、良すぎるのも考え物なのだ。
「僕としては、勝手に妹姫をそんな難易度の高いクエストに、しかもクルール島っていう日帰りじゃ行けない場所に借り出すなんて許せないんだけど、まぁ決まってしまったものは仕方ないよね。当然、僕も一緒に行くから安心していいよ、エリュシフィア。」
「・・・・・・ちょっと待て、ヴェルフレイド。何が『当然』だ。そんな勝手が許されるとでも思っているのか?」
問題発言を躊躇う事無く口にするヴェルフレイドに無表情ながらもツッコミを入れるルシオールは内心辟易していた。
「許すも何も、王太子が決めたことなんだから文句は言わせないよ。・・・本来ならばルシオールに任せるんだけど、その様子だと君も件の教師に手段はどうあれ、監視されるんだろう?いざという時フォローできる存在が多いに越した事はないはずだ。」
正論である。更にヴェルフレイドは言う。「レオンハルトにも一応事情は話しておくけれど、アイツはエリュシフィアがもし危険に晒されれば形振り構わないだろうから、そこでボロが出ても困る。と、なれば、城の誰かが行くべきなんだが、僕以外の男にエリュシフィアを任せる気は全くないからね。」と、行き着く所は妹命という事なのである。
「しかし・・・」
「執務の事はユーリとわたくしで処理しますから何も問題ありませんわ。それよりも・・・マーシェル。貴方には余計な気苦労を負わせてしまうけれど、どうか二人をよろしくお願いしますね?」
不安はないとばっさりとルシオールの言葉を切ったヴェルフェリアはマーシェルへと視線を投げると、労るように目を細めた。
「お任せください、ヴェルフェリア様。」
「・・・頼もしいですわね。それから・・・・・・ルーチェさん、と言ったかしら?貴女もいきなりのことで驚いているでしょうけれど、どうか、エリュシフィアやマーシェルの力になってあげてくださいね。」
同じようにルーチェにも優しい視線と言葉を投げかけたヴェルフェリアに、ルーチェは思わず「はいっ!」と元気よく返事を返したのだが、実は結構大事に巻き込まれたのだと、理解するのは先の話である。
ずっと出したかったシスコン兄姉を投入できて結構満足してます。