12:帰還へ・・・
「お・・・おらたちの村が・・・・・・村が無くなってんべぇぇぇ!!???」
なして!?何があったとねぇ!!??と、顔を青褪めさせて叫ぶアルブ村の村人を横目に、ユーリウスは目の前でへらりと微笑む人物に向き直った。
「やー、助かったよユーリ。お前なら助けに来てくれると信じていたよ。」
「へー・・・その割には随分と元気そうなのは何故でしょうねぇ?」
僕が助けに来なくても何とかなったんじゃないですか?と、ジト目で目の前に立つ彼の主に刺のある言葉を投げかけると、ヴェルフレイドは「まぁ・・・それは、ほら・・・いろいろあったから・・・」と言葉を濁すしか出来ず、最終的には「うん。ちょっと異国の文化に触れて夢中になってて、いろいろと重要なことが抜け落ちていたんだ。すまない。」という謝罪をする羽目になったのである。
激動の一日が過ぎ、新しい一日が始まった。
諸々の手続きを済ませ、クルール島へ繋がる転移魔法陣の修復にユーリウスが着手し始めたのは朝日が登ろうとする手前の事、不眠不休での作業で漸く起動した魔法陣を使って助けに駆けつけてみれば、当の要救助者達(そして彼が認識していた人数とは違っていて唖然としたのだが・・・)はのんびりと優雅にお茶会をしていたのだから、今までの苦労はなんだったのだろうと、現実逃避をしても咎められはしないだろう。しかし、それでも、本来魔力がそれほど激減することもないヴェルフレイドやレオンハルト、エリュシフィアの、纏う魔力濃度の低さを感じ取り、ユーリウスは大きく溜息を吐いた。
「・・・詳しい説明は城でじっくり聞くとして・・・取り敢えず、アルブ村が一夜にして消え去った現状だけでも聞いておきましょうか?」
「あー・・・うん。そうだなぁ・・・どう説明すればいいかなぁ・・・・・・端折って言えば魔力の暴発?」
「へー・・・・・・護りに適したエリュシフィア様のカーバンクルが付いていながら、それを防げなかったと?」
「あのな、ユーリ。僕たちの魔力が吸われたってことはアレクサンドルの魔力も相当吸われててだな?その中で僕たちだけでも護ってくれてたんだ。村が壊滅したのは確かに、結果だけ見れば最悪かもしれないが・・・その辺りは復元魔法でどうとでもなる・・・・・」
これだけの規模になるとどれ位時間がかかるのかは予想もつかないけど。と苦笑したヴェルフレイドだったが、不意にリーゼロッテの言葉を思いだし、笑うのを止めた。
『・・・復元魔法?』
『そう。僕の魔力が戻れば、この村を完全に元の通りに戻すことも不可能じゃないんだ。』
真夜中の図書塔で、彼女たちの言葉を教えて貰いながら、ヴェルフレイドは魔法に関する知識をリーゼロッテに与えていた。そんな何気ない会話の中で彼女は珍しく口篭ったのだ。
『確かに・・・貴方達にはそれが可能なのでしょうね。だけど、今は止めた方がいいわ。悪魔石・・・いや、深淵の毒の穢れは、ヒルダ姉様の水晶の浄化力を以てしても直ぐには祓い清めることはできないもの。』
完全に穢れが祓い清められない限り、この地で作物は育たないし、生きる人々にも悪影響を及ぼしかねない。・・・抑も、深淵の毒が世界に淀みし負の感情の成れの果てだと言うのならば、その負の感情を生み出すものと言えば人間を含む意識あるものに限定されるわけで・・・そんなものの影響を大いに受ければ、更に毒気を強めさせるようなもの。申し訳ないとは思うけれど、恐らく数年間、完全に土地が浄化されるまでは完全封鎖すべきね。
悪魔石が何の力も持たない人間だけに取り憑いただけならばここまで被害は出なかったのだけれど・・・と複雑そうな表情を浮かべたリーゼロッテに、ヴェルフレイドはただ「・・・そうか・・・」としか呟けなかったのだが、本職である彼女たちから見ても、今回の件は予想外に大きな被害を齎したのだと窺い知れた。
「・・・ヴェルフレイド様?」
「ユーリウス。この村の住民達は・・・?」
「えぇっと・・・確か、彼を含めカーバンクル亜種らしき魔獣が村に居着いて以降、他の村に身を寄せている者が大半で残りの住民については未だ安否の確認は取れていません。」
「そうか・・・ならば、避難している村人に関してはそのまま継続して他の村で世話になるよう、国からも援助をしてやってくれ。・・・この土地は穢れてしまって浄化に時間がかかるらしい。」
「!!?」
上に立つ者として、毅然とした態度で言い切ったヴェルフレイドにユーリウスははっと息を飲んだ。
「勿論、村の復元は必ず・・・・・・ヴェルフレイド・フェラール・アクティアハートの名に於いて必ず成し遂げる。」
「ヴェルフレイド様・・・・・・」
「では、ヴェルフレイド様の勇ましい決意に、わたくしもお応えしなければなりませんわね。」
「!!?」
「ヒルデガルド嬢・・・」
話に割って入るご無礼、お許しくださいませね。と、ゆったりとした足取りで二人に近づいてきたヒルデガルドの手には掌に収まる程度の小さな水晶球が、美しい台座に乗せられ佇んでいた。その気品漂う宝石細工ではあるのだが、悲しいかな、主役の水晶球には何とも言えない濁りが有り、それだけで全てを台無しにしてしまっている。
「昨夜のうちに仕込みは完成しておりますが・・・やはり短いとは言えない時間、深淵の毒の穢れに晒された代償は大きいようですわ。通常でしたら月の満ち欠けが一巡する頃には浄化が完了するのですが・・・この様子ではどれだけ早く見積もっても一年はかかってしまいますわね。」
この水晶球の濁りは正しく、この土地を穢す深淵の毒の指標。浄化が進めば濁りは徐々に消えていく仕組みですの。そう言って、ヒルデガルドは宝石細工をヴェルフレイドに手渡し、「完全に濁りがなくなり、水晶本来の美しさを取り戻した時こそ、その決意を示すに相応しい時期ですわ。」と微笑んだ。
「・・・申し訳ない、ヒルデガルド嬢。こちらの勝手に巻き込んでおきながら、このような事まで・・・・・・」
「謝る必要などありませんわ、ヴェルフレイド様。昨日も申し上げましたけれど、わたくしたちが動くのは、わたくしたちに課せられた宿命故ですの。対処するべき力を持ちながら見て見ぬ振りはできませんのよ。」
ですから、ヴェルフレイド様が頭を下げる必要はありませんのよ。寧ろ、共に戦う友として認識して頂けると幸いですわね。とクスクスと笑うヒルデガルドに、それまで申し訳なさそうにしていたヴェルフレイドも何処か余計な力が抜け「そうですか・・・貴女方がそう望むのであれば・・・」と苦笑した。そんな二人のやり取りを、ユーリウスはただ呆然と眺めていることしかできなかった。
「さて、屋敷を収納しますか。」
ユーリウスを含めたアクティアハート王国が誇る精鋭騎士たちが元アルブ村へと到着してしばらく経った頃、お茶会の片付けも終えたアルトゥールはそう宣言すると、辺りを見回した。
「あれ?リズ姉、図書塔に居なくていいの?」
「馬鹿ね、アルト。私はこの封じられた大陸の知識を識る為に付いてきてるのよ?今度何時呼び出されるかも定かでない屋敷に留まるなんて、そんな無駄なことはしないわ。」
分厚い本を携えながらうっとりと「ヴェルフレイド様から許可は得ているから、まずは歴史を紐解いていくでしょう?そこから魔力とは何かを研究して・・・魔法の仕組みを解明させるでしょう?それに文化にも興味があるわ。私たちにとっては古代語になってしまっているこの言葉が何故今日まで滅びず使用され続けているのか、それが齎す影響何かも調べたいわね。あぁ・・・滞在中にすべて解き明かせるかしら・・・」と、それはそれは楽しそうに、そして何かに挑む強い意志をその淡い青紫の瞳に宿したリーゼロッテに、アルトゥールは半分以上聞き流しながら「あぁ・・・そう。頑張って。」と苦笑した。
「そういえばあたしたち、この屋敷がどうやって出てきたのか、直接見てないのよねぇ。」
「そうだね。ちょっと楽しみだね。」
ふと、ルーチェが首を傾げると、エリスも何処かわくわくした表情でアルトゥールを見つめた。
「ハルトくんは見てたんだっけ??」
「いや・・・何というか、僕らもどういう経路で呼び出したのかはちょっと・・・・・・・」
薪拾いに行って戻ってきたらもうそこにあったっていうか・・・・・・昨夜の出来事の影響でアルトゥールに苦手意識を持つだろうとマーシェルは予想していたのだが、そんな様子を見せることなく、普通に困惑しながら「だから僕も興味あるんだ。」と苦笑したレオンハルトを見て、マーシェルはあれ?と首を傾げた。
(あれだけの殺気を向けられたのに、なんで平然としてられるんだろう、レオンハルト様?もしかして恐怖のあまり、記憶が飛んだ??)
「あー・・・なんか、すっげぇ、期待されてるっぽいけど、別に、大したことじゃないからな?」
俺の耳飾りと要領は同じなんだ。と、耳飾りに手をやった後、アルトゥールは何処からともなく拳大の金剛石を取り出し、ぽーんっと、躊躇いもなく屋敷の真上に放り投げると、投げられた金剛石は眩い光を放ちながらぐいぐいと、それまでしっかり建っていた屋敷をその石の中へと吸い込んでいく。勿論、その影響で何処かが壊れたりすることもないというのだから、一体どういう原理なんだろうと、魔法という不可思議を扱う彼らを以てしても理解出来ないようだ。
「「「「!!!???」」」」
「便利よねぇ、アルトのこういう所。お陰で私達は楽できるわけだけど。」
「っていうか、リズ姉だって本限定でおんなじことできるじゃん?」
「それはそうだけど、他の物に関してはできないんだから羨ましく思うのよ?」
でも、まぁ、私肉体労働無理だから『思う』だけで実行したいわけじゃないんだけどね。と言い切るリーゼロッテに、だろうね、と苦笑したアルトゥールは、収納を終えた金剛石を呼び戻し、再びどこかへとそれを仕舞った。
「あれ・・・空間魔法・・・??」
「や、だって、アルトくん魔法使えないでしょう?」
「宝石の中にあれだけのものを収納するっていうのに無理があるだろう?だって、宝石の中なんて、何もないんだから・・・」
「別の空間に繋がっている可能性も・・・・・・いや、でもそれは空間魔法の原理だし・・・・・・」
うんうんと唸りながら先ほどの光景に説明をつけようと頑張るエリスたちだったが、不意にヴェルフレイドの「皆、そろそろ引き上げるよ。」と言う声に反応し、目配せし合いながら「アルトだからできるんだろう。」と、あまり深く考えると知恵熱を出しかねない、と言う結論に落ち着いたようである。
「そういえば、アラン先生ってどうなったのかな?」
ユーリウスが用意した転移魔法陣へと向かう途中、ふとエリスが疑問を口にすれば、傍に居たマーシェルが「あぁ、そういえばエリス達は片付けしてたから見てなかったんだね。」と複雑そうな表情を浮かべた。
「彼なら真っ先に騎士たちに拘束させて、一足先に戻って貰ったよ。」
「フレイ兄さま・・・」
「拘束って言っても、アレクサンドルの結界もそのまま継続しているし、彼自身、未だアルトゥール殿の影響から意識を戻してないから何とも言えないんだが・・・・・・一先ずは、司法局の判断に委ねることになるだろう。これだけの事態を引き起こして、ただ操られてましたと言うだけでは済まないからね。それに・・・もし、覚えているのならば、他にも悪魔石があったのか、それは今何処にあるのか、聞き出したいのだが・・・」
「悪魔石に関してはヒルダ姉に任せておけば大体把握できるし、俺も、ある程度の範囲なら感知できるよ。」
ただ、大大陸と勝手が違うから、正確性に関しては未知数だし、悪魔石も、魔力を得ることでどう変化するのか予測がつかないんだけど・・・と、言葉を濁しながらも、アルトゥールの瞳には不安や恐れは一切なく、ただ絶対的な自信のみが映っていた。
「まぁ、なんとかなるんじゃない?アルトが居るんだし。・・・そんな事よりも、ヴェルフレイド様!お城に着いたら真っ先に国立図書館に案内してくださいね!!」
未曾有の危機(になるやもしれない事案)をあっさりと『そんな事』と片付けてしまったリーゼロッテに、皆が唖然とした表情を浮かべた後、いつも通りブレない彼女に苦笑を浮かべた。
「・・・あぁ、そうだな。」
「あ、ヴェルフレイド様、序でに俺も連れて行って欲しいところが。」
「ん?どこだい?」
「守護竜の所。」
にっこりと、それはそれは良い笑顔で言い切ったアルトゥールに便乗するようにリーゼロッテも「あぁ、確かに。ヴェルフレイド様、先にアルトの用事を済ませてから図書館に案内してくださいな。」と、あっさりと優先順位を変えてみせた彼女もまたうふふと、良い笑顔を浮かべていた。
「えっと・・・アルトくん、リズ嬢?うちの大賢者様に一体何を?」
思わずヴェルフレイドが友人仕様で問いかけると、二人はより一層笑顔を深めて「勿論一発ぶん殴るんだよ(ですわよ)?」と声を揃えて言い切った。
「と、まぁ、冗談は置いといて、俺たち、女神様から託された言葉があるからさ、守護竜宛に。それを伝えてやんないといけないんだ。」
多分、いろいろ勘違いしているだろうし。と息を吐いたアルトゥールはここで複雑そうな表情を浮かべた。
「・・・まぁ、その殴る云々って言うんじゃないなら、すぐに案内しよう。」
「あーまぁ、そうならないように努力はします。でもあんまり期待しないでくださいねー。」
最初から努力する気がなさそうなほどの棒読みでアルトゥールが言うのでヴェルフレイドは「うん・・・まぁ・・・程ほどに・・・」としか言葉を紡げなかった。
そんなやり取りをしているうちに魔法陣の近くまで辿りついていた。
「さぁ、皆この魔法陣の上に乗ってくれ。ユーリウス、頼んだぞ?」
「お任せ下さい、ヴェルフレイド様。」
全員が魔法陣の上に移動したのを確認してユーリウスはその効果を発動させた。クエストを終えた彼らがこれから向かう先は――――――――当然ながらアクティアハート王国の王城である。
駆け足で端折った部分もありますが、第一部、これにて完了でございます。
次章はアクティアハートの王城で宝石王国組VS守護竜の話を、それほど長くならない程度に纏めるつもりではいるのですが・・・文章って難しいですよね・・・